不信と解放
「解放……ですか?人である貴女が?……にわかには信じがたい」
ブラックは鼻に皺を寄せルシア達に牙を見せ爪の生えた手を構えた。
「こっ、こいつが人間以外を解放しようとしてるのはホントだ。町じゃ領主の元奴隷が自由に動いてるよ」
「信用出来る訳無いでしょう?……もしかしてカラス様のテストか何かですか?」
「カラス?鳥の?」
「……まぁテストだとしたら素直に答える訳無いですよね……」
ブラックは警戒を解く事無く牙を剥き爪を向ける事を止める事は無かった。
メルの様に奴隷として扱われていたのに、あれほど人懐っこい方が特別なのだろう。
「アナタが警戒するのも無理ないと思うけど……その額の怪我だけでも治療させてくれない?」
「動かないで下さい!」
ルシアが右手を翳すとブラックは後ろに飛んで更にルシア達から距離を取った。
「ルシア、あんま刺激すんなよ……」
「はぁ……面倒な子ね」
ルシアはため息を吐くと翳した右手を軽く握った。
不可視の力がブラックを拘束する。
「グッ!?……術者?」
「暴れないで、傷を治すだけだから」
「近くに持ってくるなよ!」
ブラックを引き寄せるとテリーは慌ててルシアから離れた。
その様子に少し呆れながら彼女はブラックの酒瓶で割られた額に手を翳した。
傷口が時間を遡る様に閉じていく。
額の傷は勿論だが、男達の暴力によって感じていた腹や背中の痛みも同時に引いて行くのをブラックは感じていた。
「これは……癒しの力……」
「どう、少しは楽になった?」
「本当に何なんですかこれは?何が目的です?」
「ホント疑り深い奴だな……メル達がどんだけいい娘か分かるな」
「誰も信用出来ないぐらい酷い目に遭っているのよ。しょうがないわ」
拘束されたまま、ブラックはルシア達を睨んでいる。
「取り敢えず、アナタを縛っているモノについてだけでも教えてくれない?そしたら放してあげるから」
「……本当にテストじゃ無いんですか?」
「だから何のテストだよ……」
テリーはブラックの疑り深さに少々閉口気味のようだ。
「……教えたら本当に放してくれますか?」
「ええ」
「……ふぅ、従う他なさそうですね。……奴隷紋というのをご存知ですか?」
「いいえ」
テリーを見ると彼も首を振っている。
「呪いの一種なのですが、奴隷の血と主の血を混ぜた特殊なインクで入れる入れ墨です」
「それがあると逆らえなくなるの?」
「呪いとしてはそれ程強い物ではありませんが、主の命令に逆らうと激痛が走ります」
「アナタを殴っていた男が主なの?」
「見ていたのですか……いいえ、彼らの命令に従う様、主が命じたのです」
「ふうん。ねぇ奴隷紋ってこれとは違うの?」
ルシアはデアンから取り出しポケットにしまい込んだままになっていた奴隷の印を取り出した。
指先でつまんだ結晶を見てブラックが目を見開く。
「印結晶……それをどこで?」
「町を襲ってきた魔物から取り出したの……何、これ珍しいの?」
「人を縛る物としては最上位クラスです。目にしたのは耳長族の王族に使われていたのを見た一回だけです」
「ふうん、貴重品なのね。ねぇその奴隷紋っていうの見せてもらえない?」
「……この状況で断りを入れる必要は無いでしょう?服をはぎ取って勝手に見ればいいじゃないですか?」
「そういう訳には行かないわ。さっきは傷を治す為に拘束したけどアナタの意思を尊重したいの」
そう言うとルシアはブラックを縛っていた力を解いた。
解放されたブラックはルシアから距離を取り訝し気に彼女を見た。
「何やってんだよ!?」
テリーがブラックを解放したルシアに非難の声を上げる。
「……奴隷紋を見てどうするんです?」
「呪いなら何とか出来るかもしれないわ」
「……」
ブラックはルシアを暫く見つめていたが、やがて彼女に見える様に服をはだけて右胸を見せた。
そこには赤黒く光を放つ文様が刻まれている。
「近くで見てもいい?」
「お好きにどうぞ」
抵抗しても無駄だと考えたのかブラックは吐き捨てる様に答えた。
その様子に苦笑しながらルシアは彼に近づき胸の紋様に顔を寄せた。
紋様からはルシアには馴染み深い、暗く淀んだ臭いがした。
「うん、これなら吸えそう」
「吸う?一体何を……」
ブラックの質問には答えずルシアは紋様に唇を寄せた。
「なっ、何を!?冷たい!?」
「逃げちゃ駄目」
顔を歪めたブラックの体に手を回すと紋様に口づけする。
紋様は抵抗するかのように明滅を繰り返し、やがて蝋燭の炎が消える時の様に強く光るとフッと光を消した。
ルシアはブラックの体に手を回したまま彼を見上げ尋ねる?
「まだ支配されてる感じはある?」
「……ありません。自由だった頃と同じ感覚です……信じられない」
「そう、上手くいって良かったわ」
そう言って微笑むとルシアはブラックから手を放し背を向けた。
テリーが駆け寄りルシアに尋ねる。
「なぁ、さっきの何だよ!?」
「呪いの力を吸い取ったのよ」
「呪いを……そんなの吸って大丈夫なのか?下痢とかしない?」
「もう!デリカシーの無い人ね!だから女の子にモテないのよ!」
「心配してんだろうが!?」
「心配ねぇ……テリー、アナタはもう少し言葉の選び方を学んだほうがいいわ。そしたら少しはモテるようになるかもね」
「えっ、ホントに!?」
ルシアがテリーと話しているとブラックが戸惑いがちに問い掛けた。
「あの……俺はどうすれば?」
「もう自由なんだから好きに生きればいいわ。行くところが無いならここから東のデレアって町に行けばいい」
「デレア……あの貴女はどうするんですか?」
「アナタを殴った奴らは人狩りなんでしょう?」
「……そうです。彼らは王都の奴隷商の実働部隊です」
ルシアの推測は当たっていたようだ。
「そう。最初に言ったけど私はアナタみたいに縛られてる人を解放したいの」
「何故?人間の貴女には関係無い筈だ」
「誰かが虐げられているのを見るのが不快だからよ」
彼女の言葉は静かだったが、暗く滾る様な怒りがあるのをブラックは感じた。
「仲間を解放するつもりですか?」
「ええ、そのつもりよ」
「ルシア、止めとこうぜ。人狩りは国中にいる。あいつ等全員繋がってるって話だからバレたら面倒な事になるぜ」
「だって放っておけないじゃない」
「あの……多分大丈夫です。狩りの最中に返り討ちに遇う事はそれ程珍しくありませんから」
ブラックの言葉を聞いてルシアは笑みを浮かべ、テリーは顔を歪めた。
「それじゃあ問題ないわね」
「クソッ、馬車なんて見つけなきゃよかったぜ」
「俺にも手伝わせて下さい」
「いいの?このまま逃げた方が良くない?」
「……ずっと痛みに負けてあいつ等の指示で狩りを続けてきました。その罪を少しでも償えるのなら……」
「そう……じゃあ手伝ってもらおうかしら」
「はい!」
ブラックはそう答えると嬉しそうに尻尾を振った。




