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悪霊の国  作者: 田中
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ルシアと職人

教会を投げた事で集まっていた人々は、雲の子を散らす様にいなくなった。

強すぎる力は恐怖しか生まなかったようだ。


「やり過ぎたかしら?」


道に降りたルシアがブラッドに尋ねると、彼は深い頷きを返した。


「あきらかにやり過ぎだな。この町の住人は術者を殆ど知らん」

「司祭達は使えたじゃない?」

「教えを説く時に術を使う必要は無い」

「……それもそうね。まぁ、やってしまった事は仕方ないわ。どちらにしてもあんな事を大声で喚く人間は私の国にはいらないもの」


そう言うと自分が引き剥がした建物の跡地を眺めた。

小さな町だが教会は町の中心、言わば一等地に立っていた。

空き地として遊ばせるのは惜しい。


「ここに学校を立てましょう」

「学校?結局、教会の真似事をするのか?」

「そうよ。ただし教える事は違うけど。ブラッドは大工さんを呼んできて。私はお金を取ってくるわ」


そう言い残しルシアは領主の屋敷に飛び去った。


「……まったく人の話を聞かん奴だ。娘たちはどうするのだ……」

「アイツは最初からそういう奴ですよ。感情が体を動かしてるというか、思った時には行動してるみたいなんですよ」

「お前、人の事は良く見てるな?」

「えへへ、それって観察眼が鋭いって事ですか?」


照れた様に頭を掻いたテリーに、ブラッドは深いため息をついた。


「違う、それだけ人の事が分かるなら、自分自身の行動ももう少しどうにか出来るだろうと思っただけだ」

「あはッ…あはは、そうですよね……頑張ります……」

「ああ、頑張れ……俺は棟梁の所へ行って来る。お前は副長に兵を詰め所に戻すよう伝えろ」

「了解です」


ブラッドの言葉で、テリーは副長の元に駆けて行った。

それを見送ったブラッドは、所在なさげにしていたエルダ達に声を掛ける。


「君らはどうするかね。屋敷に戻るのなら送らせるが?」

「アタシは町をもっと見たい。それにみんなにルシアは強いけど怖くないって言いたいの」

「そうか……では私について来なさい」

「うん!」

「他の者はどうする?」


ブラッドがリーダーのエルダに視線を送ると、彼女はメルを見てそれに答えた。


「メルはお人好しだからな。放っておくのは心配だ。……私もついて行く事にしよう」

「私は町を自由に散策したいな」


土小人のリラは人の町が気になるようだ。


「それじゃ、俺が護衛でついて行くよ」

「なら私も行く。トゥース一人だと住人が怪我するかもだし」

「何だと?俺が信用出来ねぇって言うのか?あぁ?」


このトゥースという獣人も、ルシアと同じく目を離しておくのは危険なようだ。


「ではテリーを案内につけよう。見知った者の方が君らも安心だろう?」

「あいつか……あいつ俺らを厭らしい目で見てきたからな……」

「その点はルシアに絞られたから大丈夫だろう。それにもし手を出して来るようなら叩きのめしてかまわん」

「まぁそれならいいか」

「ふむ。おいテリー!!」

「なんですか!?」


撤収しようとしていた兵達から離れ、テリーはブラッドの元に駆け寄る。


「お前は今から彼女達に町を案内してやれ」

「町をですか?」

「私達、ずっと閉じ込められてたから、町に何があるのかも分かんないんだよぉ」

「なるほど、了解です。それじゃ行きましょうか……って、エルダさんは来ないんですか?」

「彼女は俺と一緒に棟梁の所に行く」


その言葉を聞いてテリーは露骨に残念そうな顔をした。


「そんなぁ……ズルいっすよぉ隊長ぉ」

「なんだぁてめぇ?俺らじゃ不満だってのか?おぉ?」


トゥースはテリーを睨みつけながら凄んだ。


「あっ……いや……不満は全くないんですけど……耳長族の女性は長年の憧れというか……」

「ああ?ハッキリ喋れや!」

「ヒッ!?ごめんなさい!あわよくばエスコート中に何かアクシデントが起きて、そこから恋が始まらないかなとか思ってました!」


ああ、こいつアカン奴や……。

そこにいた全員がそう思っていた。


「エルダ姉さんは美人だからね。しょうがないよトゥース」

「フンッ、軟弱野郎が……」

「まぁ、いいじゃん。それじゃあテリー、案内よろしく!」


カレンがテリーに微笑み掛けると彼は頬を染めた。


「……角がある女の子も魅力的かも」


テリーは誰にも聞こえない様にぼそりと呟いた。


ブラッドは三人を連れて去って行くテリーの後ろ姿を見て、一つため息を吐くと自身もメル達を連れて歩き始めた。




ルシアは屋敷に戻ると、寝室の金庫を開けて中にあった金貨や宝石をロイドに用意してもらった袋に詰めた。


「あのルシア様、金貨や宝石をどうされるのですか?」

「町に学校を作りたいの。袋、ありがとうロイド」


それだけ言うとルシアは屋敷を飛び出した。


「あっ、ルシア様……慌ただしい方だ」


彼女の行動が思考と直結しているのは、ひとえに彼女が霊体である事が理由だった。

人間であれば、肉体がブレーキとなり想いがそのまま行動になる事は余りないだろう。

しかし彼女は霊体だ。

肉体の軛から解き放たれたむき出しの感情の塊といっていい。


ブレーキの存在しない感情は、自身を強く律しないと容易く暴走してしまう。

これまではタカシがブレーキ役を務めてきたが、彼のいない今、ルシアは気付かぬうちにアクセルを踏んでしまっているような状態だった。


町に戻り教会の跡地を眺め構想を巡らす。

ここで子供達に見た目や種族に捉われない物の見方を教えるのだ。

そうすればきっと、自分の様な思いをする人間は少なくなる。


そう考えたルシアだったが、不意に高校での出来事が心をよぎる。

理想は理想であり、現実はもっとドロドロしている事も勿論彼女は理解していた。


出来るだろうか自分に……。

金や権力におもねる事なく、心を濁らせず生きれるそんな国を……。


いや、出来るかどうかでは無い。

出来るまでやるのだ。

ずっと欲していた、誰も泣いて生きる必要のない場所を作ってみせる。


拳を握りルシアは顔を上げた。

その顔をメルが不思議そうにのぞき込んでいた。


「メル!?」

「ルシア、大丈夫?声を掛けても返事しないし、百面相みたいに顔を変えてるし……」

「あはッ、ちょっと考え事をしてたのよ」

「そう?大工の棟梁さん連れてきたよ」


言われてルシアが視線を向けると、少し気味悪そうにこちらを見ている白髪頭の年配の男と目があった。


「アンタが噂の新しい領主様かい?」

「コホンッ、ええそうよ」

「それで、教会投げ飛ばして跡地に学校立てるって聞いたが?」

「ええ、その通り!出来るかしらお金ならあるわ」


男は教会跡地の惨状を見分してため息を吐いた。


「領主さんよぉ、呼ぶなら投げ飛ばす前にしてくれねぇかなぁ」

「えッ?マズかったかしら?」

「アンタ無理矢理基礎を引き抜いただろ?これじゃあ地面掘り返して均すとこからやり直しだぜ」


「……それって大変?」

「ああ大変だね。隣の民家と隣接してっから、地盤固めて横の家が崩れねぇようにしねぇといけねぇ。大体教会の建物が

ありゃ改修だけで済んだんじゃねぇか?」


棟梁にそう言われ、ルシアは自分の行いを反省した。


「俺が言うのは筋違いだが、アンタがこの町の領主を気取るんなら無駄金は減らすんだな」

「……はい。これからはそうします」

「分かればいい。それでどんな物を造りたいんだ?」


どんな物と言われ、漠然とコンクリート造りの校舎を考えていたルシアは言葉に詰まった。


「それもねぇのかい?……しゃあねぇなぁ。ついて来な。うちで話しながらどうするか決めよう」

「……はい、お願いします」


肩を落としたルシアを見て、メルが腕に抱き着いた。


「元気出してルシア!アタシは元気で自信満々なルシアが好きだよ!」

「うぅ、メル。ありがと……」


ずっと高校にいたルシアは、教師以外の大人との接点はほぼ持っていなかった。

その教師も彼女にとって尊敬出来る大人では無かった為、理路整然と叱られたのは両親以外では初めての経験だった。


「何してる!?早くこねぇか!?」

「はっ、はい、棟梁!!」


ブラッドはそんなルシアの様子を見ながら苦笑した。


「やりたい放題のあの娘があんなに素直になるとはな」

「ルシアは余り叱られた経験が無いのだろう。いいではないか。叱責を受け入れ反省出来るのは王として得難い資質だ」

「ふむ、そうかもな」


ブラッドの顔には先程の苦笑とは違う種類の笑みが浮かんでいた。

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