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空を乞う  作者:
2/2

後編


 翌朝、日が昇るのと同じころに目が覚めたノールだったが。すでにヨダもクールーフーも起きて身支度を整えていた。

 慌てる必要はないとは言われたが、急いで顔を洗い髪を結う。

 その間にヨダが卒なく朝食を作り、それを腹に収めると早速出発となった。

 羽毛に包まれ、腹筋を背もたれにしたノールは雲が増えた空を見つめてひと息つく。


「空は、変わっていません。このまま東南です」

「わかった」


 休憩を何度か挟み、日が暮れるまで飛び続けた。

 羽毛が心地よいくらいだったノールの町からはずいぶん遠くまで来ている。しっとりとした空気に陽射しが照りつけ、服の下には汗をかくほどだ。

 川辺や泉のほとりなど、ヨダが見つけた安全そうな場所で一夜を明かし、同じように空を駆け、またもう一夜。

 空の軌跡を追ってひたすらに進んで行く。


 明くる朝。

 薄暗い空を、クールーフーは疲れも見せずに飛んで行く。

 方角は変わらない。

 けれども、空は顕著だった。

 目前には黒く厚い雨雲。強い風に乗って雲が集まって、その場に留まっている。見えないなにかが、雲を先に進ませていない。

 真っ青な空と、雨雲の境目。

 とてもとてもはっきり、空はふたつに分かれていた。


 川と川がぶつかった二股の、その股にある森に降り立つ。

 ノールの住むところとは茂る草木も川の色もずいぶんと違う。瑞々しく明るい森だった。

 それでもやはり、雨は降っていない。

 ここは、ちょうど雨雲の切れ目。

 雲の下は逆にずっと雨が降っているようだ。

 不安に眉を寄せたノールは、せめぎ合う雲と見えないなにかを見上げて、そっと卵をなでた。気づいたヨダの手がノールの頭をポンと叩く。


「案ずることはない」


 クールーフーから降りて森を進むと、大きな楠が増えてきた。背の高い木々はしんとした静けさと澄んだ空気を纏っている。鳥の声も獣の気配もない。ノールの知っている森とは明らかに違っていた。

 その木々が途切れる。

 どんよりとした空が望める開けたところに、ひときわ大きな楠が佇んでいた。


 ぼこぼこした幹は太く、腕を広げた大人が十人いても回りきらないだろう。枝ぶりは空を抱くように広く、葉もよく茂っていた。本当に大きくて巨木と言える樹木である。

 そこでぴたりとヨダの歩みが止まった。

 卵をノールから受け取ると、ここにいてくれと言い残し、彼は巨木へ向かう。少し距離を置いたところで、空に広がった緑を見上げる。

 朗々とした声が響いた。


「天鳥よ。鳥使いのヨダと申す。あなたの大事な子を届けに参った」


 しっかりと抱いた卵を示して、ヨダは言葉を続ける。


「すまなかった。攫ったのは地の大蛇だが、あなたにとってはそんなことより安否が第一だっただろう。樫の根本へ届けよう」


 ヨダは、大蛇が卵を食べようとしているのをたまたま見つけたのだと言う。それが地の大蛇と呼ばれる霊鳥たちの天敵だったことから、急いで卵の持ち主を探した。

 鳥たちを飛ばして情報を集めているうちに、天候の変調を知って天鳥に行き着く。

 天鳥の棲むところはさすがに鳥使いといえど知る者はおらず、空をよく知る星詠みを頼ることとなったのである。


「許してくれとは申せまい。だが、雨に困るのは人だけでないことだけお忘れなきよう。どうか、怒りを鎮めてくれまいか。空の民のヨダは、大蛇に代わって謝罪をいたす」


 羽毛に包んだままの卵を根本へ添えると、ヨダはまた数歩下がって鳥装束を背負い直した。すっと、翼を纏った腕が伸びる。

 空気が、止まった。

 ノールにはそう思えた。

 しゃん、と鈴の音が響いて、鮮やかな鳥が一羽、軽やかに舞う。

 激しさはなにもなく、静かで、なめらかな足運び。地を踏むごとに、足鈴がしゃんと鳴った。

 鈴に合わせて、空気が澄んでいく。

 頭を垂れた一羽の鳥は、静かに静かに、羽を広げ、鈴を鳴らし、尾を振り、舞い続ける。

 しゃん。しゃんしゃん。

 くるりと回って、地へ伏せると森に確かな沈黙が降りた。


 風もなく、虫や木々の葉さえも歌うのをやめた森の中。

 ピィー、と高く澄んだ声が響き渡ったのはそのときだ。

 まるでそれが合図だったように、さああああと雨が降り出した。楠が揺れ、羽音がひとつ。

 ばさりと舞い降りた大きな鳥は、根本の卵を包む羽毛を掴むとすぐにまた木の陰へと消えてしまった。

 青くて長い一枚の羽根が、ひらり円を描いてとヨダの前に落ちる。


 額を地につけていたヨダは、もう一度深く一礼をすると鳥の頭を外して空を仰いだ。

 天鳥は、もう見えない。

 やわらかな雨を浴びて目を伏せる。湿った空気を肺にいっぱい吸い込んで、ヨダは大きくひと息ついた。


「終わった」


 たったひと言。

 きっとノールが思っているより大切で重要なことを成し遂げたはずなのに。

 今までと変わった様子もなく、クールーフーの嘴をなで、羽毛にノールを引き寄せる。


「お疲れ様でした」


 小さく返すと、ポンと大きな手がノールの頭を叩いて返事をした。






 天鳥の楠から飛び立って、雨を浴びながらヨダがノールの耳に唇を寄せる。

 ヨダの羽毛は水を弾いてくれるから、許しの雫はそれほど気にならなかった。


「ノール。では、俺の村に行くぞ。嫁を迎えたと報らせねば」


 使命は果たしたのだから、帰路につくのは当然なのだけれど。

 淡々としたヨダの言葉にノールはやっと首を横に振ることができた。


「だ、だめです」


 ぴた、とクールーフーが止まる。

 不思議そうに長い首が振り返るのも気にしないで、眉を寄せたヨダがノールの顔を覗いた。


「なぜ。伴侶は離れて暮らさない」

「そもそも、その結婚がおかしいでしょう。知り合ったばかりの人と突然夫婦にはなりません」


 ノールを連れ出す口実なのではなかったのか。彼の反応に内心で冷や汗が出る。

 ノールはもう一度首を振った。

 憮然としたヨダはノールの顎をつかんで止めると、じっと見下ろしてから口を開く。


「空の民は、三日共寝すれば夫婦と認められる」

「ちょ、え、だ、だめですよ! わ、わたしの町ではそんなことないですからっ」

「……ノール。おまえは婚姻を考えもしない相手と夜を共にするのか」


 さらに低くなった声にノールのほうが慌ててしまう。

 おかしい。自分の言い分が常識にもかなっているはずなのに、ノールが咎められる流れになっている。


「しません! こ、今回は、ヨダさんが勝手にそうしたからでしょう。普段はそんなことしません」


 鳥使いたちの常識がずれているのだと思い知りつつも、そんな事情があるのにノールを連れ出したヨダはどういうつもりなのか。

 ノールが折れないと察してか、ヨダはふうと息をついてから首をかしげた。


「では、おまえの町ではどのようにするんだ」

「え」

「おまえと夫婦になるにはどうすればいい」


 真摯な瞳にノールは思わずたじろいだ。

 顎にかかる手に、心なしか力が込められた気がする。

 視線を泳がすこともできず、ノールは必死に言葉をかき集めた。


「ふ、普通は、好き合った同士が一緒になるんです。お互い気持ちを確かめ合ってから、家族に許しをもらって、神父様や神官様に祝福をもらって結婚します」


 王族や貴族など特殊な場合を除けば、こんな流れが一般的だ。間違っても嫁を攫ったり、共寝が基準だったりはしない。


「ヨダさんとは、まだ三日前に知り合ったばかりじゃないですか」


 顔を見たこともない相手や、知り合って間もないなんてそれこそ貴族たちの婚姻である。

 だから、この空の旅は星詠みが五枚の銀貨で雇われただけ。それだけなのだ。

 ね、と念を押すと、そんなノールを見つめたヨダは黙って顎から手を離した。






 雨はたっぷりと降り続いた。

 今までの乾燥具合が嘘のように、最北の町でも三日降り続いて潤いを恵まれた。埃っぽさはすっかり洗い流され、瑞々しさを残したまま、晴れ渡った空が広がっている。

 出窓を全開にしたノールは、空の定期便を郵便屋に託したところで大きく伸びをした。


「よう、ノール。少しは落ち着いたか?」


 通りかかった毛皮屋の親父が手を上げて挨拶するのに、ノールは肩をすくめて笑った。


「今、手紙でお詫びを送ったところです。あとはひとまず」

「そうか。また雨も降るようになったし、よかったよかった」


 天鳥の楠から飛び立って、家へと送り届けられたのは今から七日前のこと。

 ヨダは向かったときと同じように、いや、少しゆっくりめに飛行を続け、休憩を挟み、きちんと食事と寝床の支度もしてノールを帰してくれた。

 行きは相当急いでいたのだろう。クールーフーがいるから宿にこそ泊まらなかったが、ノールが望めば途中で町に寄ってくれたし、自身も食材の調達をしたり酒場で情報を集めたりしていた。

 相変わらず表情は静かで、言葉も声も淡々としているヨダ。

 町に着くと、彼はノールが店に入るまでを見届けてから足早に去って行った。


「空は、ほとんど元どおりです。これで風邪の流行も収まるといいんですけど」

「まだ冬になったわけじゃないからな。それほど深刻には――」


 今度は毛皮屋が肩をすくめたとき、通りにいた人たちが一斉にどよめいた。

 言葉を止めた親父も門のほうを見て目を丸めている。

 ノールは窓から身を乗り出した。


 鳥がいた。


 鳥というか、鳥装束のヨダがいた。

 薄茶の羽毛に、赤や緑の飾り羽根。連なった金環と刺繍が豪奢な飾り布。

 玉や鈴もついて、心なしか毛艶もよい。

 違っていたのは、鳥の頭ではなく刺繍と飾りが見事な冠を被っているところだ。左右に小さな翼のように羽根が広がり、帯が結ばれ、雨のように垂れた金の飾りがしゃらしゃら揺れる。


 しゃん、と鈴の音が止まった。

 ノールの出窓の前に立つと、ヨダは変わらない琥珀色の瞳を一直線に向ける。毛皮屋が思わず後ずさって窓から離れた。

 ノールの前には、豪奢な衣装のヨダしかいない。

 ざわめきはいつの間にか消え去り、町に似つかわしくないしんとした静けさが降り立つ。

 男は手を合わせ、深く頭を下げた。


 しゃん、と鈴が鳴る。

 そこからは息を飲むことしかできなかった。

 軽やかな足取りで、ヨダは舞い踊る。

 店の前から通りの幅いっぱいを使って、不思議な足取りで地を踏み鳴らし、空を切った。

 羽を広げ鈴を鳴らし、何度も何度もその場で回り、大きく跳んでは華麗に腰をひねって冠を輝かせる。

 この、舞は――

 天鳥への舞を見ているノールだからこそわかる。これは、許しを請うたあのときとはまったく違った。意志の強い、金の瞳に捕らわれる。

 ああ、だめだ。

 しゃんしゃんしゃん。鈴が囁く。

 羽根が艶やかに波を作り、軽やかに踵が返る。

 しゃん!

 片膝をついて、胸に手を当てたヨダ。

 射抜くほどにひたむきな眼差しが、窓際に縫いつけられているノールを見上げた。


「星詠みのノール。鳥使いのヨダは、あなたを妻に迎えたい」


 朗々と響く、声。


「空を見上げる澄んだ瞳を、私に向けてはくれまいか。慈愛に満ちた両の手を、私に重ねてくれまいか。私は生涯あなたを護り、星の巡りのもと、共にありたいと願っている」


 どうか、その手を。

 しなやかな腕が、ノールの前に差し伸べられた。

 褐色で大きく、たくましい手。

 ノールは、眉を下げてヨダを見る。そしてやはり、だめだと思った。

 琥珀色の瞳が微動だにせずノールを見つめている。敵わなかった。ああ、捕まってしまった。

 ノールだけに向けられる瞳。

 この装いも、軽やかで熱い舞も、全部ノールへのものだった。

 ノールはふうと息をついてから微笑み、待ち続けている手のひらに自身の手を重ねた。置いた途端、ぐいと引かれる。


「ありがとう」


 それだけ言うと、琥珀色がやわらかに弾けた。星が瞬いたみたいにやさしくて、見惚れるほど澄んだ輝きだ。ノールの顔は真っ赤に染まる。

 いつも淡々としているヨダの、そんな顔が見れるなんて。

 ぼすんと羽毛にくるまれながら、赤い顔が見られなくてよかったと思ってしまうノールだった。

 

「あとは、親御殿の許可か」


 ノールを腕に納めたまま、笑みを引っ込めたいつものヨダがポツリとこぼす。

 勝手に連れ出すわけには行くまい。なんて、先日勝手に連れ出したくせに言うものだからノールはヨダの鼻をムギュッとつまんだ。


「お? なんだ、ノール。なにしてんだ?」


 そんなときである。とてもとても、めずらしい声が聞こえた。


「お、お父さん、なんで」


 のっそりとした熊のような出で立ち。旅人の装いだが、大きな荷物を背中に背負っている。

 まだ当分帰って来ないだろうと踏んでいた父親の姿に、ノールはぽかんと口を開けた。

 父はもっさりと髭に覆われた顔をくしゃりと崩す。


「久しぶりだなあ。なんか、北に吉報ありと出てたから、おもしろそうだな~って思って帰ってみたんだが」


 まだノールが鼻をつまんでいる青年へと目を向けて、二度ほどまたたくと父は驚きの声を上げた。


「おお! 鳥使いの兄ちゃんじゃねーか。無事にノールと会えたんだな」

「先日の星詠みか」


 ノールの手を外したヨダが、熊男をまじまじと眺める。わずかに目を見開いて驚きを示した。


「あなたがノールのお父上だったのか」

「西の沼地で会ったんだ。どうもおまえと巡りが重なるみたいだったから、北に行って若い星詠みんとこ行けって言ってさあ」


 カラカラと笑いながら父は空の一点を示す。ほら、あそこのところに交わりと転機の兆しがあるだろ。なんてノールではわからなかった星の動きをいとも容易く解いてしまった。

 ヨダもうなずく。視線を空に向け、少し過去のことを脳裏に浮かべているようだ。


「それでほかに三人の星詠みが間に挟まったが、最後にノールへ行き着いた。――その節は世話になった」

「なんの。ちゃんと金ももらったし、気にすんな」


 こほん、とヨダは声を整え、にこにこしている男を見つめた。

 急に空気がひきしまって驚いた相手へ、ヨダは背を正して迷わずに口を開いた。


「ノールのお父上。私は、鳥使いのヨダと申す。ノールを私の嫁へ迎える許しをいただけないだろうか」

「は」

「先ほど、ノールは私の言葉にうなずいてくれた。あとは、家族の許しが必要とも聞いている。だから、あなたからお許しをいただきたい」

「はあー、そういうことかあ」


 言葉は決して多くないのに。向けられる熱にノールの頬は赤くなる。

 まさかこんなことになるなんて思っていなかったから、父親に報告するのだって想像していなかった。

 ノールをよそに、父はたっぷりの顎髭をなでてから、感心したように息をついた。


「いいよ。ノールが決めたのなら、オレが口を挟むことじゃない。ふたりで幸せを探しなさい」


 あっさり。

 ものすごくあっさりと承諾した。ひとり娘が親元を離れるというのに、もう少しなにかないのか。

 じゃあオレは久しぶりにここに戻ることにしよう。なんて笑う父親にノールは脱力した。ひとまずヨダの家族に挨拶して来なさい、と突然親らしいことまで言われて頬を膨らませるしかない。

 ありがとう、と真顔で頭を下げたヨダに手を引かれ、町を足早に通り抜けたノール。町のざわめきの中を通り抜け、いつかと同じように森の中でクールーフーの背中に収まった。


「怒っているのか」


 羽毛でノールを包んだヨダが、後ろから覗き込んで首をかしげた。


「怒っていません」


 クールーフーの真っ黒い首から目をそらさずにノールは答える。店の前からここに来るまで、ずっと黙ったままだった。

 もちろんヨダは、こんなひと言の返事で引いてはくれない。訝しげに首をかしげて食い下がる。


「では、なぜ、こちらを見てくれない」

「……ヨダさんがずるいからです」

「俺はおまえが教えてくれた手順をきちんと踏んだぞ。いかさまなどしていない」


 心外だ。解せない。

 唇を尖らせて上目に見てくるところなんか、どう考えてもずるすぎる。背は彼のほうがうんと高いのに。

 強引なようで、きちんとノールの気持ちを汲むことは忘れない。

 誠実さと誇りを持ち合わせ、頑なと見せかけて思いのほか素直。だから、まだ自分を見ようとしないノールを引き寄せ、しっかりと瞳を捕らえた。


「……だめか?」


 ずるい。本当に、ずるい。


「俺では、だめか?」


 先ほどうなずいてくれたのは気まぐれなのか。

 迷いも戸惑いもないのに、しゅんと眉を下げて上目にするなんて、まったく。

 ノールは観念するしかなかった。

 空模様もすっかりヨダの味方をしている。

 ゆっくり息を吐いてから、クールーフーに横向きに座り直す。肩越しではなくきちんとヨダを見つめ返した。


「だめなら、断っています」

「ノール」


 吐息のような声が呼んで、そのらしくなさに思わずくすりと笑ってしまう。


「星の巡りだとしても、わたしだって嫌なものは嫌です。それならちゃんと断ります。ここまで流されているように見えていたとしても、決めたのはわたし。自分で選んでここにいます」


 確かに、初めはヨダの勢いに負けたこともあった。

 だからといってノールは気が弱いわけではない。巻き込まれたことにかわりないが、どんなときでも選択肢を選ぶのは自分でしかないと知っている。


「ヨダさんといたら、晴れた日も雨の日も、どんな天気でも、きっと退屈する暇なんてないでしょうね」


 琥珀色がほんのわずか揺れている。今更、不安なんてものを混ぜるなんて。

 ああ、もう。困った。

 きっとこれから先、どんなときだって敵わないのだろう。


「わたしは、星を詠むことしかできないけれど。それがあなたの役に立つのなら、不幸を少しでも減らせるのなら、よろこんで空を見上げます。あなたの隣にいさせてください」


 どこまでも澄んでいてきれいなヨダ。そこに惹かれて止まない。

 空で生きるヨダと、空を眺めて生きるノール。似ているようでまったく違う。

 いつも眺めることしかできなかった世界へ、ヨダは軽やかに連れて行ってくれた。それがどんなにうれしかったか。

 

「空の民は、約束を違えない」


 まっすぐと琥珀色はノールを映す。

 馴染んでしまった迷いのない返事に、ノールはたまらず微笑んだ。

 行こう。

 ヨダが耳元で言う。クェーとクールーフーが返事をする前に、ノールはあわててうなずくいた。

 手綱がしなって、黒翼が羽ばたく。

 ふわりと木々を飛び越すように舞い上がり、ふたりと一匹はこの日もまた、澄み渡った青の中を駆け抜けていくのだった。


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