欠陥人形の欠け算
■第一章 僕たちの欠け算
朦朧としている中で僕は目を覚ます。
「ここはどこなんだ?」
状況を全く把握できないが、瓦礫の下敷きになっているような感覚。辺りは薄暗くよく見えないが瓦礫のようなモノがたくさん積み上がっている。大きな窓から光が射し込んでいるのが見える。どうやら建物の中の瓦礫の下敷きになっているようだ。
頭がぼんやりとしていてはっきりしない。どうしてこんな場所で僕は目覚めたのか。
「なんだろう?これは」
霞む目の前には頭大くらいの大きな桃が見えた。なぜそこにあるのかわからない。お腹も減っていることだし本能的にかぶりつく僕。その後女の子の悲鳴が轟いた。
「お尻をかじられるとは思わなかったよ」
「悪かったってば。意識も朦朧としていたし、お尻だとは思わなかったんだよ」
「欠陥ドールのケツ噛んどーるっダスか?ギャハハハッ」
目玉がくだらないギャグを言い放ったため凍るような寒気を感じた。だが意外にもその女の子は笑っていた。ギャグはクソ寒かったけど雰囲気は明るくなったようで助かった。このままお尻を噛んだことを怒られているのも嫌だったから。
どうやら桃だと勘違いしてかぶりついたのは目の前にいる女の子のお尻だった。僕に気付かず、目の前で腰を降ろしていたそうだ。そして女の子の肩に乗っているのがおもちゃの目玉。本人はアイドール、人形の目玉だと言っている。
「私はパシー。こっちはギャメダス。あなたの名前は?」
「……えっと」
「生まれたばかりで名前がないのね。それなら私たちと一緒に来ない?それとも何かアテはあるのかな?」
アテは……ない。そもそも僕はどうしてここにいたのか?僕は一体何者なのかさっぱりわからなかった。
「ひとまず私たちと一緒に村に帰ろう。一度落ち着いてから、あなたに置かれている現状を整理したほうが良いよ」
確かにそうだと思う。僕はこの人たちについていくことにした。見た感じ悪い人たちには見えなかったから大丈夫だろう。
「ん?あれれ?」
異変があった。僕が立ち上がろうとしたとき何かがおかしかった。おかげで前のめりにステンと転がってしまった。
「もー何やってるダスか?そういう遊びが流行ってるダス?」
いや、遊んでいるわけではなく。僕は何がおかしいのか身体を調べてみるととんでもないことに気付く。むしろ今まで気付かなかったほうがおかしい。
なんと僕の下半身がない!それは戦慄だった。肝が冷えるとはこのことを言うのだろう。きれいスッパリ上半身から下がないのだ。
「こ、これは一体、どうなって、いるんだ?」
「あなたは下半身がないのね。私も両腕のない欠陥品だから」
オーバーオールの服装から見えなかったのか気付かなかったのか、本来あるべくパシーの腕がなかった。目玉に至っては語るまでもない。むしろ声はどこから聞こえているやら。
「なんで、僕の下半身がないんだ?」
僕は混乱してしまって、辺りに下半身が落ちてないか探してしまう。落ちていたところで一度外れたものが引っ付くものなのか?
「なんてことだ。ここは一体どこなんだ?僕は一体誰なんだ?何をしたんだ?何があったんだ?何をすれば良いんだ?……」
今まで気付かなかったが、よく辺りを観察してみれば、瓦礫の下敷きになっているのだとばかり思っていたら、それは間違いだった。腕や足など人体の一部が乱雑に積み上がった山の中で僕は埋もれていたようだ。僕は恐ろしくなった。ここは地獄だ。積み上がる手足や胴体の山は、まるで触れることの出来ない光の階段に救いの手を求める亡者どものように見えた。
「ひぃいいいっ!何なんだよここは!僕が何をしたって言うんだよ!なんでこんな場所にいなきゃいけないんだよ!」
「少し落ち着いたらどう?ここは地獄ではないよ。私たちは死んでいない」
「そ、そうなのか?」
「一度戻ろう。話はそれから。こんなところじゃお茶も用意できないから。ささ、籠の中へどうぞ」
パシーが屈んで背中の籠へ入るようにと促す。
「……うっ」
「どうしたの?早く上がって」
と、言われても籠に入るにはパシーの身体によじ登っていかないといけない。木登りやそんなもんじゃなく、女の子の身体に安易に触れてしまって良いものなのか。こういう部分で一時冷静さを取り戻せる自分もどうかと思ったが。
「童貞みたいな反応ダスな。女の子によじ登る道程に気がドウテイしちゃうってか?」
「童貞に道程に気の動転が重なっているね!おもしろいわ」
「はっはっは。ちょっと誉めすぎじゃないダスか」
「……」
僕にはハイセンスすぎて付いていけない。
「気にしなくて良いよ。まさか両手で這って歩くわけにもいかないでしょ?」
「まぁそうなんだけど」
「パシーによじ登るときにおっぱいでも掴まってやろうなんて考えてないダスか?ハレンチダス!」
「……ひゃぁん!」
パシーが背を向ける。明らかに僕から胸を遠ざけた。ちょっとショックだ。そんなこと考えるわけがないのに。
「お!ぱ!おい、目玉!何言ってるんだよ!バ、バカじゃねぇのか。そんなの微塵も考えてないっての」
「違ったダスか。なら登るついでにチュッチュしていくつもりだったダスな?お尻噛り付いたり、お前はケダモノダスな」
「ぴひゃぁん!」
とうとうパシーの顔が真っ赤になる。目玉の話を信じすぎだ。それとさっきから気になっているんだけど変な悲鳴だな。
「なんというセクハラ目玉」
「パシー、横になってやれダス」
横向きになってくれた籠は地面から手が届き、そのまま乗り込めるようになった。だがこのままではパシーが立ち上がれないので、僕が両手で地面を蹴り、勢いを付けて立ち上がらせる。
「ふぅ。ありがとう。両手がないと立ち上がるのも一苦労なんだよね」
帰り道。僕は籠の中で揺られながら、歩く道程を観察していた。大きな屋敷に乱雑に積まれている人のパーツ。よくもこれだけ集められたものだ。戦争や大災害にでもあったのだろうか?僕の記憶の中にはそんな体験はないのだが。
「パシーはどうして腕がないんだ?」
「……」
「目玉だけに愛しかないダス」
「ぷぷぷっ」
もう黙っててほしいものだ。
「私たちは欠陥人形。ここに来る人形は誰もがどこか欠けているものよ」
……欠陥人形。そうパシーは自分たちのことを称した。欠陥、人形だって?
「って!僕も人形じゃないか!」
デデーン!なんという事実。今更ながら下半身がないだけでなく、人間でもなかったなんて。身体中がコキコキ鳴ると思ったら、球体関節が音を出していた。
僕は慌てて乱雑に積まれた人のパーツを観察してみる。確かにあれは人体ではなく、人形だった。中身は空洞になっているし、血液は流れていない。あまりにも精巧に作られていて、人体だと見間違えていたようだ。
「い、いいい、今頃気付いたダスか!おせーダスっ!人形だけに頭からっぽダスな!はははー」
「いや、だって。ほら。うぇええええええっ?」
未だに信じられない。いや、僕は一体何がどうなって、何がおかしいんだろうか?記憶がこんがらがる。
「ちょっと!籠の中で暴れないでよ。ほらもうすぐ着くから」
前方に臨むのは僕たちが目指す村。
「ようこそ欠陥人形たちが住む村へ」
そこは村と言うより施設といったほうが良いかもしれない。僕が感じた第一印象だ。片面がパックリ開いた何層にも別れているドールハウスがあった。ドールハウスというかハウス風の棚だ。棚には人形用のベッドや雑貨などが置いてあり、生活感があった。それとダンボールが並んでいる。ダンボールの小窓からは声が聞こえる。中で誰かいるのだろうか?屋敷の一画にドールハウスとダンボールの山。あとは開けた空き地と資材置き場がある。これが村の全容だった。個人民家のようなものはなく、公共施設と言ったほうがしっくりくる作りになっている。
「まずは長老に会いに行きましょう」
長老か。どんな人なんだろう?白髪のおじいさんかな?と僕は勝手な想像を膨らませていた。優しい人だと良いのだが。
片翼天使たちの物語。片翼しかない天使たちは上手く羽ばたけません。イタズラ好きな天使たちは片翼をもがれ、天界から落とされてしまいました。天使たちは天界に戻ろうとあれやこれやと挑戦してみます。一番高い山から手を伸ばしてみますが、空には全然届きませんでした。助走をつけて羽ばたいてみますが、全然飛ぶことはできませんでした。へとへとになった天使たちは疲れ果てて寄り添うように今日も眠るのです。
その神々しい寝姿は一対の両羽に包まれているかのように見えたと人間たちは言うのです。人間たちはさらに言います。左の翼を持つ天使と右の翼を持つ天使が合わされば両羽となり、飛べるのではないか?と。
人間の助言を受けた天使たちは二人で一対の両翼となって飛び立ってみると、上手くいきました。こうして天使たちは天界へ戻ることができました。天使たちは互いに協力し合うことの大切さを学んだのでした。めでたしめでたし。
そんなおとぎ話を村の開けた空き地にて語る少女。少女を中心に周りには頭や腕などの人形の一部たちがキャッキャウフフとおとぎ話の感想を述べ合っていた。それは少し異様な光景でもある。絵的には人形の部品を並べて中央の少女が読み聞かせをしているのだから。
「あら?見ない顔ですね。新しく掘り起こしてきたのですか?」
「掘り起こしたというダスか、お尻を噛まれたというダスか。なぁ?」
「もう、それは良いだろ!ごめんなさい!もうしません!」
僕はちょんとパシーの籠から飛び降りた。
「あらあら。上半身が自由に動くのね。両手が動かせる人形は珍しい。是非細かい作業の仕事を手伝ってほしいところですわ」
少女は僕を値踏みするように僕の身体を見ている。
「長老。その前に村のことや私たちについて教えてあげてくれませんか?どうやら記憶があやふやなようで」
「え?ちょ、長老?こんな女の子が?」
てっきり白髭の老人をイメージしていたのでその外見に驚いてしまった。長老というだけで白髪に口髭を生やした老人との先入観を持っていたようだ。だが長老と呼ばれたその少女は呼ばれるには相応しくないほど幼顔で目鼻の整った美少女だった。金髪がきらびやかに光を吸収し、花のような可愛らしいドレスを身にまとっている。花の妖精というイメージがぴったり合う。一目見ただけで目を奪われそうになる。
「レディに長老という名前もどうかと思うのですが、一応長くここにいるという理由からです。それだけ慕われているのでしょうかね。ふふふっ。
それで私に何が聞きたいのですか?」
僕はこの村のこと、僕自身のことを聞いた。欠陥人形とは一体何なのか。どうして僕はあの場所にいたのか?
「まずこの村は私たち魂を宿す人形たちが住んでいます。ドールクリエ、人形作るクリエの中でも名工と呼ばれるクリエが魂を込めて作られた人形には魂が宿ります。人形作りのために入魂された魂をそのまま受け継ぐわけですね。そのおかげで私たちはこうして動けるのです。生まれたばかりのあなたでも言葉や知識持っている。それこそ込められた魂が持つ記憶なのです」
「人形……僕はドールクリエに作られた人形だったのか」
「人間が込める記憶ですから、中には自分を人間だと信じている人形もいますよ」
「なるほど。だから僕が人形であることに違和感があったのか」
周りにいる頭一つ、腕一本、目玉一つだとしても動けるのはそれ自身に魂が込められているからなんだろうか。人間ならパーツだけで動くことは出来ないからな。
「次にこの建物、人間用の屋敷は現在教会の持ち物なのです。昔は人形愛好家が住んでいました。もう亡くなってしまい、所有権は教会に譲られたのです。
屋敷がある地域は人形作りが盛んな町があります。そのままドールクリエの町と呼ばれています。
そこから出る未完成な人形・失敗作や練習用として作られた各パーツの人形たちや、他に外部から廃棄処分する人形などがここへ集められて来ますので、墓屋敷とも呼ばれていますね」
「なんでそんなものを集めているんだ?」
「供養のためです。人形供養。私たちのように魂が宿る人形がいるからです。人形として価値が高ければ高いほどその魂も高貴なものになります。ですから、この町では人形も人間同様に扱われていると考えてください」
ドールクリエの町らしい風習というところか。
「それとこの教会にはもう一つ機能がありまして、ここに眠る欠陥人形たちをリサイクル品として生まれ変わらせることです。教会は恵まれない子供たちに欠陥品を集めて修復し、無償で配っています。今まで価値のなかった欠陥品を再び人形として完成品として輝かせようとしているのです。この村、私たちの欠陥村はその中継所の役割をしているわけです」
「ワスたちが魂を宿す人形や接合できそうなパーツを探してるんダスな。その途中でお前を見つけたわけダス」
僕がいたのは瓦礫の山じゃない。あれは欠陥品で出来た山だったんだ。そこに埋もれていたのか。それはつまり……。
「な、なんで僕は欠陥品なんだ?僕を作ってくれたクリエはどうしてここへ捨てたんだ?」
という話になるはずだ。ここにいる全員がそういうことになる。魂を宿すほど入魂されて作られた人形なのに、どうして僕たちは不完全なままでここにいる?
「落ち着いてよ。まだリサイクル品としてのチャンスは残っているんだから。諦めないで」
「そういう話をしてるんじゃない!クリエはどうして完成させずに途中でほっぽり出したんだって聞いているんだよ!無責任じゃないか!」
「完成品一つ作るのにどれだけの未完成品が生み出されるか。わかってあげてください。成功は常に失敗の上に築かれているのです」
「僕は成功の下敷きなのか……落ち着いていられる君たちのほうが理解できないよ」
言い分はわかる。容易く完成品なんて出来るものじゃない。何度も失敗を重ねて完成品に近づけていくものだ。だけどその失敗の中に入れられた僕たちの扱いはどうだ?こんなところに捨てられるだけなのか?供養されてそれで終わりなのか?僕には納得できなかった。
「とりあえず、服でも着たらどうでしょう?」
「……って、うわあああああっ」
今更ながら僕が素っ裸であることに気付く。今の今まで気付かなかった。
「大丈夫だよ。だってほら下半身ないから!」
「そういう問題じゃないよ!」
「パシー、早く服を持ってきてください」
「はーい」
僕はキモノという変わった服を着せられた。袖が袋状になっており、中へ小物を入れられるので意外と便利だ。
「では改めまして、何を話しましょうか?仕事の紹介でもしましょうか」
「仕事?僕たち人形に?」
「私たちはドール衣装やドールハウスの家具などを製作して生活費を稼いでいるんですよ。あなたが着ているそのキモノもみんなで作り上げたものなんです」
「腕しかないからってバカにすんなよ!この指で針くらいは持てるんだから」
と、長老の側にいる右腕が得意げに言った。
「僕はその針仕事を支えてるんだ。すごいだろ?」
次は左腕。
「なんの!僕なんてまっすぐ針が縫えているか、誘導したんだから」
目玉が続けてそう言った。
「私たちは欠陥人形。足りないモノばかりだけど、できることをみんなで補ない合って分担し合って協力し合っていけば、何でもできるんです」
正直な話。僕はバカバカしいと思った。人形としてさっさと各パーツを集めてしまったほうがやれることは増えるに決まっている。それに僕たちは人形じゃないか。衣装や家具を作るために生まれてきたわけじゃない。人形本来の存在理由も忘れて何をしているんだと。
「僕は早く完成品になりたい。完成品になって人形として生まれてきたことを実感したい」
僕は正直に話す。こんなところで内職なんてしたくない。
「……そうですか。ならばパシーたちと一緒に探索隊に入ってもらいましょう。探索能率も上がるでしょう」
「はーい。これからよろしくね!」
「仕方ないダスな」
とパシーたちは僕を迎え入れてくれた。
「見つかると良いですね。あなたの下半身。ところであなたのお名前は?」
「僕の……名前?」
名前。僕の名前は……記憶にはなかった。
「名前がないのなら私たちで考えてあげましょう。何か希望はありますか?」
「……何でも良いよ。何かかっこいい名前を考えてくれ」
「そうですね。モモケツスッキー伯爵とかどうでしょう?」
周りからプスーっと漏れ笑いが聞こえた。
「も!も!却下だ!当然却下!なんだその名前は!」
長老はこういう冗談を言う人なんだな。いきなりでびっくりした。
「ならカミジリさんというのはどうですか?」
「カミジリ……カミジリか。それは良いかも。よし。カミジリで良いよ。僕のことはカミジリと呼んでくれ。ところでこのカミジリには一体どういう意味があるんだ?」
「噛み尻です」
「……あ、そう」
もう名前なんてどうでも良い。
「ちなみにパシーの名前の由来は何なんだ?」
「パシリのパシーだよ!」
「……ひどくないか?」
「愛称には愛という文字が入ってますから」
「本人が良いと言うなら別に良いか」
「おいカミジリ。オレッちの名前はギャメダス。ギャグが最高におもしろい目玉さんってステキ!って覚えてくれ。よろしくな」
ギャラクシー面倒くさいダスと覚えておこう。
「それじゃあ、さっそく僕の下半身を探しにいこう」
やる気も気合いも十分な僕。事は早いほうが良いだろう。
「今日はもうおしまい。日が暮れてからの探索は危険だからね。それより村を案内してあげる。お腹も減ってきたし」
拠点となる村を見ておくのも良いだろう。探索に行けないのは残念だけど。僕はその提案に賛成した。
「パシーも完成品になりたいんだろ?」
道すがら聞いてみた。ここにいる連中はみんなそうなのだろう。逸る気持ちを共有したくて聞いてみたのに、パシーは困ったような、どう答えたら良いのかわからないという顔をした。
「んー。私はこのままでも良いかな。ここでみんなと一緒に暮らしていければ」
全く予想外の答えが返ってきた。本来の姿である完成品になってこそ価値が生まれる人形なのに。今の僕たちには何の価値もないゴミ同然。志の違いさに僕は軽くショックを受けた。
……僕は違う。僕は完成品になる。パシーには悪いけど、一人改めて決意を固める。この気持ちを共有できないのは残念だ。村の連中もそうなのかな?もしそうだとすれば少し距離を置いたほうが良いかもしれない。類は友を呼ぶではないが、僕の志を揺らぎかねない。そんな不安がした。
「はい、まずはここ。指先しおり先生の病院よ」
目の前には白いブロックと赤十字の赤いブロックの組み立てられた建物があった。なかなか門構えのしっかりしている病院だった。
「びょ、病院?そんなのがあるんだ。でも人形って病気するのか?」
「人形だって体調を崩すときもあるわよ。不調や心配事があるなら当病院へ。病気だけじゃなくケガや心のケアまで治せる天才女医指先しおり先生がいるからね」
「……?」
今のはパシーの声ではない。だが声はすれど姿が見えず。よくある小さな子が視界に入ってなかったパターンか!僕は上下左右隈なく辺りを探してみたが、見つけられず。
もしかして建物からか?バッと見上げるが、残念ながら建物に人影は見えなかった。
ならばこうも考えられないだろうか。建物自体が魂の宿る人形として言葉を発したのかもしれない。
「おい!ブロック!お前が指先先生なのか?」
「んなわけないでしょ!ここよ!ここ!目の前にいるでしょ!」
そう言われても、やはり目の前には建物しかない。これは謎解きか?
「ここだって言ってるでしょ!その目は飾りか!」
ブスッ!
「ぎゃあああああーっ!目が目がああああ」
突然目に指だけが飛び込んできた。そう、指だけ。
「まさかっ」
僕は突かれた目を押さえつつ、そこにはニョキニョキと這う指を見た。指が勝手に動いている!
「ぎゃああああああ」
再び悲鳴を上げる僕。
「こ、こら!美人女医を前に悲鳴をあげるなんてサイテーよ!これでもスラリと伸びたきれいな指だってみんなからモテまくりなんだから!振った男も数知れず!指が一本だから指折り数えられないのが残念だけど」
指が尺取虫のように曲げたり伸ばして近づいてくる。これは一種の恐怖シーンですよ。
「まぁ良いわ。子供に私の魅力は早すぎたのよね。子供を惑わせるなんて私ってばやっぱり罪な女。でもごめんなさい。私は誰のものでもない。だってこの指先しおりはみんなのお医者さんだから!」
うねうねと動く指。ネイルアートが成されたハートマークは可愛らしいのだが、その姿はやはり恐怖でしかない。切断した指が意志をもって動いていたら誰だって怖いだろう?
「結婚の申し込みは受け付けられないけれど、体調が悪いときはいつでもいらっしゃい。指先一つで治してあ・げ・る」
確かに人形にケガはご法度だ。キズモノの人形は価値がぐんと下がるから。だけど、指一本でどうやって治すつもりなんだろう。
「変わった人よね。指先先生って。でもすごい人なんだよ?この前も喉に魚の骨が刺さったときなんか奥まで入り込んで抜いてくれたんだから」
指がスルスル入ってきて喉の奥に刺さる骨を抜く。想像しただけでもゾッとする。果たして僕はそれに耐えられるだろうか。
「へいらっしゃい!この石頭雄三が作った千手屋の千手打ち生うどん食っていきねぇ!」
病院の次に案内された場所はいわゆるグルメ街。イタリアンのお店などが並んでいた。
その中で威勢の良いかけ声と共に頭部だけの石頭雄三と多数の腕が出迎えてくれた。いかにも異国情緒溢れる雰囲気で木の香りがする、わびさびの効いた建物の前だ。
「この建物って日本という国から輸入されたドールハウスなんだって。細部まで職人さんの繊細な技が光るステキなうどん屋だよね」
内部は畳一枚一枚が丁寧に作られている。座敷作りで板一枚のテーブルが並んでいた。僕たち欠陥人形は高さのあるテーブルだと食べにくいのでバリアフリーの作りはありがたい。
「パシー!俺もこのドールハウスと共にこの地にやって来たんだぜ!じゃあ日本で磨いた石頭製法で打つうどんを食べていってもらおうじゃねぇか」
石頭は従業員の腕たちに合図を送ると手際良くパフォーマンスを加えながらうどんを作っていく。石頭雄三の石頭製法とはうどんの上でドスンドスンと自慢の頭突きでうどんにコシを加えていく。重みが建物全体に響く。
「へい、お待ち!」
うどんが出される。シンプルなかけうどんだ。ズルズルと麺をすするとその技が光る。ツルツルシコシコの麺。特にコシが強くて喉越しが良い。決して固すぎるものではなく、喉まで食感を味わえる食べ応えがすごく美味い。
「石頭製法で十分にコシを出した麺だ。存分に味わってくれ」
僕はおいしく食べ進めていくが、パシーは箸を進めていなかった。
「食べないの?おいしいよ」
「いや、ほら、私はお箸を持てなくて。いつも誰かに食べさせてもらってるんだ」
つまり僕に食べさせてほしいってことね。腕が無いんだから仕方ない。僕はうどんを箸で持ち上げ、パシーに差し出す。
「食べさせてくれるの?ありがとう!」
僕はパシーにあーんしてあげた。パシーはおいしそうに麺をすする。
「やっぱり不便じゃないか?完成品だったら、うどんくらい一人で食べれるようになるのに」
「カミジリさんに食べさせてもらう、うどんのほうがおいしいよ?」
「味は変わらないだろう。いや、そういうことじゃなくて」
「誰も助けを必要としなくなったら、誰も助けられなくなるじゃない。だから私は助けを必要とするし、私を必要としてくれる人がいたら遠慮しないで助けを求めて欲しいの」
そうかもしれないが、きっと完成品ならもっと多くの人を助けられるのにと僕は思った。困る人も少なくなったほうが良くないか?
「あーん。ちゅるちゅる。んーおいしい!」
「……」
「ん?どうしたの?じっと見て。私の顔にうどん付いてる?付いてるんだったら取ってほしいんだけど」
「あ、何でもないよ」
女の子の食事シーン、口元の動きに目を奪われてしまった。なんだかドキドキしてしまう。何よりパシーはとてもおいしそうに笑顔でうどんをすする姿がうれしかったんだ。別に変な意味で見つめていたわけじゃないと自分に言い聞かせつつ。
「やっぱりこういう助け合いも良いかもしれないな」
「どうしたの?急に」
「何でもない」
お腹を満たし、目の保養もできたし、この後はドール衣装を作っているダンボール工場や寝所になるドールハウスを見て回った。
ダンボール工場は探索隊が持ち帰った素材を使って新たな衣装やドールハウスに使う家具に仕立て直す。中には欠陥人形ならではの面白い商品もある。ドールアイ用の下着なんてものもある。目玉のどこを隠す部分があるのかすごく不思議だ。
ドールハウスは大きな棚に人形用の家具や寝具が置かれていて、それを上下の階段で繋いでいる。中には女の子向けの可愛らしい装飾で統一された部屋もあり、それぞれ各階に特色が見られた。
「あら、いらっしゃい。ヘアサロン桂木にようこそ。新しい子というのはその子ね」
……。また指先先生パターンだった。声はすれど姿は見えず。ドールハウスの一室。ヘアサロン桂木に僕は案内された。ヘアサロンというだけあって、大きい鏡が設置され、ヘアモデルの胸像がいくつも並び、どれもオシャレな髪型だった。もしかしてこれが先ほどの声の主ではないだろうか?僕は試しにヘアモデルに声をかけてみる。
「こんにちわ」
「えぇ。こんにちわ」
「うわあああああああっ」
「え?え?なにごと?急に大声出して」
あああああー。髪の毛がしゃべっている。びっくりした。そうだと思ってもやはり驚く。しかも挨拶代わりに髪がヒラリとひとりでに持ち上がっている。
「カミジリさんは下半身がないのに腰を抜かすんだね」
「余計なお世話だ。にしても髪にも魂は宿るものなのか」
「髪だって生きてるのよ?人形の髪が伸びるなんて話も珍しくないわ。私の名前は桂木ウィッグ。このヘアサロンの責任者よ。ヘアアレンジしたくなったら、いつでも来てちょうだい。ショートでもロングでもすぐに付け替えてあげるから」
ヘアアレンジか。まさかしゃべる髪の毛を付けられるんじゃないだろうか。それはいかがなものかと。
「あ、そうそう。ここ完全予約制だから。普段は私も探索隊に所属してるのよ。ヘアを束ねてロープ状になったりして、けっこう役に立つんだから」
僕たちは挨拶を終えて、ヘアサロンを後にした。
どこもかしこもせせこましく生きてるって感じがした。そこに派手さはなく、表舞台からは縁の無い、完成品への渇望の薄さが目立つ。極端に落ち着いた感じ。何年後かに「なんで生きてるんだろう?」と鬱になりそうな生活だと僕の目には映った。人間に愛でられることもなく、人形として使命を忘れた人形たち。口にはしなかったが頭がおかしくなりそうなほどのどかな生活ぶりだった。
「おっとっとー!パシーに伝言だ!」
ビューンと車輪が現れた。卍の形に四本の足が引っ付いている。この卍の形が前転して車輪のように転がっていた。
「長老からの伝言だ。新入りを屋敷の管理人に紹介してほしいと言っていた」
「……わかった。今から連れて行くよ」
「確かに伝えたからな。ところであんたが新入りのケツマルカジリか?」
「違う!カミジリだ。よろしく」
「あーよろしく。俺らは卍四兄弟。足の速さなら誰にも負けないんだぞ。じゃあな、ケツマル!」
「カミジリだ!」
卍四兄弟は再び車輪のように駆けていった。かなりの速度が出るようだ。僕らがさっきまで見ていたドールハウスの壁を駆け上っていった。壁は地面と直角なんだけど。深くは考えないでおこうと僕は考えるのをやめた。
「欠陥村はこんな感じかな。次はこの屋敷の管理人さんにご挨拶しに行こうか。人間のクリエたち」
そういうとパシーは屋敷の裏出口の方へ向かった。人形用の出入り口があり、そこから外へ出られた。人形用の出入り口があるなんて、この屋敷を建てた人間は人形愛に溢れる人だったんだとわかる。
屋敷の外は赤みがかった夕暮れ。夕日が惜しげもなく僕たちを染めていた。生まれて初めてみる光景なのに何故か懐かしいと感じた。記憶が残っている。きっと僕に魂を宿してくれたクリエの記憶だろう。
屋敷の向かいに小屋があり、こちらにも人形用の小さな扉が設けられている。僕たちはそこから入るのだろう。
「……どうした?入らないのか?」
扉の前で佇むパシー。入る素振りを見せない。
「ええっと。ほら、人間に会うのって緊張するじゃない?」
「うん。まぁそうだけど、ここに居ても仕方ないだろう?」
「わかった。入るよ?」
中にはダンボールの山があり、そこには屋敷にも負けないくらい欠陥人形たちで溢れていた。小さなランプの下で白髭の老人たちが人形を細かく破壊していた。ハンマーでバキンバキンと壊していく。とてもおぞましい光景だった。
「何をしているんだよ!」
「ちょっと落ち着いて」
すると一人の老人が寄ってきて僕らに話しかけてくる。
「こんばんわ。パシーさんと……新しく生まれた人形かな?」
柔和そうに笑う老人。だが、その手には人形を壊していたハンマーが握られている。
「何をしているんだって聞いてるんだよ!人形を壊してるんだろ?ろくでもないやつらだな!」
僕は怒りに奮えていた。いくら何でもひどすぎる。欠陥人形に価値はないけど、こんな風に粉々に破壊することないじゃないか。
「私たちは人形たちを愛している。私たちが生み出した人形は私たちの手で終わらせる。それが私たちの考えるドールクリエとしての誇りであり、責任であり、供養なのです」
「供養?人形供養のことか?」
「もちろん。細かく砕いて土に還す。私たちは最愛の人形たちを人間と同様に土葬するための準備だ」
「そ、そうなんだ」
てっきり暴力行為だとばかり思っていた。
「早とちりだよ、カミジリさん!」
「あ、あぁ。うぅごめんなさい」
「はっはっは!別に良いんだよ。その気持ちは私たちも嬉しい。人形のために怒ってくれたんだろう?初めて見たらそれはそれは衝撃的だろうよ。
それでパシーさんにカミジリさん?と言ったかな。どういった用件があってここに来たんだ?」
僕の自己紹介がその用事だったので老人たちに挨拶した。そしてこの工房の役割についても教えてもらう。
ここは隠居したクリエ、オールドクリエと呼ばれる者たちがボランティアとして集まっている場所。人形供養や恵まれない子供たちに配る人形を作っているそうだ。この辺りは長老の話と相違ない。ちなみに欠陥村で作られる衣装や家具はこの配られる人形に付属させるものだとか。
ここで少し僕たち人形について補足する。人形にはランクがあって、完全品、完成品、リサイクル品、欠陥品、そしてただのパーツの五つがある。あくまでこのドールクリエの町での基準とする。
まず完全品は特注の人形。クリエが一括して生み出した最高品に与えられる名誉ある称号だ。その中でもトップドールと呼ばれる人形はその一体の価値はとんでもないものになるそうだ。
完成品は問題なく全身が動く人形のこと。パーツ同士にも相性が存在し、これが合わないと魂が宿らずに動かなくなってしまうのだ。
リサイクル品は動かない部分を含む人形のこと。寄せ集めで作られた人形はここに入る。
欠陥品は僕のように欠けてしまった人形のことだ。
また魂を宿すことなく、全く動かない人形はリサイクル品とも欠陥品とも呼ばれる。ドールクリエが作った人形でなければ、特にこのランクに当てはめなくても良いのだが。
そしてパーツと呼ばれるのは魂すら宿っていない欠陥品のことだ。
オールドクリエたちはリサイクル品のみを扱っている。極稀に完成品として生まれ変われることもあるが難しいという。条件として完成品になるためには相性の合う魂を宿らせたパーツが必要である。相性は同クリエがスペアとして欠けたパーツを用意してあれば問題ない。
つまり僕が完成品になるためには、僕を作ってくれたクリエにスペアをお願いするか、そのクリエが作った下半身を屋敷内から探し出すことだ。僕の課題が明確になる。
その夜、石頭雄三のイビキがひどすぎてベッドから出る僕。同室、というかドールハウスなんで片面がなく、イビキもダイレクトに響き渡っていた。こんな不快な爆音の中で眠れるわけもなく、夜の屋敷内をブラブラすることにした。
天窓からは月夜の明かりが青白く照らし、屋敷の中は幻想的な雰囲気を作り出していた。誉められたものではないが、塵や埃が舞う度にキラキラと明かりを反射させ、その様子は小さな妖精たちがダンスを踊っているかのように見えた。睡眠妨害によってイライラしていた気持ちもなんとなく収まっていく。気のせいだろうか?気のせいだろう。
僕は屋敷の外へ出てみた。夜風が気持ち良い。空を見上げれば月が何物にも遮られずに地上全ての月光を届けていた。
僕は両手を足代わりにへこへこ歩いていると見知った姿を見つけた。こんな夜遅くに何をしているんだろう?と近づいた。
「ンギャアニャオー」
「ふふっ大きな欠伸ですね、デブザイク。……あら?カミジリさんじゃありませんか。どうしました?眠れないのですか?」
長老とその下には大きく丸々と太ったネコがいた。お世辞にも可愛いとは言い難い容姿のネコ。背中に寝そべっている長老を乗せていて、面倒くさそうに来客が来たことを知らせる。身体を揺すって長老を起こすと、ネコは再び目を閉じて寝息を立て始めた。こちらに一瞥をくれたがすぐに飽きたのだろう。
「そのネコは?」
「この子はデブサイクと言います。変な顔をしてますし、運動不足なのに大喰らいのおデブさんなのですよ」
長老はくすくすと笑っているが、デブサイクと呼ばれたネコは特に何も反応しなかった。
「デブサイクって名前なのか?ひどくないか?」
「大丈夫ですよ。愛称には愛が含まれています」
長老のネーミングセンスは死ぬほど無い。それは断言できる。愛が含まれていれば良いってものじゃないだろうに。
「それはともかく、こんなところで何をしているんだ?」
「デブサイクはいつもこの時間になると私を咥えて外に連れ出すのです。この子とは長い付き合いで、いつもこんな感じで月光浴をするのが日課になっています」
長老は優しい表情のままスッと目を閉じて、頭をデブサイクの背中に預ける。
それにしても先ほどから気になっていたのだが、長老の雰囲気が初めて会ったときとは違っていた。なんというのかな。気を使わなくて良い相手といるからなのか、少しだらしなく、気持ちが緩み、隙だらけの印象を受ける。
「昼間と雰囲気が違わなくないか?」
「そうでしょうか?そうなのかもしれませんね。私だって時には誰にも気兼ねしないで自由でいたい夜もありますから。両手両足がないとストレスもたんまりと溜まってしまいます」
「ンギョニャゴゴニャンゴロメェ~」
「こら!」
デブサイクが喋った途端、長老が静止する。
「なんて言ったんだ?」
「昔話が聞きたいと言っていますが……まぁ良いでしょう。子守唄としてお聞かせしましょう。私はこれでも昔はトップドールだった時期があったんですよ。いわゆる出戻り組なのです。この町で生まれて、再び戻ってきたんです」
「な、なな、なんだって!出戻り組?それは本当なのか?」
「えぇ。これでもトップクラスの名工に作られた最高傑作のトップドールだったんですよ。すごいでしょう?」
自慢げに話す長老。遠くを見据えるように目を細める。昔の記憶を思い返すように語る。
「昔の私はトップドールであることに固執し過ぎていた節があります。他の人形たちを蹴落とし、八方美人に媚びを売りまくり、常に自分の価値を跳ね上げてくれる人間の元に必死でしがみついていました。
私はカミジリ様が完成品にこだわる気持ちはよくわかります。欠陥人形なんて全く価値のない、いなくて当然の存在なのですから」
僕は黙って聞いていた。口を挟める雰囲気じゃないことはわかっている。とても長老の話は衝撃的だった。そんな過去があったなんて。
「しかしそんな生き様をしていた私を変える時代がやって来たのです。人と人とが争う戦争。人を人とも思わず蹂躙していく中、当時私のご主人様もその被害に合われて両手両足を失う大ケガをしたのです。そう。今の私のようにです。
生存活動が出来ない人間なんてツラいだけです。あの頃の私はご主人様に元気になってもらいたくて、必死でお世話しました。本当にツラかったです。ツラさに負けるご主人様を見ているのが本当にツラかったです。
そんな時間を経験しましたので私は欠陥人形だからといってバカにはしませんし、見捨てたりもしません。今では私のほうがこんな姿になってしまったんですけど。
カミジリ様が完成品を目指すのなら応援します。だけどここにいる仲間たちを蔑んだりしないでやってくださいな。欠陥だらけの人形でも一生懸命生きているのですから」
僕は蔑むつもりはないけれど、向上心のない相手に付き合うつもりはない。目の前のチャンスをモノにしないなんて怠惰以外の何モノでもないから。そういう生き方を否定はしないが肯定もしない。そういうスタンス。邪魔をしないでくれたらそれで良い。僕からも何もしないから。
だけど少し驚いた。長老にはそういう自分を見抜かれていたのだろう。今後態度に出さないように気をつけなければいけない。
その後戻ってみれば石頭はグルグルの簀巻きにされていた。おかげで少しはイビキも和らいでいて僕は再びベッドに入った。
早朝。夜もまだ明けぬという時間に起床。眠い目をこすりながら、僕ら探索組が広間に集合している。探索の流れは先行隊である高速移動が出来る卍四兄弟や千里眼を持つギャメダスが広範囲に散策し、めぼしいモノを発見したら、僕が調べて発掘する。持ち帰る品があればパシーが籠の中に入れて持ち帰る。
持ち帰る品は魂を宿すパーツや衣装の切れ端、ドールハウスの部品など使えそうなモノ。あと大事な僕の下半身だ。この下半身も何でも良いというわけではなく、相性がぴったりと合うものでないといけない。果たして見つかるのだろうか。とにかく手当たり次第に探し集めていくしかない。
さてそろそろ集合時間も過ぎているのにパシーがまだ来ていない。遅い。女の子だから大目に見てたが遅すぎる!僕は我慢の限界を超えたので呼びに行くことにした。確か長老の部屋にいたはず。
「おい!いつまで準備しているんだ!」
ガチャリとドアを開けるとそこには……。
「キャアアアアーッ」
それは軽率な行動だったと後悔するも時すでに遅し。僕はすでに宙を舞っていた。最後の脳裏に写った光景は長老の部屋で女の子二人が下着姿で向かい合い、互いを化粧をしていた。両手のないパシーにリップを塗る長老。もちろん長老も両手がないので口にリップを咥え、リップの先はパシーの唇に繋がっている。リップの両端が少女たちの唇に触れている状態。なかなか扇情的だった。そんな姿を覗かれたんだ。パシーはハイスピードキックを僕にぶちかました。女の子だからとバカに出来ない大変威力の乗ったキック。数メートルもの間、僕を宙に浮かせるなんて。
「欠陥人形でも私たちの心は女の子なんだからね!」
「ごべんなひゃい……ガクリ」
そして扉は再び固く閉じられたのだった。
「……イテテテ」
「一体何をしたんダス?たかだか呼びに行ったくらいで」
「いや、えと。あはは」
ギャメダスの問いに愛想笑いしかできない僕。
「知らない」
パシーを怒らせてしまったようだ。面目ない気持ちでいっぱいだ。道中なんとも気まずい雰囲気の中、パシーのお尻を噛みついた場所へとやってきた。今日はここから探索を再開する。薄暗い欠陥人形たちが眠る場所。視界も悪く探索には苦労しそうだ。
先行隊の報告を待ちつつ、僕は周辺を調べていく。
「僕の下半身……。どこだ?僕の下半身……」
欠陥人形をかき分けて探していく。両手を使って移動するため、少し移動するだけで息が切れる。思うように動けなかった。両手の疲労がひどすぎる。両手で移動するのはとても非効率だ。
「フヒーフヒー。これじゃあ下半身を見つけるの何年かかるか」
それでなくとも広大なこの部屋。人間が使うにしてもかなりの広さだ。欠陥人形何体分この部屋で眠っているのやら。それは途方もない天文学的数字になるだろう。しかもこの広さの部屋は屋敷の一つに過ぎない。気が遠くなる。
「ふっふっふー。お困りのようだね?」
仰向けでぜぇぜぇ言ってる僕にパシーがそう語りかけてくる。
「私は仕事とプライベートは分けるタイプだから。仕事は仕事。ちゃんとするよ。さぁ乗った乗った」
と、パシーの肩から下げる前鞄に乗るように指示される。
「怒ってないの?」
「……怒ってても仕方ないよ。それに早く下半身見つけたいんだよね?ならこんなところで力尽きてて良いわけ?」
全くその通りだ。僕はパシーの提案に甘えることにした。僕一人ではどうしようもなかった。おかげで探索範囲も飛躍的に広がる。
「よっと」
パシーの前鞄に乗ると後頭部から両肩に柔らかい二つの膨らみが乗った。ポヨンポヨン。
「ううっ!え、えっとパシーさん?」
「乗り心地はどう?苦しくない?」
「えっと。乗り心地は良いというか、気持ち良いというか、最高というか、重くないか?」
「ん?大丈夫だよ。こう見えても私力持ちだし。来るときもずっと担いでたんだからわかってるよね」
「重いのは僕の両肩かも。いや、何でもないです」
「カミジリさんは何でもないことばかり言うね。くすくすくすっ」
気付いてないならそれで良い。むしろそれが良い。僕の両肩にパシーの胸が乗っていることを。また余計なことを言って怒らせるわけにもいかないだろう。僕はひとときの夢心地に身を任せることにした。
数時間後。特に収穫はなかった。いや、あるにはあった。パシーは僕の肩に乗るくらいの膨らみを持っている。いやそんなことじゃない。そんなことばかり頭にあって見逃したモノがあるかもしれない。もっと気をしっかり持たなければいけないと感じた。
話を戻して収穫は赤い布キレとドールハウス用の梯子があった。梯子は両手のある僕しか安全に登れないということで、今後大きな段差を登ったり、いろいろ使えそうなので確保しておいた。こうして探索範囲が広がっていくと思うとワクワクしてくる。
今回の探索で下半身が見つからなかったのは残念だが、少しずつ探索範囲を広げていけば、いずれ見つかるだろう。焦っても仕方がない。焦るより楽しむことを考えていこう。
「さ、今日はこれくらいにしてご飯にしようよ。今日はそうめん持ってきたよ」
パシーは鞄の中からそうめん一式が入った弁当箱を取り出した。麺とつゆと薬味がそれぞれ入っている。
「カミジリさん手伝ってよー」
「え?僕が?」
「だって私は持てないから。足使っても良い?」
「確かに。僕が手伝おう。でもどうしてそうめんなんかをチョイスしたんだ?」
「んふふ。カミジリさんがいるからね。足だけだとおにぎりとかサンドイッチとか簡単なモノしか持って来れなかったから、ちょっとした夢だったんだよ」
簡単なものでも良いと思うんだけど。食事にかける時間が勿体ない。だがパシーはうれしそうな顔をしていたから何も言わなかった。わざわざ雰囲気をぶち壊す必要もない。
「いただきまーす!あーん……もぐもぐもぐ。おいしい!」
僕があーんをして、おいしそうに食べていくパシー。食べる姿はひよこのようで可愛い。まるで親鳥になった気分だ。
「はいはい。それは良かったね。ってそんなに急いで食べたら……うわっ!」
「あやや。やっやった(やっちゃった)。ほへんなさい(ごめんなさい)」
そうめんをたくさんすすろうとするから、つゆがこぼれてしまった。あーあっと言いつつ、僕はハンカチで拭いていく。口の周り、首筋、肩、胸元。
「やぅっ!」
「あ、や、ご、ごめん!そんなつもりじゃなかったんだ」
つい胸元までハンカチで拭いてしまった。相手が女の子だということをつい忘れて、まるで手のかかる子供のように扱っていた。
「べ、別に良いよ。汚しちゃった私が悪いんだし」
妙な雰囲気になってしまった。お互い頬を染めて俯く。
「つ、次は私がカミジリさんに食べさせてあげる番だね」
辞退しようとしたが、僕の言葉届かずパシーはさっさと準備する。箸は使えないからフォークを用意する。あれですくい上げるつもりらしい。
「気持ちはありがたいんだけど、足で持ったフォークから食べるのはちょっと……」
こればっかりは気分的な問題だ。もちろんキレイだとか汚いとかそういう問題でなく、足に顔を近づけるのはどうしても受け入れられない。
「んーそうだよね。これなら食べてくれふ?」
パシーは足を使わない代わりに口で器用にフォークを咥えてそうめんをすくい上げた。
「ほうめんがおひひゃうから。はやひゅひゃふぇて!(そうめんが落ちちゃうから。早く食べて)」
おっとっととフォークでそうめんをすくい上げたところでスルスルと抜け落ちてしまう。その様子を見て、反射的に僕は慌ててフォークを咥えた。フォーク一本分の距離までパシーの顔が近づく。いや僕が近づいたわけだが。そうめんに気を取られていて、こんなに距離が縮まるとは考えていなかった。目と鼻の先にはパシーの顔がある。お互いどういう状況にいるのか気付いたらしい。あまりにも急な大接近に顔がポッと熱く、真っ赤に染まる。
「んぎゃああああ」
さすがに限界だ。は、恥ずかしすぎる!僕はフォークから口を離した。
「い、いいよいいよ。僕は一人で食べられるから」
「ら、らめっ(ダメ)!わわひらってふふふのほんははほらんらもん(私だって普通の女の子だもん)。ここひへあーふひてあへはひほ(こうしてあーんしてあげたいの)」
「えっと。何言ってるのか全然わからないよ」
パシーはさっさと次弾を装填して僕の口元に押し付ける。
「ううっ。これあーんしないとダメ?」
パシーはコクコクと頷いた。顔は真っ赤なままなんだけど。僕は根負けして、できる限り意識しないように努めて食べ進めていった。これだけ緊張していては美味いも不味いも味わう余裕なんてなかった。ただ差し出されるそうめんをすすっているだけだ。
「おいひかったへふか?(おいしかったですか)」
「うん。いつもと違う味がした」
「それはよはったへふ(それは良かったです)」
ふぅ。緊張の極みのような時間が終わりを迎え、ようやく僕たちは帰路に着いた。
「私は収集した素材を工場に持っていくね」
パシーは赤い布キレなどを持っていった。これで今日の探索は解散となった。さて僕はどうしたものかと思案していると、ビヨンビヨンとギャメダスがこちらに跳ねて近づいてくる。
「おーい。カミジリ!ちょっと手伝ってくれ。今すぐ指先先生のところだ!」
なんだなんだと慌ただしく、僕は指先先生がいる病院へと急行した。
院内にはキュイキュイと苦しそうな声が響いていた。手術室に入るとネコルカがベッドの上でぐったりしていた。
「どうやら変なモノ食べたらしい。悪いけどネコルカが暴れないように抑えてちょうだい」
僕は指先先生に言われた通りネコルカの身体を抑える。指先先生がネコルカの口から進入する。ネコルカが苦しそうに鳴くが仕方ない。苦しいだろうが我慢してもらおう。
数分後。ネコルカの口から透明な袋と共に指先先生が出てきた。
「どうやらこれを誤飲したみたいね。イルカの習性かしら?」
透明な袋が取り除かれるとネコルカは歩きにくそうに前足を使い、尾を跳ねさせてどこかへ行ってしまった。動けるまでに元気を取り戻したようだ。
「ネコルカはネコの上半身にイルカの下半身を繋げた奇形種人形。人魚のネコ版ね。水を嫌うネコと水の中でしか生きられないイルカ。陸上にも水中にも適応できないのよね」
「……ネコルカはどうしてあんな姿に?」
「詳しいことはわからない。だけどネコルカも元はネコはネコ。イルカはイルカと別々の個体だったそうよ。だけど異常な接合方法により生み出されてしまったみたいなの」
「異常な接合方法。一体誰がそんなことをしたんだ?」
「わからないわ。人間にとって私たちって何なのかしらね」
僕は病院を後にした。
「ねんねこねこねこねんねこね~」
そんな歌が聞こえた。僕は一人になりたくて空き地へとやってきたのだが、どうやら先客がいるようだ。この歌声はパシー。膝にはネコルカが寝ていて、ベンチに腰掛けているのが、離れた場所から見えた。
盗み見するつもりなんてなかったが、何となく声をかけづらい雰囲気だったので、このまま離れた場所から死角に身を隠した。隠す必要は全くないのだがと自分でもわかっている。
「お前はどいつの死を望む~私が死ぬのを待っている~?それともパパやママ?恋人に友達かな?ねんねこねこねこ……」
ネコルカはキュイキュイと鳴いて、パシーの膝に頭を擦り付ける。それにしてもすごい歌詞だった。一通り歌い終えたパシーはネコルカのことを見つめていた。
「私にはお前の頭を撫でてあげられる手がないの。私の手は悪魔の手だから失くしてしまった」
言葉が理解出来ているのか出来ていないのか、ネコルカはキュイ~とひと鳴きした。パシーのことを心配している声を出す。
「私の身体はバラバラになってしまった。みんなの身体もバラバラ。バラバラのバラバラだから傷付かなくて済むのに。あなたもバラバラになれば良かったのにね」
キュイ~とネコルカは鳴く。
「私が引き裂いてあげようか?」
僕はギョッとした。パシーは恐ろしいことを言い放つ。さすがにこれは止めに入ったほうが良いのだろうか。出て行くか迷う。
「……ごめんね。私にそれができるはずないよね。ネコルカは私の死神さまなんだから。それじゃあそろそろ行くね」
パシーはネコルカを膝から降ろして足早にその場を去っていった。誰にいない空き地には心地良い寝床を失ったネコルカがキュイキュイと寂しそうに鳴いていた。
僕は気になってネコルカの身体を詳しく調べてみることにした。ネコルカのイルカの部分はひどく傷付き、皮膚は爛れて、水分を失ってブヨブヨになっていた。当たり前だがイルカは陸上の生物ではない。上半身が辛うじて下半身の生を繋ぎとめている感じ。これは肉体的にかなりの負担になるだろう。胴の接合部分も腐食している。どうしてこんなむちゃくちゃな接合をされたんだろう。
「……」
だが、だからと言って僕がどうこうするわけにもいかない。指先先生だってネコルカを診ているはずだ。きっとどうにもできない事情があるに違いない。心配だったが、何もできない僕はその場を去った。
「んんんぎょぎょがぎょぐがががああーんがっ!んごごがーごごごごっ」
今日も今日とて石頭雄三のイビキはひどいものであった。簀巻き用の布団で包んでしまう。それでも漏れる爆音に僕の眠気もすっかりかき消されていた。毎晩毎晩懲りもせずに。他の人形たちは気にならないのだろうか。慣れってすごい。
月夜の薄い光が差し込む屋敷を抜けて、外へと向かう。そこには一匹の不恰好なネコと一体の欠陥人形が月光浴を楽しんでいた。
「また石頭のイビキですか?それとも朝方覗き見た私の下着姿をもう一度拝みにきたのでしょうか?」
「そんなわけないだろう!」
「そうですか?下着姿は拝まなくても良いのですか。カミジリ様なら両手両足のない私を無抵抗化も容易く、思いのままに辱めることはできるでしょうに」
身だしなみを整えることのできない長老の寝巻き姿は少し着崩れていた。髪も乱れている。それらは月光浴の雰囲気に合っており、夜の、大人の時間を感じさせた。長老は微笑み、僕のことをじっと見つめていた。
「ぼ、僕はそんな卑怯なマネはしないよ」
「紳士なのですね。でも大胆にも女子の部屋に乱入して来るくらいですから、かなり溜まってらっしゃると思って、勝負下着にしましたのに」
「しょ、勝負下着だって?」
「えぇ。カミジリ様はロリコンマニアックっぽいですから幼児用のパンダプリントおぱんちゅですよ。生唾ものでしょう?」
「パンダプリント……って、なんでパンダなんだよ!」
「うふふ。冗談ですよ。そう怒らないでください。密かに突っ込むところはそこですか?という疑問はさて置いて。それでどういったご用件でしょう?ただ月光浴をしにきたという雰囲気ではないようですが」
ようやく本題。長老は月光浴に酔うタイプなのか?悪ノリがひどすぎると思う。僕は気を取り直して、かくかくしかじかと今日の出来事を語る。
「奇形接合種。ネコルカはその犠牲者ですね」
「奇形接合種って何なんだ?誰が何のためにそんなことをする必要があるんだ?」
「ドールクリエの中でも神業と呼ばれるクリエによる単純な探求心。改造、創作、伝説の生き物の創造……といったところでしょうか。
問題は魂を宿す人形たちを異種間で接合し、魂を宿すことまで出来てしまえるという点です。本来相性のおかげで異種間での接合をしても決して魂を宿し、動くことはありません。しかしそれを可能とする超技術を持つクリエ、マッドクリエが存在します」
「マッドクリエだって?」
もう名前からして怪しさ爆発だった。
「ネコルカはそういったクリエの実験台にされてしまったのです。そこに理由はないと思います」
「……そんな」
僕はひどくショックを受けてしまった。理解できない。そんなことをして何のためになるんだ。ネコルカが何をしたっていうんだ。あんなに苦しんでいるのに。
「ネコルカはひどく衰弱しています。ですが無理に切り離すのも危険なんです。ドールクリエの町には神業を持つクリエはいませんから。このまま自然に任せるしかないのです」
「どうすることもできないのか……」
「残念ながら」
「もう一つ聞かせてくれないか?ネコルカの他にも奇形接合種の人形はいるのか?その……パシーとか」
空き地での会話が少し気になっていた。パシーは自分の手は悪魔の手だと言っていたが……まさか、な。
「それは……私にはお答えできません。軽々しく話すべき内容ではありませんから。できれば私からでなく、本人から聞いてあげてください」
「……」
僕は不安にかられてしまう。あのときのパシーは明らかにおかしかった。
「こんな話を知っていますか?昔からネコは死神だと呼ばれています。死期の近いモノに寄り添って死を見送る役目があるそうです。デブサイクは私の死を。ネコルカは一体誰の死を見送るつもりなのしょう。本人でしょうか?それとも……」
「物騒なことを言うなよ」
「ふふっごめんなさいね。そしてありがとうございます。ネコルカのこともパシーのことも気にかけてくれてくださって」
僕はその場を立ち去った。このまま聞いていられない。
「誰かが死ぬ?冗談じゃない……冗談じゃ……」
僕は寒気を感じた。死という文字。それが急に目の前に、しかも身近な人に襲い掛かってくる。その現実は受け入れがたく重圧となってのしかかる。
僕は厄介ごとは御免だなと思った。僕には完成品への夢がある。その道程に余計な心配事を持ち込まないでほしい。完成品になれば、ここからすぐにおさらばするのだから。奇形接合種の問題なんて考えたくもない。ただ純粋に夢に向かって進みたいだけなんだ。
……自分でもわかっている。これは僕には抱えきれない問題になるだろう。ならばこれ以上首を突っ込まないほうが良いはずなんだ。
僕はあれから探索に没頭するようになった。まるで奇形接合の問題から逃げるように。関わらないように。それでなくともこの広大な屋敷の中で下半身一つを探し出そうというのだ。余計なことで気を使いたくない。
必死で探索を始めた僕は無理をしているように見えるのだろう。見かねたパシーは僕を秘密の場所へ連れて行くと言い出した。
「僕に拒否権は?」
「もちろんないよ」
前鞄に僕を担いで、しっかりと襟首を噛み締めて運んでいくパシー。逃げることはできそうにない。
「これからどこに行くんだ?」
「こっち」
パシーは屋敷を出て、人間たちの小屋を通り抜けて、その先の広場まで出てくる。その広場は色とりどりの花が咲き乱れ、さわやかなそよ風がなびいていた。川音も聞こえる。この近くに川があるのかもしれない。まるで別世界の風景。今まで薄暗い鬱屈とした屋敷の中にいたからなおさらだ。空気は澄み、きめやかで呼吸一つするたびに身体が清められる。
「ここは私のお気に入りの場所なんだよ。このお花畑の下には供養された人形たちが眠っていて、元気のないときはここに来て話を聞いてもらってるの」
静かに語るパシー。墓地の雰囲気は神聖で心穏やかな気持ちになれる。気持ちを落ち着かせたいときに最適な場所となる。
「僕は一刻も早く完成品になりたいんだ」
僕はポツリとつぶやく。この言葉にウソはない。
「大丈夫だよ。きっとカミジリさんなら完成品になれる。私も協力するからね」
「……止めないんだね」
ここにいることを、このままみんなで暮らしていくことを望むパシー。完成品になることはここを出て行くと意味なのに。
「……うん。それがカミジリさんの叶えたい夢なら応援するよ。きっと大丈夫だから。不安にならないでも良いよ」
そう言ってパシーは満面の笑みを僕に向けてくれた。パシーのほうがツラいはずなのに、僕の心配をしてくれるなんて。
しばしの沈黙。
「本人から聞いてください」
長老の言葉が脳裏によぎる。パシーと奇形接合種の関わり。
「……」
だが、それを聞くのを躊躇った。果たして僕が聞いて良いものか。僕に何ができるというのか。
「帰ろうか」
心の中でごめんと呟く。心の奥深くに眠るパシーの秘密に僕は触れる勇気がなかった。
あの日から僕は一層探索に力を入れるようになった。夜の時間も単独で探索を始めた。まるでとり憑かれたように。時間が惜しい。一刻も早くここから出たい。人形として本来の価値を取り戻したい。
それから奇形接合種の問題からも逃げてしまいたい。僕にはツラすぎる。日に日に弱っていくネコルカを直視することができなかったし、パシーも無意識に避けているのかもしれない。結局誰とも会いたくなかった。誰ともこの悩みを共有したくなかった。
「キュイキュイ~」
ネコルカの弱々しい声が広間から聞こえた。今日もベンチの上で横になっているのだろうか。やけに耳に届く悲しい鳴き声に僕はやはりツラくなって、居ても立ってもいられなくなる。振り向かずにいつものように立ち去った。
今日も夜の時間に探索する。一部を除いて皆が寝静まった頃に僕はベッドから抜け出した。足のない僕は探索場所まで向かうのに手間取って仕方がない。それでも僕はやめるつもりはない。
探索を始めてから深夜零時を越えた辺りだった。背中から鋭い視線を感じた。僕の後方でカタッと小さな物音もした。周囲には僕しかいないと思っていた。慎重に物音がした方向に振り向く。薄暗い夜の屋敷の中で一際青白く輝く点が二つ横に並んでいた。目を凝らしてよく見てみるとそれは巨大ネズミだった。
巨大ネズミは一定の距離を保ちつつ、じっとこちらの動向を探っていた。
ドクンドクンと胸が鳴る。まさかこんなときに出会うなんて。襲われるかもしれない。しかし出会ってしまったのだから仕方ない。僕が取るべき行動はどれだ?
①周りの欠陥人形と同じくピクリとも動かず擬態する。
②恐れることはない。たかだかネズミ一匹撃退してやる。
③逃げるが勝ち。無駄に争うこともない。
きっと正解は①だ。いわゆる死んだ振りをしてやり過ごすこと。ネズミは人形を食べないし、周りの人形のようにじっとしていれば、いずれ興味を失い去っていくだろう。
だけど、あろうことか探索を邪魔されたこと、監視するその目、いろいろとのし掛かってくる問題、そして逃げてしまう情けない自分自身の弱さに強いストレスを積もらせていたのだろう。僕は愚かにも②の行動を選んでいた。
僕は地面から欠陥人形のパーツを引っ張り出す。
「あっちいけ!」
と、ネズミに向かって投げ付ける。これで追っ払うことが出来れば良かったんだが、そう上手くはいかなかった。ネズミの目の色がより鋭くなった。どうやら敵と認識したようだ。やる気をあらわにする。戦闘態勢を取った。
「上等だ!かかってこい!」
ネズミは一定の距離を保ち、ヒットアンドアウェー、付かず離れず、付いては離れの繰り返し。かなりうっとうしい。こちらはポンポンポンポンと地面から引き抜いては投げるが、どれもネズミには届かない。
「ゼェゼェ。くそ!正々堂々かかってきやがれ!」
「チュ~?」
ネズミに言葉通じず。これは厄介なことになった。ネズミのヒットアンドアウェーに下半身のない僕には不利だ。全く動きに付いて行けてなかった。投げ付ける欠陥人形の部位も軽く回避されてしまうし、上半身だけで投げるには相当な体力を必要とした。ネズミも決して深入りはしてこない。こちらの体力切れを狙っているのかもしれない。おかげで大きく体力を削られ、へとへとになっていた。今更ながらケンカ売る相手ではなかったと後悔する。
「退避!全力で退避!」
僕は一目散にその場から逃げ出した。これはダメだ。このままネズミの相手をしていては殺られてしまう。
「うお!」
ネズミの前歯が襲う。僕が背を向けて逃げようとしたところ、背中から襲われた。一気に距離を詰めて前歯を背中に打ち付けた。しかし寸でのところで回避に成功し、当たることはなかった。
これはいくら距離を離そうとしても、ネズミの射程距離内だということだ。両手で移動したところで大した距離も稼げず、明確にネズミとの移動力の差を見せ付けられた。これで逃げるのも難しくなった。だからと言ってこのまま何もせずにやられるわけにはいかない。実から出た錆?だからどうしたってんだ。僕もただでやられるつもりはない。
僕は武器になりそうな棒状のモノを掴む。闇雲に逃げていたわけではない。これが目的だった。その棒とはプラスチック製の刀だった。途中不意打ちをくらったが結果オーライ。
ネズミが突進してくる。僕はその場から一歩も動かず、タイミングを合わせてカウンター気味に刀を振り下ろした。……スカッ。さすがに簡単には当たってくれなかった。しかしネズミに恐怖心を植え付けられただろう。安易に突進すれば、カウンター斬りが待っている。その恐怖心はいずれ大きな隙となって、僕に勝機をもたらせてくれるはずだ。
僕はゆっくりと刀を構え直す。切っ先は真っ直ぐにネズミの正面を捉えて。あとはネズミがやってくるのを待つばかりだと思っていたが、僕の作戦は見事に打ち破られることとなった。ネズミは僕の背後へ背後へと回り込むように旋回する。僕も身体全体を使って方向転換しなければならない。そう。ネズミのほうが一枚上手だった。方向転換する度に構えを崩さなければならない。その隙を狙われでもすれば、ひとたまりも無い。
「ぐえ!」
僕の旋回速度よりネズミの回り込みのほうが早く、背後から奇襲されてしまった。刀を振り回すがヒットアンドアウェー。刀は大きく空振りしてしまう。
「ゼェゼェゼェ……」
幸い大きなダメージではないが、体力をどんどん削られていく。それこそネズミの狙いかもしれないが、下半身がないだけで戦いにくいったらありゃしない。方向転換だけでもこれほど重労働になろうとは笑えない。
ネズミの攻撃は激しさを増してくる。僕の動きが鈍ることを想定し温存していた力を徐々に出して来ている。僕は死角からの攻撃に防戦一方だった。
「く、はぁはぁ。い、いい加減にしろよ!これでも食らえ」
忘れた頃に欠陥人形を投げ付ける。刀での応戦だと思わせておいて不意を付く。ネズミがひるんだ隙に身体を丸めて、おむすびコロリン、コロコロと転がって逃げた。なりふり構ってはいられない。全力で逃げることを目的にした行動だった。
それにしても少し違和感がある。確かにちょっかいをかけた僕のせいだが、餌でもない人形をここまで追いつめてどうするつもりなのか?縄張り争いでもなし、そこまで人形に対して攻撃してくる理由が見当たらない。勝手な言い分だが、すぐに立ち去ると思ってた僕の誤算なのだが。
「ッ!し、しまった!」
構えを解いて全力で逃げたのに、ネズミは容赦なく僕にのし掛かってきた。まさかこんなに簡単に捕まってしまうとは思ってなかった。追っ払おうとしたが、ガッチリと腕を押さえつけられて刀が動かせない。身動きが全く取れない。このままではマズい。殺られてしまう!
ネズミは前足で僕の身体を押さえつけている。ならネズミの攻撃は前歯による噛みつきだと思われる。顔面が近づく最後のチャンスだ。そこにカウンターで頭突きをかましてやろう。頭部の損傷は免れないが、最後の反撃だ。絶対に失敗は許されない。僕は覚悟を決めた。
「来やがれ!次で決めてやる!」
ネズミは大きく背中を最大限に反る。頂点から振り下ろす気か。望むところだ。威力が増せば増すほどカウンターダメージも上がるのだから。
ネズミは前歯の着地点を見定める。動きが止まった!
「来るッ!」
ネズミの胸が中央から黒ずんだと思ったら、ガバッと大きく裂けて中からぐねぐね曲がった不格好な長い牙と唾液の絡み付く触手のようにウネウネとした舌が飛び出してくる。胸の第二の口が開いた。
「キュキュイー!ビビビィー!」
胸の裂けたネズミは大きく仰け反っていた。この瞬間に裂けた胸の隙間に何かが飛び込むのが見えた。虚を突かれたネズミは苦しそうに悶絶し始めた。
「な、何が起きたんだ?」
混乱する僕を置き去りに事態が一変したことがわかる。何かのおかげでネズミに大きな隙ができたのだから。
「そんなことより、このネズミ!口が二つあるぞ!」
今更だがそこも大きな問題だった。しかし、ここは逃げるチャンス。考えるのはあとだ。逃げることに集中しないと!
「ネコルカを吐き出せ!コノヤロー!」
突如現れたパシーは走り込みジャンプの威力を乗せて頭突きをネズミにお見舞いしていた。頭突きは横腹に命中し、悶絶中のネズミに更なる打撃でよろめかせた。
「ネコルカ!早く出てきてネコルカ!……キャアアッ!」
パシーが弾き飛ばされる。ダメージでよろめくネズミが苦し紛れに放った一撃は偶然にもヒット。前足の爪を振り降ろし、パシーの右肩部を傷付けた。
「う、うわああああああーっ!」
僕は混乱と恐怖にやられてしまった。叫びながらその場から逃げ出す。無我夢中に手を振り回し、欠陥人形の山を散らかしながら。なぜパシーが現れたんだ?なぜネズミの胸に口がある?ネコルカを吐き出せとはどういうことだ?あり得ない出来事ばかりで状況整理が追いつかない。
「こっちダス!」
見知った声に呼ばれたので、その方向へ全力で走った。そこには目玉や石頭などみんながいた。
「ネコルカがいねぇって探しに来てみりゃ、一体どうなってんだこりゃ?いや、話はあとだ!みんな投擲の準備でぃ!」
「おー!」
石頭のかけ声でみんなが動き出す。その中でギャメダスは先頭に立つ。
「うぇーオホンオホン。マイクテスツ。マイクテスツ。おーけぃ?声入ってるダスか?では改めましてダス。実況解説のギャメダスダス。さぁ本日も始まった熱いバトルのお時間ダス。今日のカードは巨大ネズミVS我らが新人カミジリ戦ダス。いきなり波乱の幕開けとなったダスな」
ギャメダスが解説をはじめた。
「……何やってんだギャメダス」
「ふっワスはただの目玉ダス。だけどこの千里眼を持って真実をソウルボイスに乗せて皆にお届けしてるんダス。覚えておけダス。戦況を左右するのは情報だということを!カツモクせよ!これが我が報道魂ダス!」
カッコよく決めるギャメダス。だが、ただの目玉なのだから格好も何もないんだが。
「さて、開幕カミジリ選手が襲われている最中、カットに入ったネコルカ選手は大丈夫なんダスか?突如ネズミの胸部かみつき攻撃に、そのまま口の中へ入ったダスが」
「ちょっと待て!ネコルカがそんなことしたのか?なぜだ!」
「ギャアアアアア!ギブギブギブ!目、目玉が潰れるぅ!」
僕は目玉に掴みかかっていた。力を込めすぎてギャメダスは悲鳴をあげていた。
「ネコルカは意外にも欠陥人形が積もる山を高速で移動できたんダスな。泳いだというのが正解ダスかな。ワスたちもびっくりしたんダスが、後を追いかけてみると巨大ネズミに襲われるカミジリの姿が見えたというわけダス」
ネコは死神。死期の近いモノの側に寄り添う。ネコルカは僕のピンチを救ってくれた。それはつまり僕はかなり危険な状態にあったということだ。それなのに僕はワケも分からず、逃げ出してしまった。ネコルカを助けようともせず。
「ネコルカ!今すぐ助けてやるからな!」
「やる気十分、カミジリ選手戦線復帰ダス!バトルフィールドではネコルカ選手の安否も心配ダスが、パシー選手も巨大ネズミも未だ立ち直れず、両者フラフラとしているダス!
代わってこちら本部では着々と投擲武装が完成しつつあるダス。と、ただいま完成した模様ダス!」
「おっし!千手屋特製千本腕パチンコの完成でぃ!」
千本の腕が重なり合ってY字を作り、出来上がった大きな投擲用発射台。ゴムロープ役の桂木ウィッグが発射台の両腕を引っ張っている。あとは弾丸となる欠陥人形をセットすればいつでも発射できる。
「すごい、こんなこともできるのか」
正直驚きだ。こんな立派な武器が出来上がるとは。僕は感動してした。千本の腕はガッチリとつかみ合って、かなり頑丈だった。
「俺らを侮ってもらっちゃ困る。まさに腕の見せ所でぃ!パシーには当てるなよ!一発目発射!」
ドオオン!外れたが着弾時の派手な爆音はネズミに恐怖心をあおる。大事なのはネズミが狙撃されたことを知らせることだ。
「どうやらあのネズミ。生物じゃねぇな。人形だ。しかも胸に大口持ったモンスタードールだな」
「モ、モンスタードール?」
「あぁ。無理な接合によって生まれた人形だ。やつらは魂を宿す人形の魂を奪っちまうんだ」
「なんだよそれ!僕は何も聞いてないぞ。モンスタードールがいるなんて!」
「やつら夜中にしか出てこないんでぃ。その夜中にほっつき歩いてるやつはどこのどいつでぃ!」
「……うくっ」
何も言い返せない。
「そんなことより早くパシーを助けてこい!俺らは威嚇射撃でネズミを追っ払う」
「わかった!」
僕は来た道を引き返す。こんなことになったのは僕のせいだ。みんなに迷惑をかけてばっかりだ。
「パシー!こっちだ。来てくれ」
「いやああーッ!ネコルカ!ネコルカー!」
ネコ、ルカ?そうだ。ネコルカは口の中に入ったままだった!
「僕を助けるために飛び込んだのか!なんてバカなことをしたんだ」
こんな迷惑バカのために。
ズドオオーン。バゴゴゴーン!
「ぐわっ!」
「頭を使うんでぃ!文字通りこの石頭さまのな!」
僕らの近くに何かが着弾したと思ったら、それは石頭雄三だった。わざわざ助けに来てくれたのか。
「手にハメな!そしてこの石頭諸とも殴るんでぃ!うどんをコネ続けて仕上がったこの石頭。あのネズミにどんだけコシがあるか試してやろうじゃねぇか!」
迷ってる暇は無い。僕はうなづいた。パシーは動けない。ならここでネズミと決着をつける!僕は石頭を手にハメ、雨のように降り注ぐ弾丸に警戒しているネズミに向かって一直線に全力で殴りつけた!
「てめぇにコシがあんのかあああああーッ!コシ入れてやんぞおおおおーッ!」
ドゴオオオオオッ!
「ちゅ、ちゅぶふっ」
ネズミの腹部にヒットした。しかし浅かった。僕の踏み込みが足りなかったかもしれない。ネズミはフラつきながらも体勢を立て直すと今度はこちらの番だと一足で大きく跳躍する。僕たちを越えて。
「しまった!投擲組のほうへ向かったぞ!」
ネズミの狙いは僕たちではなかった。僕たちを相手にする前に嫌な遠距離攻撃を先に潰す気だ。一気に投擲組のところに接近する。目玉や千手たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。ネズミは元発射台のあった場所で右往左往している。まさかパチンコ台が分解するとは思ってなかったようだ。足元に桂木ウィッグが潜んでいることに気付かぬまま。
「ふっふっふ。捕縛の女王こと、このウィッグに土足で近づくとは。ならばよろしい!HOBAKUさせてもらいます!」
ウィッグはロープのまま、ネズミの足からスルスルと登っていく。急に伸びてきたロープに戸惑うネズミの隙をついて、一瞬で雁字搦めに縛り付けてしまった。あっという間の出来事で、HOBAKUは完成していた。非常に手馴れている。
「子豚が鳴いて喜ぶこの縛り。縛られたことを幸福と知りなさい。HOBAKU完了!さぁカミジリさん!最後の一撃を!」
いや、それは無理だ。ネズミが走っていった投擲武器の場所までの距離。足のない僕ではそこに辿り着くまで時間がかかる。
「は、早く!ネズミが暴れて長くHOBAKUを維持できないわ!」
「そ、そんなこと言われても。くそっ一体どうすりゃ良いんだ?」
僕はとにかく石頭を片手に担いで、腕一本でネズミまで急ぐ。
「ゼヒィーゼフィー。た、頼む。間に合ってくれ!ゲホゲホ」
「カミジリ!気合い入れろ!」
「く、も、もうダメ!HOBAKUが解けちゃう」
まだ3分の1の距離にも届かない。ダメか。ダメなのか!ここまで来てネズミに負けてしまうのか!そんなのは嫌だ。嫌だけど、これが限界か。僕だけでは限界だ。どうにもできない。悔しい!
「私に掴まって。カミジリさん」
「……パシー。大丈夫なのか?」
「うん。私はカミジリさんに協力するって決めたんだ。こんなところで泣いてばかりじゃいけないよね」
「……頼むよ」
僕はパシーの肩に掴まって運ばれた。両足のあるパシーは数秒でネズミの元まで辿り着いた。僕たちはその勢いのまま、パシーから飛んで石頭パンチをネズミにぶつけた。見事にクリーンヒットしてネズミをノックアウトさせることができた。
「ウィナーダス!カミジリ強うぃなーダス!カミジリの勝利ダスー!フンハー!うほふおー!」
「ウィナーと強うぃなーって。うぷぷぷー」
笑いが漏れる。ギャメダスギャグ。ようやく長い戦いが終わったんだ。僕たちの勝利で。
「パシー。ごめん。僕が至らないばっかりにネコルカが」
勝利を分かち合う皆の横で、パシーの姿を見つけた僕はすぐに謝った。
「うぅん。カミジリさんのせいじゃないよ。ネコは死神。死期が近づくモノの側で見送る役目。だけどネコルカは死んでほしくなかったんだよ。カミジリさんに。だからカミジリさんが無事なら、きっとネコルカも良かったと思ってくれてるよ……ううううっ」
パシーはスンスンと泣き始めてしまった。流れる涙も拭えないパシーの涙を僕が代わりに拭ってあげた。パシーは僕の胸に飛び込み、爆発したように大声で泣いた。あやすように僕はパシーの頭をゆっくりと撫でる。
僕のせいだ。僕がパシーを泣かせているんだ。夜中一人でこんなことしなければ、ネコルカはもう少し長く生きられたはずなんだ。ネコルカ。ごめん。許してくれ。
欠陥村に戻ってきた僕は真っ先に長老のもとへ向かった。
「皆おかえりなさい。疲れたでしょう。ゆっくり身体を休めてください」
「あの。このたびは僕の勝手な行動で多大なる迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした!」
僕は深く頭を下げた。土下座に近いくらい頭を下げた。
「どうして私に頭を下げるのですか?叱られるのが趣味な方でしたっけ?」
「そうじゃなくて真面目な謝罪です」
「誰かに叱られることで許された気分になりたいのでしょうけど、それは大変なお門違いですよ?
厳しい言い方をしますが、貴方の勝手は私の責任ではない。責任は全てカミジリ様自身にあります。ならばカミジリ様自身が自分に許されるためにはどうすれば良いのでしょう?」
僕自身が僕を許すために。僕はみんなのほうへ向き直った。きっとこれが許される方法なんだ。
「みなさん。このたびは僕の勝手な行動で多大なる迷惑をかけてしまいました!本当に申し訳ありませんでした!僕がもっとしっかりしていれば、こんなことにならずに済んだのに」
今度は皆に向けて頭を下げた。すぐにしなければいけなかったことなのに。
「おいおい。ここにきてそいつは違うぜ。カミジリよ」
「え?」
「こういう言葉がある。人という文字は支え合って出来ている。それを迷惑だとか言っちゃいけねぇ。支える側だって支えられる側に助けられていることだって、たくさんあるんだからよ!」
「一人で抱え込んじゃダメよ?私たちは欠陥人形なんだから、みんなで支え合って協力し合っていかなくちゃ。それでなくても人手が足りないってのに」
「おいおい。人手が足りないなら俺たち千手屋が力になるってんだ」
「ネコはなぜ死期の近いモノの側を好むのか?それはネコはすごく心配性なんだよ。ネコルカもカミジリさんのことをずっと心配してた。一人で苦しそうなカミジリさんのことを。
ネコルカのことは残念だけど、だからこそカミジリさんはネコルカの分まで頑張らないと。きっとそれがネコルカが命をかけた理由なんだと思う」
パシーは僕をまっすぐに見つめて、そんな言葉をかけてくれた。
「ごめん。本当にごめん」
皆の言葉に涙が溢れてきた。誰一人僕を責めるモノはいなかった。それどころかこんな僕と支え合おうと言ってくれる。僕は大泣きしてしまった。大泣きしながらずっと謝罪していた。僕は一人で何をしていたんだろう?こんなに優しい人形たちに囲まれていながら。
「うわああああ、あああああ、ああああー」
僕は泣き続けた。嬉しいやら悲しいやら様々な気持ちが複雑に絡み合って、涙を流すことしかできなかった。
「早くしろよパシー!」
探索の日は必ず準備に遅れるパシー。
「もう!そんなに急かすなら手伝ってよ!」
パシーはオーバーオールを履かずに、シャツに下着というハレンチな姿で長老の部屋から出てくる。
「ちょ、バカ!ズボンくらい履いてから出てこいよ!」
「カミジリさんが急かすのが悪いんだよ!ほら手伝ってよ。着替えを手伝うのも助け合いだよ?」
顔を真っ赤にしながら訴えるパシー。無理しすぎだ。
「……うぅ。わかったよ!手伝えば良いんだろ!やってやるよ!僕は逃げも隠れもしないんだからな!後悔するなよ!」
「キャー!部屋に入って来ないで、カミジリ様!わた、私はまだ下着も付けてないんです!」
部屋の奥から長老の魂の叫びが聞こえた。
あの一件以降、僕はみんなのために活動することにした。もちろん完成品になる夢を諦めたわけじゃない。だけど大切にしなければいけないものは、一つじゃないってことに気付いたから。
たくさん増えた大切なものを僕はこれからも大切にしたいと思った。
■第二章 悪夢の騎士ナイトーメア
「ったく。どうして準備に時間がかかるんだよ」
毎度のことながら出かけるときに女の子は、やれ髪型がどうとか化粧はこうしたほうが良いとか服は似合っているかだとか、こんなにも時間がかかるのだろう?僕なんて顔洗って服着て五分もかからないというのに。
「女の子はそういう生き物なんだよ。はむっ」
今日は長老が出かけることになっていた。巨大ネズミのモンスタードールが出現したことを各所に報告しなければならないという。クリエへの報告はもちろん、完成品の人形たちが集う学園という場所にも行く必要があるそうだ。
「ひょうろーもっほふひひるふひらしへ(長老、もっと唇突き出して)」
「こう?んっ」
僕は学園がどういう場所か全くわからない。完成品の人形たちが集まる場所というのも非常に興味深い。いずれ完成品として僕もその場所に行くんだろうか。そうなることを願うばかりだ。
「んあっんっ。もうくすぐったいです」
「ひっほひへへ(じっとしてて)」
「あんっあふんっ」
「って!さっきから妙な声を出すなよ。気になるんだよ!」
出かけるのに時間がかかることはもう目を瞑ろう。いつものことだ。だが、こうして化粧の手伝いをさせられていることに僕は嘆いているのだ。
「はによひゅうにほへらしてひふふのほほひゃない(何よ?急に声出して。いつものことじゃない)。ひほへははりはいんらからひはららいひゃない(人手が足りないんだから。仕方ないじゃない)」
「まさに人手が不足してますね。ふふふっ」
「誰が上手いことを言えと」
パシーと長老には腕がない。だから唯一両手のある僕がこうして化粧のサポートをするハメになった。いや、ここまではまだ許容範囲にしよう。問題は二人の化粧している様子だ。さすがに化粧をしない僕には道具を触らせてもらえなかった。
「リップはオッケー。じゃあこのティッシュではむはむして」
「はい。……んっ」
パシーはティッシュ一枚を口に咥えて長老に口渡しする。長老はパシーのティッシュ一枚を隔てて唇と唇を重ね合わせる。
「はむはむはむっ」
「……はい、オッケー。ティッシュ捨てるからこっちにね」
「んっぷはぁ」
パシーは長老が咥えていたティッシュを再び口渡しで受け取り、ゴミ箱へ捨てる。聞いてる分には問題なさそうな行動だが、見ている分には非常に問題がある行為だ。
「んんー。ちょっと右端がはみ出しちゃったか。ペロリッ」
そう。目の前にいる女の子二人の顔がとても近い。ティッシュ口渡しのときでもティッシュ一枚分の距離まで唇同士が接近しているのだ。そんな行為を見せられてドキドキしない男なんていない。それこそ健全な証拠なんだ。これは不可抗力なんだと自分に言い聞かせ続ける。
「あんっ急に舐めてはダメですよ」
「ちょっと待って!今舐めた?ペロってしたよね?」
「はみ出したんだから仕方ないでしょ?」
「カミジリさん、ムラムラしすぎですよ?」
「ム、ムラムラなんかしてないよ!」
ドキドキはしてるけど。
「はい、できたよ長老」
「ありがとう」
ようやく終わったようでホッとする。僕は長老に鏡を向けると化粧や全身のコーディネイトを細かくチェックする。この辺はさすが元トップドール。面倒くさいところまで面倒くさい、もとい丁寧な指定で細かい細かい修正を行う。その甲斐あって普段とは見違えるような変身を遂げる。
「どうですか?カミジリ様。変なところありませんか?」
「え?あ、うん。完璧だと思うよ」
かなり修正したからな。パシーも疲れてないだろうか。
「やっぱり長老はステキだよ。今でも……いや、今のほうがもっとステキ」
「ありがとう。パシーのおかげですよ」
微笑み合う二人。こうして見ると仲の良い姉妹のようだ。ところで僕のおかげはないのかよ。
「さて、そろそろ行こうか」
僕たちはデブサイクが待つ外まで長老を送り届けた。外で待っていたデブサイクは仰向けに腹を出して、だらしなく眠りこけていた。名に恥じぬ見事なブサイクっぷりに脱帽する。ここまで無防備になれるものだろうか?デブサイクはオールドクリエに飼われているそうだが、それにしてもひどすぎる。僕が叩き起こすとデブサイクは面倒そうに身体を起こす。大きく欠伸と背を伸ばす。
「ムゥギャアギョギョギョ~」
鳴き声までブサイクだった。身体をプルプルと揺すった後、長老と僕を咥えて背中へ乗せる。
「……えっ?なんで僕も背中に乗せてるんだよ!」
聞いてない。僕はいつも通り、この後は探索に行く予定なのだ。
「あら?カミジリ様も学園に連れて行くのですか、デブサイク?」
デブサイクがンゴギョ~と汚い声で返事した。
「僕が行っても意味がないだろ」
「ンギョロギョロロ~」
「確かにカミジリ様も完成品を目指すのであれば学園を見学しておくことも悪くありませんが……まぁ良いでしょう。これも社会勉強ですね」
勝手に話が進められている。
「いや、僕は……おわっ」
急にデブサイクが出発する。デブサイクの強引さに驚きつつ、仕方ないなと僕はこれ以上の抵抗するのをやめた。興味は捨てきれなかったから。
「なんだかよくわからないけど、二人とも行ってらっしゃい」
僕たちはパシーに見送られながら、各所にモンスタードール出現を報告するために歩み始めた。
まずはすぐ目の前にあるオールド・ドールクリエたちに報告。彼らはモンスタードールに近づかないように僕らに注意を促す。クリエたちは僕たちと違った観点から、この問題を話し合っているようだった。人間には人間の事情がある。そういうことだ。
そしてようやく学園へと出発する。長老の話によるとドールクリエの町には人間たちの工房とは別に人形たちの住処が二つある。
一つはショーウィンドウ。ドールクリエの町に集まるお客様をターゲットに着飾られた商品である人形たちを展示、披露するための場所だ。町の中央にドーム状になっている大きな広場がある。人形たちはこのドーム内で自由に生活をする。ドールハウスでくつろいでいたり、パーティが開かれていたり、音楽やダンス、中にはアニマルドールを飼育したり、様々な生活模様がそこにはある。人間たちはその生活ぶりを見て回れるようになっているのだ。いわゆる人形と人間の架け橋的な出会いの場所だ。
学園は人形たちが教育を受ける場所。人間との生活をする上で必要な知識や経験を積む場所で、ショーウィンドウに並ぶために人形たちはここでの共同生活は必須となっている。ドールクリエの町が背負うブランド力にもなっていて、ここを卒業しているかどうかで人形的価値もグンと違う。
また学園内に人間の足が踏み入ることはほぼない。ここで起きた問題は人形たちの判断に任せ、自主性が重視されている。そのため特別な自警団が組織されているのだ。僕たちはこの自警団にモンスタードール出現を報告しに行くわけだ。
屋敷の敷地内から出たことのない僕にとって敷地外の様子は全てが目新しい。墓屋敷はショーウィンドウや学園よりも高い位置に建ち、道中の高みから全貌を眺めることができる。
欠陥人形がショーウィンドウに侵入することはできないので、今日はこの場所から一望しておく。なかなか活気があるように見える。人形たちが人間たちをエスコートして、このドールクリエの町をガイドしていく様子が見えた。団体客らしき四十人くらいの集団が人形たちと戯れていた。
「最近はドールライフという雑誌が出てまして、この町の人形もなかなか人気があるみたいです。お子さんに限らず、独り者や高齢者からの訪問も増えてるそうです。人形は愛情の注ぎ口になってますからね」
「良いことじゃないか」
「そうですね。人形たちには良い出会いをしてほしいと思っています。もちろんカミジリさんにもね」
「長老はトップドールのとき、人間たちとどんな出会いをしたんだ?」
「私の場合はクリエに注文が入り、そのまま引き渡された感じですね。ショーウィンドウに立ったことはありません。その後はパーティによく連れて行ってもらって、新しい出会いを求めていました」
「なかなか長老もアクティブだったんだな」
「えぇ。そりゃあもう。ガッツリ肉食系でしたよ」
今の長老からは想像できない過去話だが、トップドールになるのも楽じゃないんだな。
「戻りたいとは思わないのか?トップドールに」
僕は素朴な疑問を投げかけてみた。今の長老でもその素質はあるように思ったから。
「トップドール人生は充分満喫しましたから、今更戻りたいとは思いませんし、私のご主人様はあの方で最後なんです。私以外を戦争で全て無くしてしまった方。今でもその気持ちに変わりありません」
「長老にとって大事な人だったんだな」
「大事な人というより、大事にしたい人でしょうか。見返りなんて一つもいりません。ただご主人様のためにできることをしかったのです。あんな気持ちになれたのは初めてなんです。トップドールにとって何の糧にもならない人間に対してそう思えたことが」
「何気にひどいこと言ってるような気もするけど、母性本能というやつなのかな?」
「母性……確かにそうかもしれませんね。ご主人様は私に母性を与えてくれたのです。おかげで今では欠陥村の長老をやってますから。
ではもう一つ、お聞かせしましょう。私が初めて屋敷にやってきたときの話です。当初はひどいものでした。魂を宿す人形は皆が絶望し、物にあたるモノ、自分を傷付けるモノなどいっぱいいたんです」
だからあんな荒れた場所になってしまったんだ。探索のときに疑問でもあった。何故オールドクリエたちは欠陥人形を乱雑に扱っていたのか?僕が目を覚ましたときも欠陥人形がめちゃくちゃに積まれた山だったのだから。
もしそれが絶望した欠陥人形たちの仕業なのだとしたら、その苦しみは理解できる。どうにもならない破壊衝動の支配。何にもなれない募るだけの焦燥感。そして自分すら捨ててしまった絶望感。僕も皆と出会っていなければ、そうなっていたかもしれない。
「あそこまでのコミュニティを作り上げるのには苦労しました。私はとても頑張りました。これもきっとご主人様のおかげでしょう。
さてお話はここまでです。そろそろ学園が見えて来ますよ」
話に夢中になっていた。すでに学園の玄関口である、大きな門が目の前にあった。
一言で例えるならそこは人形の王国だ。中央に大きな城三つそびえ建ち、周りにはドールハウスがいくつも並べてある。あれはモデルハウスらしい。商品になる前の試作品が密集していて、それだけ多くの人形たちがここで共同生活をしていることを物語っていた。
「これが学園なのか。なんかすごいな」
「とにかく入りましょう。まだ門の前ですし」
そうだった。門の前でこんなにはしゃいでどうするんだと自分を少し戒める。長老が学園門番に手続きを済ませている間もキョロキョロ見回していた。大きな城から広がる大通りに面してたくさんのお店が並んでいるのが見えた。そこには見たことのない商品ばかり並んでいた。
門をくぐり抜け、中へ一歩踏み入れる。するとワァッと身を振るわせる衝動が駆け抜けた。まるで異世界に入り込んだような気分になれた。
どこを見ても色鮮やかな街並み。どこを見てもショーウィンドウに並んでもおかしくない美しい人形たちで溢れていた。屋敷にいたときには感じたことのないバイタリティというか熱量がそこにはあった。全てが生き生きしている。学園でこれだけ雰囲気が変わるものかとびっくりする。
「では中央にある自警団の管理棟へ行きましょう」
僕たちは大通りを真っ直ぐに進んでいく。三つある城のうち、一つが管理棟らしい。他の二つこそ人形たちが勉強する学園なのだ。
だが気付く。僕たちがこの大通りを進んでいくうちに雰囲気がガラリと変わってしまっていることを。
「な。なんだ?急に冷ややかな空気になったような。気のせいか?」
「カミジリ様。よく覚えておいてください。これが社会的欠陥人形の扱われ方なのです」
華やかだった学園が一瞬で停電を起こしたように沈み込む。僕たちに冷ややかな視線が集中する。海を割って進む船体のように学園の人形たちは僕らを遠巻きに道を開けていく。それは異質で触れたくない存在として避けているのだ。
「完成品たちは私たちを恐れているのです。自分はあんな風にはなりたくないと。時には拒絶が排除行動へと転嫁することもありますから、どうか気を付けてください」
そんな話をされてはテンションが一気にだだ下がりになる。先ほどまでのキラキラしていた雰囲気はウソのように消え失せる。
「社会は。世界はそういうところなんです。常に弱者を作り上げて虐待し、自分のプライドを築き上げていくしかないのです」
……そんなわけがない。世界はもっと綺麗な場所だって反論したかったけど、急変した学園内の雰囲気を実感してそれを否定できるほどの説得力がない。僕が初めて触れた世界の欠片はこんなにも早く黒ずみ始めた。
「誰もが大円団で終わる。そんなものはない競争の中では、生まれた瞬間から対比が始まる。強者あらば弱者あり。私たちがここへ足を踏み入れた瞬間に完成品と欠陥品の強者と弱者が生まれたのですから」
「……そんな」
「あら?カミジリ様だって欠陥村に来たとき、そう思いませんでしたか?僕はここにいる連中とは違うんだーという風に」
「!……そ、それは」
「隠さなくても良いです。私にもそんな風に順序付けてトップドールを維持してきたのですから」
確かにそう考えていた時期があった。巨大ネズミとの戦いがなかったら、今でもそうだったかもしれない。いや、そうだったはずだ。そう考えると申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「この世界で生きていくのなら、理解しておかなくてはいけません。そういう仕組みがあることを。目を背けるのではなくて、その目をちゃんと開いて現実を受け止めてください。そして自分が取るべき最善を見誤らないことです」
「わかった。肝に銘じておくよ」
「ふふっ。説教だなんて少し年寄りくさかったですね。さ、着きましたよ。ここが自警団本部です」
うつむき加減だった僕は大きく見上げた。そこにはひときわ威風堂々とした城構えの自警団本部があった。他を寄せ付けない権利の主張。
中はスンと外気よりも気温が低く、冷たい刃の上を当てられているような緊張感があった。僕たちが玄関ホールに足を踏み入れるとザッザッザッと歩調を揃えた足音が近づいてくる。
「これはこれは元トップドールのチョロしゃまではありましぇんか。わざわざご足労なしゃるとは!ようやくあっちきとセットドールのお契りを結んでいただけるということでちゅね!とても歓迎いたちまちゅ!ささ、中へお入りくだちゃいまちぇ!」
「……なんだあいつは?」
突如現れるなり、意味の分からない言葉を並べるチビッコがそこにいた。身なりは騎士のようだが、言葉使いが非常にアレだった。先ほどまでの緊張感も吹き飛ばす元気なチビッコ騎士。
「あああああああーーーーっ!」
突然絶叫を上げるチビッコ騎士。その場にいたモノ全員が大声に驚いて彼女に注目する。
「チョ、チョロしゃま!う、後ろの不届きモノは誰なんでしゅか?あっちきだってチョロしゃまに触れたことないでしゅのに!あああーっ!今、チョロしゃまのおっぱい揉みましたでしゅよね?クキーッ!」
ものすごい言いがかりを言われている。こんなときは早々に誤解を解いておくに限る。長老がデブサイクから落ちないように僕が後ろから支えているだけなんだから。胸にも一切触れていないと僕の潔白だとここに宣言する。ちなみにチョロしゃまというのは長老のことを言ってるのだろう。
「これは……「聞いてください。ナイトーメア。紹介しましょう。この人形の名はカミジリ様。私とセットドールを結ぶことになりました新しき騎士様なのです」
「……何言ってるんだよ」
僕の言葉を遮ってまで余計なことを言い放つ長老。やはり悪ノリがすぎると思う。ナイトーメアがあのチビッコ騎士の名前だとして、セットドールというのは何なんだろう?そこに疑問を持っている場合じゃないのだが。
「きゃしゅあああああーーーっ!」
第二の咆哮。ものすごい怒鳴り声を上げるナイトーメア。怒っているみたいだ。嫌な予感しかしない。
「きゃあああみいぃじぃいいいいいーーーっ!あっちきと決闘決闘決闘ケットケットケットロケットロケットコケコッコーーーっ!」
地面を蹴飛ばし、剣を振り回して、全身で半狂乱を表現するナイトーメア。
「え、えーっと。詳細求む」
お手上げだった。ワケが分からない。僕を置き去りにして話を進めすぎだ。
「彼女の名はナイトーメア。自警団本部総取締役で一番偉い人です。……年功序列の売れ残りですけれどね」
年功序列から僕にしか聞こえないほどの小さな声になる。確かにそれは大きな声では言えない内容だ。
「セットドールというのは何だ?」
「セット販売されている人形のことです。例えば父、母、子の三人家族や恋人同士、ライバルなど何らかの関係性を持ったほうが単体よりもウケは良いんですよ」
「なるほど。それでどうしてナイトーメアが長老とセットドールに成りたがっているんだ?」
「彼女のビジョンでは私を姫に見立てて護衛する騎士として売り込みたいみたいなんです。もちろんお断りはしているのですが、聞き入れていただけなくて」
「申し出を諦めさせるためにあんなウソを言ったんだな?で、どうするんだよ、この状況を」
もうカンカンに怒っているナイトーメア。これは簡単には収まりそうもない。本当に決闘させられそうな雰囲気だ。
「それは戦っていただくしかないですね。私の騎士様」
語尾にハートマークが付くような可愛いらしい言い方をする長老。お茶目にウィンクしている。
「無茶言うな」
「何をひしょひしょ話してましゅかー!早くそこから降りて来なしゃい!悪夢の押し付けと呼ばれたあっちきが相手してやるでしゅ!剣を交えたモノはその日から悪夢にうなされて不眠症になるのでしゅよ!お前も不眠症にしてやろうかでしゅ!」
「それは勘弁してほしいな。それでなくとも石頭のイビキで眠れない日々が続いているというのに」
そんなことを言い合っているとホール奥の扉が乱暴に開け放たれて、中から一人の兵士が飛び出してきた!
「ナ、ナイトー様!ご報告します!捕らえていたモンスタードールが逃げ出しました。現在こちらに向かっています!」
「なんでしゅって?」
僕は長老と見合わせた。自警団にもモンスタードールが現れているようだ。場に緊張感が戻ってくる。
「兵士以外は全員に避難指示!あっちきたちもすぐに向かいましゅ!チョロしゃまも早く避難してくだしゃい!カミジリはあとで叩き斬ってやるから覚悟しておきなしゃい!」
物騒なことを言われてしまった。そして誤解を解くタイミングを完全に失ってしまった。後々大変なことになりそう気がしてならないのだが……とにかく今は避難したほうが良さそうだな。
キャーッうわあーっという悲鳴が近くで聞こえた。モンスタードールはかなり近くまで来ている。再び奥の扉が乱暴に、今度はドアが吹き飛ばして開かれる。
のそッのそッのそッとゆっくりとした歩みでモンスタードールが姿を現した。その姿は人型をした人形で全身が黒く変色している。周りにここの兵士だと思われる人形が同じく黒く変色しており、十数体ほど奇妙な形で引きずられていた。奇妙な形とは兵士たちはモンスタードールを剣で斬り付けたのだろう。その斬り付けたままの状態でズルズルと引きずられているのだ。さらにその兵士を助けようとしたのか、斬り付けた兵士の足元を掴んだ兵士もまた連なって引きずられている。そのような形で十数体の兵士を引きずるモンスタードール。非常に歩きにくそうで歩みはかなり遅い。
「あれは……」
「長老、知っているのか?」
「確かなことは言えませんが、奇形接合の一つで、あれは接触接合かもしれません。あの兵士たちも接触した瞬間にモンスタードールに取り込まれてしまったのでしょう」
「なんだよそれは。接触した瞬間に取り込まれた?じゃあどうすれば戦えるんだよ。剣で斬り付けた瞬間に取り込まれたみたいだぞ?」
長老の言葉が耳に届いていないのか、ナイトーメアが動き始めていた。
「待ってください!」
長老の制止の言葉も聞こえていないようでそのまま突進していく。無茶だ!
「ここは通しましぇーん!」
ナイトーメアの刃が踊る。モンスタードールの首を横一文字に斬り付ける。しかし首は強固で刃は皮一枚を斬っただけで止まっていた。
「な、何でしゅか、これは?剣が抜けましぇん!」
「早く!そこから離れてください!」
長老は大きな声でナイトーメアの危機を伝える。もし接触接合するのならこのままでは非常に危険だ。
「ダ、ダメでしゅ!左手が離れてくれまちぇん。それに剣が黒く色が変わってきまちた!これは一体どういうことでちゅか?」
「長老!これはマズいことになったぞ。どうすれば良いんだ?」
長老が言ったことは当たっていた。あれは接触接合だと思って間違いない。まさか触れた剣から接合していくとは。このままだとナイトーメアも連なる兵士のように手遅れになってしまう!
「デブサイク!お願い!彼女を助けて」
「んびぶぎゅ!」
こんなときでも汚い声で返事をしたデブサイクだったが、普段からは想像もつかないほど俊敏な動きでモンスタードールの側まで駆け寄る。
「んぎゃぎょおおおおおっ」
と唸ったあとに繰り出されたのはネコパンチ。シュビビビビビーッ!と前足を高速で叩き付ける。
「くひっ!」
まずはナイトーメアの左腕を破壊した。手首の辺りまで黒く変色し始めていたので間一髪だった。次にデブサイクはその勢いのまま、モンスタードール本体を攻撃する。シュビビビビビーッ!スパコーンッ!
「もがもがごおおおーっ」
お見事。モンスタードールは断末魔を上げて粉々になった。モンスタードールに連なっていた兵士にもひびが入り、砂のように細かく砕けていく。最後には跡形もなく消えてしまった。もちろんナイトーメアの左腕も同様に。
「はひーはひー。い、いい、一体何だったんでしゅか?今のは」
ナイトーメアが腰を抜かしたままパニックになっていた。何が起こったのか?それは僕にも説明できない。
「接触接合するモンスタードール。だけどそれは人形に限った話で生物であるデブサイクには効かなかったというわけです」
そういうことだったのか。
「あっちきには何が何なのか全然わかりまちぇーん!誰か説明してくらちゃーい!」
ナイトーメアは泣き出してしまった。そうだな。この辺で情報を整理しておいたほうが良いかもしれない。混乱するナイトーメアを落ち着かせて、僕たちは当初目的であるモンスタードールの報告と共に話し合うことにした。
「落ち着きましたか?ナイトーメア」
「はい。取り乱したところを見せちゃいましゅて、ごめんなしゃい。チョロしゃまの報告どおり、各地にモンスタードールが出現ちていると聞いていましゅ。この周辺ではさきほどの一匹を発見したところなんでしゅ」
「それにしてもよく捕まえることができたよな?」
接触するだけで強制的に接合してしまうモンスタードールなのに。
「あれは罠にかかっていたでしゅ。害獣避けのネットでしゅ。全身が変色ちていましゅたから変だなと思い、明日クリエに引き渡す手筈だったんでしゅ」
そうだったのか。
「にしても当初、ショーウィンドウから流れてきたと思っていたでしゅ。悪さをする来客もいましゅからね。しかし墓屋敷からも出現したとなると……」
「悪さ目的の人間が学園や墓屋敷を狙う必要が見当たりません。ならば偶発的にモンスタードールが紛れ込んだと考えるべきでしょうね」
悪さをするなら、より被害が甚大なショーウィンドウを狙うはずなんだ。
「墓屋敷も安全ではなくなりまちた。ならばあっちきが直々に護衛へと参りまちょう。さぁ墓屋敷に向かいまちょう」
「うっ……け、結構です。わざわざ自警団総取締のナイトーメア様に来ていただく必要はありません」
「幸か不幸か、あっちきは左腕のない欠陥人形になってちまいました。なら墓屋敷への出入りも許可されまちゅね。今度ともよろちくお願いしましゅ。チョロしゃま」
満面の笑みに溢れるナイトーメアと苦虫を噛み砕いたような表情の長老。面白いコントラストが見られた。そんなに苦手な相手なのだろうか?
「それとカミジリ。この件が収まれば、すぐにでも決闘を申し込みましゅ。その首洗って待っているが良いでしゅ!」
僕はナイトーメアが苦手かもしれない。
そんなこんなでナイトーメアを新たに迎えつつ、僕たちは急いで墓屋敷に戻ることとなった。
「ほほー。これが学園の騎士さまダスか。騎士だけにきしん(キチン)としてらっしゃるダスな。はっはっはー」
「カッコ良いじゃねぇか!コシが入ってそうで!あとでうどん食わしてやるから食いに来いよ!」
「ハーイ質問。恋人はいるんですか?」
「ねぇねぇどんなパンツ穿いてるの?」
「……」
ナイトーメアが欠陥村に入るなり取り囲まれる。皆物珍しいのだ。やいのやいのと好き好きにしゃべりかけられ質問されてナイトーメアも応答を諦めている。
「コホン。皆しゃま初めましゅて。学園より派遣されてきましゅたナイトーメアと申しましゅ。以後メアと呼んでいただきたいでしゅ。本日よりチョロしゃま専属の護衛……もとい。この墓屋敷モンスタードールクリア作戦の総指揮を取らせていただくことになりまちた。スペアの左手が出来上がるまでの期間限定ではありましゅが、どうぞよろしくお願いしましゅ」
おおーっと歓声が上がる。ビシっと敬礼を決めて皆の心をグッと掴む。そのきちんとした容姿から頼りがいがありそうだ。メアが言う通り左手が出来上がるまでの期間、特別に墓屋敷の出入りを許された。
本来人形の出入りはオールドクリエの権限で禁止されている。それは学園で体験したように差別的観点から僕たちを保護するためだ。長老はメアの出入りを反対したのだがオールドクリエの許可が出てしまったので仕方がない。そしてこのことで一つ大変な事態を招くことになるが、それは後ほど説明する。
メアは長老の護衛業務に就きたかったようだが、クリア作戦に従事した。村全体を巡回し、周囲の安全をチェックするのだ。そしてそのパートナーとして選ばれたのが、なんと僕だった。
「どうしてこうなった?」
「何をぶつくさと言っているでしゅか、男のくせに。さぁ地域の安全確保のためにパトロールに出発でしゅよ!」
「お、おい」
よっこいしょと僕を背中に担いで、半ば強制的に連れられてしまった。確かに一人での巡回は危険だとしても、どうして僕がそのパートナーに選ばれなきゃいけないのか。迷惑極まりないのだが、ただこんなときでも嗅覚は敏感に働き、メアの頭髪からはとても甘い匂いがした。騎士であっても女の子というところか。
「でしゅ」
「ん……?んなっ!ぼ、僕は別に良い匂いがするなぁとか思ってないぞ!そんな変態みたいなことしてないぞ!」
「何を言っているでしゅか?これ、持っとけでしゅ」
と差し出されたのは小型の銃。
「これは?」
「人形用に開発された発砲できる銃でしゅ。さすがにサイズが小さしゅぎて射撃能力は低いでしゅけど」
「なんでこんなもの持っているんだよ」
「これでも自警団本部総取締役だからでしゅ。片手を失ってしまった異常事態でしゅし、特別に持ち出して来たんでしゅよ」
「そんなものを持ち出せるなんてまるで偉い人みたいだな」
「実際偉い人でしゅよ!侮辱罪で牢獄にぶち込んであげましょうか?でしゅ」
「いや、遠慮しておくよ」
「それは賢明な判断でしゅね」
「ところでどこへ向かっているんだよ」
僕とメアは欠陥の村を離れて歩いている。巡回にしてはけっこうな距離を歩いているようだが。
「まずは巨大ネズミとやらを調査しに行くつもりでしゅ。カミジリにもたくさん聞くことがあるでしゅ」
「奇遇だな。僕も聞きたいことが山ほどある」
「良いでしゅよ。先に質問を受け付けましゅでしゅ。言ってみやがれでしゅ」
「何故パシーは連行されちまったんだよ」
数時間前の出来事だ。メアと共にやってきた兵士たちはパシーを連行してオールドクリエの小屋に入っていった。長老も付き添いで。事情聴取とのことらしいが、きっと今も小屋の中にいるはずだ。
「パシーについてはどこまで知っていましゅか?」
「僕たちの仲間だ」
「……なら仲間を信じて待っていろでしゅ。素晴らしいでしゅね仲間意識って」
メアは面倒くさそうに答える。そう切り返されるとこちらは何も言えなくなってしまう。明確に何故連行されたかの理由を聞かなくては。
「実は何も知らないだ。話を続けてくれ」
「……パシーは以前より自警団でも目を付けていた人形なんでしゅ。それはドールクリエの町で作られた人形ではないでしゅから」
「え?それはどういうことなんだ?」
「そのまんまの意味でしゅ。どこから来たのか?誰に作られたのか?全く不明なんでしゅ。墓屋敷に捨て……やってくる人形たちは全てオールドクリエに管理されているはずなので、所在不明な人形が紛れ込んでいるはずはないのでしゅが」
さりげなく何かを言い直したようだが。今は気にしている場合じゃないな。
「それでモンスタードールの出現にかこつけて、チャンスとばかりにいろいろ聞いているわけだな?なんて卑怯なやつらだ」
「と、いうよりオールドクリエが無防備すぎるのでしゅよ。もしモンスタードールの因子だったらどうしゅるでしゅか?」
「パシーはそんなんじゃねぇよ!」
とんでもない言いがかりに僕は大きな声で怒鳴っていた。
「お、大きな声を出しゃないでくだしゃい!あくまで可能性の話でしゅ!」
「大体、パシーと一緒に過ごしてきた皆は無事じゃないか……あっ」
ネコルカ。ネコの上半身とイルカの下半身で奇形接合された人形。
「もしゅかしてネコルカのことを考えましゅたか?それならチョロしゃまから聞いてましゅ。ネコルカもパシーと同様、この町で作られたモノではありましぇん。魂を奪うことはしてないようでしゅが、魂を喰らえたかどうかはわかりましぇんよね?」
「ぐっ……」
「ともかく警戒心が無しゃすぎなんでしゅよ。もしそれでチョロしゃまに何かあったらどうするのでしゅか、全く」
「……メアはやけに長老のことを話すよな。そんなにセットドールになりたいのか?」
長老への固執が強い気がする。
「はぁ?もしかしてチョロしゃまを知らないんでしゅか?チョロしゃまはトップドールの中でも群を抜いてすごい方なんでしゅよ。
過去チョロしゃまは国を代表する国家ドールとして活躍していたんでしゅ。国を代表する人形でしゅよ?チョロしゃまを巡って国と国とが戦争を起こすほどなんでしゅから」
「国家ドールってのは何だ?」
「はぁ。カミジリは何も知らないのでしゅね」
おかげさまで、生まれて間もないから。
「国家ドールというのは国のシンボル。国旗と同レベルで崇拝されているんでしゅ。人間の国王よりも身分は上で、国王は変われても国家ドールは変われましぇんからね」
なんだかとんでもないスケールでお送りされる長老の過去。
「そんなわけでチョロしゃまとセットドールになるなんて騎士名誉の極みなのでしゅ!あるときは三千体ほど護衛騎士人形がいたみたいでしゅ」
「へ、へぇ。そうなのか」
スケールが大きすぎて付いていけない話だ。
「そうなのかって……まぁ良いでしゅ。この辺りでしゅか?例の巨大ネズミが現れた場所は?」
話してて気付かなかったが、メアの言う通り、それはその場所だった。
「巨大ネズミは消えちゃったでしゅか?」
「そうだな。僕たちが倒したら砂のように消えてしまったよ」
「他に気付いた点はないでしゅか?接触接合しましぇんでしゅたか?」
僕はあの一戦について思い返す。
「接触接合はなかった。胸に大きな口が隠されていて、ネコルカが僕を助けるために食べられちまった」
「そうでしゅか」
うーん、と考え込むメア。一体何を考えているのやら。それからメアは巨大ネズミの足跡やその周辺を丹念に調べ上げる。が、残念ながら遺留品や手がかりは見つからなかったようだ。
一通り調べてから収穫もなく一旦村へ戻ることにした。だがそこで思わぬ事態に遭遇する。欠陥村の広場に人垣があり、その中心で倒れているのはなんとパシーだった!もう一人の兵士と共にぐったりとしていた。
「カミジリとメアが戻ってきたダス」
「一体何があったでしゅか?何故兵士が墓屋敷に入って来ているんでしゅか?」
僕とメアは急いで二人に駆け寄ろうとしたが、指先先生に止められる。
「二人に近づかないで。今からオールドクリエのもとへ連れて行くから」
二人はデブサイクの背中に乗せられて屋敷を出て行った。
「長老、一体何があったんだ?」
事情聴取が終わったであろう長老が心配そうに二人を見守っていた。
「カミジリ様にメア。お帰りなさい。パシーがここへ流れ着いたとき、村まで歩いてきたルートを検証していたのです。どうやらその途中でモンスタードールと出会ってしまったみたいで。兵士二名が襲われてしまいましたが、パシーと兵士一名は戻って来られたみたいです」
パシーは無事だと思うが、これから検査を受けるとのこと。僕たちが出かけている間の出来事だという。
「なん、で、あっちきを待たずに勝手なことをしたのでしゅか?……パシーはどこで襲われましゅたか?様子を見てきましゅ」
「……これはそのルートを示す地図です。ここに隠しダンジョンがあるそうです。
このダンジョンは非常に狭く入り組んでおり、人間やデブサイクは入っていけないと言っていました。モンスタードールが現れたのに人間たちの力を借りられません。非常に危険ですので、絶対に無理をしないでください」
「わかりましたでしゅ。チョロしゃまの安全のため、このナイトーメア全力を尽くしましゅ!では行って参りましゅ!」
「ちょ、僕を担いでいることを忘れてるぞ!」
あああああぁーっ。メアは僕を担いだまま隠しダンジョンへ向かった。
「ここでしゅね」
目の前には兵士たちがあらかじめ作っておいてくれた入り口が開けていた。ここは地下一階部分の階段脇。普段は欠陥人形のパーツで山積みになっている場所。そこにダンジョンの入り口が隠れていたみたいだ。その入り口は人間が入るには小さすぎる穴。僕たちでも入るには窮屈なくらいだ。
「そんなことより、なんで僕まで連れて来てるんだよ」
「そういうことを言いましゅか?なら、ここは危険でしゅから一般人はさっさと帰りやがれでしゅ」
「悪かったよ。そんなツレないこと言うなよ。乗りかかった船だ。一緒に行くよ」
「大丈夫でしゅ。あっちき一人で攻略してやるでしゅ」
「何言ってるんだよ。何の対策もせずに危険だろ?僕が一緒に……「あっちきは!」
急に大声を張るメア。シンと空気が沈む。
「……あっちきは戦力外じゃないでしゅ。それなのにあっちきを除け者にして」
もしかして兵士たちが黙って隠しダンジョンに出向いたことを気にしているんだろうか。
「メアは戦力外じゃないさ。でも左手を失って本調子でもないんだろ?だったら僕が左手になってやるよ。これで立派な戦力だ。な?さぁ行こうぜ」
「な、何言ってるんでしゅか……降ろすのも面倒でしゅし、盾くらいには役に立つでしょうから、仕方なく連れてってやるかでしゅ」
「僕は盾かよ」
メアは警戒しつつも臆することなく入り口に向かう。騎士だけに度胸がある。メアが入り口に顔を近づけた瞬間だった。
「んぎょろっはっ!」
パコーン!メアは急に仰け反り、後頭部と担がれている僕の顔面が思いっきりぶつかった。メアはそのまま身をひるがえして入り口から離れた。
「もがっふ。痛てて。一体何があったんだよ?」
「とても楽しいこと考えるでしゅね?きっと前の兵士たちはこれにやられたんでしゅね」
僕はギョッとした。狭い入り口からは四本の黒い槍が突き出していた。もし気付かずに入り口に頭を突っ込んでいたら、今頃串刺しだった。
「これは罠でしゅね。つまりここは敵にとって近づかれたくない場所ってわけでしゅ」
そう言ってメアはすばやく近づき、すでに構えていた銃でパンパカパパパンと入り口に向かって発砲した。中からは金属を磨り潰したようなギリリッギリッという音と共に黒い槍は砂化して消えた。
「入り口はクリア。ゴー!でしゅ」
メアは安全を確認してから隠しダンジョン内部へと侵入した。
ダンジョン内部は薄暗く迷路のような顔を見せた。敵が待ち伏せするには都合の良い入り組んだ場所もある。僕たちは細心の注意を払いつつ、大胆な行動力で進んでいく。
パンパンと銃声が響く。メアはさすが騎士だけあって脅威の反射神経と冷静な判断力で敵を次々と迎撃していく。敵が待ち伏せていようとも、僕なら立ち止まって様子を見るところでも前に飛び出していく。
僕は残念ながら無駄弾を作らないためにメアの数少ない撃ち漏らしを処理していくだけに過ぎなかった。そもそもこの攻めの進行は僕には付いていくことすら出来ていない。敵だらけのダンジョンなのに恐ろしく快調に進んでいく。メアがこうも頼もしいとは思わなかった。
「こんなモンスタードールだらけのダンジョンをパシーは村まで歩いて行ったんでしゅかね?」
「それは……どうなんだろうか」
「仮説その一。モンスタードールを蹴散らして進んだのならあっちき以上の戦闘力を持っていましゅ。それに触れることの出来ない敵をどうやって対処したのか?
仮説その二。脱出後にモンスタードールが増えた。後天的に増えた原因は何なのか?パシーとは関係なく?それともこの先に流れ着く何かがあるのか。
仮説その三。モンスタードールと友好関係にある。パシーは……」
「もういいよ。最深部まで行けばわかることだろ!」
僕はメアの仮説群を遮った。確かに疑問は残る。だが論じるよりも証拠だ。証拠もないのに論じる意味がない。というより不愉快だ。まるでパシーと関連があるような仮説ばかり。僕たちはしばらく無言でダンジョン攻略に専念した。
「ふぅ。でしゅ。そろそろ休憩しましょうか。弾の補充もしたいでしゅし」
メアはL字路の角で休憩を取る。後方はクリア済み。ここなら壁を利用して身を隠しつつ、敵襲来の対応に余裕が持てるからだ。
「そっちの補充は済みましゅたか?」
「あ?あぁ。あまり発射してないから大丈夫だよ」
「何でしゅかそれは?あっちきの左腕なんだったら、もっと頑張ってもらわないと困るでしゅよ」
「うっ……あはは。面目ない」
「笑い事ではないでしゅよ。情けない結果をチョロしゃまに報告したくありましぇんからね。しっかりしてくだしゃい」
何も言い返せない。
「メアは常に長老を気にかけているんだな」
「そりゃ当然でしゅよ。良い結果をお届けして好感度を上げておきたいんでしゅ。
あっちきは全然ダメなんでしゅから価値の高い人形とセットにならないと、全く買い手もつかないんでしゅ。変な声だし言葉遣いもおかしいでしゅし、おまけにチビしゅけの幼児体型でおっぱいも小っちゃいでしゅし」
メアは泣きそうな顔をしながらこちらの反応を見てくる。男ならここでそんなことないよと優しさを見せるもの。
「そんなことないよ」
「お世辞はいらないでしゅ。気持ち悪い目でこっち見んなでしゅ」
どう切り返すのが正解だったんだろうな。僕は少し自信を失った。
「あっちきを作ってくれたクリエは廃棄処分の検討までしていたんでしゅ。でしゅがチョロしゃまがこの村に戻ってきたと聞いて。あっちきはすぐさまチョロしゃまの護衛になることを買って出たのでしゅ。
セットドールへの下心はもちろんありましゅた。だけど、傷付き戻ってきたチョロしゃまを見てあっちきは思ったんでしゅ。チョロしゃまにもう一度トップドールの輝きを取り戻して欲しいと!こんなあっちきでもトップドールを目指していたんでしゅから」
長老の話を聞いている分、賛同しにくい部分はある。だけどそんなにすごい人だと思ってなかったので、僕も一度は見てみたい気もする。トップドールであった頃の長老を。
「チョロしゃまはあっちきの命の恩人でもあり、永遠の憧れでもあるのでしゅ。チョロしゃまのためならあっちきは何でもするつもりでしゅ」
メアの瞳に固い決意が宿る。この決意はどんなことがあっても揺らぎはしないと僕は感じた。
「まぁ道のりは長いかもしれないけど、頑張ってくれ」
「カミジリに言われなくても頑張りましゅよ!さて、そろそろダンジョン攻略の再開でしゅ!準備はオーケーでしゅか?」
「おう!」
「ではアタック!でしゅ」
僕たちは再びモンスタードールで詰まったダンジョンの中に突撃していった。
パンパンパンッ。乾いた音が木霊する。深層部に近づくに連れて敵の猛攻とも言える数の津波が押し寄せてくるが、僕たちはたった二人でそれを押し返す。
僕も銃の扱いにだんだんと要領を得てくる。いくらメアの戦闘能力が高くとも何でもできるというものではない。そこをサポートしていけば良い。銃を発射した瞬間に銃を発射することは不可能。つまりメアが発射すると同時に僕も別の標的を撃つ。敵の数も段違いに増えた今、この心構え一つで押される心配はほぼ無かった。二体の敵に対して今までなら二発の銃声であったのが、重なった一発の銃声で済むようになる。二人の息が合って来た証拠だ。時間にして一秒の何分の一の短縮でもこれは大きい。
「あっちきの左腕にしてはなかなかやるでしゅね。褒めてやるでしゅ!この調子でどんどん行きましゅよ!」
そして僕たちはついにダンジョン最深部へと到達した。
古びた鉄格子の隙間を抜けて、眼の前に広がるのは何年も人の出入りが無い石造りの部屋だった。雑草がところどころ生えているような荒れ放題で全く手入れはされていないことがわかる。また何に使われる部屋なのか僕には想像も付かない。ちょっと変わった様相をしていた。
「墓屋敷の地下の地下にこんな部屋があったなんて」
「あっちきたちが抜けてきたのはどうやら空気口だったみたいでしゅね。それも無理矢理作ったような。他にちゃんとした出入り口があるはずなんでしゅが。ともかく調べてみましょう。でしゅ」
メアはぴょんと部屋に降り立ち、周囲を歩き始めた。まず初めに気になったのは川の流れが聞こえる。
「この墓屋敷の近くに川がありましゅたよね?その音でしゅか」
僕がパシーに連れられて行った人形たちが眠る丘。その隣にあった川が流れていたがそれだろう。
「なるほどでしゅ。ここは水部屋のある拷問室でしゅね」
「ご、拷問室?なんでそんなものがあるんだ?」
「古い建造物には必ずあるでしゅよ。法整備のされていない地域では規律を破った者に独自のおしおきを与えるのは当然でしゅ」
言われてみれば、そういう雰囲気を感じさせる小道具などが見られる。凶器や拘束具などが飾られている。使用方法を知れば、身の毛もよだつモノばかりだとメアは言う。
「きっとあの梯子の上に川の水路から水を流し込める仕組みになっているはずでしゅが。あっちきには登れましぇんね」
メアが指差す先には人間サイズの梯子があり、その上には二階が作られていた。あそこに水門の開閉ができる装置があるという。こういう梯子系は両手のある僕にしか登れない場所。必要ならあとで調べておくか。
それからメアは足でトットッと踏み鳴らし始めた。ある場所で空洞の存在を知らせるトントンという高い音に変わる。
「この辺りに水部屋の入り口があるはずなんでしゅが……誰か来たでしゅ!」
「ッ!」
僕たちは物音を立てずに部屋の隅にある道具箱の後ろまで走った。そこで身を隠す。
「……」
僕たちは息を潜める。どこからともなくガリッガリッガリッと歩いてくるというよりか、這いずって来るモンスタードールが姿を見せた。そいつはまるでクリエがランダムにひと掴みしたパーツを団子のように丸めて泥で固めたような姿をしていた。実に気持ちが悪い。泥団子から腕やら足などがはみ出ており、下部のパーツで地面をひっかくように前進していた。
モンスタードールは上部の腕で掴んでいるいくつかのパーツをある地点に向かって投げ捨てていた。本体とは違う腕や足などのパーツを十二点ほど。そして再びそのモンスタードールはどこかへ消えてしまった。
「何だったんだ、あいつは?」
メアはモンスタードールが投げ捨てていった地点へと向かった。
「ここでしゅたね……んぎっ!」
メアは短い悲鳴を上げた。
「どうしたんだよ……げひゃ!」
僕たちは息を呑んだ。メアの背中越しから見えた映像は想像を絶する汚図だ。
そこは水部屋の天井部に位置する格子状の扉。覗き窓だ。その覗き窓の隙間からは眼下に水部屋の内部がみえた。そこには例えるなら長年放置された黒く腐った液溜まり。その黒い液体の正体は変色したモンスタードール。巨大な人形のパーツ群。中には朽ちて原型を留めてないパーツも多数あった。先ほど投げ入れられたパーツもモンスタードールの海に沈んでいく。たちまち液体が染み込むように黒く変色していく。接触接合。モンスタードールはパーツを食い荒らすように飲み込んで、再び気持ち悪くウジョウジョと波を立てるのだった。
「あっちきは大丈夫。あっちきは大丈夫。あっちきは……おぇ」
メアがその場にヘタレ込んでしまった。
「おいおい、本当に大丈夫なのかよ」
僕は腰を抜かしているメアを引きずってその場を離れた。
「落ち着いたか?」
数分ほどで現実逃避のたまに唱えられていたメアの念仏めいた言葉の羅列も収まり始めた。
「うぅっ……気持ち悪いモノを見ましゅた。あれがモンスターボールのボスでしゅね。さっきのはボスにエサを運ぶ下っ端。長年使われていない水部屋に住み着いて、あれだけ成長したんでしゅかね。驚きましゅた」
一部屋を覆い尽くすほど膨れ上がったモンスタードール。それはショック以外に言葉は見つからない。
「どうするんだよ。あんなの勝ち目なんてないぞ?」
「勝ち目があるかないかではないのでしゅ。目的の遂行こそが使命。このまま突撃しましゅ!」
「バカな!何の対策もなく突っ込むのは危険だと……うわあぁーっ!」
本当に突撃するメア。覗き窓から残りの弾丸を撃ち尽くすつもりだ。僕の制止に耳も傾けずに乱射するメア。
「メア!危ない!」
ボスを刺激しすぎだ。覗き窓の隙間から一本の黒い槍がメアを襲う。
「あっ」
「この!」
メアを襲う敵の攻撃を僕は銃を盾にして防いだ。銃は接触接合のせいで、そのまま敵に奪われてしまった。が、さすがのメアも状況を一瞬で察して、その場から離れた。その後覗き窓から次々と黒い槍が数十本ほど現れて、僕たちを威嚇する。
「一度戻ろう。このまま続けても無駄なだけだ」
「む、無駄とは何でしゅか!あっちきは……」
「無駄だよ。万全の対策を取らずに無謀に突撃して、自身を危険に晒すより戦況をよく見て最善を尽くしたほうが長老も評価が高いはずだよ」
「ぐ、……むぃ」
長老の評価に敏感なメア。僕たちは元来た道へ退却した。あれを相手にするには今の装備では危険すぎる。まさか反撃してくるとは思わなかった。
「カミジリ。しょの。ありがとう、助けてくれて。でしゅ」
「気にするな。お互い無事に帰って来れて良かったな」
村に戻ってきた僕たちは早速ボス対策会議を開いていた。
「オールドクリエに聞いてきました。確かに拷問部屋はあります。しかし川沿いに隠された入り口は雨風によって損壊されてしまったそうです。通路が土砂などで埋まったまま現在は立ち入り禁止。長年放置状態で開通させるのにも、かなり時間がかかるそうです」
と、長老。僕たちの話を聞いてオールドクリエに話を聞きに行ってくれていた。
「別ルートから人間たちの助けも得られないわけか。デブサイクもあの狭いダンジョンには入れないし。あんな怪物をどうやって倒せって言うんだ?」
「厄介なことになってるダスなぁ」
「俺もうどんのことしかわからねぇてんだ!チクショーめ!」
皆が口々に意見を言い合う。
「まず状況を整理しましゅ。ボスはダンジョン最奥の水部屋に閉じ込められていましゅ。水部屋の仕組みからあの部屋は水の出入りしか出来ましぇん。なのでボスはあの部屋から出ることは出来ないはずでしゅ」
その結果、あの水部屋で莫大に繁殖したというわけだ。
「今すぐどうこうと変化はありましぇん。その代わり下っ端がボスに与えるエサを調達していましゅ。それが巨大ネズミや学園に現れたモンスタードールの正体だと思われましゅ」
ボスは覗き窓から黒い槍を使って接触し、下っ端たちが繁殖したのだろう。放っておいたら今後もどんどん増えていくだろう。問題はここにある。
「ボスは接触接合で魂を奪ってきましゅ。なので触れることは出来ましぇん。またあっちきたちの攻撃に反応して、的確に反撃してきましゅた。つまりあんな巨大なバケモノでも、ちゃんと統率された意思を持っているということでしゅ」
無差別に増えていったように見えて、一つの個体としてまとまっているのかもしれない。
「逆にあっちきたちの攻め方でしゅが、やはり覗き窓からの狙撃一択だと思いましゅ。部屋の中に入ることは出来ましぇんから」
部屋を覆い尽くしているのだ。着地できる場所も当然ない。どこかに掴まる方法もないだろうし、空を飛ぶこともできない。必然的に部屋の外から攻撃するしかないか。
「以上があっちきたちに対面するボスの状況でしゅね」
「一つ思ったのが、ボスがいるのは水部屋なんだよな?なら水を入れてみたらどうなんだ?溺れたりしないのか?」
「水かさが増しゅとボスは浮いてくると思いましゅ。人間ならともかく、ボスの身体が変形したり、一部が分離すれば覗き窓の隙間から出てくる可能性がありましゅね。覗き窓に蓋をしても黒い槍で破ってくると思いましゅ。また排水口もどうなっているのかわかりましぇん。最悪の場合、外に流すことになりましゅ」
「袋小路と思わせて、実際には鉄壁の要塞じゃないか。一体ボスって何なんだ?」
「それについて私が説明するよ」
「ッ!パシー?」
会議非出席者だったパシーが現れた。一同注目する。
「パシー!もう動いて大丈夫なんダスか?」
「えぇ。心配かけてごめんなさい。大丈夫だから。私の、私の過去を聞いてほしいの」
パシーは真剣な面持ちで語り始めた。
「私の記憶は曖昧。どこで生まれたか、誰に作られたか分からない。洞窟のような場所で人間が一人いたのを覚えている。いつも白装束で顔を隠していたけど、声は男のものだった。男は洞窟内に人形の工房を構えていて、人形をたくさん作っていた」
「隠れドールクリエでしゅか」
「隠れ?どうして隠れる必要があるんだ?」
「そりゃあ奇形接合するためでしゅね。奇形接合によってモンスタードールが生み出されれば、他のドールクリエから迫害されてもおかしくはありましぇん」
僕はハッと気付き、パシーはコクリと頷いた。
「私の意識を取り戻した瞬間、すぐに異常を感じた。私は黒く変色していて両腕からはライオンやイルカの頭、ネコの下半身や馬の足などが生えていた。それは異種間での接合。キマイラ接合だとその男は言っていた」
キマイラ接合。キマイラとは伝説の生き物。キメラとも言う。ライオンやヤギの頭、尻尾は蛇など複数の獣が組み合わさった複合生命体。
「それは地獄のような日々を私に与えた。私の意志とは関係なく、ライオンは噛み付こうとするし、馬の足は恐怖で暴れまくって私を蹴り倒す。また私は常に餓えの苦しみに悩まされ、ひとときの安らぎも得られず苦痛の日々を過ごしていた。そんな日々に耐えられなくなった私は川に身を投げていた。
キマイラ接合の余材で作られたネコルカも付いて来てくれた。私のことを心配していたんだと思う」
ネコは死神。死を見送る役目を持つ。
「だけど私たちは死ななかった。意識が戻ったとき、私の両腕だけが無くなっていた。どこかにひっかけて取れてしまったのかもしれないけど、あの腕の恐怖から、私はすぐにネコルカを背負ってその場から立ち去った。無我夢中で歩き回った結果、欠陥村に辿り着いたの」
いつも明るく振舞うパシーにそんな過去があったとは思わなかった。僕たちは息を飲んで聞いていた。
「ちょっと良いでしゅか?そのときモンスタードールに合わなかったんでしゅか?」
僕たちがダンジョンに侵入した際、中はモンスタードールで溢れかえっていた。そのダンジョンを腕もなく、ネコルカを背負ったパシーが突破できるとは思えない。
「……いなかったよ。暗くて見えなかったけど」
「後天的に増えたってことでしゅね。失った腕があの水部屋に残っていて繁殖していったのかも。でしゅ」
「そうなんダスか?」
「モンスタードール自然発生しないでしゅ。必ずクリエがどこかで関わっていましゅから」
「ごめんなさい。私の腕がとんでもないことをしているみたいで」
「パシーのせいじゃないでしゅ。でもこれで話の筋はわかりまちた。ボスの正体は残された両腕。今もあの水部屋で接触接合を繰り返して生き長らえていると考えて良いと思いましゅ」
「ちょっと良いか?あの水部屋にはパシーの両腕がある。ならどうにかして両腕を取り返せないだろうか?」
僕はそんなことを口にしていた。
「……はぁ?何を言ってるでしゅか。見まちたよね?あの水部屋の中がどうなっているのかを」
「わかっている。そんな場合じゃないってことも。だけど、両腕を取り返せれば、パシーに再び両腕が戻ってくるんじゃないのか」
「そうかもしれましぇんが、それが可能だと思ってましゅか?万に一つの可能性で腕が見つかったとしましゅ。どうやってあの部屋から取り出すつもりでしゅか?接触接合の黒で埋め尽くされたあの部屋から下に降りることもできましぇんよ?それに接触接合に犯された腕を元に戻す方法はあるんでしゅか?」
「……」
部屋一面を覆いつくす黒いパーツの中から二本の腕を探し出すなんて簡単にできるものじゃない。ましてやそこから取り出す方法もない。さらに接触接合に犯され、黒く変色している腕が手に入っても、元に戻す方法を知らない。僕は長老の顔を伺ってみたけれど、首を左右に振るだけだった。長老も良い方法が思いつかないようだ。
「チョ、チョロしゃまぁ!カミジリと以心伝心してるみたいに無言で通じ合うのをやめてくだしゃい!ズルいでしゅよ!メアとも以心伝心してくだしゃい!」
今度はメアが僕の顔を睨み付ける。なので首を左右に振っておいた。
「今はそんなことを言っている場合じゃないだろ」
「あのカミジリさん。以前言ったかもしれないけど、私は腕なんか要りません。気遣いはありがたいのだけれど」
パシーはそう言う。以前にもそう聞いた。それにパシーの過去を知ればなおさら腕が戻ってくることで恐怖が蘇る。だけど僕はパシーの言葉を受け入れられない。どうにかして腕を取り戻してあげたい。だけど……。
「……うぅ」
僕は何も答えられなくなっていた。どうすれば良いのか見当も付かない。
「何か良い案はありましゅか?……ありましぇんね。ではあっちきの考えを発表しましゅ。
モンスタードールはなぜ接触接合を繰り返すのか?奇形接合された人形は魂を維持するために、多くの魂を消費していきましゅ。そのため他より魂を奪って集めて補なっていくしかないのでしゅ。その最終的に魂が集まる場所、マザーパーツがどこかにあるはずなのでしゅ。そこを撃つしかありましぇん」
メアは語る。だがそこには大きな問題点があったはずだ。
「待てよ。あの中から腕は見つけられないって、さっき言ってたじゃないか」
そう。そのマザーパーツこそ、残されたパシーの腕だからだ。
「不可能だとは言ってましぇん。万に一つでも可能性があれば充分でしゅ。覚えていましゅか?あっちきがボスに発砲し、黒い槍で反撃されたことを」
「僕が助けたんだから覚えているよ」
「きっと大切なパーツが危険に晒されたから反撃してきたのだと思うんでしゅ。あれほど巨大になった集合体で防衛本能が一番に働く場所こそマザーパーツだからでしゅ」
確かに一理あるかもしれない。
「メアにはある程度予測はついているのか?両腕の在り処を」
メアは返事の代わりに口元をニヤリと持ち上げた。
「パシー。今一度確認しましゅね?あっちきはマザーパーツを撃ちましゅ。構いましぇんね?」
「はい」
パシーは頷く。それを見たメアも頷き返した。僕にはその頷きに軽さを感じた。大事なことなのに簡単に頷いて良いのかと。だからといって僕に良い案があるわけではないのも事実だ。今の僕にその頷きを止めることはできない。
「再度ダンジョンに潜りましゅ。今から装備を準備してきましゅ」
メアは一人、屋敷の外へ出て行った。残される僕たち。誰も言葉を発することなく静まり返る。
「……パシー。本当に良いのか?せっかく両腕が戻ってくるチャンスなのに」
「どうして?腕二本で安心に変えられるなら本望だよ」
パシーに迷いはない。僕にそう告げた。一点の曇りのない返事。その返事に僕は不快を感じていた。完成品になりたくてもなれない人形だっているのに、平気でそのチャンスを放棄するなんて。
「皆しゃん。お待たせしましゅた」
メアが武装して戻ってくる。大きな銃を背負い、鞄の中には弾丸の山。女の子が持つには重量オーバーしていそうだが、メアは難なく持っていた。代わりに防護装備がかなり軽装になっている。これはなんというか、かなり防護面が小さく薄着になっていた。
「幼児体型だから似合わないな。水着か?泳ぎにでも行くつもりか?」
「そうダスな。こういうセクシービキニはセクシーなお姉さんがつけるから映えるんダス。幼児体型だと残念なだけダス」
「おい、メア。そんな格好してると風邪ひくぞ」
「……ぐにぃーっ!何を言ってるでしゅか!これは軽装にすることで重量の軽減、及び回避重視装備なんでしゅ!というか今、幼児体型って言いましゅたか?ムカつくでしゅ!ボスの前に銃の試し撃ちに合いたいんでしゅか?」
「わ、悪い。そこまで気にしているとは思わなかったんだ、な?」
「そ、そうダスよ!ワスたちが悪かったダス!」
「ムキー!悪いって何が悪いんでしゅか!あっちきの胸でしゅか?胸がないのは罪なんでしゅか?今、カミジリたちは多くの女性を敵に回しましゅたよ!」
もう、どう言えば良いのやら。いっそ黙っているのが正解なんじゃないのか。
「では!しょろしょろ行って参りましゅ!フン!」
メアは荷物を持ち直して、さっさと出発してしまう。
「……お、おい待てよ。一人で勝手に行くなって」
「大丈夫でしゅ!あんなの一人でやっつけてあげましゅよ!幼児体型だろうと胸が小さかろうと、やればできるってところを見ていやがれでしゅ!」
あっかんべーと舌を見せながら、メアは走っていってしまう。
「バカなこと言ってんな!僕たちも行こう!パシー行けるか?」
「腕が迷惑かけているんだもの。私も行くよ!」
探索組を集めて出発する。パシーを足にメンバーが荷車に乗り込んだ。これから始まる最終決戦。僕たちも事前と緊張感に包まれていく。
ズガガガガーッ!パンパンパンッ!僕たちがダンジョン最奥の水部屋まで着いたころにはメアはすでに戦闘を開始していた。
「こ、これは……」
荷車を引く先頭のパシーは唖然していた。驚くのも無理はない。
巨大な銃を構えたメアは覗き穴へ乱射し、黒い槍の攻撃には小型銃で応戦する。黒い槍の攻撃は激しく思うように覗き穴への攻撃ができていないように見えた。
スパンスパンっ!メアに襲い掛かろうとした黒い槍を僕は遠距離から撃ち抜いた。
「僕らも加勢するぞ!」
「あっちきは一人でも戦えると言ってるでしゅ!余計なことするなでしゅ!」
「デカいこと言ってる割には押されてるんじゃねぇのか?カミジリ、俺たちにも何か手伝えることはあるか?」
と、千手屋の腕たちもぞろぞろと荷車から降りてくる。
「黒い槍はあの覗き窓から出てくる。そこに狙いを定めてメアのサポートを」
「よっしゃ。俺っちはこう見えてもエルフの弓道者と言われ崇められる夢を見た男なんだぜ。いくぞ!」
ダァーン!千手屋の腕が銃を撃つ。弾は何にもかすりもしないで飛んでいった。
「さぁ肩慣らしも終わりだ。次は当てるぜ!」
ダァーン!次弾も外れる。
「そもそも弓道者って関係ないだろ。ったく俺がいなけりゃダメだなお前は。俺が銃身を支えてやるから撃ってみろ」
「ワスがいることもお忘れなく。照準を合わせてやるダスよ」
腕たちは銃を支える足を作り、狙いを安定させる。ギャメダスの指示に従って撃つ。ダァーン!ずばっ!今度は見事に黒い槍の一本を撃ち抜いた。
「やった!ヒャホーイ!見たか?俺が撃ったんだぜ!」
「調子に乗るなダス。ワスたち全員のちからダスからな」
「よし!銃の足役と引き金役に別れて組みになれ!」
千手屋の腕たちのおかげで黒い槍の勢いは弱まっていく。
「助けなんかいらないって言ってるでしゅのに!」
メアが覗き窓への攻撃に集中し、反撃してきた黒い槍は千手屋の銃で蹴散らしていく。これでひとまず安心だろう。僕にはまだしなければいけないことがある。
「っておい、パシー!何やってるんだ。戻って来い!危ないぞ」
銃撃戦の最中、パシーは何を考えているのかフラフラとした足取りで覗き窓のところまで進んでいた。
「これが私の腕……?」
「パシー?なんでこんなところまで来てるでしゅか?パシー?」
メアも驚いていた。丸腰のパシーが来て良い場所ではない。僕たちは早く戻れと呼びかける。
「私の腕、助けなきゃ」
パシーの眼下に覗く黒き海。荒れた波が行き来する。パシーはより覗き窓まで近づき、そこから腕の成れの果てが眺めていた。そしてスッとパシーはその覗き窓の隙間から落ちた。雨の日、雨粒が雨雲の隙間から地表へスッと降る感じ。特に何も感じない、感じさせないくらい自然に。パシーは落ちた。誰も止めることなく、止められる隙も与えず。
「……。な、何をやってるんだ。何をやっているんだ!バカヤロー!」
僕たちは大急ぎで覗き窓へと駆け寄った。
「パシー!大丈夫かぁ!パシー!返事をしろー!」
覗き窓から見えるものは黒。パシーはすでに黒き波に飲まれていた。姿形が確認できなかった。
「なんてことだ。なんてことをしたんだ……」
「そこを退けでしゅ!」
メアは落胆する僕を退けて攻撃を再開した。
「何をするんだ!やめろ、やめろおおー!」
「もうパシーは助かりましぇん。助ける方法もありましぇん。ならば未練なく倒しましゅ!あっちきが倒してやるでしゅ!ギャメダス、あっちきの目となるでしゅ!パシーを探すでしゅ!」
「ワ、ワスがダスか?……わかったダス。ワスは仕事に私情を挟まんダス。見たままモノを見たままフレッシュなまま各ご家庭に届けるダス。カツモクせよ。これが我が報道魂ダス!」
僕はやめろと制止するが、聞き届けてはくれなかった。
「カミジリ。ワスは真実を見たいだけダス」
メアたちは攻撃手を止めない。なんでこんなことになったんだ。あっという間の出来事すぎて、状況の把握が追いついていない。心の中はなぜ?というワードで埋め尽くされていく。本当に何故あんなことをしたのか理解不能だった。
ギャメダスの実況は絶望的だった。すでにパシーの姿は見当たらなくなっていた。
「お、おい。なんでパシーは落ちてしまったんだよぉ」
「ウソだろう?今のはウソだ。ウソに決まっている。ウソだと言ってくれよ」
「ほら、心の目を半目にしてみろ。薄っすらとパシーがそこに立っているのが見える……気がするだろ?」
「やり直し!我輩はやり直しを求めます!」
疑問と拒絶の間をグルグル回る。僕も千手屋たちもパニックになっていた。
「おい、カミジリ!……カミジリ、しっかりせんか!」
「ぶわっあっ痛っ!」
ゴチーンを石頭に頭を殴られた。正しくは頭同士でゴッチンコ。さすがの石頭。魂が身体から一瞬ズレたような衝撃があった。
「うぇっ。あ、頭が割れ、ひまいそう。何するん、石頭」
頭がグワングワンと鳴り響き、呂律が回らなくなる。声がはっきりしない。
「しっかりせんか!お前がパニックになってどうするでぃ!どうすりゃパシーを助けられるんだ?お前だけが頼りなんでぃ!コンチクショーめ!」
頼りにされる前に頭突きでノックアウトしそうだったよ。はっきり言ってやりすぎだ。
「……それができるなら、迷わずやっている」
「もう無理なのか?パシーを助けることはできないのか?ここでパシーが死んでしまうのを黙って見ているしかないのか?あんなに真っ黒になっちまってよ!べらんめぇ!」
パシーはすでに接触接合で全身が黒く変色しているころだろう。無理な接合の代償。はたまた魂を抜かれたせいか。それとも未知のウィルスた接着剤が原因か。全てが不明のままだ。なぜ黒く変色するのか?接触接合すれば全てが黒く染めなければいけないのか?
「……そういえば、パシーやネコルカが村にいたときに黒く変色していたか?」
「何でぃ?急に。どっちも黒くなかったじゃねぇか。カミジリだって見たんだろ?」
「巨大ネズミですら接合した周囲には黒い変色が見られた。ならパシーの身体は何故黒く変色してないんだ?パシーとネコルカは川に流されてきたと言っていたが……まさか変色部分は水で洗い流せるのか?」
「待たんか。それなら腕のほうはどうなんでぃ。あの部屋にあったなら黒いのは洗い流されてなきゃいけないんじゃないのか?」
「あっ……。うぅ」
水部屋に流されてきたのはパシーとネコルカだけじゃない。腕も当然水部屋にあったから、あれだけ増殖したんだ。
「……しかし、パシーとネコルカの変色が消えていたのも事実でぃ。こちらの事実を優先的に考えりゃ、助かる可能性はまだ残ってるってことなんじゃないのか?」
僕は頷く。可能性は残っていたんだ。あとは見つけるだけだ。パシーが助かる方法を。
「逆に考えるんだ。なぜ両腕は水部屋での洗浄から逃げることが出来たのか?……水部屋が使われる理由はもちろん水責めによる拷問。つまり中には人間がいたんじゃないかな。例えば飲み込んだりして。そうすれば洗い流されることはない。どうだ?」
「俺には正直わからん……だが、カミジリがそれに賭けるのなら、俺も乗るぜぃ!」
このままでは確実にパシーはモンスタードールと一緒に撃たれてしまう。可能性が残っているなら、その方法を僕は選ぶ。僕は走った。水部屋の水門を開くために。
「おい。俺も連れて行けぃ。きっと役に立つぜ」
僕は石頭を担いで、水門を開く装置のところまで行く。そこには人間サイズの梯子があった。僕はそこをよじ登って行く。そういえば、一度目来たときにちゃんと調べていなかったな。
「カミジリ!そんなところで何やってるでしゅか!」
メアの声が聞こえた。黒い槍の攻撃を避わしつつ、僕たちに気付くとは。
「今から水部屋の水門を開く!皆は逃げてくれ!」
「何を勝手なことを言っているでしゅか!どれだけ危険か言いまちたよね?パシー一人のために皆を危険に晒すつもりでしゅか!やめなちゃい!すぐそこから降りてきなちゃい!」
「意志と石。どちらも固いこの石頭。砕けるもんなら砕いてみやがれってんだ!」
人の背中で偉そうに啖呵を切る石頭。
「ならお言葉に甘えて、撃ち落してあげましゅ。あっちきの指示に従わない罰でしゅから覚悟しなちゃい」
ズキュゥーン!まさかの発砲!弾丸は僕たち目掛けて一直線に飛んでくる。このままでは当たってしまう!
「カミジリ、ビビるんじゃねぇ!絶対に梯子から手を離すなよ!」
カァイン!
「……ウ、ウソでしゅよね?弾丸を頭で弾くなんて。でしゅ」
人形サイズの銃とて、それなりには殺傷能力はある。それをまさか頭で跳ね返すとは。正直恐れ入った。こいつの石頭は本物だ。
「本当に最悪でしゅね。どいつもこいつも勝手なことばかり。皆、退却準備でしゅ!黒い槍を警戒しつつ後退しましゅよ!」
メアの退却命令によって、皆はダンジョンのほうへと後退していった。
「あっちきにはもう止められましぇん。カミジリ!全責任を取りなしゃいよね!」
「ワスはここに残るダス!全てを見るダ……アダス!」
「ダメでしゅ。全員退却でしゅ!」
ギャメダスも捕まり退却していった。メアたちの無事を確認し、僕たちも急ぐことにした。石頭のおかげで腹も充分くくった。もし自分一人だったらどう判断していただろうか。ここまで出来る自信を持てただろうか。いや、無理だったはずだ。きっと何も思い付くこともなく、メアに任せっきりだったに違いない。こうして自ら行動できているのは石頭のおかげだ。
石頭はすでに僕の役に立っている。こんなこと口では言わないけど。
「はぁ……はひぃ……や、やっと着いた。げほへはっ!」
「だらしねぇな!この程度で弱音を吐くんじゃねぇ」
「ひぃひぃ。ずっと背負われてた……くせによ。げほげほ」
長い長い人間サイズの梯子を登りきり、ようやく到着した。水部屋の二階となる部分。水責め中に部屋から溢れ出る水に触れないために作られた足場であり、ここから水門の開け閉めができるレバーも見える。
僕が一階部分に目をやると覗き窓から数本の黒い槍が索敵及び警戒している様子が見える。メアたちはすでにここから脱出した後だ。あちらはそのままにしておいて大丈夫だろう。
「チュチューイチュイチュイチュー!」
やはりすんなりとは行かせてもらえないようだ。二階部分に巨大ネズミの群れが目を光らせていた。あれだけ一階でドンパチやっている最中に出てこなかったのはビビって隠れていたせいなのか、ここを守護するためなのか。とにかくここを通りたくばネズミたちの相手をしなければならないようだ。いかにも最後に用意された乗り越えるべき障害。
「ようやく俺の出番が来たってとこか。生涯で一度は言ってみたい言葉がある……ここは俺が食い止める!お前は構わず先に行け!うおおおぉーっ!うどんはコシが命!くらってみやがれってんだ!」
石頭は縦にギュルギュル回転し、ネズミたちに突進していった。ネズミたちはひどく驚いて逃げ始めた。突然始まった石頭のおいかけっこ。先制攻撃としては上々だった。
「石頭。ありがとう。お前の好きだったうどんをお供えするからな」
「まだ死んでねぇよ!いいから早く行け!無駄口叩いてるんじゃねぇ!」
「よしっ」
両頬をパチンと叩いて僕は気合を入れた。レバーのあるところまではまだ登らなければいけない。レバー装置側面に隣接する落下防止の鉄柵からよじ登って、レバーに直接飛び移ればいけるだろう。ここまで来れば楽勝だ。
「けたけたけたけたっ」
「……な、なんだあれは?」
レバーが見えるところまで鉄柵を登った。しかしレバーには黒いクマのぬいぐるみが磔に縛り付けられていた。頭を上下に小刻みに動かし笑っていた。なぜこんなところに?
「黒いクマのぬいぐるみか。まさか接触接合するタイプなのか?」
ぬいぐるみは答えず、頭を揺するだけだった。レバーのどの部分を掴もうとも、確実にあのクマのぬいぐるみに触れることになる。すなわち接触接合は避けて通れない。
「不気味だな。もしかして僕を試しているのか?接触接合は洗い流せる。最後の最後で自らそれを信じられるかを」
当然信じるなら接触しても洗浄すれば良い。だけど少しでも不安が残るのなら接触することはできない。僕は跳躍のために身構え、そして迷いなく飛んだ。今更後戻りできるはずもないだろう。
「上等だ!僕がそれをこの身を持って証明してみせる!絶対にパシーを助けるんだ!」
僕がレバーに飛び移れば、ギャギャギュゴゴゴーっと長年使われていなかった水門はすんなりと開いていく。水が強く流れる轟音で、水部屋全体に微振動が伝わってくる。
「ぐぅ!」
僕はレバーに縛り付けられたクマのぬいぐるみを睨み付ける。あいかわらず、ぬいぐるみは笑っているだけ。ぬいぐるみに触れた部分がずんずん黒く変色し、感覚を失わせていく。早く水の中に飛び込まなければいけない。
だがそれは容易に達成できそうもない。縛り付けられたぬいぐるみにグルグル撒き付く縄。まずこいつを解いてやらないと動くこともできない。かなりのスピードで変色していく。全身動けなくなるのも時間の問題だ。ぬいぐるみとここで一緒に縛られたままになれば目も当てられない。
「ふんぬぅー!ぬふぅー!」
接触してすでに動かなくなっている両腕は使えない。僕は歯で噛み切ろうにも固くてなかなか手が折れる。
「ぐがぎゃー!」
ブチーン!ようやく噛み切れた縄。支えのなくなった僕とぬいぐるみは落下する。だがこれがいけなかった。落下した衝撃で接触面が増す。僕はぬいぐるみに抱きつくように密着してしまった。
「ぐあっ」
密着した部分から黒く変色して犯されていく。身体の自由が利かない。僕の身体なのに僕じゃなくなる感覚。苦しいというよりくすぐったい。チリチリチリと皮膚を突付くように進行していく病。だがそれは非常に恐ろしい病。どんどん動けなくなっていく。
「ぐあああぁ……も、もうダメか」
こんなに早く意識が薄れてくるとは思ってなかった。微かに残る意識はすでに走馬灯を映し始めていた。生まれてから少しの間だったけど、楽しかったよ。現実感が失われていく。走馬灯なんか見ていられるほど暇ではないのに。
「チュー!チュチュチュッチュー!チュバッハ!」
今の今まで石頭に追われていたネズミたちが僕つまづいて転びやがった。
「ぐぇあ!」
「ヂューヂュヂュー!ヂュバッヒャ!ヒャ!」
ドドドドドーッ!先頭が転べば連鎖的に後続も、もれなく僕たちにつまづいていく。
「ぐぇ!ぐあ!ぐあっはああああっ!」
キレイにネズミ全員を転ばせてしまった。転んだネズミが上に積み上げられて僕はその下敷きだ。
「うどんに乗せるかき揚げにしてやろうじゃねぇか!ハッハー!」
最後に最悪なのが来た。ギュルギュルと音を立ててこっちに突っ込んでくるのは石頭。ここがチャンスとばかりに勢いも速度も上げる。ネズミを一掃できると思っているのだろうが、その下敷きに僕がいることを気付いているのか?
ドギャーン!やっぱり気付いていなかった。見事ドストライクで全てのピンを蹴散らす石頭ボウリング。そのピンの中には当然僕も含まれる。
「ぐあああああぁぁぁー……っ」
僕たちは次々と一階へ突き落とされてしまった。そのころにはちょうど一階の水かさも増し、覗き窓から水が溢れ、プールのようになっている。
ドボツドボツドボツ!ネズミたちと僕はそのプールに落とされていく。水中に没したのは初めてで、当然泳ぎ方も浮き方すら僕は知らない。そのまま沈んでいくしかなかった。どのみち接触接合によって身体は動かなかった。コポコポコポと沈む僕から離れて浮いていく水の泡たち。そんな泡たちを下から眺めながら僕の残りわずかな意識も薄れていった。皆は無事なんだろうか。自分のことより皆の無事のほうが心配だった。
「ふぃ~。ネズミ共め。手こずらせやがって。さてあとはカミジリのヤロウが上手く行けば……って!カミジリどこ行ったんでぃ?カミジリー!」
二階にいる石頭の呼び声が聞こえたころには意識を完全に失っていた。
……。
「ワンワン。そこ行くカミジリさん。お腰に付けたお団子を私にくださいな」
「……な、何をしてるんだ?パシー」
パシーは犬耳や尻尾を付けた格好でそんなことを言う。周りは山々が連なり、のんびりした雰囲気の旅路があった。どうやら僕は旅の途中でこのパシーと出会ってしまったようだ。
「何でも良いから、そのお団子ください。そうすれば、私はカミジリさんの家来になりますよ」
「うーん」
よくわからないが、言うとおりにしてみた。
「ありがとうワン。付いていきますワン」
しばらくパシーと二人で歩いていると今度はお尻が真っ赤なおサルメアが現れた。
「ウキキでしゅ。そこ行くカミジリさん。お腰に付けたお団子をあっちきに寄越せでしゅ。そうすれば家来になってやっても良いでしゅよ?」
変な流れになってきたなと思いつつ、ここも素直に渡してやる。
「ありがとウキキでしゅ。仕方ないから付いて行ってやるでしゅ」
この流れで行けば次は……。
「そこ行くカミジリさん。お団子くださいませんか?」
キジとなった長老が現れた。バサバサと羽を使って浮遊している。なるほど手足がなくても翼があればどこへでも行けそうだ。
「はい。これで僕の家来になってくれるんだね」
「あら?お話が早いですね。ではカミジリさん。私たちと共に鬼が島へ向かいましょう」
「あい、わかった!」
まぁなんとなくは状況を察していた。そういう流れになることは。さて辿り着いたのは旅籠屋「鬼が島」。旅籠とは昔の宿屋のことだ。
「ささっカミジリさん。旅の疲れを癒してくださいまし」
僕は三匹の家来たちに宿屋へと連れ込まれてしまう。
「へ?なんだなんだ?鬼がいる鬼が島に行くんじゃなかったのか?」
この話はそういう流れだったろうに。
「それはそれ、これはこれでしゅ。今はこの家来たちがたっぷりとカミジリさんを気持ち良くしてやるでしゅ」
「何の話だ?」
「わかってるでしょうに。お団子のお礼ですよ。カミジリさんは力を抜いてリラックスしていてください。私たちが全部してあげますからね」
「アーッ」
……僕はとても幸せな夢心地に包まれていた。
「ブハッ!」
僕は身体中に溜まっていた空気を一気に外へ吐き出す。心臓をバクバクと鳴らしながら身体を起き上がらせる。
「な、なんだ。夢だったか……ホッ」
残念なような夢の続きが見たいような説明しがたい複雑なため息が出た。それよりひどい昔話だった気がする。
「か、カミジリさん?カミジリさんが起きた!カミジリさんがようやく起きたよぉ!」
大きな声で叫ぶのはパシー。僕はベッドに寝かされていて、そのすぐ側にパシーが看ていてくれたようだ。今は目を真っ赤にして僕の目覚めを喜んでくれている。
「カミジリさん!良かった!目を覚ましてくれて!」
パシーの喜ぶ笑顔が見れて、こちらこそ安心できた。どうやら上手くいったみたいだ。僕もパシーも接触接合から助かったんだ。だからこうして笑顔を合わせることができた。そうに違いない。
「けたけたけたけたっ」
「……って、うわああああぁー!ク、クマのぬいぐるみ!」
そう。僕が最後に接触したあの真っ黒なクマのぬいぐるみが頭を上下に揺らして笑いながらパシーの背後に立っていたのだ!
「黒いままだ!接触接合してしまうぞ!逃げろー!」
「あっ大丈夫だよ。この子はツキノワグマのぬいぐるみだから元々黒いんだって」
「あ、そうなの」
なんだ。焦ってしまった。それなら安心、なのか?
「けたけたけたけたっ」
「え?カミジリさんは僕を助けてくれた恩人だから、家来にしてくださいって?」
「も、もう家来はいいよ!」
夢の続きはもう良い。それに何故パシーがクマの言葉がわかるのかも、さておき。
「上手くいったんだな?パシー」
「うんっ」
もう一度確認する。それが確信に変わるころに何かが溢れ出てきそうになるのを必死で堪える。ちょうど他のメンバーも僕の目覚めを聞いてベッド周りに集まってきた。皆が元気そうで何よりだ。
「やっと起きやがったでしゅか。心配かけるなでしゅ」
メアも無事でよかった。
「カミジリ。腹減ってるんじゃねぇか?うどん食いな」
「今度からあっしはカミジリさんを二人目の親分と呼ばせてください!もちろん一人目は石頭さんですが!」
石頭や千手たちも無事でよかった。
「って、こらぁ!石頭!あのとき僕を突き落としただろ!ほら水門解放後に。僕はネズミの下敷きになっていたんだぞ!気付かなかったのか?」
「それなら大丈夫でぃ。俺は気にしてないからな!さ、うどん食って落ち着けってんだ」
「そうじゃなくてだな……ぐぎゅるるるぅ~」
……うどんの香りを嗅いで素直に反応する僕のお腹。なんだか怒る気もすっかり殺がれてしまった。
「お腹の虫が活発なほど元気が戻ってきたみたいで良かったです」
と長老がくすくすと笑う。デブサイクもなんだか気持ち悪いくらいにニヤーっと微笑んでいた。
「では食べながらで良いので聞いてください。ことの顛末を。まず皆は無事です。そこのホバクマとカミジリさんは接合していましたが、どうにかクリエたちの手でキレイに切り離すことができました」
「ホバクマ?」
誰だそれは?
「そこでけたけたと笑っているクマのぬいぐるみですよ。聞くところによると長年縛り付けられたままだったとか」
捕縛とクマでホバクマ。あいかわらず、ネーミングセンスの無さが光る長老だった。
「接合してるところは黒く変色していたか?」
「いいえ。なぜそんなことを聞くんですか?」
「いや、それなら良いんだ」
接触接合における黒い変色部分はやはり水で洗浄できるみたいだ。結局何で出来ているのか不明のままだが、対処方法が一つ増えたのは良いことだ。
「カミジリ。安心するのはまだ早いでしゅよ。これが原因で別の問題を引き起こす可能性はあるんでしゅからね」
「わかってるよ」
例えば川下にはドールクリエの町がある。間違って人形たちがその水に触れても大丈夫なのか。洗浄したからといって安心はできないだろう。水の中で接触接合する成分が潜伏する可能性だって捨てきれないのだから。今更そんなことを言っても仕方ないのだが。今後の経過について注意深く観察するしかないな、責任を持って。
「ところでパシーは大丈夫だったのか?」
「んーそのことについてなのですが」
「何か問題でも?」
見たところ、パシーには傷一つないように見える。しかし即答しない長老に疑問を感じた。
「傷があるとかそういうわけじゃないのです。安心してください。とても良い知らせなのです。
なんとパシーの両腕が見つかりました。こちらもキレイなままで微弱ながら魂は宿っていました。クリエたちによると接合しても大丈夫だそうです。再び動かせるようになりますよ」
「おほっそうなのか!良かったじゃないか、パシー!」
やはりあの水部屋にはパシーの両腕が残っていたんだ。無事に見つかって何よりだ。これで欠陥人形は卒業になるわけだ。それなのにどうも浮かない表情のパシーだった。
「私はこのままが良い。欠陥人形のまま、ここで暮らしていきたい」
「またそんなワガママを……」
「うん。自分でもワガママだってことわかってるよ。だから一生懸命考えたんだけど、聞いてくれますか?」
「ん?なに?」
急に敬語へ変わった。それほど大事な話なんだろう。こちらも姿勢を正し、パシーの言葉を傾聴した。
「カミジリさんが危険を冒してまで取り返してくれたこの両腕。接合せずにいれば、いずれ魂も薄まって、接合できなくなります。かと言って私はここを、この村を離れたくはない。なら解決策は一つしかないんです」
「解決策があるなら、言ってくれ。僕にできることがあるなら協力するから」
パシーはまっすぐに僕を見つめてくる。緊張感がこちらにも伝わってくる。一体どんな解決策を提示してくるんだろう。ドキドキしてくる。
「か、カミジリさん。私とセットドールになってください。お願いします」
パシーは言葉の勢いと共に頭を下げる。
「……僕とセットドールになれば、パシーは両腕を接合するし、ここにも残れるということ?」
「……はい。ダメですか?」
「ちなみにセットドールになるってどういうことなんだ?」
「ずっと一緒ということです。セットですからどちらが欠けてもいけないんです」
「それってつまり……んへっ?」
「はい。私はカミジリさんが好きです。ずっと一緒にいたいです」
「ええええぇーっ!」
「あわわわっや、やっぱりダメですか?」
パシーが泣きそうな表情になる。急にそんなこと言われたのでひどく動揺してしまった。
「え?えっと、僕で良いの?」
「私のために危険を冒してまで助けてくれた人を好きにならないわけがないじゃないですか。石頭から聞きました。何でも伝説のうどん龍ウドンラゴンを召喚してモンスタードールと激しいバトルを繰り広げられたとか」
「……話を盛るなーっ!」
石頭のカッコ良く盛ってやったぜ!って顔。非常に腹立たしい。だいたいなんだ?うどん龍って。
「いや、実はかくかくしかじかで……」
僕は盛り話を訂正する。
「なんにせよ、私のためにそうしてくれたんですよね?」
「そうなるのかな」
周りの視線が痛い。ものすごい期待感が僕を重圧してくる。次の一言をじっと待つ数秒の時間が重い。重すぎる。
「あー、えー……い、良いんじゃ、ないかな。僕たちセットドールになっても」
わぁーっと沸く周囲。重かった空間が一気に花開く。あちこちからおめでとうの声で包まれる。正直にいえば、こういう雰囲気は恥ずかしくなるから苦手だ。
「あのカミジリさん。ふつつか者ですが、これからもずっとよろしくお願いしますね!」
ほんのりと嬉し涙を覗かせるパシーの笑顔。これが見れたのだから恥ずかしさなんていくらでも我慢できる。
「こちらからもよろしく。パシー」
「……はい」
こうして僕たちはセットドールになることを誓い合った。祝福の宴はいつまでも続けられた。
「パシーまだか?」
今日も探索。下半身が見つかるまで続く僕たちの労働時間。その出発には必ず遅刻する、相も変らぬパシーだった。
「カミジリさん。髪にブラシしてよ」
「何言ってるんだよ。もう自分で出来るだろ?」
パシーにはもう両腕がある。だけど今もこうして僕に準備を手伝わせようとする。
「えへへっ。いつもいつまでもこうして甘えていたいの。だからお願い」
「……仕方ないな」
結局両腕があろうとなかろうと変わらない、いや劇的に変わっているのだろうけど、それを感じさせないパシーだった。いつも通りで安心する。
「準備できたな?よしっそれじゃあ、探索に出発だ」
「おー!」
僕たちは出発する。いろいろと足りない部分があるけれど、皆で協力し合って少しずつ完成に近づいて行けたら良い。
終わり