見た事の無い景色、見た事の無い人々
リーンがテリーに連れて来られたのは王城の西、かつては王の直轄地だった村の一つだった。
以前ここの近くを通ったのは四ヶ月程前だった筈だ。
その時と比べ村は明らかに変貌していた。
冬の訪れが近いせいで景色は寒々しいが、住民達の顔には以前には無かった明るさがあった。
住民達は総出で開拓を行っている様で村の周囲の畑は広がりを見せ、存在していなかった運河が畑の真ん中を流れていた。
「何よこれ……」
「へへッ、驚いたかい?仲間が作ったからくりで一気に農地を広げたんだ」
「からくり……」
「そう、この腕輪を作った奴がこしらえたんだ。便利なんだぜ、ルシアや魔獣がいなくても切り株とか岩を簡単にどかせるし」
そう言うとテリーは畑の外の林を指差した。
「ほら、あれだよ」
指の先、林の近くで何やら金属で出来た何かが動いている。
形は何処となく投石器に似ていたが、一本伸びた腕が器用に土を掘り返していた。
「何よ……何なのよ……」
「パワーショベルとか言ってたな。あれなら操作さえ覚えれば一人で切り株を掘り出せるんだぜ」
少し得意そうに話したテリーの横で、リーンは茫然とその光景を眺めていた。
そんな二人に気付いた農夫の一人がテリーに声を掛ける。
「よう、警備兵の兄ちゃん。そっちの子は異界人の娘かい?」
農夫の男はリーンの手足を見ても特に警戒した様子も無く、気さくな笑みを浮かべていた。
「いや、この娘はトアラの兵士さんだよ」
「トアラの……ブレン王も頑張るねぇ。あの人もサッサと合流すりゃいいのに……」
「王様も色々あるんだろ」
「王侯貴族も大変だ……娘さん、悪い事は言わない、こっちに来た方がいいよ。ご飯も美味しいし」
「……」
「まっ、まぁ兵士さんに味方を裏切れって言っても難しいよな。ごめんよ、気を悪くしないでくれ」
リーンが無言で男を見返したので、男は慌てた様子で作業に戻っていった。
「……何で私を見て怯えないのよ」
「リーンちゃんより見た目が変わった奴がいるからさ、ここには。それより先に進もう」
村の中は外より混沌としていた。
異種族が普通に村の中を行きかい、物を売り農具を治しそれを受け取った人間が村の外へ出かけていく。
明らかに村の規模と人口密度が見合っていない。
キュラキュラと聞きなれない音がして、そちらを見ると金属の塊がこちらに向かって来た。
「何!?」
リーンは思わず身構えるが、いち早くテリーが腕を上げてそれを制した。
「大丈夫、仲間だ。エルオニア、ルシアは何処だ?」
「私はオルトロン。エルオニアは私の製作者だ」
「……アンタ等、見分けがつかねぇんだよ」
「そうか?IDは常に表示しているのだが……そうか、人には見えないのだったな……すまない失念していた」
オルトロンの胸のディスプレイに名前と顔写真、自己紹介などが表示される。
それによると彼?は現在、この国の古い本を調べているようだ。
「それ、ずっと表示してると自己顕示欲の塊みたいに見えるぞ……んでオルトロン、ルシアが何処にいるか知らねぇ?」
オルトロンは胸に村の地図を表示した。
「村長の家にいる筈だ。ところで後ろの女性は異界人バレラの眷属のようだが?」
「おう、リーンちゃんだ。どうしてもルシアと戦いたいって言うからさ」
「ルシアと……なんと無謀な……リーン、君が如何様な理由でルシアと戦いたいのか知らないが止める事を強く勧める」
「うるさいわ!鉄の塊に何が分かるのよ!」
「ふむ、確かに私には有機生命体の心というのは測りかねる部分はあるが、君ではルシアに勝てない事は分かるぞ?」
「クッ……それでも私は戦わないといけないのよ!!じゃないと気持ちに収まりが付かない!!」
オルトロンは肩を竦め胸にため息のイラストを表示した。
「合理性に欠けるな……それが機械生命体である我々との違いか……だが気持ちに収まりが付かないというのは分かる。私も設計やプログラムに無駄があると合理化したくて仕方が無くなるからな。いいだろう、もう止めはしない。思い切りやり給え。もし手足を失っても再生薬がある、安心して戦うといい」
「えっ……」
「テリー、腕輪をチェックしようと思ったが、また後にしよう。先にリーンをルシアの所に案内してやれ」
「おう。んじゃ後でな」
オルトロンは来た時と同様、キュラキュラとキャタピラを鳴らして村の建物に消えていった。
「どうして……何で敵である私が心配されないといけないのよ……」
「だってリーンちゃんも国民候補だし、それにルシアは喧嘩に手は抜かねぇしな……ねぇ、ホントに戦うの?」
「……戦うわ」
「ホント、頑なだなぁ……」
その後、案内された家ではルシアが客間のソファーで、村長である年配の男性と今後の開発計画を相談していた。
ルシアはテリーとリーンに気付くと笑みを浮かべた。
村長に席を外してもらい、改めて二人に向き直る。
「確かリーンだったかしら?久しぶりねぇ。何、テリーにナンパされたの?」
「ナン……違う!!私と戦いなさい!!」
「えー、戦うのぉ?」
ルシアはあからさまに面倒そうな顔をした。
「そうよ!!私はその為に人の容姿を捨ててこの体を得たのよ!!」
「ふう……しょうがないわねぇ……」
ため息を吐いてルシアは二人に分かれた。
「じゃあ、相手してあげるから手を出しなさい」
「……また、城に送り返すつもりじゃないでしょうね?」
「それなら、見た瞬間にやってるわよ」
「リーンちゃん、多分、他の人に迷惑が掛からない場所に行くだけだから、大丈夫だぜ」
「……」
リーンは渋々虫の様に変化した右手を差し出した。
ルシアはおもむろにその手を握る。
硬質化した外骨格でもその手の冷たさは感じられた。
「悪いわね。触っていた方が大分楽に飛べるのよ」
「いいから、早く!!」
「ルシア、加減しろよ」
「ハイハイ、じゃあ、行くわよ」
リーンの視界が一瞬で変わった。
周囲に何も無い荒れた大地が広がっている。
「ここは……?」
「南部の乾燥地帯。ここもいずれきちんと開発したいわね。じゃあやりましょうか?」
「この前みたいにはいかない!!」
リーンはルシアから距離を取ると腕を振り体毛の針をルシアに放った。
村長の家では客間のテーブルに広げられた村の周辺地図を、ソファーに座ったテリーが頬杖をついて眺めていた。
「はぁ、リーンちゃん大丈夫かなぁ……」
「アナタ、本当に節操が無いわね?」
「顔は好みだし、気が強いとこも魅力的なんだよなぁ……それにさぁ王様だって人に戻せたんだから、あの娘だって戻せるだろ?」
「多分ね。でもそれも本人が望まないなら、やるつもりは無いわよ」
「はぁ……そうかぁ……」
「若さじゃのう……」
肩を竦めルシアは再び村長との相談に戻った。
村長もテリーが村に来た初日に、村の娘に声を掛け派手に玉砕したのを目撃していたので苦笑を浮かべていた。
その時はテリー云々では無く、馴染みの無い鱗族に娘が怯えた事が大きな要因だったのだが。
村の開発が始まり少し経った現在では、鱗族もその見た目に似合わない気の良い連中だと判明している。
娘も悲鳴を上げて逃げた事をテリーに謝りたい様子だったが、今度はテリーが気まずさから彼女を避けていた。
「あっ、終わったみたい」
「そうですか。では、儂は指示を伝えてきますね」
「ええ、お願い」
村長は気を利かせたのたか、地図を手に部屋を出て行った。
ルシアとテリーが残った部屋にリーンを抱えた分身が揺らめきと共に現れる。
リーンは傷だらけで瞳には悔し涙を浮かべていた。
「お前……ちょっとやり過ぎだろ……」
「だってこの娘、全然諦めないんだもん」
「大丈夫かい、リーンちゃん?」
「畜生……ようやく術者に舐められない力を手に入れたのに……」
「リーンちゃんは術者に恨みでもあるの?」
「あいつ等、私達の傭兵隊を餌に仲間ごと……」
リーンは悔しさで抑えが効かなくなったのか、憎しみの源を思わず吐露していた。
彼女の怒りや憎しみはルシア個人でなく強力な力を持った術者という存在から来ていたようだ。
「なるほどねぇ……テリー、アナタ、この娘の話を聞いてあげなさいな」
「俺が!?」
「男の子でしょ?泣いてる娘に胸を貸すぐらいしなさいよ」
話しながら分身はリーンをソファーに座らせ、ルシアの本体と重なった。
「泣かしたのはお前じゃねぇか……」
「落ち着いたら呼んで頂戴、傷を治すから」
それだけ言うとルシアは部屋から出て行った。
「ホント勝手な奴だなぁ……しょうがないか……リーンちゃん、俺で良ければ話を聞くよ」
「……」
「話してみれば楽になる事もあると思うぜ。気休めかもしれないけど……」
「……変だわ……変よ、貴方達、みんな……」
「大将が変人だからな。それはもうどうしようもないんだ……」
「ハハッ……何よそれ……」
しみじみと諦めた様に言ったテリーの言葉で、リーンは思わず笑ってしまった。
「いや、アイツ、本当にどうかしてるんだよ。最初に会った時だって……」
テリーの話を聞いていると、リーンは何故か心の中に存在していた怒りと憎しみが少しずつ収まっていくのを感じていた。
やがていつの間にか彼女は声を上げて笑っていた。
それはリーンにとって不本意ではあったが、不思議と不愉快では無かった。




