路地裏の流れ星
二階席から見下ろすステージは、幻想の花咲く箱庭のようです。真っ赤な大輪のスターを白や黄色の花々が飾り、数多の青い蕾たちが足元で舞っています。
主演男役の力強いアルトは、娘役の可憐なソプラノとともにホールに響き、観客の胸に沁み入ります。徹底して生活感を排した女性だけの架空の世界は、喜びも悲しみも華麗に彩って、私たちを非日常の空間に誘なってくれます。そして、あのレビュー。
ああ、うっとりします。やっぱり宝ノ塚歌劇は最高です。
私は年に数回、阪神地区のこの伝統ある歌劇団の本拠に巡礼します。この日の主役は、麗 美郷。このあり得ない名字の男役が私の神です。相手の娘役は麗 千郷。美郷の実の妹です。
100年の歴史を誇る宝ノ塚歌劇でも初めて姉妹でトップを務めるこの二人は、付属の音楽学校を卒業して端役で舞台に立ったその頃から珠の光を感じさせました。私は二人が蕾の頃から公演に通って応援し続けていました。そして今や宝ノ塚ファンでなくても知らない者のない不動の看板スターに成長したのです。特に姉の美郷は一時期体調を崩したのちの、天資の輝きを艶に変えた復活は絶賛を以って迎えられました。
自分の見る目の確かさに満足し、手塩にかけて育て上げた充実感に酔いしれます。もっとも、麗ファンはみな、そう言うのですが。
さて公演が終わると夜行バスで強行軍の帰宅を果たし、お疲れ休みなど取らず、気合いで出勤です。舞台で夢に浸った体は興奮して眠りを求めません。目をぎらぎらさせ、未収案件に取りかかります。
来てます、来てます。支払い意思なし、支払い能力なし、健保資格なし、日本国籍なし…。
これが私の仕事です。このうんざりする連中のおかげで大好きな麗様にも会いに行けるのですから、ありがたいと思わなければなりません。
そんな気持ちで捧げ持った書類の主は以下のような人物でした。
金本世光59歳。縊首・心肺停止・死亡退院・監察医務院にて行政解剖。
地元、城北区で焼肉屋を営む壮年の男性でした。店の経営が思わしくなかったのか、自身の健康や家庭のことで苦にする何かがあったのか、原因は分かりませんが、まだまだ働ける年齢で自ら命を絶ったのです。
国の発表では年間の自殺者数は減少傾向にあるそうですが、病院に勤めていると、そんな実感はありません。テレビや新聞で触れる以上に多くの自殺者が毎日のように搬送されてきます。
もっとも自殺という病名はありません。カルテには、縊首、転落外傷、○○部断裂、広範囲熱傷、といった身体状態とそれに至った経緯が分かる限りで記されているのみです。首を吊った、遺書を残していた、という本人の意図の明確な死亡ばかりではありませんので、変死と言うのが正しいのかも知れません。
そんな中でこの金本さんは争ったあともなく、遺書が見つかったこともあり、早々に自殺と断定されたようです。
搬入時に心肺停止していても救命センターに運ばれれば一応の蘇生措置が取られます。このため死亡確認までのたった一時間であっても入院費という形で医療費が発生します。
金本さんにも自費で179,800円という請求が生じました。自殺に対する診療は原則として健保の給付対象外ですが、適用が妥当と保険者が判断すれば健康保険も使えます。金本さんは自営業者でしたので、おそらくは国保加入者です。給付が認められ保険証が提示されれば、金額は3割負担に圧縮できます。搬入時に付き添って来た家族はいなかったようですが、家族と連絡さえ取れれば回収の難しい金額ではありません。数日の間を置いたのち、自宅に宛てて入院費の通知を郵送するという定石通りの滑り出しで良いと判断しました。
さて、話が行ったり来たりするようですが、私は宝ノ塚歌劇に対して一つの信条を堅持しています。
劇団員たちの実生活を探ろうとしないこと。これは彼女たちへの仁義であるとともに、スターはあくまで別世界の憧れの人であってほしいという私の願いでもあるからです。手の届かない場所で輝いてこそスターなのです。手垢が付いたら輝きは褪せます。
虚構であって良い。むしろ、欠けるところのない虚構であってほしかった…。
金本、焼肉屋、城北区、のキーワードで記憶のデータを検索できなかったのは、こうした訳があったからです。
ここまで書けば、何となく予感していただけたでしょうか。インターネットやスポーツ新聞が『麗美郷、千郷姉妹悲涙。最愛の父が首吊り自殺』と一斉に報じ、あっと息を飲んだのは翌日のことでした。
『千秋楽の公演を盛況で終えた麗美郷、千郷の姉妹に悲報が届いたのは翌朝7時過ぎ。二人の生まれ育った東京都城北区で焼肉屋を営む父、金本世光さん59歳が首を吊っているのを住み込みの従業員男性が発見。119番通報したが、金本さんは搬送された病院で死亡が確認された。
連絡を受けて宝ノ塚市から駆け付けた姉妹は変わり果てた父と涙の対面を果たした。
金本さんは早くに母を亡くした娘たちの夢を叶えるため、小さな焼肉屋で夜を日に継いで働き、ボイストレーニングの個人レッスンに通わせた。そんな父親を娘たちも慕い、近所でも仲の良い父娘として知られていた。
二人が一流のタカラノジェンヌとなってからは店も移転して拡大し、自慢の娘たちのポスターや色紙が店の壁を埋め尽くしていた。
長年店に通う常連の一人は「経営は順調のように見えたのにどうして…」とうなだれた』
スターのプライベートを探らないと言っても、これだけの情報社会で暮らしていれば、ある程度の事実や裏話に触れるのは避けられません。麗様が当院の所在地である城北区の出身であることや、本名が金本であること、などは自然に目に触れ耳に入っていました。
特に実家の焼肉屋は芸能人の食べ歩き番組でも普通に紹介されていましたので、知らない方がおかしいぐらい有名な話でした。もっともミーハーな同僚から誘われても、頑として行くのは拒み続けていましたが。
もちろんスターにだって日常生活はあるでしょう。でも私の生活圏にまで降りて来る必要はないのです。降りるのは大階段だけにしてほしかった。
見逃した公演のように、知らないうちに支払いを済ませて幕引きされることを期待しました。金本さんの亡くなった事情はともあれ、娘2人は宝ノ塚のスターです。前述した程度の金額が払えないはずはありません。
ところが医療費の通知が送られて10日経っても、何の連絡もありません。結局、私の出番が回って来てしまいました。誰か代役を立てたい思いでしたが、これが私の仕事なのです。
郵送した通知に反応はなくても、返送されてきた訳ではありません。在宅する家族がいないか、郵便物を改めていないか、もしくは意識的にだんまりを決め込んでいるか。普通なら、そのいずれかです。
払えないはずはないし、払わなければ対面の悪いことを有名人がするということは、一般人の未払いより、たちの悪い事情が背後にあることをうかがわせます。ますます気が重くなりながら、敢えて仕事に徹して連絡手段を考えます。
こういう場合に有効な方法は、当院に常駐している葬儀社に尋ねることです。ご遺体を引き取りに来た人の名前や連絡先を書き留めてあるのが普通ですし、そのまま葬儀を請け負っていることも少なくありません。もちろん厳密には個人情報ですので、葬儀社から聞いたとは明かせませんが、「院内の記録にあった」と言えば大概はそれ以上の追及は受けません。ご遺族も少なからず動転して来院していますので、「訊かれて、どこかに書いたのかな?」とみずから記憶をすり替えてくれます。
尋ねてみると、ありました。患者の兄、金本泰世氏が遠く広島から来ていました。麗様ではなく、ほっとしました。
教えてもらった携帯の番号にさっそくかけてみましたが応答はありませんでした。単に出ることができなかったのか、見慣れない東京03からの着信に警戒したのか、それは分かりません。でも留守録になったので用件を吹き込んでおきました。
「この度の金本世光様のこと、心よりお悔やみ申し上げます。大変心苦しく存じますが、医療費の件でご相談したく、連絡を差し上げました。恐れ入りますが、着信表示された番号に折り返しのお電話をいただきたく存じます」
吹き込み慣れた口上です。あとは反応を待ちます。数日待って連絡が取れなければ、次は心持ち圧力を加えた留守録を残すことになります。
幸いにして、その必要はありませんでした。兄、泰世氏とは違う番号から着信があり、30前後と思われる男性の声で「金本世光の医療費のことで…」と申し出がありました。
「連絡が遅れて失礼しました。金本世光の長男です。病院に連絡するよう叔父から言われてお電話しました」
「ありがとうございます。ご連絡をお待ちしていました。申し遅れましたが、この度は誠にご愁傷さまです」
「こちらこそお世話になりました。あの…、医療費のことですが、ご相談がありまして…」
丁寧で滑舌も良いのですが生気に乏しい声でした。父親の予期せぬ死から力を落としているのとは違う、どこか空虚な響きを感じました。
患者に長男がいるのなら医療費の支払いも長男がするのは自然なことですが、留守録した患者の兄から何の回答もないうちに、「病院に電話するよう」促されたということに一抹の不安を覚えます。「まだ支払いをしていなかったのか」と叱られてのことなら、この長男は良識に問題がある可能性があります。関わり合いを迷惑がられてのことなら、怨恨や借金などの根深い背景が窺われます。
ただ長男に支払いの圧力をかけられる人物がいること自体は、私の職務遂行にとって心強いことです。長男には翌日来院してもらい、窓口で話をする約束をしました。
ところで長男ということは、普通に考えれば麗姉妹の兄か弟ということです。だとすれば、私は麗様の身内の人と接触することになります。夢の世界の歌声が歪んで聞こえてくるような気分になっていきました。
翌日の午後、約束の時刻に少し遅れて長男は来院しました。細身のズボンから光沢のある黒いシャツの裾を出し、大きく開いた襟からネックレスを光らせた、男性としてはやや小柄な人物が、片手をポケットに入れたままで、待合から窓口まで歩いて来ました。頽廃と洗練が入り混じったような、虚無的ながらどこか垢抜けた立ち居を窓口から見ていた私は、見慣れた舞台を見ているような錯覚を覚えました。既視感と共鳴する危険な予感でした。
「お取り込みのところご来院下さり、ありがとうございました。担当の水野と申します」
「いえ、とんでもありません。金本世光の長男です」
長男は投げやりながらも良く通る声でそう答えました。
「医療費の件でご相談とのことでしたが、当院からお送りした通知はご覧いただいていますか?」
「はい、もっと早くに伺わなくてはいけなかったのですが、どうご説明すれば良いか分からず、延ばし延ばしにしてしまいました」
憂い顔と目が合うと私の心臓は駆け出しました。明らかに麗姉妹と同じ部品で作られた顔です。麗様が男に変装して来たのかと思えるほどでした。もっとも男に扮した姿こそ、私の知る麗様なのですが。
目を隈取った、あの独特のメイクを無意識にモンタージュして、私は息が止まりそうになりました。
わ、私はこの人を…、知っている…。
はっとした表情を咄嗟に矯めて、目を逸らしました。そして、脂汗を滲ませながら、努めて事務的に尋ねました。
「く、詳しくお聞かせ願えますか?」
「お恥ずかしい話ですが、お金が用意できないんです。明日からどうやって暮らしていこうかと思っているぐらいでして」
「あの、生命保険には加入しておられませんでしたか?」
「父ですか?私もそれを調べたのですが、とっくの昔に解約していたことが分かりました」
「ご親戚に援助してもらうことは?」
「親戚ですか。親戚とはあまりうまくいっていませんでしたから…。ちょっと事情がありましてね」
事情そのものは分かりませんが、親戚と不和である可能性は想定していました。ただ、払えるはずの家族がいることを知っている以上、食い下がらない訳にはいきません。
「あの、立ち入ったことをお聞きしますが…、ご長男のほかにご家族の方はいらっしゃらないのですか?」
麗姉妹の名前を出すことだけは避けたかったのですが、それでもそれを前提に訊いていることは明白です。長男は一拍ほど私の顔に視線を止め、ゆるりと硬直を解きました。
「不審にお思いのようですね。宝ノ塚のスターが親の医療費も払えないなんて」
ついに核心を突くひとことが出ました。私は喉を震わせながら、ことばを絞り出しました。
「お嬢様方が…、お支払い下さることはできないのですか?」
「宝ノ塚のスターと言っても、親会社である私鉄の社員扱いです。びっくりするような収入ではないんですよ。まあ、それもご存知でしょうがね」
長男はそう言って私の左胸に目を向け、皮肉な笑みを浮かべました。私は、あっと声を上げそうになりました。
むやみに多くのペンやら定規やらをベストの胸ポケットに挿す癖のある私は、その中に宝ノ塚グッズのボールペンが含まれていることを忘れていました。しかもそれはファンクラブの会員限定品です。ファンだと自己紹介しているようなものです。
「やはり事情をお話ししないといけないでしょうね。父は方々に借金していましてね。店もとうに抵当に抑えられているんです」
魔境に足を踏み入れた心地がしました。
「あの…、健康保険を使う手続きだけでもしていただければ、お支払い額を減らすことができるのですが…」
私がそう言うと長男はバッグからよれよれの保険証を取り出し、放るようにカウンターに置きました。予想した通り、城北区の国保でした。
「もう何年も保険料を滞納していましてね。保険証の更新さえしていないんですよ」
保険証を手に取ると、確かに有効期限が切れていました。夢を汚された上に医療費の回収さえ八方ふさがりとなり、考える力を失いかけた私に、長男はついに禁断の事実を語り始めました。
「さっきから思っていたんですが、どうやらあなたは私のことをご存知のようですね」
図星を指されて無言の肯定をしてしまいました。
「嬉しいな。私のことを知っているということは相当コアなファンですね。そうか、もう男のふりをしても無意味ということか…」
そうなのです。私は確かにこの人を知っていました。長男が決して男性ではないことも…。
麗姉妹には二人に先駆けて舞台に立った姉がいました。その名も麗 真郷。歌唱力も演技力も明らかに妹二人より上でしたが、芸事の神様は冷酷なものです。妹二人に与えた花を姉には与えなかったのです。
妹、美郷が大階段を駆け上り、末妹、千郷にまで追いつかれ、真郷は蕾のまま剪定されてしまいました。本人の言うようにコアなファンでなければ知らない名前でした。いつの間にか消えていったことなど、世間の誰が気づいていたでしょう。
「新聞に出ていた、第一発見者の住み込みの男性従業員とは私のことですよ」
団員の私生活からは距離を置きたい私でなくても、退団した真郷が実家に帰って家業を手伝っていたとは知らなかったことでしょう。
「私たち姉妹は子供の頃から宝ノ塚に憧れていましてね。父は宝ノ塚になんか興味のない人でしたが、私が付属の音楽学校に入ったことに気を良くして急に張り切ったようです。妹二人には借金までして英才教育を施しました。その差が出たとまでは言いませんが、妹たちにあっと言う間に抜かれてしまったことはご承知の通りです。
妹たちの成功で得意になっていた父にとって、泣かず飛ばずで退団した私は自分の顔に泥を塗った不肖の娘でした。実家に帰ったときに見せた突き放した表情を今も忘れられません。
私はわずかな蓄えで音楽教室を始め、子供に歌を教えようかと思っていました。それを知った父は慌ててやめさせようとしました。なぜだか分かりますか?私が宝ノ塚出身と世間に知られて、麗美郷と千郷の名に傷がつくことを恐れたのです。いや、正確には自分の満足に水を差されるのが嫌だったのでしょうね。『恥の上塗りをする気か』って怒鳴られましたよ。
麗美郷と千郷には姉などいない。初めからいない。私は男にも女にも見える格好で店を手伝うことになりました。店は妹たちのファンで持っていたようなものです。店に出ているうち、私の心は次第に変調を来してきました。あまり言いたくない話ですが、今も薬が手放せません」
それはどれほどのストレスだったでしょう。夢破れた娘を、成功した妹たちの自慢話やポスターで取り囲む、その残酷さに気づかないなんて信じられません。無神経な父親の上機嫌な笑顔が思い浮かびました。
「父はね、妹たちにレッスンを受けさせるために借りたお金の返済が終わらないうちにまた借金で店を大きくして有頂天でした。でも身の丈に合わないことがいつまでも続くはずもありません。
借金とは恐ろしいものですね。いえ、返せなくなることが、ではなく、また借りれば良いと安易に考えてしまうことが、です。感覚が麻痺してしまうのでしょうね。借りたお金を返すために借金する。その繰り返しでした。
親戚に泣きついても、巻き添えを恐れて誰も貸してくれません。最後は闇金融にまで手を出して、お定まりの展開です。債権者に『娘たちに払ってもらう』と言われて、父はすっかり取り乱しました。遺書にはこう書かれていましたよ。『ただちに相続放棄するように』ってね。そんなところは準備が良いのですから感心しました」
私はもはや抗う力もなく聞き入っていました。触れてはいけない暗黒史のページを開いてしまった心地でした。
でもまだ終わりではありませんでした。このあと長男、いえ長女が語ったことは私にとって禁忌の秘話でした。
「ここまでお話ししたのですから、とっておきの事実をお教えしますよ。美咲、いや麗美郷はね、脚光を浴び始めたころ、劇団の御法度を破って男性と付き合って、あろうことか妊娠してしまったんです。年頃の女の子ですからね、好きな人ができれば周りが見えなくなるのも無理はないのですが、規則は規則です。普通なら即退団です。劇団員の中でも噂になり始めていましたので、組織としても処断せざるを得ない状況になっていました。
でも100周年を控えた歌劇団はゴシップを恐れました。そして麗美郷という逸材を失うことをさらに惜しみました。
美咲は『お姉ちゃん、どうしよう』って、おろおろと泣くばかりでした。結局どうしたと思います?私は美咲に、もうその男性とは二度と会わないことを約束させて、自分が身代りに退団することにしたんです。初めは何を馬鹿なと、と取り合わなかった劇団の幹部も、考えてみれば麗美郷という至宝を守り、一応のけじめもつけ、ついでにもう先の見えた私をお払い箱にできるのですから一石三鳥なわけです。
美郷が一時期舞台を離れたことはご存知ですよね。その間にお腹の子を堕ろして謹慎していたんです。でもそれが芸の肥しになったのですから大したものです。やはり才能なのですかね」
話し終えると長女は額に手を当て、瞼を閉じ、首を左右に振りました。肌も荒れて見る影もありませんが、いささか芝居じみたその仕草はなかなか板に着いたものでした。血を分けた姉妹がこれほど明暗を分ける現実を目の当たりにし、芸の道の厳しさのほかに運命の非情さを感じずにいられませんでした。
「医療費については本当に申し訳ないと思っていますが、すでに相続放棄の手続きを進めています。どうしても払えとおっしゃるなら…」
長女は皮肉に口の端を上げ、ことばを継ぎました。
「暴露本でも書いて印税で支払いしますが」
そ…、それには及びません…。
私の宇宙から星が一つ流れて消えました。
後日、長女から私宛てに、家庭裁判所が発行した相続放棄申述受理証明書の写しが届きました。そこには三人の姉妹の本名が一枚ずつ記されていました。考えようによっては大変なお宝ですが、私にとっては悪夢の証しでしかありませんでした。
♪すみれのはぁなぁ♪
胸を躍らせた歌声が、彼方に遠ざかっていくようでした。
日常世界のステージは日の当らない路地のようです。嫉妬や怨嗟の草いきれが鼻を突きます。