加奈子編
なっちゃんのクリスマス〜加奈子編〜
…やっぱりね
イブの朝「今日は残業で遅くなる」と言った洋介が下唇を噛むのを加奈子は見ていた
嘘を付く時の癖だ。本人は気付いてない
今、加奈子の目の前に興信所の名前が書かれた封筒がある
中には洋介と女が連れ立って歩く写真が数枚、行動記録、どこのホテルに入ったかなど、数枚の報告書が入っていた
女の名前は菜穂美とゆうらしい
見るからにずる賢そうな顔立ち
…蛇みたいな女ね
加奈子は思った
さっき、娘は洋介の帰りが遅くなると知り、がっかりした様子で部屋に入ってしまった
テレビはイブの夜を楽しげに過ごすカップルを映し出している
「私たちにだってそんな頃があったわよ」
テレビに向かって独りごちた
寝室から太一の泣き声が聞こえる
…起きたみたいね
おしめを取り替えに寝室に向かった
洋介の様子が変わったのは一年くらい前、太一懐妊中の頃だ
子育てに疲れ、洋介にまで手が回らなくなったが、夫は理解してくれていると思っていた
ケンカも増えた
お互いに理解が足りなかったかもしれないが、一生懸命やってきたつもりだ
そんな時に洋介から「女の匂い」がした
実際に匂いがあった訳ではない。女の勘がそう言った
「浮気、不倫調査します」
自分には関係ない広告だと思っていたが、信じたいが為に調査を依頼した
玄関が開く音がし、洋介が帰ってきた
加奈子は慌てて封筒を戸棚に入れた
「なつめは?」
慌てた様子ではあるが、演技なのも知っている
今日も、洋介のYシャツの、洋介には見えない背中の首筋の所に「ヘビ女」の口紅が付いている
ヘビ女がわざと付けたに違いない
洋介を奪うつもりなのだろう
加奈子に対する挑戦状…
あつかましい女だ
「さっき待ちくたびれて寝ちゃったわよ。あらっ、なっちゃん笑ってるわ。どんな夢を見ているのかしらね。かわいい寝顔ね。生まれてくれてありがとう。あなたは『私たちの』最高のプレゼントよ」
わざと『私たちの』の部分に力を込めて言ってやった
「…あぁ、そうだな」
そう言った洋介が下唇を噛んだのを加奈子は見逃さなかった
別れるつもりはない
むしろ別れてやるもんか
娘の寝顔を見ながら加奈子は思う
この子たちの為にも、この子たちが独り立ちするまでは別れるのは得策ではない
洋介に不利な状況だ
あの封筒はその為に使おう
「男はバカだから」
加奈子は思った