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悪霊の国  作者: 田中
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学校の怪談

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

ピチョン。


やけに大きく水の垂れる音が聞こえた。


「どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!?」


廊下を走りながら梨香は叫んだ。




いつも通り学校へ行って、いつも通り友達とおしゃべりして、いつも通り友達四人で一ノ瀬を呼び出して金を徴収した。

いつもと変わらない日常が変わったのは、その一ノ瀬から金を受け取った時だった。

普段反抗しない一ノ瀬が珍しく梨香に逆らったのだ。


「あっ…あの!?」

「何、文句あるの?」

「……もうこれっきりにしてもらえませんか?」


「はぁ?何言ってるのよ?いい、これは迷惑料よ。アンタみたいな陰気なブスと同じクラスで過ごしてる私達へのね。お金が払えないんなら、学校辞めればいいじゃない」


「うっわ、梨香キッツイ」

「よく言うわよ。貴恵だってコイツ見てるとイライラするって言ってたじゃない」

「もうバラさないでよ。アハハ、ごめんね一ノ瀬」


貴恵が笑うと周囲の仲間も一緒になって笑った。

梨香も輪に加わり笑っていると、一ノ瀬がポケットから小さなナイフを取り出した。

全員の笑いが止まる。


「……じゃない。私はアンタ達の奴隷じゃない!!」

「……何よ、それ?やれるもんならやってみなさいよ!!」

「梨香、止めなよ……一ノ瀬、目がマジだよ」

「フンッ、コイツに人を刺す度胸なんかある訳ないでしょう?ねぇ?……何とか言いなさいよクソブス!!」


梨香は震えてナイフを握りしめる一ノ瀬の肩を突き飛ばした。

小柄な一ノ瀬はその一撃でバランスを崩し床に倒れる。

持っていたナイフが倒れた拍子に一ノ瀬の頬に深い傷を刻んだ。

ポタポタと床に血が滴っている。


「……ヤバいよ梨香……逃げようよ」

「……そうね……元々ナイフなんて持ってるコイツが悪いのよ。行きましょう」

「……ねぇ、一ノ瀬ほっといていいの?保健室に連れて行った方が……」


立ち去ろうとする梨香に友人の一人が不安げに言う。


「そんな事したら、根掘り葉掘り聞かれるでしょ!一ノ瀬だってナイフなんて持ってたんだから、学校にはチクれないわ!最悪、何か言われたらナイフで脅されて怖くてやったって言えばいいのよ!正当防衛よ!」

「そうか……そうだよね。正当防衛だよね!」

「早く行きましょ!」


放課後の校舎、梨香たちが去り、一ノ瀬だけが残された理科室。

リノリウムの床に一ノ瀬の涙と血がポタポタと落ちる。


「私が何をしたっていうの……存在してちゃいけないの……」


一ノ瀬は自身の血の付いたナイフと左の手首を見つめた。


いっそ腹いせに死んでやろうか……。


そう思った時、冷たい手が一ノ瀬の頬に触れた。


「えっ?」


視線を上げると長い黒髪の少女が微笑みを浮かべていた。

この学校の生徒では無いのか、黒いセーラ服を着た日本人離れした美少女だった。


本当に日本人では無いのかもしれない。

一ノ瀬がそう思ったのは少女の瞳が薄い青色だったからだ。

その瞳を細めながら少女は一ノ瀬に語り掛けた。


「アナタが消える必要なんて一つも無いわ。むしろ消えるべきなのはあの娘達の方よ」

「あの……貴女は?」

「私はルシア……アナタはお家にお帰りなさい。一晩眠れば全て解決してる筈よ……」

「……家へ?……でも傷が……母さんになんて言えば……」

「フフッ、傷なんてどこにもないわ。ほら」


少女は古風な手鏡を取り出すと一ノ瀬の顔の前に翳した。

鏡には眼鏡を掛けたお下げの顔が映っている。

朝、鏡で見た時のままの自分の顔だった。


「……何で?だってあんなに血が……」


一ノ瀬はナイフを捨てて頬を触った。

指の感触は滑らかな肌である事を伝えて来る。


「ねぇ、大丈夫でしょう?……後片付けはしておくからアナタは帰るのよ。分かった?」

「……えっ、でも」

「分かった?」

「……はい」

「フフッ、いい子ね」


ルシアと名乗った少女は笑みを浮かべて一ノ瀬の頭を撫でた。

髪ごしではあったが、やはり少女の手は酷く冷たく感じられた。


ルシアに支えられ立ち上がった一ノ瀬は理科室から送り出された。


「御機嫌よう、一ノ瀬さん」


ピシャリとドアが閉められた後で、一ノ瀬はルシアに礼を言っていない事に気付いた。


「あの……」


ドアを開け声を掛けたが、そこには誰もいなかった。


「……何で?」


不意に床を見ると捨てたナイフも、血の跡も綺麗サッパリ無くなっている。


「どういう事……怪我も全部夢?」


一ノ瀬は理科室とつながっている準備室も覗いたが、そちらにも誰もいなかった。


梨香たちに虐められる事のストレスで幻でも見たのかな……。

だったらそっちの方が問題だ。


そう思い、不安を感じながら一ノ瀬は学校を出て逃げる様に帰途についた。



翌朝、一ノ瀬が重い気持で席に着くと梨香たちの姿が見えない。

彼女達は学校をサボって遊ぶ事もたまにあったので、それかなと一ノ瀬は考えた。

だったらいい。遊びに行ったのであれば今日一日は平和に過ごせる筈だ。


担任が教室に入り、生徒に席に着くよう促す。

彼は挨拶の後、学校で見つかった梨香たちが、全員入院したと生徒たちに告げた。

担任の話では、怪我をしていた者もいたが、とにかく全員が酷く怯えていたそうだ。


一ノ瀬はあの冷たい手の少女、ルシアの事を思い浮かべた。


「……一晩眠れば……もしかしてあの子が?」




梨香たちが異変に気付いたのは、階段を降りている時だった。


「ねぇ、おかしくない?うちらのいたの三階だよね?」

「何言ってんの当たり前じゃない」

「だよね……じゃあなんでまだ階段が下に続いてるの?」

「……気の所為よ。お喋りしてたから階数間違えただけだよ」

「そっ、そうだよね」


気を取り直し階段を降りる。

だがどこまで降りても階段は続いていた。

気が付けば夕闇は去り、窓の外は真っ暗になっている。

非常灯の緑の灯りだけが薄暗い階段を照らしていた。


誰が一番だったのかは分からない。

一人が駆け出したのをきっかけに、全員が階段を駆け下りていた。

そのうち足がもつれたのか貴恵が踊り場で転んだ。


「あっ!痛ぁい……ちょっと皆待ってよ!?」

「下駄箱にいるから早く来なさいよ!」

「そんなぁ……なによ、ちょっとぐらい待ってくれてもいいじゃない!」


非日常的な事が起こっていたが、梨香たちへの怒りが勝った貴恵は一瞬異常な事態である事を忘れた。

そんな貴恵の栗色の髪を誰かがそっと触った。


「綺麗な色……こんな色でも差別されないなんて、いい時代になったわね」

「誰!?」


色素の薄い青い瞳がこちらを覗き込んでいた。

その目は心なしか光を放っている様に貴恵には見えた。


「誰でもいいわ……その髪、あの娘から取ったお金で染めたの?」

「……アンタ、一ノ瀬の知り合い?もしかしてアイツに頼まれてお金を取り返しにきたの!?」

「いいえ、お金じゃないわ」

「お金じゃないなら何の用よ!?」

「フフッ、ちょっと命をもらおうかなって……」

「ハハッ……何言ってんのアンタ?」


少女の妙な迫力に圧され、後退った貴恵の足が空を踏んだ。


「あっ……」


踊り場から転落した貴恵は階段を転げ落ち、階下の床に激突した。

彼女の手足はまるで操り人形の様にあらぬ方向を向いていた。




梨香は廊下を走っていた。

どこまで降りても終わらない階段に見切りをつけ、別の階段を試そうと廊下に戻ったのだが、今度はその廊下から抜け出せなくなっていた。


気が付けば一緒にいた筈の友人二人の姿は消えていた。


「何……何なのよ……」


不意に一年の時に聞いたクラスメイトの噂話が頭をよぎった。


「ねぇ知ってる?この学校って出るんだって」

「ああ、知ってる知ってる。セーラー服の幽霊でしょ。部活の先輩が言ってたけどヤバいらしいよ」

「なになに?」


「なんでも先輩の先輩が見たらしいんだけど、その人、おかしくなっちゃって入院しちゃったんだって」

「私が聞いた話じゃ、延々追いかけられて爪で顔中切り刻まれたって事だったけど……」

「私も聞いた!なんか、お供に動く人体模型連れてるらしいよ」


「アハハ、それ別の学校の怪談が混じってるよ」

「アレ?違ったかなぁ……中学校の時の話とごっちゃになっちゃったかも……」

「もう、いい加減だなぁ」


梨香はそれを聞き流しながら、高校生にもなって何を馬鹿な事言っているのかと彼女達の話を鼻で笑っていた。


「フフッ、ホント馬鹿馬鹿しい、そんな事ある訳ないわ」

「何がある訳無いの?」

「ヒッ!?」


耳元で囁かれた声に梨香が振り返ると、脳が露出した不気味な人形と目が合った。

余りの事に梨香は尻もちを突きその場から動けなくなってしまった。


「ねぇ……何が……?」

「嘘……嘘よこんなの……」

「何が嘘なの?」


後退る梨香に人形は囁いて顔を寄せると、彼女の上に体の部品をぶちまけた。

固い筈の人形の部品は本物の様に梨香の体にまとわりついた。

胸の上に落ちた目がこちらに向けらた時、梨香は意識を手放した。




薄暗い理科室で二人の人物が会話をしている。


「ねぇ、ルシアちゃん。もうこんな事止めようよ」

「嫌よ!私がこの世に留まったのは、きっとああいう奴らに復讐する為なのよ!」

「だって、ルシアちゃん、恨みに塗れて段々、背油チャッチャ系のラーメンよりギトギトになってきてるよ」


「望む所よ!ああいう奴等を撲滅できるんだったらラードに塗れるぐらいなんでも無いわ!それよりタカシ君、首謀者の女、手を抜いたでしょう?」

「……体の仕組みを教える人体模型が人に暴力は振るえないよ」

「まったく、優しいんだから……まぁ、いいわ。まだ続ける様なら私が直接ボロボロにするから」


ルシアの本名は小鳥遊ルシア。

彼女は四十年程前にこの学校で死んだ。

理由はいじめを苦にした自殺だ。


当時、まだこの地域ではハーフの存在が珍しかった。

日本人の父とポルトガル人の母を持つルシアは、すらりとした長身の美しい少女だった。

しかし性格的に大人しかったルシアは、地方議員の娘に目を付けられ酷いいじめにあった。


理由はその娘が気に入っていた野球部の男子が、ルシアの事が好きだと話していた事が切っ掛けだ。

ルシアは全くその男子の事を知らなかったが、そんな事はお構いなしにいじめは始まった。

教師に助けを求めたが、彼らは娘の父親を気にしたのか手を打ってくれる事はなかった。


時を同じくして父親の経営していた小さな輸入雑貨店が傾き始めた。

後から知った事だが、娘が父親にルシアにいじめられていると吹き込んだらしい。

娘の父はその力を悪用し、店の悪い噂を流したようだ。


必死に経営を立て直そうとする両親の姿を見て、ルシアは自分の存在が彼らを苦しめていると思った。

耐え切れなくなった彼女は、学校の屋上から身を投げた。


気が付いた時には彼女は学校から動けなくなっていた。

そして校内を徘徊している内に見てしまったのだ。

自分をいじめていた娘が、花の置かれたルシアの机を見てニヤニヤと笑っているのを。


怒りが沸き上がったが、その時のルシアには彼女を害する力は無かった。

歯を噛みしめながら、ルシアは娘を呪い続けた。


やがて生徒たちの噂で両親が店を畳んで街を去ったと知った。

怒りと憎しみ、悲しみと申し訳なく思う気持ちがごちゃ混ぜになり、ルシアの心をかき乱した。


恐らくそれが引き金だったのだろう。


その日もルシアは娘を呪っていた。

知らず知らずのうちに、いつの間にかルシアは拳を握っていた。

すると視線の先にいた娘が突然、胸を押さえて苦しみ始めた。

床に転げ落ちバタバタと死にかけのゴキブリの様に藻掻く。


周囲の生徒も教師も、突然の出来事に茫然としていた。

手を緩めると、娘は暴れるのを止めた。

再び握ると再度喘ぎながら藻掻き始める。


ルシアは歓喜した。

この女の命は自分が握っている。

そう思うと、簡単に殺すのがつまらなく思えた。


自分の受けた痛みを、いや両親の受けた苦しみを味わわせなければ許せるモノではない。

学校中にこの女の奇行を知らしめ、惨めな学生生活を送らせてやる。


そう思い復讐を始めたのだが、残念ながら彼女は一か月も経たずに学校から去って行った。

最後に見た時には廃人の様になっていたから大分怒りも薄れていたが、あれが最後だと分かっていたら殺しておいたのにとルシアは今でも後悔している。


「ねぇ、ルシアちゃん、聞いてる?」

「ごめんなさい。タカシ君、まったく聞いていなかったわ」

「もうっ!だから乱暴な事は止めようって話だよ!」


「アナタも本当に諦めない子ね。出会って二十年ぐらいになるけど、ホント優しいんだから……」

「だって、このままじゃルシアちゃん、本物の悪霊になっちゃうよ?」

「別に構わないわ。そうなったらいじめをやってる奴を、もっと強い力で全員呪い殺してやるんだから……」


人体模型のタカシはそう言って笑うルシアを悲しそうに見つめた。

その時、突然床から奇妙な球体が出現した。

球体の中にはローブを着た人物が複数人、映し出されている。

映し出された彼らの姿はグネグネと歪み安定しない。


「何だろこれ?」

「……新手の妖怪かしら?」

「図書室の本じゃ見た事無いなぁ……あの…こんにちは」


タカシが球体に話しかけると、球体の中の中央の人物が手にした杖を高く掲げた。

同時に球体が大きさを増し、ルシアとタカシを飲み込んだ。

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