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DOLL'S DOLE

作者: nakoso



 ロクを見つけたのは、廃棄物処理場だった。

 住居エリアの隅にある、ガラクタばかりの広場。

 処理場とは名ばかり、ガラクタ置き場だ。

 山積みにされた用済みの機械部品たちを物色するのが、最近の私の趣味。


 趣味の一環を始めようかという時に、どこから来たのかロクはうずくまっていた。

 羽を痛めた鳥を大事に抱えて。


「何してるの?」


 不思議と、不信感も警戒心も私の中には芽生えなかった。

 あり得ないと思っていた母性にでも目覚めたのか、少年の小さな体を前にして、優しく言葉をかける。


「…………」


 なのにロクは、こんないい女を前にしてシカトしやがったのだ。

 大きく、愁いを帯びたつぶらな瞳は、その腕の中でぐったりしたままの鳥を見つめていた。

 一見してわかる、飛べないでいるその鳥は、もう起き上がる事はない。


「その鳥、どこで見つけたの?」


「ここ。もうダメそうだから、俺が看取ってやる」


 声変わり前の言葉は凛と響いた。

 あちこちサビの浮いたパイプに腰掛ける彼のとなりに座り、私も一緒になって鳥を看取る事にした。

 ……それが、彼との出会いだった。



 ある日、ロクから訊かれた事がある。


「ナナ。どうして俺にロクなんて名前をつけたんだよ?」


 彼を見つけて連れ帰り、名前を付けたのはこの私だ。

 ガラクタ探りの趣味に目覚め、処理場に足を運んだ六回目の昼――そこで彼を見つけたから、という理由で。

 正直にそう言ったら、ロクは露骨にふてくされた。


「何よ」


「ナナって、ネーミングセンスに欠ける」


 このガキ……


「悪かったわね。じゃ、どんな名前が良かったのよ?」


「…………」


「そぅら見なさい! あんたのネーミングセンスとやらもそんなもんなのよ」


「大人気ないよ」


「はんっ! まだ16だから大人気なくて結構よ!」


 とまぁ、私とロクの会話といえば常にこんな感じだ。


 ロクは冷静で、私は躍起になって彼に反抗する。

 傍から見たら、私たちの年齢は逆に感じられる事だろう。

 ロクの年齢は定かじゃないけど、多分12〜13くらい。

 身長140センチほどの細身。私より10センチ近く違う。年齢相応にふっくらした頬。

 目元は出会った頃から変わらず、常に憂いを映し出す。


 ロクには、記憶がなかった。

 自分の名も、親も、歴史も、どうして廃棄処理場にいたのかも、彼は知らない。

 だから私は彼に名を与え、親になり、これからの歴史を一緒に作ろうと決心したのだ。




 ロクが来てから一年が経った。


 私はロクに、世界を教えた。

 この世界はとうに崩壊している事。

 崩壊をもたらしたのは、アンドロイド製造会社アンクタイムズの社長と、人形(ドールズ)と呼ばれるアンドロイドたちである事。

 アンクタイムズは人間の生活を助ける目的でアンドロイドを製造していた会社で、

 限りなく人間に近い造り、機能の良さや手頃な値段での提供、と評価は高かった。


 しかしある日突然、アンドロイドたちが一斉に主人(買主)を襲い始めたのだ。

 一体のアンドロイドが見境なく辺りの人間を引き裂き、狂ったように殺人・破壊を繰り返す。

 被害は瞬く間に拡がり、とうとう世界規模となってしまった。


 アンドロイドによる大殺戮――人口は一気に減った。


 だがしかし、人間とは強いものだ。

 生き残った人間たちは地下に自らの街を作り、息を潜めて大殺戮を避けている。


 ちなみに、私たちの街で正式登録されている人口は200。

 こういった街は他にもあるらしいけども、私は行った事がない。聞いた事があるくらいだ。

 だから、確かな事はわからない。

 もしかしたら生き残っているのは、もう私たちだけなのかもしれない。



 そういった説明は、すでにロクにしてある。

 にもかかわらず、あのガキ。私に何も言わずに廃棄物処理場に行きやがった。

 人の話を素直に聞いている風でその実、あくまでマイペースに行動する憎らしい性格。


 最近、廃棄物処理場近辺で仲間が殺されたばかりなのだ。

 切り裂かれた四肢、切り離された頭部が何対も無造作に転がっている様を見て、発見した仲間が何人か失神したらしい。


 もちろん、やったのはアンドロイド――人形(ドールズ)だ。

 ヤツらしかそんな芸当は成せない。にもかかわらず、その犯人である人形(ドールズ)は見つかっていない。

 そんな所に、無防備なロクは一人で行ってしまった。


 ……ったく、何考えてるんだか!


 私は護身用に持っているマグナムを握り締め、廃棄物処理場に走った。

 途中で何人かの仲間が何事かと私を振り返ったが、そんなの意に介さずに突っ走った。最悪の予想と焦燥が私の足を速めた。


 走って走って走って走って。


「――ロク!?」


 処理場に飛び込むと声を大にして呼びかけた。

 ――ガシャンッ!!

 ガラクタ山の裏側から音がした――すぐに駆け込む。


「ナナ!」


 間に合った――ロクを認め、安堵する間もなかった。その背後に銀色の長髪を振り乱した女が、今まさにロクに襲いかかろうとする――!

 ためらっている場合ではない。女の額を狙ってトリガーを引く。


 一発で命中!


 額に弾痕が開き衝撃で仰け反った女は後方に吹き飛んだ。

 ガラクタ山の一角をわずかに削って動かなくなった女から、ロクに視線を振る。


「あんた何してんのよ!!」


 彼の口が開く前に一喝した。


「どうして一人で来たの! ここは危険だから近づくなと言ったでしょっ…って…それは?」


 私の心配とそれに比例した怒りは、それはそれは深いものだったけれど、それ以上に気になるものがロクのとなりにいた。

 ロクの動きがやたらと緩慢に感じたのは、彼がもう一人の肩を担いでいたからだった。

 ……誰?


「ここにいた」


 年の頃はロクと同じくらいか、10ばかり。

 顎のラインで切りそろえられた髪はボサボサだ。衣服はところどころ切れていて、露出する肌も汚れている。

 少女のようだ。


「その子と……逢引してたの?」


「突拍子もない勘違いすんなよ」


 整った眉と瞳を怒らせ、ふてくされた。


「呼ばれた気がしたんだ。遠くから。みんなは気がついてないみたいだったけど。だから来た」


 なんて掻い摘んだ説明。私の理解が及ぶべくもない。


「わけわかんないんだけど。とにかく、その子は廃棄物処理場にいたわけね」


「そう」


 あっさりと肯定したロクをすり抜けた私は、仰臥(ぎょうが)した人形へ歩み寄った。

 額の弾痕から紅い体液を流し、まさしくネジの切れたそいつは一見しただけだと人間と寸分違わぬ外見だ。

 艶やかな銀髪。

 二重くっきりで顎、鼻梁ともにそろった美貌。

 スタイル抜群のボディライン……人形製作者の趣味か、これは?


「――ロク」


「ん?」


 少女は私が抱える事にした帰り道、ロクにマグナムを手渡した。


「これから何が起こるかわからないから、持っておきなさい」


 いくら人形とはいえ、動く人型のものを撃つのは気分が良くない。できれば、ロクには使ってほしくないと願った。


 少女の名はラティアといった。

 身長はロクと同じくらいで、年は11歳。

 このくらいの歳の子なら誰もが持っている、ふっくらした頬はほっそりしていた。

 きっと、栄養をしっかりと摂れていなかったのだろう。その体は、触れてしまったらたやすく折れてしまうくらい、細かった。


 自分を拾ってもらったという恩義からか、単に年が近いからか、ラティアはやたらとロクになついた。

 ロクも彼女を拾った責任からか、単に気に入ったからか、ラティアとよく一緒にいた。

 そして結果的に、私が世話をする人間は二人に増えたわけだ。


 ラティアが加わってから、初めて私はロクの笑顔を見た。

 仏頂面をさらにしかめさせた表情しか知らない私は、彼の変化に安堵していた。

 明朗快活をそのまま姿にしたような、ラティアはそんな少女だった。


 彼女はなんと、別の住居エリアから来たらしい。

 これは私やロクだけでなく、他の仲間たちにも大きな発見となった。


 だが。

 何故彼女がこのエリアにやって来たのか?――この疑問への解答を、彼女は持っていなかった。


 どうやってこのエリアに入って来れたのか、

 そしてどうしてこのエリアに入って来たのか。

 結局、答えは見つからなかった。





 ……とうとう、この日がやって来てしまった。

 人形(ドールズ)がこの住居エリアに総攻撃を仕掛けて来たのだ。

 人間たちの決死の反撃を嘲笑いながら、たった3体の人形(ドールズ)は彼らを惨殺し続けた。


 半日でエリアは壊滅。


 むせ返るような死臭で充満する街を、私はさまよった――いや、目的地は決まっている。


 石レンガ製の建物がひしめき合い、石畳でしっかりと舗装されていた道はあちこち穴が開き、石畳はささくれ立っていた。

 累々と横たわる肢体。物言わぬ死体たちは恨めしそうに私を見上げる。

 老若男女など問わぬ彼らを見ても、もはや私の心は何も発しようとしない。

 心の中は、空っぽだった。


 一軒の建物の前で足が止まった。

 そこは私とロク、そしてラティアが住んでいた建物だ。

 以前はそこそこ住みやすい所だったのに、今や外壁は崩され、扉かも窓かも区別が付かない。

 それでも何とか踏ん張っている建物に私は踏み込む。


 鼓膜が記憶している、ロクとラティアの笑い声が耳の奥で響いた。


 居間に入ると、まるで強盗にでも入られたような様相を呈していた。

 台所に整理されていたはずのフライパンや包丁が散らかり放題、食器の類も割れて床に散乱していた。

 一本だけ足が折られ傾いだテーブルをどかせ、その下に床と一体化した地下室用のドアを引き開く。


 軋む蝶番。

 中からランプのやわらかい、オレンジ色の光が零れた。


「ロク?」


 頼りない光と一緒に、誰かのすすり泣く声が聞こえた。私はドアを持ち上げ、下に続くはしごを降りた。


 泣いていたのは、ロクだった。


 さほど大きくもない避難用の地下室――その真ん中で彼はうずくまっていた。

 彼の前に、上半身と下半身を切り裂かれたラティアが横たわっている。


 ふと。

 初めてロクと会った日の事を思い出した。

 既視感にも似た感覚を覚えながら、私は彼のとなりに座った。


「…えっ……っ…ナナぁ」


 涙で目を腫らせたロクが私の腰にすがる。

 彼の頭に手を置こうとして、私はその腕を止めた。


「ひどいよ…! どうしてこんな事するんだよ! 人形(ドールズ)はどうしてこんな…!」

「ロク」

「ねぇ、ナナ! 答えて! どうして!?」


 体験した事のない深い悲しみに我を忘れ、ひたすら泣きじゃくるロク。


「ごめんね、ロク」

「ナナは悪くない! ナナは悪くない!」

「いいえ。たぶん、私が一番悪いのよ」

「ナナは悪くない!!」

「ロク――ラティアを殺したのは、私なの」

「……何言って…?」

「見て」


 顔を上げたロクに、私の両腕を見せた。ランプの光が血染めの両腕を照らす。ロクの瞳が大きくなった。


「この血、ラティアのだけじゃないわ。住民の大半を殺したのも私」


 血に染まっているのは両腕だけではない。

 私は全身、返り血でいっぱいのはずだ。

 自慢の長い赤毛も、血を吸って重くなっている。


「……え?」


 眼間の事実を信じられないでいる少年に、私はありのままを話した。


人形(ドールズ)がこのエリアを襲って来る事になったのも、

 このエリアを壊滅に追いやられる事になったのも、

 全部私が仕組んだ事なの。

 私もまた、人形(ドールズ)なのよ」


「…ありえない……」


 ロクの体が細かく震え始めた。


「これは全部本当の事。私はアンクタイムズのスパイ。アンクタイムズに造られたアンドロイド。ラティアを殺したのも…」

「うそだっ!!」


 泣き叫んだロクに私は突き飛ばされた。


「うそだうそだうそだうそだうそだっ!!」


 腹の上に馬乗りになって私の額にマグナムを突き付ける。


「本当だって言ってるでしょ。その証拠に」


 そう言って、私は服の前を引き裂いた。

 露わになる胸――左胸に刻まれた『AT-317』という数字。


「私の製造番号よ。ナナっていう名前は、最後の数字からとったの」


 ロクが唇を噛んだ。震える手でマグナムのトリガーに指をかける。


「前にロクが言ったように、私ってネーミングセンスに欠けるのかもね。

 でもロクっていう名前は、気に入ってたのよ」


 ロクの顔は、激しい痛みに堪えるように歪んでいた。


「……どうして裏切った?」


 かすれた声で尋ねる。


「私に刷り込まれたプログラムだもの。私たちは、主に従うように造られてるのよ」


「どうしてラティアを殺した!?」


「そうすれば、きっとロクは怒るでしょう? ラティアの事、好きだったんでしょう?」



 ――ああ、そうだった。



 私は、ラティアに嫉妬してたんだ。



 廃棄物処理場でロクを見つけて、それからロクの世話をして。



 ロクを見つけた時に感じた、あり得ないと思っていた母性に目覚めた感覚――それが心地良かった。


 なのにラティアが現れて、私がどうやっても手に入れられなかった彼の笑顔を、いとも簡単に奪った。


 そうだったんだ。


 嫉妬から、私はラティアを殺したんだ。



「本当の母親だと思ってたのに!」


 ロクの指に力が入る。


 私はロクが好きだ。


 親子愛ではない。男と女として。


 私はアンドロイド。


 人間ではない。主に忠実な、飼い犬。


 愛している人になら殺されてもいい――これが、私が初めて主に背く言葉。

 たった一つのわがまま。



 ああ。誰か教えてください。





 私は、どこで間違ってしまったのでしょう?








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