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条例都市 The usual  作者: 三衣 千月
条例 第二条『バトンタッチ』
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第一話

 この街には他の街にはない一つの条例がある。

 それ以外は何の変哲も無い普通の街だ。


 ただ、この街にいる限りその条例でさえ"普通"の内なので、個人的にはもう当たり前のモノとして認識している。


 ―――それでも、たまに条例を煩わしく思う時だってある。




   ○   ○   ○




「ほら、痛み止め」


 涙目になりながら倒れている友人に、薬と水を手渡す。気休め程度にしかならないと思うが無いよりましだろう。

 毎回、こうやってうちに来てはソファを占領して呻き声をあげる友に対して、たまに軽い殺意さえ覚えるのはもうしょうがないことだ。


 本当に、本当にいつものことなのだ。今回もどうせ、薬でなんとかなる類の痛みではないだろう。


「うぅ……サンキュ」


「で?」


 こちらからの問いかけに対して、疑問と苦悶が混ざった表情を向ける友人。ソファに横たわったまま、顔だけがこちらを向いた。質問の意図が読めない。とでも言いたげな顔だ。

 いや、分かるだろ。分かりすぎるほどに。何をどうすれば、そこまで満身創痍になれるのかと聞いているのだ。

 今回は一体なにが原因なのだろう。いい加減懲りないのか。いや、懲りないから毎度毎度こうやってうちのソファを占領するんだろうな。


「今日はどこが痛いんだ?」


「……うぅ、お腹」


 確かに、腹を押さえてうちのソファを占領するあたりからしてそれはそうなのだろう。ソファの端から少し足がはみ出している。まったく、一人用のソファに寝転がるな。

 大体、お気に入りなんだぞそのソファは。毎回、指定席かの如く占領しやがって。しかし、そうやって怒りの心持ちをあらわにするよりもまず確認しておきたいことがある。


「腹、だけじゃないだろ」


「い、いや、別に?」


 子どもの言い訳でももう少しマシな顔を取り繕うぞ。その頬の汗は痛みによる冷や汗だけじゃないだろう。わざとらしく視線を逸らすな。

 こちらと目をあわせないようにする友人に無言のプレッシャーを容赦なくぶつける。嘘に決まっているのだ。


 しばらく沈黙が流れたが、果てに友人の方が根負けした。誤魔化せたとしても、どうせ後で確実にばれるんだから下手に隠さなくてもよいものを。


「……なんで分かるんだよ」


 痛みでの苦しそうな顔も相まって、随分情けない顔に見える。自白まで数十秒。なかなか今回は粘ったな。分からない方がおかしいだろ、まったく。


 わざとらしく大きくため息をついて、ソファからはみ出して投げ出されている友人の右足を叩く。


「お前……っ!?」


 声にならない声を上げ、友人が悶絶した。

 おお、思ってたよりリアクションが大きい。そんなに強く叩いたつもりは無かったのだが。それを見て、少し心が重苦しくなる。


 友人の痛みに関しては自業自得と言うやつだ。自分で引き起こしたのだろうから。同情の余地は皆無に等しい。否、皆無以外ありえない。


「このっ……鬼ぃッ!!」


 心からの一言なのだろう。本当に憎々しげに聞こえる。これはこれで何か目覚めてはいけないモノに目覚めそうだ。

 いや、それは人として間違っていると思う。そして後の事を考えれば合理性にも欠ける。


「自分の蒔いた種だろう。考えなしに動くからだ」


「だって……」


「言い訳をするな」


 ぴしゃり。

 鋭く言い放つと共に再度、足めがけて平手を放つ。しまった、ついやってしまった。

 断末魔の叫び声が聞こえた。さすがに酷かったか。反省しつつ、その報いはしっかりと受ける覚悟をしておこう。


 彼はこちらに背を向けてうずくまっている。完全防御体勢だ。無理もない。


「すまん、やりすぎた。

 それで?何人分だ」


「ご……五人」


 何だって?五人、五人と言ったか?

 待て待て。


「お前……」


 予想以上だ。悪い方向に予想を越えてきた。

 足を引いて部屋に入ってきたから腹以外にも痛いんだろうとは見ていたが、多くても三人がいいところだろうとは思っていた。

 ここまでくると手の施しようがない。昔の人はよく言ったものだ。


「馬鹿につける薬はないッ!!」


 前々から思っていたが、彼はもう少し考えて行動すべきだと思う。この街では、本職の人間でさえ日に五人も関わる日は少ないだろう。

 俺はただの友人Aであって、一般人だ。決して訓練された人間ではないのだぞ。


「いや、その、ちゃんと事情が……」


「一応、聞こう」


 きっとろくな事情じゃない。だが、弁明の権利は与えてもよいだろう。こちらの怪訝な表情がダイレクトに顔にでていたのか、友人は慌てて説明を始めた。もっとも、隠すつもりもさらさらなかったが。




   ○   ○   ○




 聞くところによると友人は事故に出会わせたらしい。そしてその後、日本のサラリーマン精神に感動したと言う。出来れば日本語での明確な説明を要求したい。何だそりゃ。

 次いで自転車同士の衝突事故に遭い、さらには宿命の対決に力を貸したんだとか。もう、なんの事だかさっぱり分からない。


「で、事故ったサラリーマンで一人。

 自転車事故で双方の二人分。

 宿命の対決の手助けで一人。

 自分を合わせて……五人分か」


「な?大変だったんだから。本当」


「お前はアレか。不幸とお友達なのか?普通じゃないだろう」


 頭が痛くなってくる。 どうしたものか。

 思わず蹴り飛ばしてやりたくなるが、後で自分に返ってくるので堪えて話を進めることにした。


「確か、元々の話ではお前の分だけだったよな」


「そう。競技会が明日だから。絶対に今年は通りたいんだ」


「そこに異論はない。せっかくのチャンスなんだ。

 骨折くらいでふいにしたくはないだろうしな」


 友人はスポーツで食っていく人種の人間である。俗に言うアスリートだ。しかし運悪く大切なコンペの前に右手を骨折してしまったのだ。


「他の四人分の症状は?」


「右足と肩は多分折れてて、腰の辺りも強く打ってる。

 後は、39℃くらいの熱がある」


「本来は右手の骨折だけだったはずなんだがなあ」


「すまん」


「ちゃんと明日には取りに来いよ」


 明日一日だけなら、まだ何とか耐えられる。ような気もする。

 このお人よしめ。余計な痛みまで持ってきやがって。

 それを請け負う自分自身もずいぶんとお人好しだ。


「分かってる。恩に着るよ」


「派手に着込めよ。分厚い恩だぞ。

 あぁ、痛いんだろうなぁ。嫌だなあ。

 くそぅ。覚悟はしたぞ。ほら、さっさと寄越せ」


 思いっきり顔をしかめながらも覚悟は出来た。

 こちらが差し出した手に、彼の手が触れる。


 次の瞬間。

 肩にずっしりとのしかかるようなだるさが襲ってきた。次いで眩暈に軽い手足の痺れ。この時点でかなり健常な肉体に赤信号だ。吐き気がないだけまだマシかも知れない。


「すまん。そこをどいてくれ」


 朦朧とし始めた意識を必死に保ち、ソファの所有権を主張する。立っていられない。

 さっと素早く友人が退いたことを確認して倒れこんだ。

 このまま意識が無くなればまだマシだったと思うのだが、さらなる痛みの波が押し寄せ、意識を無くすことを許さなかった。


 右手、右足に左肩。それに腰がじわっと熱くなったかと思うと、鋭く突き刺すような痛みが体を一気に駆け巡った。


「……っ!」

 

 今度は自分が悶絶した。

 全身の五感全て、痛み以外の感覚がないかのように錯覚してしまう。もう、どの部分が痛いのかすら分からないくらいだ。

 くぐもったような、骨の折れる音が数回聞こえた。




   ○   ○   ○




 しばらくすると、大きな波は去り、酷く鈍い痛みだけが体に残る状況となった。予想以上だ。予想以上に痛い。

 友人は機敏に動き回り、冷えたタオルやら腕、足への添え木やらといった治療を行ってくれていた。


 無理をすればなんとか動けるが、動きたくない。

 部屋の隅に川と花畑が見える気がするが気のせいだろうか。 


「だ、大丈夫か?」


 友人の声が遠い。目の前にいるのは分かっているのに。


「いや、死ぬ。かなり痛い……。

 お前、こんな状態でここまで来たのか」


「大変だったって言ったろう」


 それにしたってこの痛みに耐えながら動くのは無理がある。さすがアスリートだと思っておこう。一般人とは感覚が違うのかも知れない。

 それを踏まえた上で、友人に言わなければならないことがある。


「……全部いっぺんに渡すな。

 お前、俺を殺す気なのか?恨み満載か?」


「あ、すまん。や、恨みはないでもないけど」


 ぼやけた意識のまま見る彼の顔は、非常にすっきりしているように見える。ううむ、恨めしい。こちらに痛みが渡ったのだから当然と言えば当然だが。


「全部引き受けてやったんだから、明日は絶対に結果を出せよ」


 言葉を出す度、鈍い痛みが体中を巡る。正直、限界に近い。

 友人のように日頃から鍛えていない自分が、ここまで意識を保てるのは奇跡に近いのではないだろうか。いや、奇跡だろう。


「あぁ、約束する」


 そう言って、彼は明日のためにと部屋を後にした。


 ―――待て、せめて濡れタオルと氷枕の替えを用意して行ってくれ。


 そう口に出そうとしたが、体がそれを許してくれなかった。ここで意識が途絶えたからだ。




   ○   ○   ○




 結局、深夜に痛みと喉の渇きで目が覚めた。這うように動き回り自分で自分の看病を敢行する羽目になった。途中、氷をぶちまけてしまったり、何度も意識が飛んだりした。


 翌日、彼が戻ってくるまでかろうじて生きていられたので痛みを返却した。

 もっとも、熱だけは下がっていたので随分と楽だったが。


 毎度の事ながら、痛みを移すことの出来るこの街の条例と、やたら人のいい友人のおかげで随分苦労させられるものだと思う。


 この街には他の街にはない一つの条例がある。

 それ以外はなんの変哲も無い普通の街なのだ。


 ここは、痛みを譲渡できる街。


 他人の痛みが分かる街。


 後日、友人もしっかりと結果を出せたらしく何かの強化選手に選ばれたと言ってきた。各種骨折を再び預かる羽目になり、恨めしい思いをしたのはまた別の話である。




.end

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