強い力
通された部屋はテリーの言った通り、骨格標本や液体に漬けられた内臓が並んでいた。
テリーはそれを見てげんなりしていたが、ルシアはタカシと出会った理科準備室を思い出し少し懐かしく感じた。
「その寝台に寝かせろ」
「……先生、なんか血みたいなシミが付いてるんですけど……」
「血みたいでは無く、血だ。消毒はしてあるから問題無い」
「はぁ……」
テリーはなるべく血の痕に触れない様に少年を寝台に寝かせた。
ギルは少年の手を取り、脈を図っている。
「ふむ、脈が弱いな。おい、この子供は最近大量に血を失ったか?」
「はい、床に広がるぐらい血を流していました」
「……そうか、この様子だといつ死んでもおかしくない筈だが……」
「あの……連れがその子に命をあげるって……」
「命?生命の譲渡か?……そんな術は聞いた事が無いが……」
ギルは少年の目蓋を開けたり、首筋を触ったりしながら診察を続けて行く。
「しかしながら、この状態で生きているという事は、原因はそれしか考えられん。……その連れは死んだのか?」
「……はい。命を燃やして燃え尽きる様に消えました」
「……そうか、それは残念だ。是非その連れとも話してみたかったが……。まぁいい、子供は貧血だろう。取り敢えず栄養液を入れておく」
そう言うと、ギルは液体の入ったガラス瓶の口に針の付いた管を突き刺した。
瓶の口はコルクの様な物で栓をされており、そこに針を突き刺す形だ。
その後、反対側の針先から液が出るの確認して、ギルは少年の手を取り腕の血管に挿した。
「うぇ、あんなの体に入れて大丈夫なのか?」
「フンッ、お前も王都の連中と同じだな。いいか、血が体を巡って全体に生きる為の力を送っているのだ。この子供はその血が足りておらん。本来であれば血を足してやるのが一番なのだが、研究はそこまで行きついていない。この栄養液は血の代わりだ」
「それじゃあ血を流し過ぎると死ぬのは……」
「生きる力を送れなくなるからに決まってるだろうが」
その後、栄養液を少年に投与する間、ギルは少年の体を触り何やらメモを取っていた。
ルシアは先程の処置について気になった事を聞いてみた。
「あの、先生?」
「なんだ?」
「器具の消毒とかしていなかった様に思うんですけど、大丈夫なんですか?」
「ほう、お前は少し分かっている様だな。問題無い、俺の術は体に入る毒を消す力がある。というかそれしか出来ん」
そう言って手を翳すと自嘲気味に笑った。
「なんすか?体に入る毒って?」
二人についてこれないテリーが、質問を挟んだ。
「警備兵、お前は俺の患者でも生徒でも無いだろう?」
「えー、そんな事言わないで教えて下さいよ」
「チッ、仕方ない。いいか、この世は病を引き起こす毒で溢れているのだ。健康であれば体が毒を排除する、だが栄養不足で体が弱っていたり、怪我で危険な毒が体内に深く入れば対処出来なくなる。お前も風邪ぐらい引いた事があるだろう。あれもその毒が引き起こしているのだ」
「毒が世界中に……んじゃ今も周りには毒が溢れてるんですか?」
体を縮めてキョロキョロと周囲を見回す。
「清潔にしていれば、そんなに怯えなくてもかまわん。手を洗ったり口を濯ぐだけで大分違う。ただし洗う水は清らかな物を使え」
このギルという医者は、細菌やウイルスの存在を何となく分かっているようだ。
「先生は何処でそれを?」
「お前に話す必要はないだろう?」
「先生、こいつ、一応新しい領主様なんですよ」
テリーの言葉で、ギルは値踏みするようにルシアを見た。
「こいつが?変な格好の小娘しか見えんぞ?それに領主のダルガはどうした?」
「あのですね。その前領主のダルガ様からルシア、あっ、こいつの名前です。えっと、ルシアが力ずくで領主の地位を奪ったんです」
「力ずくで……なるほど、お前は術者という訳か」
ギルの視線が値踏みする物から増悪を含んだ物に変わる。
それはルシアにとって馴染み深い物だった。
これは嫉妬だ。
自分がもってない物に対する妬み、得られない事に対する憤り。
かつてルシアをいじめた娘も、瞳の奥に同じ物を持っていた。
「先生は術者が憎いのですか?」
真っすぐにギルの瞳を見てルシアは尋ねた。
彼はそれを見返していたが、やがて目を伏せ呟くように言った。
「憎いね。さっきも言ったが、俺は目に見えない毒を消す事しか出来ん。見える物で消せるのはせいぜいカビぐらいだ」
「強い力が欲しかったのですね?」
「ああそうだ!!俺は力が欲しかった!!貴様の連れの様な死にかけの命を救えるぐらい強い力がな!!」
「貴方は命を救えます」
「何?どうやってだ?王都の連中は俺の研究を否定した。目に見えない毒等存在しないと言ってな!」
ギルの目は憤りで揺れていた。
きっと彼は認められたい一心で、血の滲む様な努力をして見えない毒、細菌やウイルスの存在に気付いたのだろう。
「先生はこれから世界の常識を変えるのです。貴方が新しい医学の祖となるんです」
「何を馬鹿な……」
「先生、私は別の世界から来ました。そこはここよりずっと医学が進んでいました。貴方の考えは私の世界では常識です」
「何……だと……俺は……俺は正しいのか?」
「ええ、あなたは間違っていない」
ルシアの瞳はぶれる事無くギルを見つめていた。
「別の世界……本当なのか?」
「本当です」
「そうか……フフッ、フハハ!!ざまあ見ろだ!!頭の固い王都の馬鹿どもめ!!おい、ルシアといったな。お前の知っている事を全部教えろ」
「えっ?あの私、医者じゃないので詳しい事はサッパリ……」
「構わん、お前の言う常識とやらでいい。教えないというなら、この子供の治療は打ちきりだ」
そう言うとギルは少年につながっていた点滴を引き抜こうとした。
「あっ!?ちょ、ちょっと待って下さい!教える!教えますから!」
「クククッ、分かればいいのだ。いいか、明日から子供を連れて毎日ここへ来い。いきなり液を流し込むと血が薄まるからな。少しづつ血を増やす。その際、お前の知識を俺に与えろ、いいな?」
「でも本当に私は素人ですよ?」
「いいと言っているだろう!俺は俺の考えた事が真実なのか確かめたいのだ!その答え合わせぐらいは出来るだろうが!?」
ここではいと言わないと、ギルは本当に少年の治療を止めるだろう。
クスリの飲めない少年を助けるには、ギルに従う他なさそうだ。
「私の分かる範囲なら……」
「よし、いいぞ!……これで王都の連中の鼻を明かしてやれる」
クツクツとギルは暗い笑みを浮かべた。
ダルガは溜まった鬱憤を吐き出す様に、目の前の怪物に起こった事を吐き出していた。
「へぇ、それじゃあ、そのルシアっていう小娘がアンタを領主から追い落としたのか?」
「そうだ!多少力があるからといって、貴族であるこの儂を小馬鹿にしおって!」
「力が欲しいのか?」
「当たり前だ!!力さえあればデレア等という田舎町でくすぶっている必要は無かった!!」
異形の怪物は蛇に似た目を細めた。
「力を与えてもいいぜ」
「本当か!?」
「ああ、その代わり後悔するとかは無しだぜ?」
「後悔などするものか!!儂はその為に人もどき共とも交わりを持ったのだ!!これ以上失う物は無い!!」
「へへッ、確かに聞いたからな……」
怪物は元領主ダルガに向けて尾を振った。
尾は首元の首輪を容易く断ち切る。
「おお!!首輪が!?」
「それが付いていると存分にやれねぇからよぉ」
そう言うと怪物は尾をダルガの腕に突き立てた。
「グガッ!?何を!?」
「力が欲しいんだろ?与えてやるよ」
見ればダルガの腕には怪物に似た鱗が生え始めていた。
「グォ!?何だ!?何だコレは!?」
「お前は俺の眷属になるんだ。空も飛べるし爪や牙は人間を味わうには便利だぜ」
「人を味わうだと……そんな……止めだ!!戻せ!!戻してくれ!!」
「後悔しないって言ったじゃねぇか?いいだろ、そのルシアって奴を食い殺してやれよ」
「グァ…ワシハ……キゾクダゾ……クルルルル」
ダルガの顔は嘴を持った蛇の様に変貌していた。
それを見て怪物の顔が醜く歪む。
「こんな辺境まで来させやがって、人ぐらい食わねぇとやってられねぇよな?」
「クルルルル……ヒト……タベル……」
「よしよし、いい子だ。中の連中も変えたらブレックファースト、いやランチと洒落込もうぜ」
「ランチ!!ランチ!!」
かつてダルガだったモノの声が草原に甲高く響いた。




