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悪霊の国  作者: 田中
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酒好きの魔女

リベットの街は聞いていた通り大きな街だった。

周囲を城壁で囲われ地面には石畳が敷かれている。


建物はレンガや石で作られており三階建ての建物が通りを埋めていた。

西洋の町並みに似ているがそれとも違う。

空想の世界にしか存在しない異国の街並みにルシアは少し浮かれていた。


「ねぇ、テリー。あれは何かしら?」

「んあ?揚げパン屋だな。小麦粉練って油で揚げたお菓子だよ」

「なるほど!ドーナツ的なものね!」

「なんだよドーナツって……お前、時々分かんねぇ事言うよな。それよりアニスだっけ、さっさとその街医者とこ行こうぜ」

「……そうね。久々に旅行って感じの事したから興奮しちゃったわ。まずはアニス先生に会わないと……テリーお酒はちゃんと持ってる?」


テリーは肩から下げていた鞄から封をされた瓶を覗かせた。


「持ってるよ。でもコイツで大丈夫か?町じゃ一番高いけど、ちょっと頑張りゃ誰だって飲める酒だぜ?」

「マズイかしら……ロマネコンティみたいなのの方が良かった?」

「だからロマネコンティって何だよ?」

「なんか凄く高いぶどう酒でお金持ちが飲んでるらしいわ」

「ワインか?ふーん、ワインなら俺達も飲んでるけどそんなのがあるんだな」


そんな事を話しつつ平民街へ向かう。

ちなみに平民街の場所は門で人の出入りを管理していた兵士が丁寧に教えてくれた。

この街は国の西街道が交わる街として栄えている為、ルシア達の様な旅人も多く兵士も手馴れているようだった。


「なぁ、そのアニスって医者、女なんだろ?美人なのか?」

「テリー、アナタってそういう事にしか興味が無いの?」

「十代の男なら普通だろ?」


「十代?そういえばテリー、アナタ幾つなの?」

「十七だ」

「そう、じゃあ私と同じね」


ルシアはサラッと四十程サバを読んだ。


「お前も十七なのか?……ホントかよ?」

「どういう事かしら?」

「時々、なんでか分かんねぇけどお袋よりも年上の様な感じが……いや、何でもねぇ。多分気のせいだ。絶対そうに決まってる」


後半テリーが必死で否定したのは、ルシアが瞬き一つせずジッと自分を見ていたからだ。

余り掘り下げると厄介な事になる。彼の直感がそう告げていた。


やがて辿り着いた平民街は門の近く、目抜き通りに比べると木造の平屋建ての建物が多かった。

歩いている人も上等な服を着た人は無く、職人や商売人風の人が多い様に感じた。

ルシアは通りに面した場所に店を構えていた果物屋の店員に声を掛ける。


「ちょっといいですか?」

「何だいお嬢さん?」

「アニス先生ってお医者様を探してるんですけど……」


「アンタ、どっか体を悪くしてんのかい?」

「ええ、まぁ。知り合いに名医だと紹介されて……」

「確かにあの先生腕はいいけど、出してくれる薬は恐ろしく苦いぜ」


店員はリンゴを手に取ると満面の笑みで言う。


「そういう訳だから、先生の所へ行くんなら口直しにウチのリンゴはどうだい?よく熟れれて甘いよ」

「フフッ、商売上手ね。じゃあ一つ頂くわ」

「毎度!先生の所はこの先の金物屋の角を右だよ!」


ルシアは店員の示した金を渡しリンゴを受け取ると、礼を言ってその場を後にした。

リンゴをテリーに手渡すと彼は不思議そうな顔をした。


「食べないのか?」

「ええ、お腹は空いてないわ」

「そういえば、バタバタしてて忘れてたけどお前、飯食ってねぇんじゃねぇのか?」


「……テリー、アナタには言ってなかったけど、私幽霊なの」

「へぇ、そうなんだ……って幽霊!?お前死んでんの!?」

「声が大きい」


ルシアは口の前に人差し指を立て、テリーに声を落とす様促した。


「なるほど……だから手があんなに冷たかったのか……」

「アナタもすぐに受け入れるのね」

「人が死ぬと体と心が分かれるってのは常識だからな。俺もガキの頃に近所の爺さんが自分の葬式見てスーッと消えたの見たし……爺さん手ぇ振って笑ってたなぁ、懐かしいぜ」


「そうなんだ……」

「でも、お前はあんま彷徨う魂って感じしねぇな。触れるし」

「まぁ色々あってね。それで話を戻すけど、私、ご飯を食べる必要が無いの」


ルシアの告白を聞いてテリーは気の毒そうな顔を見せた。


「そうか……辛いな」

「えっ?いやお腹は減らないから……」


「いい、みなまで言うな。世の中には色んな旨い物があるけどそれを味わえない。俺だったら絶望して死ぬかもしれねぇ。……そうか、それで死んだのか?」


「なんか話がおかしな事になってるわよ。それに食べなくていいってだけで、食べれない訳じゃないから」

「なんだよ、食えんのかよ。同情して損したぜ」


テリーは軽く笑みを浮かべると、受け取ったリンゴ二つにナイフで切り分け片方を口に運ぶ。


「言うほど甘くねぇな」


シャリと音をさせてリンゴを頬張りながらもう片方をルシアに差し出した。


「ん」

「……ありがとう」


ルシアは戸惑いつつもテリーからリンゴを受け取りそれを口に運んだ。

何十年かぶりに口にしたリンゴは、彼の言う様に少し酸味が勝っていたがとても甘くルシアには感じた。


リンゴを頬張りながら歩いていると、道の先から何とも言えない臭いが漂ってきた。

周囲には民家が密集していたが、そのレンガ造り二階建ての一軒だけが孤立するように周りが空き地になっている。

道行く人々も口元を押さえその一角だけは早足で通り過ぎていた。


「すっげー臭えな」

「そうね」


二人とも鼻を摘みながら話している為、鼻声だ。


「あそこかな?」

「じゃない」

「行くのか、あの臭いの直中へ?」

「行く以外に道はないわ」


テリーはルシアを見て鼻を摘みながら顔を歪めていた。


「止めようぜぇ。臭すぎるもの。あんな臭いさせてたら女の子に嫌われちゃうよぉ」

「大丈夫よ。臭い云々の問題じゃないから」

「サラッと酷い事言うな!」


テリーとルシアが騒いでいると建物のドアが開き、白衣をきた人物が姿を見せた。

頭には白い帽子、口元を布で覆って皮の手袋を嵌めている。


「何か用ですか?」


以外にも声は若々しい女性の物だった。


「ええ、ギル先生に紹介されてきました。アニス先生ですか?」

「ギル君に?お尋ねのとおり私がアニスですが……ここでは往来の妨げになります。中へどうぞ」

「はい。行くわよテリー」

「マジかよ……」


顔を歪めるテリーを連れてルシアは建物の扉をくぐった。

建物の中は掃除が行き届きとても清潔だった。

ただし、先ほどとは比較にならない臭いが充満していたが……。


「くっせ!駄目だ!鼻摘まんでも他んトコから入ってくる!!」

「失礼よテリー……ウプッ……」

「お前も辛いんじゃねぇか!!」

「ごめんなさい。今日は休診日なので薬を纏めて作っていたのです。薬作りは終わったので臭いはすぐに飛ぶ筈です。あっ、リンゴの芯はそのゴミ箱へ捨てて下さい」


アニスはそう言いながら窓を開けながら二人を部屋に案内した。

案内された部屋は応接室の様で二人掛けのソファが二脚とテーブル、壁の棚には沢山の酒瓶が並んでいた。

ギルが言っていた酒好きというのは本当らしい。

アニスは部屋の窓を開けるとルシア達に椅子を勧め、その向かいに座った。


「それでギル君の紹介という事でしたが?」

「はい、ゴホッ、その前にテリー、アレを」

「ああ。クッ……こちらはお近づきの印です」


テリーが酒瓶を差し出すとマスクの隙間から覗く切れ長の緑の目が嬉しそうに細められた。


「あらあら、これはこれは……」

「うちの町の地酒です。山からの清流で仕込んでるんで上手いですよ。はぁ……駄目だ!口から息しても臭え!」

「テリー!!済みません。失礼な子で……」

「いいんですよ。マスクもせずによく平気だなって思ってましたから」

「確信犯!?……ルシア、この先生もちょっとおかしいぜ?」


テリーは鼻を摘みつつルシアの耳元で囁いた。

おかしいと言われたアニスは受け取った酒瓶のラベルを見て、おもむろにマッシュルーム型のコルクの栓を捻った。

気が付けば彼女の言葉通り臭いはいつの間にか消えている。


アニスはマスクを引き下げる。

すっと通った鼻とピンク色の小ぶりな唇があらわになった。


「すっげー可愛いじゃん……」


思わず呟いたテリーの言葉をよそに女性は瓶の口に鼻を寄せた。


「これは栗?」

「そうっス。秋に栗を拾って仕込んでるんです」

「それは珍しい。じゃあ早速」


そう言うとアニスはそのまま瓶から直接、酒を口に流し込んだ。


「ぷはー。うん、美味しい」

「マジかよ、アレ結構キツイ筈だぞ……」

「そうなの?」

「ああ、普通は水で割って飲むんだ」


結構飲んだ筈だがギルが言っていた様にアニスの様子に変わりは無かった。

彼女は半分ほどに減った酒瓶に蓋をしてテーブルに置いた。


「ふぅ、ありがとうございます。ギル君がお酒の事を話したのですか?」

「はい、とてもお酒が好きだと聞いています」

「あの子も少しは気が利く様になったのですね。それで用件は何でしょうか?薬が欲しい訳では無いですよね?だってアナタ私と同じ精霊なんでしょう?」


そう言って笑うアニスの目は緑の燐光を宿していた。

誤字報告ありがとうございます。

大変助かります。

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