絵本の兎
人狩りの男達を追い回し嫌という程精神的苦痛を与えたルシアは、気を失った彼らを街道の側に放置すると意気揚々とテリー達の待つ森へ引き上げた。
森では人狩り達が休憩していた場所でテリー達が眠りに就いていた。
テリーは馬車に有った寝袋で、ブラックは焚火の側で座って船を漕いでいた。
老人は木に身を寄せ、鱗族達は抱き合う様に塊になって眠っていた。
テリーは鱗族たちに少し怯えていたが、それでも寝袋で熟睡できるのだから図太いなとルシアは苦笑した。
その怯えられた鱗族たちは疲れもあったのかスピスピと鼻を鳴らし熟睡している。
彼らは連れ去った当初は威嚇していたが、ルシアが奴隷紋を消すと警戒を解き大人しくなった。
トカゲに似た容姿だが鼻先は丸みを帯びており、団子になって眠っている姿を少し可愛いとルシアは感じた。
「お戻りになられましたか」
「起こしちゃったかしら?」
「いえ、元より眠ってはおりませんでした」
声を掛けてきたのは耳長族の老人だった。
彼はルシアが姿を隠し人狩りを観察していた時の様な怯えた様子は無く、矍鑠とした雰囲気に様変わりしていた。
後ろに流した銀髪に顎鬚、顔には深い皺が刻まれていたが目は若々しさを失ってはいない。
「それが本当のアナタなの?」
「まぁ、そうですな。望む姿を見せた方がああいった輩相手ですと被害が少ないですから……」
長生きした老人の悪知恵ですと年老いた耳長族は笑った。
「そう言えば名を名乗っておりませんでした。儂はフォルハと申します。此度は助けて頂きありがとうございます」
「フォルハね。私はルシア、よろしくね」
「よろしくお願いします。ルシア様」
「ルシアでいいわ」
「……ではルシア殿とお呼びします。……それでですが、あの二人はどうなりましたか?」
ルシアは彼の奴隷紋を消してすぐに人狩りの下へ向かったのだがルシアを警戒する様子は無かった。
どうやらブラックが状況を説明してくれていたらしい。
「思いっきり脅かして、街道近くに捨てたわ。彼らが森に得体のしれないモノがいるって言いふらしてくれれば、この森に近づく奴らも減るでしょう?」
ルシアが言った見通しにフォルハは少し唸って答えた。
「どうでしょうか。彼らは執拗です。怪物の噂程度では難しいかもしれません」
「……甘かった?やっぱりズタズタにして捨てた方がよかったかしら?」
「そちらもいい手とは言えませんな。殺せば面子の為に報復を考えるでしょう」
「うーん、難しいわね。……ねぇ、なにかアイデアは無い?」
「この森を守るだけであればお力をお貸し出来るかと」
元々フォルハは何か策を持っていたようだ。
「フフッ、悪知恵って奴ね。聞かせて貰えるかしら?」
「そうですな……まずは兎人達と話しをしましょう。この森は彼らの縄張りです。部外者が勝手は出来ません」
「任せていいのかしら?」
「はい、儂の知る兎人はそれ程好戦的では無かったので、話ぐらいは聞いてくれると思います」
「分かったわ。じゃあ皆を起こしましょうか」
「承知いたしました」
フォルハと手分けして寝ている者を起こす。
ブラック達、元奴隷は眠りが浅かったのかすぐに目を覚ましたが、テリーだけはグズッて中々起きなかった。
「テリー、起きなさい」
「お袋……後五分……五分だけでいいから……」
「誰がお袋よ……しょうがないわね」
ルシアは寝袋で寝るテリーの背中に手を突っ込んだ。
「うひゃああ!?何!?今の何!?」
「目が覚めた?」
「なんか凄っごく冷たい物が……」
「いいから早く準備して、皆待ってるんだから」
「……準備?……リベットに向かうのか?」
「いいえ、向かうのは森の奥よ」
森の奥と聞いてテリーは顔を歪めた。
「まだ森をウロウロすんのか?」
「ご不満かしら?いいのよアナタだけ残っても」
「行くよ!行きゃいいんだろ!」
テリーが寝袋から出て畳んでいると、鱗族の一人が彼に手を差し出した。
「何だよ?……寝袋片付けてくれるのか?」
鱗族は頷くとクルクルと喉を鳴らした。
「……あんがと」
テリーが差し出した寝袋を馬車に積み込むと、鱗族はルシアとテリーに馬車に乗るよう促した。
「なんか妙に親切で気味が悪いな」
「鱗族は恩義に篤い種族です。ルシアさんに救われた事を感謝しているのでしょう」
「そうなのか?昨日から俺に対する扱いがそれだけじゃないように感じるんだが……」
「お主は守るべき子供と思われておるのじゃろう」
「子供!?俺が!?」
フォルハに言われてテリーが鱗族を見ると、彼らは一様に慈しむ様な目でテリーを見ていた。
「マジかよ……」
「貴方、鱗族達に怯えてましたからね。彼らの庇護欲を刺激したんじゃないですか?」
「……俺は美女にモテたいんだよ。トカゲにモテてもしょうがねぇだろ……」
「いいじゃない。嫌われるよりは全然マシだわ。それより皆馬車に乗って頂戴。出発しましょう」
「分かりました」
テリーとフォルハ、鱗族には荷台に乗ってもらいルシアとブラックが御者台に座る。
荷台ではテリーが鱗族の一人に抱きかかえられ頭を撫でられていた。
「止めろ!!俺はガキじゃねぇ!!」
「クルルル……」
鱗族は喉を鳴らしながら暴れるテリーを愛おしそうに撫でた。
その様子はきかん気の強い子供を母親が宥める様に似ていた。
それを見てフォルハが低く笑い声を上げている。
ルシアは全員が馬車に乗り込んだのを確認すると、力を使って馬ごと馬車を持ち上げた。
「おお、まるで鳥になったようだ……」
「ブラック、兎人の集落の場所を教えて」
ブラックは空から見る光景に目を奪われていたが、ルシアの言葉で我に返り鼻を鳴らした。
「このまま北に向かって下さい。森の中心から匂いを感じます」
「了解」
「ルシア殿、直接集落には向かわず手前で降りてくだされ。手出しをしなければ向こうから接触してくる筈です」
「分かったわ」
兎人、どんな姿だろうか。
メルやブラックは動物の特徴を有していても骨格的には人の様に直立している。
鱗族はトカゲに近い様だが彼らも基本的に二足歩行だ。
まさかバニーガールという事は無いだろう。
ルシアはメルを兎に置き換えた様な姿を想像した。
可愛いと言うよりは可憐な感じがする。
そんな事を考えて馬車を進ませていると、ブラックに声を掛けられた。
「止まって下さい!……こちらを囲むように動く匂いがあります。恐らく兎人でしょう……」
「何?」
「動き方が気になります。警戒した方がいいと思います」
「分かったわ」
ルシアは力を使い馬車を守る様に力を巡らせた。
その後、ゆっくりと馬車を森の中に降ろす。
動きを止めた馬車に次々と矢が飛来した。
「好戦的じゃ無いんじゃなかったの!?」
「済みません!!儂の知る者達は臆病だったのですが!!」
矢は巡らせた力に弾かれているが、高速で飛来する矢は余り気持ちのいいモノでは無い。
「どうします!?戦いますか!?」
「戦うってどうやってだよ!?ここから出たらハチの巣にされちまうぞ!?」
「クルルル」
鱗族はテリーを気遣って背中をポンポンと尻尾で叩き彼の頭を撫でた。
「ってだから撫でるな!!」
「争いに来たんじゃないわ。暫く待ちましょう」
甲高い音を立てて矢が弾かれるのを聞きながら、一行は攻撃が収まるのを待った。
「ルシア……これって大丈夫なのか?」
「ええ、弓矢ぐらいは跳ね返せるから安心して頂戴」
「大丈夫と分かっていても落ち着きませんね……」
ブラックは鼻に皺を寄せて弾かれる弓矢を睨んだ。
暫くそうしていると攻撃が止み、森の中から弓矢を持った兎達が姿を見せた。
それは絵本に出て来る服を着て直立する兎に酷似していた。
背の高さは大体ルシアの胸ぐらい、柔らかそうな毛並みと丸い目がとても印象的だ。
「……やだ、可愛い」
ルシアは兎の愛らしさに思わず両手を口に当て呟いた。
「お前らどこのモンや!ここが儂らのシマやと分かって殴り込みかけてきたんか!?」
「……やだ、可愛くない」
ドスの聞いた声にルシアのテンションが一気に下がる。
「おお!?さっさと兄ぃの質問に答えんかい!!」
「ガラの悪い連中ですね」
血の気の多そうな兎の一人が短刀に舌を這わせながら凄む。
「首ぃ落としてもええねんぞ?」
「爺さん話が違うじゃねぇか!?」
「済まんのう、儂が知ってるのはもう二十年も前の事じゃから……」
「急に耄碌ジジイのフリするんじゃねぇよ!!」
「クルルル……」
「だから俺は赤ん坊じゃねぇ!!」
鱗族が喚くテリーを落ち着けようと抱いた彼を優しく揺らした。
「しょうがないわねぇ」
ルシアは立ち上がると、正面の一番初めに口を開いた茶色い毛並みの兎人の前にふわりと降り立った。
「ルシアさん!?」
「ええ度胸やないか姉ちゃん?」
「アナタがこの連中のリーダーって事で良いのかしら?」
「そうや、儂がこの辺りの森を仕切る歯頭組の若頭、鉄前歯のギンや」
そう言うとギンと名乗った兎は前歯をキラリと光らせた。
「そう、私はルシア。人狩りの事で話をしに来たの」
「人狩りぃ?やっぱそうか……その馬車見覚えがある思てたで」
そう言って俯きがちに笑うとギンは突然飛び跳ね、ルシアの首に腰から抜いた短刀を振るった。
短刀はルシアの首を一太刀で断ち切り、落ちた首は地面に転がった。
「ルシアさん!?」
「ルシア!?」
「ルシア殿!?」
「「「「「「クルルル!?」」」」」」
「流石兄ぃや!!」
「お見事です兄貴!!」
「スゲェ!!」
ギンはニヒルな笑いを浮かべ短刀を血振りし鞘に納めようと刀身をチラリと確認する。
だが刀身を見たギンは眉をひそめた。
「どういう事や……?」
刀身には血の曇りが一切残っていなかった。
不審に思い振り返ったギンは目を見開く。
「ビックリするじゃない。止めてよねそういうの」
ルシアは何事も無かった様に落ちた首を拾うと胴体に乗せた。
「あれ、逆だ」
平然と後ろを向いた首を正面に戻すルシアに、兎人達は勿論ブラック達もポカンと口を開けていた。




