白い壁
棟梁の家は町の外れにある、作業場を兼ねた大きな物だった。
敷地の中には住み込みで暮らす弟子たちの部屋も建てられており、作業場ではその弟子たちがのこぎりやノミを振るい木材を加工していた。
「職人の仕事が珍しいのか?」
「ええ、テレビでしか見た事ないし、それにとてもいい匂いがする」
「テレビ?なんだ、そりゃ?」
「えっと、動く絵が見れる箱なんだけど……」
「へぇ、都会にゃそんな物があんのかい。いっぺん見てみてぇな」
棟梁は話ながらルシア達を母屋に招き入れた。
食堂と居間を兼ねた部屋に通され、大きなダイニングテーブルに並べられた椅子を勧めると、奥の部屋に入って行った。
座ったルシアに、彼の妻と思しき女性が白湯を出してくれた。
「ありがとう」
「あの、あなたが新しいご領主様ですか?」
「ええ、一応」
「うちの宿六は口が悪いですが、腕はいいんでそこは大目に見てやって下さい」
「うるせぇなぁ、そんな事一々言わなくていいだよ」
棟梁は耳に小指を入れて掻きながら部屋から出てきた。
脇には紙の束を抱えている。
「なに言ってんだい!!最初に言っとかないとアンタみたいな人はすぐに首にされちまうだろ!!」
女性は棟梁に声を張り上げつつ、メル達にも白湯を配っていった。
「チッ、うるせぇかかあだぜ」
「すいませんねぇ、それじゃあ皆さんごゆっくり」
棟梁は女性には頭が上がらないようで小さくぼやいて椅子に腰かけると、少しばつが悪そうにしていた。
「まったく、アイツは口うるさくていけねぇ。でだ、ルシア。この中にイメージに近いモノはあるか?」
棟梁は紙の束をテーブルの上に開いた。
紙には手書きで建物のイラストが描かれていた。
「うわっ、上手だねぇ」
メルが描かれたイラストを見て目を輝かせている。
「へへッ、ありがとよ嬢ちゃん。それでだ、こいつは今まで俺が建てたモンだ。規模は違うが参考にゃなるだろう」
ルシアは紙を見比べイメージに近いモノを探していく。
その中の一つに彼女は強烈に引きつけられた。
それは父の雑貨店によく似た、白い壁の建物だった。
「これがいい」
「そいつは漆喰だな。ふむ、ルシア、お前予算はどれ位ある?」
「えっと、持ってきたお金はこれだけなんだんけど……」
ルシアはテーブルに袋を置いた。
棟梁は袋の中身をテーブルの上に開ける。
「ルシア、この金は?」
ブラッドが白湯を口に運びながら尋ねた。
「ダルガの隠し金庫に有ったお金」
「ふむ、元領主のものか……」
「まずかったかしら?」
「いや、お前は町を彼から奪った。彼の財産はお前の物だ。ただ小さな町の領主がどうやってこれだけの金を稼いだか気になっただけだ」
ブラッドの問いにはエルダが答えた。
「あいつは我々のような人間以外の種族を領地内で人狩りに狩らせる代わりに金を受け取っていたのだ」
「それは本当か?」
「ああ、私があいつに奴隷にされた時にそんな事を人狩りと話してるのを聞いた」
「……やっぱり人狩りは放っておけないわね」
ルシアの思考が暗く変わろうとするのを、棟梁の言葉が止めた。
「その話はひとまず置いといて、予算の話をしていいか?」
「ああ、ごめんなさい。予算ね、それで足りるかしら?」
「正直厳しい。教会がのこってりゃ改装費用だけで事足りたが今回は基礎からマルッとだ。うちだけじゃ人手が足りねぇ」
「そう……」
視線を落としたルシアに棟梁が話しかけた。
「あのよ、漆喰じゃなくて木造にすりゃ大分安くあげられるぜ?」
「ありがとう。でも私はこの白い壁がいいの……父さんの店と同じ白い壁が……」
「親父さんの店か……。よし、それじゃお前も工事を手伝え」
「私が?でも私大工仕事なんてした事ないわよ?」
「アンタ、教会を投げ飛ばせるぐらいの凄え術者なんだろ?」
棟梁はニヤッと笑いながらルシアに問う。
彼はこの世界には存在しない重機の代わりをルシアにさせるつもりのようだ。
「なるほどね。足りない分は働けばいいのね?」
「そういう事だ」
「いいのかルシア?領主自ら現場で働くなんて聞いた事がないぞ?兵に命令すれば…」
「いいの。……私がやりたいのよ。自分の手で……」
かつて彼女が原因で無くなってしまった父の店。
勿論、これから建てるのは別の物だが、白い壁のそれはルシアにとって特別の意味があった。
「そうか……お前がそう言うなら止めないが……」
「ルシア、アタシもお手伝いするよ!」
「ありがとうメル」
「……私も手伝おう。森の守護者たる耳長族が食べ物を恵んでもらうというのは少々情けないからな」
「エルダ。ありがとう」
話がまとまった所で、棟梁が口を開いた。
「決まりだな。んじゃ、まず図面に起こすトコから始めるぜ。イメージはこのまま二階建てで良いのか?」
「ええ、一階に机を並べる教室と、給食を作る厨房を配置して欲しいわ」
「給食ってなんだ?」
「お昼ご飯だけど?」
「勉強教えて、飯も食わせるのか?まるでお貴族様みてぇだな?」
そもそもこの世界には町人が学校へ通う習慣は無い。
学校に通えるのは、貴族や裕福な商人の子弟だけだ。
彼らはそこで学び、親と同じ職、もしくは国の要職に就く事を目標にしている。
つまり、町人の出世等望めない、ほぼ世襲といっていい社会だ。
「いいの。この町は私の物になったんだから、私の好きにやらせてもらうわ。今までのルールなんて無視よ、無視」
「ご領主様がそう言うんなら俺達は造るだけだが、金はどうするんだ?住民達は余分に払う金は持ってないと思うぞ?」
「お金……ブラッド、税金とかどうなってるの?」
「俺は唯の警備兵だぞ。そんな事は分からん。屋敷に戻ってロイドさんに聞け」
「……わかった。そうする」
漠然としたイメージと勢いだけで国を創りたいと思っていた、だが当然そう簡単にはいかないようだ。
取り敢えず、ブラッドが言う様にロイドにお金の事を教えてもらおう。
ルシアはそう考え、小さく頷く。
「それで、二階はどうすんだ?」
「二階は理科室よ!」
「理科?アンタたまに分からん事を言うな?出身は何処だ?」
「私は別のせかッ!?」
別の世界から呼び込まれたと言おうとしたルシアだが、その口はブラッドに塞がれた。
「こいつはこことは別の生まれだ。それでこの国の常識には疎い所がある」
棟梁はそれで全てを察したようだ。
町を武力で奪い取ったのだから、この国以外の人間。
強力な術者である事も加味すれば、恐らく別の国の貴族ではないかと彼は考えていた。
「何するのよ!?」
手をどけて苦情を言ったルシアにブラッドは耳打ちする。
「別の世界なんて言ったら、棟梁も困惑するだろう。それにその事は宰相が関わっている、町の人間は知らない方がいい」
「……そうか……そうね……ねぇ、ブラッド、これからも色々教えてくれない?」
「勿論だ。お前には俺の願いも掛かっている。賢くなってもらわねば困る。それはそれとして、お前異常に冷たいな」
「……それは後で説明するわ」
「そうしてくれ」
二人の話が終わったのを見計らって棟梁は口を開いた。
「それで、理科室ってなんだ?」
「それはね……」
ルシアが作りたかったのはタカシと過ごした理科教室だった。
ルシアは彼との約束である人の体の仕組みを子供達に教えたかったのだ。
棟梁に説明しながらルシアははたと気付いた。
この世界の人間は、日本、いや地球の人類と同じだろうか……。
メルやエルダは地球人とは明らかに違う。
仕組みを教えるにしても、専門家が必要だろう。
「うう……先は長そうだわ」
「よく分からんが今日明日にどうなるもんでもねぇだろ。ゆっくりやろうぜご領主様」
「そうだよ!メルもお手伝いするよ!」
「そうね。気長にやるしかなさそうね」
「おう!そういやまだ名前を名乗って無かったな。俺はサン、この町でかれこれ三十年以上大工をやってる」
サンはそう言うと手を差し出した。
この世界にも握手という文化はあるらしい。
ルシアは差し出された手を握り返した。
「冷てぇ手だな。もしかして冷え性って奴か?」
「そういう体質なの」
「ふーん。じゃあ帰りにうちの奴が使ってる冷え性に使うお茶を分けてやる。よく効くらしいからよぉ」
「……ありがとう」
サンの気遣いにルシアは少し苦笑気味に笑った。




