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悪霊の国  作者: 田中
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異形と異端者

ダルガは石造りの床の上で目を覚ました。

記憶が混乱し一瞬ここが何処なのか分からなくなる。


自分は領主で清潔なシーツの敷かれたベッドの上で眠っていた筈。

昨日はネコを相手にしたから、今日は土小人を……


唐突に全てが思い出される。

そうだった黒髪の娘が全てを奪ったのだった。

それで力を奪われた重い体を引きずって、教会に助けを求めたのだった。


周囲を見回すとあちこちで教会の人間がうめき声をあげている。


「グッ……」


起き上がろうと手を突くと、その突いた右手が酷く痛んだ。

持ち上げ袖をまくると腕は赤黒く腫れていた。

どうやら先ほどの衝撃で何処かにぶつけてしまったようだ。


無事だった左手で体を起こし、少し光が漏れている入り口へ向かう。

演台の上でルシアを目にした時、ダルガの心に恐怖が湧きだした。

彼女の姿を見るまでは、心を占めていたのは怒りだった。


だがルシアを目の前にすると、いたぶられた事だけではない理由の分からない怯えがダルガを支配した。

それは動物が持つ強者を恐れる本能だったのだが、領主の子として生まれ何不自由なく育った彼には馴染みのない感覚だった為、理解出来ない恐怖として認識されたのだ。


痛む体を押して扉を押し開ける。

溢れた光が目を焼いた。

太陽はまだ上ったばかり、どうやらほぼ丸一日気を失っていたようだ。

いや、一日かどうかは分からないが……。


「どういう事だ……」


目の前には草原が広がり、遠く自分の支配していた町が霞んで見えた。

草原には何かを引きずった様な跡が付いていた。


「まさか……」


後は自分の立つ地面の後ろ、教会の下に伸びている。


「教会ごと飛ばされたのか……」


地震が起きたとばかり思っていたが、あの衝撃は教会が動いた事による物だったようだ。

呆然としていたダルガを何かが陰らせる。

振り返ると逆光の中、翼を生やした人型の何かが見えた。


「……神の御使い?」

「これは教会?なんでこんな所に?」


バサバサと羽音立てて降り立ったのは、天使では無く蝙蝠に似た羽根を持った異形だった。

皮膚は鱗に覆われ、顔は蛇、口元には猛禽に似た嘴を備えている。

その姿はリエール教の神話に登場する悪魔の手下によく似ていた。


「おい、そこの奴隷。何が起きたか話せ」

「クッ、化け物が!儂はデレアの領主だぞ!」

「嘘を吐くな。首輪をした領主なんている訳ないだろ?」


甲高い耳障りな声で異形は話した。

異形が指さしているのが、自分の首元だと気付いたダルガは咄嗟に服で首輪を隠した。


「こっ、これは簒奪者につけられたのだ!」

「へぇ、面白そうな話だな。詳しく聞かせてくれよ」


ダルガは固いと思われる異形の嘴が、醜く笑みを形作るのを確かに見た。




サンと学校について話したその日、メル達を館に帰しルシアはテリーの家で過ごした。

助けた少年の様子が気になったからだ。

その日はローザと看病を代わり、少年の横で夜明けまで過ごした。

たまに目を覚ます少年に水を与え、汗を拭いてやる。

水にはローザが蜂蜜を溶かし込んでいたが、やはりそれだけでは栄養は足りないだろう。


翌朝、ローザに聞くと、彼女が見ている間も少年は何度か目を覚ましたが、やはり血が足りないらしく覚醒と眠りを繰り返しているらしい。


「私は傷を治す事は出来るけど、失った血までは補えないから……」

「何か食べてくれりゃ、良くなると思うんだけどねぇ」


ローザは少し疲れた顔をしていた。

ルシアが出た後も彼女は少年をずっと看病してくれていたのだ。

彼をこの町に運んだのは自分だ、ローザに甘え続ける訳にもいかない。


「ローザ、ありがとう。この子を見てくれて……それからごめんなさい」

「何を謝ってるんだい?」

「だって、その子の面倒は本来私が見るべきだもの……」

「その事かい……噂は聞いてるよ。ルシアは領主様になったんだろ?教会を投げ飛ばしたって聞いたよ?」


感情に任せて行った事が町の噂になっていると知って、ルシアは自身の浅はかさを恥じた。

サンに言われた事が、彼女の心にはかなり堪えたようだ。


学校は彼女のテリトリーだった為、物を壊してもある程度融通が利いた。

だがそれでもその範疇を超えて壊れた物は、誰かが交換修理していた筈だ。

やった事の責任は取らなければ……。


その思いがルシアに変化をもたらしていた。


「もう、あんな事はしないわ」

「そうしてくれると助かるよ。皆、不興を買ったら、家ごと放り出されるんじゃないかって怯えていたからねぇ」

「うう、反省してます」

「分かればいいさ。それよりこの子の事だよ。お医者様に見せればいいとは思うけど、満足に薬も飲めないんじゃねぇ」


血が足りないのであれば輸血が一番だが、それは日本だから出来る事だ。

せめて栄養を取れれば良いのだが……。


「お医者様は薬を出してくれるだけなの?注射とかしてくれる人はいないの?」

「注射?」

「えっと、直接、針でお薬を体に流し込むんだけど……」


「……そういう事をやってる人はいるけど、気味悪がって皆そこには行かないよ」

「いるの!?」

「ルシア、止めといた方がいいよ。トマス先生が往診に出かけて留守だった時、担ぎ込まれた人がいたけど管でよく分からない液体を注ぎ込まれて、生きた心地がしなかったって言ってたからねぇ」


管で液体……点滴だ!

この世界で地球の現代医学に近い事をしている人がいる!


「そこに案内して。この子を見て貰いましょう」

「本気かい?……なんかあそこ私も気味が悪くて嫌なんだけどねぇ……びんの中に内臓とか入れて飾ってるらしいし……」


ローザは顔を顰めて、嫌だ嫌だと呟いている。

だがルシアにはその人物が光に思えた。

解剖学、恐らくその人は体の仕組みを知る為にそんな事をしている筈だ。


「行くわ。行けばきっとこの子を治してくれる。それに変な人だったら私がどうにかする」

「ただいまって、ルシア!?屋敷に戻ったんじゃ無いのか!?」

「テリーいい所に!ルシアと一緒にギル先生の所に行っておくれ!」


ローザの言葉にテリーは露骨に顔を歪めた。


「えっ?俺、夜番だったから寝ようと思ってたんだけど……」

「お前が一緒ならギル先生もおかしな事しないだろ!?ご飯作って待っててやるからとっとと行っておいで!!」

「ちぇッ、分かったよお袋」


ローザに言われ、テリーは渋々了承した。

テリーは余り気乗りしない様だったが、少年を抱き上げるとルシアを促した。


「ありがとう、テリー」

「はぁ、あの先生、不気味なんだよな……噂じゃ王都で学者だったらしいけど」

「学者……ますます期待が持てるわね……」

「はぁ、やだな……」


足取りも重くテリーはその医者、ギルの家へ歩を進めた。


「そんなに不気味なの?」


「詰め所に届け出があってさ、一回家の中を調べた事があるんだ。骨とか内臓とかこう壁に並んでてよ。本の中身も人間のはらわたの絵とか乗ってて……。そん時は都でもらったていう許可証見せられて引き上げたんだけど……あの人絶対、変な儀式とかやってるよ」


ルシアはテリーの話で、自分の考えに対して更に確信を強めた。

歴史の中に稀に異端者が現れる。

それまでの常識を覆し、新たな常識を生み出す者だ。

きっとギルはそれに違いない。


辿り着いたのは町はずれの古い屋敷だった。

壁には蔦が這い、まだ昼前だというのに薄暗く感じる様な気がした。


テリーはゴクリと喉を鳴らし、ドアについたノッカーを鳴らした。

暫く待つと、ギィィと音を立てて扉が薄く開かれる。

白髪交じりでぼさぼさの黒い長髪、丸いメガネに無精ひげの男が顔を覗かせた。


「何の様だ?……お前見覚えがあるな……警備兵だったか……また住人から苦情でも出たか?」

「違うっす。この子を見て欲しくて……」

「ん?獣人…?いやハーフか……いいだろう、入るがいい」


その男はギルが獣人の血を引いていると見て取ると、ニタリと笑って三人を手招きした。

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