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悪霊の国  作者: 田中
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辛い肩と腰に

四人に分かれたルシア達を見てギルは呆れ、ローザはただ凄いねぇと感心していた。

その後ルシアはメルとクリオを連れて領主の屋敷へ戻った。


屋敷でも一通り驚かれたりしたが、そういう術だという事で皆納得してくれたようだ。

クリオをロイドに用意してもらった寝室に寝かせたルシアは、メルにクリオを任せロイドと共に執務室に向かった。

日が落ちランプの炎揺れる中、デスクの椅子に腰かけ分身を背後に並べたルシアはロイドに今後の予定を語った。


「取り敢えずなんだけど一番目、つまり私はリベットに行ってメルのお産を助けてくれる人を探すわ」

「お産?メル様はご懐妊されているのですか?」

「そういえば言ってなかったわね……」


「はい、聞いておりません」

「……ごめんなさい。どうも私体質的に目の前の事しか考えられないみたいなの」

「さようでございますか……では今後は状況を都度お知らせ下さい。こちらはそれに合わせて対応いたします」


ロイドは困った様に笑いながらルシアに提案した。

彼は場当たり的なルシアに合わせてくれるようだ。


「それで、残りのお三方はどのようなご予定ですか?」

「えっと、二番目は法律を勉強してるって人をブラッドに紹介してもらって法の整備をしたいの」

「法を……畏まりました。そちらは私もお手伝いできるかと……」


「そうだ!税金ってどうなってるの?」

「税でございますか?町に住む者達は総収入の三割を徴収する形をとっております。領地内の村については殆どが農業に携わっておりますので、年間収穫の三割を基準に納めてもらっております」


社会に出た事の無いルシアにはそれが多いのか少ないのかよく分からなかった。

分からない事は勉強すればいい。

ルシアは目の前の人物、ロイドに尋ねてみる事にした。


「それって多いの?」

「そうですな。人によりけりだと思います」

「人に?」

「例えばこの町で家族四人が不自由なく暮らす為には、年間で金貨二百枚ほど必要です」

「うん」

「税は総収入の三割ですから、おおよそ金貨三百枚程度の収入が無いとならない訳です」


ルシアはロイドの言葉に頷き続きを促した。


「ただ、三割というのは収入に関わらず一律です。この点は私は常々問題がある様に感じておりました」

「三百枚に満たない家は貧しい生活を送らなければいけないのね?」

「はい、それと農業に携わっている者についても少々問題が御座います」

「何?」

「現在は農地の面積で収穫量を見積もっております。ですが収穫は天候に左右される物です。収穫の少ない年はかなり負担が大きいかと……」


ロイドは表情こそ変えていなかったがかなり緊張しているようだった。


「ねぇ、ダルガにはこんな事話したの?」

「……遠回しに進言した事はございます」

「で、あのおじさんは何て?」


「ずっと続いて来た事を変える必要はないと」

「なるほどね……」

「あの、ルシア様……」


ルシアは笑みを浮かべるとロイドに答えた。


「ロイド、アナタはずっとこの屋敷に仕えているの?」

「はい、見習いからですからかれこれ四十年以上お仕えしております」

「よく我慢できたわね?」


「……先々代には良くして頂きましたので」

「そう、ロイド、これからは我慢する必要はないわ。良いと思った事、私が間違っていると思った時、どんどん発言して頂戴」

「……よろしいのですか?」


戸惑いを浮かべるロイドにルシアは深く頷いた。


「さっきの説明、とても分かりやすかったわ。ずいぶん勉強したんでしょう?」

「……私の実家も農家でございますから……彼らの暮らしが少しでも楽になればと」

「そう……決めた。ロイド、アナタも二番目と一緒に法の整備に加わって頂戴」


「私がで御座いますか?」

「ええ」

「ですが私は唯の執事で御座いますよ?」


戸惑うロイドにルシアは言う。


「そんなの関係ないわ。私、せっかちなの。優秀な人材を遊ばせておくなんてそんな勿体ない事出来ないわ」

「そうよロイド、早速明日からでも一緒に動いてもらうわよ」


二番目のルシアがロイドに微笑み続ける。


「……畏まりました」


四人のルシアに見つめられ、ロイドは諦めた様に答えた。


「さて、次は三番目。この娘には町で学校造りをしてもらうわ」

「学校?裕福な方たちが通うあの学校ですか?ですがこの町にはそれ程裕福な人間は……」

「通うのは普通の住民の子供達よ。ゆくゆくは村の子供達も通える様にしたいわね」


「そこで一体何を教えるのです?」

「計算や文字の一般教養と後はリエール教が教えた人についての貴賎を払拭する」

「貴賎の払拭……具体的には何を為さるおつもりですか?」


困惑気味のロイドにルシアは言う。


「私はね、その人が尊敬に値するかどうかは出自に関わらず為人だと思ってる」

「はぁ……」

「どんなに立派な家柄だろうと、人を馬鹿にしたり蔑んだりする人間は尊敬出来ないわ」


「それはそうかもしれませんが……」

「逆にどんなに貧しくても今現在、この国で下に見られている人間以外の種族だろうと素晴らしい人は素晴らしいわ」

「……貴族も他種族も同列に扱うと?」


四人のルシアは同時に頷いた。


「そうよ」

「人はその行いによって評価されるべきだわ」

「見た目が少し違うからといって、虐げられるなんて馬鹿げてる」

「そう思わないロイド?」


「……四人のルシア様が連続で話されるとどの方にお返事すればいいか迷いますね。……確かにその通りであると思います。私にも他種族の知り合いはおりました。リエール教の教義には疑問を持っていた事も確かです」


ローザはリエール教が国教になって三十年ぐらいと言っていた。

ロイドは五十歳前後に見える。

彼は他種族が差別対象になる前の世界を知っているのだろう。


「協力してくれる?」

「いたしましょう。私の知る者達は楽しい連中でした。彼らの様な者とまた出会えるのなら……」


ロイドは昔を思い出したのか柔らかな笑みを浮かべた。


「最後は四番目、この娘はクリオを連れて町医者のギル先生の所に行ってもらうわ」

「ギル……奇怪な実験をしているという噂ですが……」

「先生の実験は間違っていないわ。ただ進み過ぎて奇妙に映るだけよ」


「さようで御座いますか……ずいぶん頑固で偏屈だと聞き及んでおりますが……」

「フフッ、それは否定しないわ。でもギル先生ならきっと医学を発展させてくれる筈」

「はぁ……医学を……」


ダルガがギルの家とつながりを持とうとして接触を図ったとブラッドは話していた。

恐らくロイドはその時彼の噂を耳にしたのだろう。


「とにかくギル先生は凄い可能性を持っているわ。どんな病気でも治せる特効薬も作るかもしれない」

「どんな病気でも……ルシア様、その特効薬は腰痛にも効くのでしょうか?」

「なに、ロイド腰が痛いの?」


「はい、なにぶん歳ですので肩と腰が最近……」

「なんだ。言いなさいよ。それぐらいだったら私が治してあげるわよ」

「いえ、そんな畏れ多い……」


ニッコリ笑ったルシアを見て、ロイドは額に汗を浮かべていた。

彼はルシアが兵をなぎ倒す所をバッチリ見ている。

逆に庭で彼女が兵を癒す所は見ていない。


あの力を使って肩や腰に何にかするつもりなのでは……。

そう考えただけで体中に痛みが走る気がした。


「あの……私の痛みはそれ程強い物ではありませんので……」

「遠慮しないで、アナタにはこれからもバリバリ働いてもらわなきゃいけないんだから」

「いえ、ご領主様にそんな事をさせる訳には……ヒッ!」


後退るロイドの右肩にいつの間にか後ろに立っていたルシアの手が置かれる。


「どうしたのロイド?酷く息が荒いわよ?」

「そんなに痛いの?」

「なっ!?」


見れば左肩にも手が置かれていた。

ランプの灯りが作り出す自身の影がルシアの顔に落ちる。

その瞳は青く発光している様にロイドは感じた。


「緊張しないで」

「リラックスしていれば痛みはすぐに無くなるから」


ロイドは現在五十二歳、息子も成人し経験もそれなりに積んできたつもりだ。

だが自分の半分以下しか生きていない様に見えるルシアに彼は言いしれない恐怖を感じていた。


「大丈夫だから……ね?」

「はわわ……」


椅子に座っていた筈のルシアがいつの間にかロイドの正面に立っている。

下から覗き込んだルシアの笑みはロイドにはとても不気味に見えた。


ルシア自身はロイドを治療しようとしているだけだったが、長年沁みついた物は簡単に払拭できるものでは無かった。

彼女は無意識のうちに相手の恐怖をあおる様な動きをしてしまっていたのだ。


「さぁ、力を抜いて……」


四人目のルシアがロイドの腰にそっと触れた。


「あう……」


限界を超えたロイドはコテッと意識を手放した。


「あれ?ロイドどうしたの?」

「そんなに腰が痛かったのかしら?」

「困ったわね」

「取り合えず治療してベッドに運びましょう」

「「「そうね」」」


ルシア達はロイドを治療し持ち上げると、怯えた使用人に彼の部屋を尋ねベッドに寝かせた。

翌朝目覚めた彼は体の痛みが無くなっている事に驚いた。

だがルシアと話していた筈の自分が何故仕事着のまま寝ているのかどうしても思い出せなかった。

使用人達もその事については口を閉ざしたので彼の疑問は暫く解ける事はなかったという。

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