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おっさんはダンジョンマスターになって青春を取り戻せるのか  作者: 烏龍お茶
1章 おっさんがダンジョンマスターになるまで
8/81

逃げても崖っぷち

 うずくまるように両膝を地面に付け、手は頭を抱えている。体はブルブルと震え続け、視線は西の空から剥がす事が出来なかった。

 ・・・

 ・・

 ・

 気が付けばあたりは薄暗くなっていた。体の痛みも引いて震えも何とか収まってきた。視線おろすと散乱した衣類が見える。こわばる体をなんとか動かし荷物を拾い上げた。


 コボルトは血の匂いをクンクン嗅いでいた。持ち歩かない方がいいのだろうか。リュックから残った衣類を取り出しながら、なかを見る。


「水筒と、コップと……あぁ、あと指輪か……」


 リュックの内ポケットから指輪をとりだし、ズボンのポケットにしまった。水筒の紐にコップの取っ手を通し、肩に掛ける。大きな穴の開いたリュックを散乱した衣類と一緒に藪の中に放り投げた。


 少し落ち着いてくると、この場から離れたいという気持ちが湧き上がってくる。陽が落ちきる前に移動しよう。コボルトの残した槍を拾い上げ、東に向かって走り出した。

 

 走っているうちに、太陽は地平線の向こうに沈んでしまった。だが変わりに、満点の星空と月明かりが足元を照らしてくれた。川沿いの足場の良い所を選んでスピードを落とさず、走り続ける。


 おそらく、この平原はドラゴンの縄張りなのだろう。そんな気がする。夜が安全なのかどうか分からないが、暗い中を逃げる方が上からも見つけにくいはずだ。ゴブリンと遭遇したのは夜ばかりだったが、それでもドラゴンとゴブリンどちらを選ぶかといえば決まっている。


 周囲の気配を探りつつ、ひたすら進んでいく。水の流れが速い川に入ってからはスライムを観ていないし、新たにゴブリンやコボルトの気配を感じる事もなく、東の空が白くなるまで走り続ける。


 太陽が昇りきらないうちに、身を隠す場所を探し終えた。


 頭の上は木の枝で覆われ、左右も大きな岩で囲まれている。正面からも注意深く見ないと、そこに空間が在るようには見えない。


 ここならドラゴンが上空を通り過ぎたとしても、見つかる事はないだろう。疲れた体を労りながら、ゆっくりと腰を下す。


 この二日の間、起きている時はほぼ走り続けていた。自分の体力にびっくりしながらも、この二日の間に何も食べていないのに気付いた。目まぐるしく動きまわり、感情が揺さぶられ空腹すらも忘れていたようだ。


 寝床を確保した安心感もあったのだろう、気付いてしまうと自分の体ながら現金なもので、急にお腹がぐぅっとなった。


 川の中の魚の気配は移動しながらでもずっと感じていた。重い腰をあげ、西の空をチラチラ見ながらも川岸へ移動する。


 目の前の水草の影に、魚が潜んでいるのはわかっている。力むことなく槍を前に突き出す。槍は簡単に魚の急所に刺さり、苦労することなく食料を手に入れる事ができた。


 枯れ枝や草を拾い集め、さっきの寝床に戻った。湖のときと同じように石を焼いて調理する。煙は上の枝がフィルターになっていて、外に出て確認してもほとんど分らなかった。久しぶりの食事に満足して、いつしかそのまま眠っていた。

 ・・・・

 ・・・

 ・・

 ・

 あわてて目を覚ます。真っ暗な中、周囲を見回す。入口上の枝の隙間から星空が見えた。もう夜になっていたようだ、久々にゆっくり休めた。大きく体を伸ばしながら、起き上がる。


 今日も星空と、月明かりを頼りに進んでいく。川幅は拡がってきている。周りの木も少しずつ多くなり、林のようになっている。何度か大きな根に躓いてしまった。足元をしっかり確認しながら、ペースを少し落としてじっくりと進む。


 何事もなく順調にすすみ、東の空が白んで来た。昨日のように、身を隠せる場所を探しだす。木が多くなってきていたので、昨日よりすんなり見つけることができた。


 軽く寝床をつくりってから川に向かった。魚が何処に潜んでいるか解るとはいえ、すんなり捕まえれるようになった。魚を焼いて味わって寝床に入った。



 この日は、まだ明るいうちに目が覚めた。川を下りだしてからは魔物の気配を感じていないので、日が傾くまでのんびりと過ごす。しっかりと日が暮れてから出発した。


 木の密度がよりいっそう濃くなり、森のようになってきた。高い木が立ち並び真っ暗な影が伸びる。さすがにもう走れそうにない、注意しながら歩を進める。


 今日も随分進んだ、と思っていると微かな振動を感じ取った。何事かと疑問に思いながら改めて周囲に気を巡らせ進んでいく。振動はやがて地響きとなり、夜が明ける頃には轟音となっていた。


 不意に視界が開けた。少し先の地面がなくなっている。


 崖に出たのだ。川の水が空に吸い込まれるように落ちていき、下から腹の底に響くような水の音が聞こえてきた。


 恐々(こわごわ)と下を覗きこむ。高さは100メートル以上はあるだろうか、背筋が凍る。すぐ横には轟轟とした滝が遥か下の地面にまでのびている。左右には切り立った崖がずっと向こうまで続いていた。


 正面に目を移してみると、視線と同じ高さに空があり所々に雲がひろがっていた。


 その雲の合間から見える下界の様子は、雄大な森が崖下から遥か彼方かなたの山裾まで拡がっている。視線をさらに奥にむけると、今まで目標としていた山々がその荘厳な姿をあらわにした。今まで見てきたのはたかだか上半分だけだったのだ、あまりの大きさに言葉を失う。


 森の中にはこの滝から続く、1本の大きな川が流れていた。その大きな川は森のあいだを縫うように進んだ後、おもむろに右に折れ曲がり山の間から流れ来る細い川と合流し、川幅をますます拡げながら南の方に向かって伸びている。

 ・・・

 ・・

 ・

 あまりにも雄大な景色に思わず、圧倒され、混乱し、ほうけていたようだ。


 気付かないうちに流れて出ていた涙を拭い、もう一度、左右の崖を見渡す。急な崖であるが、何とか降りれそうな場所もありそうだが……少し、戻った場所で寝床を探す事にした。


 川沿いの少し窪んだ場所に巨大な木が生えていた。直径2メートルはありそうな根元が二股に分かれている。そこに大きな岩がもたれ掛る様になっている。


 木と岩の間に入りこむ。周りにおおきな隙間はない。今まで一番良い感じである。


 早速、川に向かい魚を取って腹ごしらえも済ます。もう水は煮沸していない。ここ数日、直接飲んでいるが腹を壊すことはなかった。


 月や星の明かりがあるといえ、暗い夜に崖を降りるのは無理だろう。疲れを取り、朝から崖をくだるために丸一日じっくりと休憩する事にした。

 

 のんびり過ごしながら、道具の確認をする。もうすでにリュックはなく、あるのはライターと水筒、コップと指輪だけである。着替えも捨ててしまった。着た切りの天然ウールのセーターは薄汚れ、毛玉だらけになっている。


 体はじっとりと汗ばみ、気持ち悪くなっている。髪はゴワゴワで髭もうっとおしいぐらいに伸び放題だ。


 お風呂に入りたい。とりあえず、水浴びでもしてこよう。朝の冷たい川の水を浴びながら、汚れと疲れを落としてすっきりした。


 太陽が頭の上にまで移動し日差しがきつくなってきても、ゴロゴロしながらいろんなことを考えていた。


 崖下の遥か遠くまで広がる森、どこまでも流れていく大河、圧倒的な高さを持つ聳える山々、あの景色に圧倒され……そして混乱した。


 そう、あの景色の中には人の痕跡(・・・・)が見えなかったのだ。ここまで進んできたというのに、必死に逃げてきたというのに…。あの崖を下りてどこに行こうというのか……。そんな虚無感に包まれながら、不意に手にした指輪をながめる。


 買った時はもっときれいなピンク色だったはず、色が落ちてきているのか。




 安物をつかまされたかなと思いながら、指輪を握りしめ夢の世界に落ちていく。

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