防具選び
太陽が未だ中天にあるといってもよい時間帯、四人の冒険者がDA9の南門を潜り抜けると、足取りも確かに町の北西部にあるフェイ・ユンという男が仕切る店に向かって進んでいく。
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「いらっしゃいませ、アール様。本日はどういったご用件でしょうか?」
「いつものように素材を買い取ってほしい」
私がフェイ・ユンにそう言うとノーグが背負っていた荷物を降ろし、ジェイクといっしょに回収してきた素材を店の買い取り台の上に並べていく。最近はチョコ・ティと一緒に冒険者ギルドで依頼達成の処理をしている間に、ジェイクとノーグに素材の売却を任せていたので手慣れたものだ。
ここからは、二人に任せた方がいいか…。
そう思いながらジェイクがオークの魔石を取り出しているのをボンヤリと眺めているが、買い取り台の上に並べられていく素材の数に少し驚く。想像していたよりも多い。
昼からの狩りを途中で終えて帰ってきたたのだが、確かに午前中も効率よく戦えたし、昼からも短時間でオークの集団二つ分を殲滅した事を考えると妥当な数量になるのか…これだけでも結構な稼ぎになりそうだ。
そんな事を考えていたら、突然ジェイクが声をかけてきた。
「アールさん、ちょっと質問があるんだけど」
「なんだ?」
「アールさんはなんでオークの討伐依頼をうけないんだ?」
「ん!? 必要性を感じないからだ。ギルドでの依頼と店での買い取り金額が変わらないなら、わざわざギルドで討伐以来を受ける必要はないだろ」
「でも、せっかくオークまで倒してるのに依頼を受けてないから“徳”はもらえてないんだろ?」
「………」
「普通は俺たちの分の“徳”も奪われるぐらいなんだから、俺が口を挟んじゃいけないのかとも思ったんだけど……アールさんぐらいだよ。“徳”の事をあんまり考えてないのって」
いや、考えて無い訳じゃない。現にチョコ・ティの検査をする為の“徳”を貯めようと頑張っているのだ。…まぁ実際は、現状は上手く行ってるので、この流れを壊したくないってのが本当のところかもしれない。
それに、街での生活が上手く回りだしたのはフェイ・ユンが剥ぎ取り素材を買い取ってくれるようになってからで、そこには手を加えたくないってのも大きい。
私がそんな事を考えながら沈黙を保っていると、横からフェイ・ユンが話しかけてきた。
「アールさま、もしも手前どもの事をお考えでしたら、遠慮は無用でございます。はい」
「…問題ないのか?」
「最近はお願いしていた部位の方も納入して頂いておりますし、こちらとしては全く問題はございません。
それより、アールさまから持ち込まれるオークの魔石が多すぎて、ギルドから魔石を買い取る量が少なくなっている事の方が問題かもしれません、はい。
冒険者ギルドと私どもも、やはり持ちつ持たれつの関係。ギルドとの良好な関係を築いておくことは、私どもとしても大切な事です」
確かにうちのパーティーは大口の取引先ではあるだろうが、それでもフェイ・ユンの店の取引量を考えると全体の一割にも満たないはず。
つまり今の申し出は、ある程度の利益を捨ててまで便宜を図ってくれるって事であり、そうまでして囲っておきたいってことになる。
最近では鎧の話題も出ないし『なぜにそこまで』と、ちょっと怖い気もするが…すべてが嘘って事もないのだろう。ギルドとの関係を良好な状態で保っておきたいってのも本音ではあるはずだ。
…ここはせっかくの申し出だし、甘えさせてもらおうか。
「フェイ・ユンにそう言って貰えるなら、次回からはオークの魔石はギルドの依頼の方に回させてもらってもいいか?」
フェイ・ユンが頷くのを確認したあと言葉を続けた。
「その代わりって訳じゃないけど、この素材の査定がおわったら、以前に売ってもらったのと同じポーションを三つ買わせてもらおうかな」
フェイ・ユンが「かしこまりました。はい」と言って店の奥にはいっていくと、申し訳なさそうな表情を浮かべたジェイクが小声で話しかけてきた。
「アールさんごめん。俺があんなところで“徳”の事を口をだしたから……もしかして、不味い事になった?」
「いや、問題ない。どちらかと言うとこっちも遠慮していたところだから、良い方に話は進んだ感じかな……だから、そんなに気にするな」
とはいえ今度、フェイ・ユンの頼み事はなるべく聞いてやるようにしてないとな。
後半の言葉を飲み込むと、ジェイクが少し安心したような表情を浮かべた。
「それに、今は同じパーティーメンバーなんだから、気になる事はチョコ・ティに話すように俺にも相談してくれていいんだぞ」
「うん、わかった」
「まあ、そうは言っても冷静にな。さっき、ジェイクとチョコ・ティの話し声が耳に入ってきたんだが…」
「えっ!?」
「すこし熱くなり過ぎだ。確かに今日のチョコ・ティのミスは少し前の三人なら全滅してもおかしくないミスだ、怒るのも無理ない。
でも今のジェイクの実力なら、ノーグみたいにじっくりと対処すれば、ケガをすることなく切り抜けることもできた、とも思う」
「……」
私の言葉を聞いたジェイクは一瞬、悔しそうな表情を浮かべたあとうつむき顔を伏せてしまった。視界の端では急に自分の名前がでたからだろうか、ノーグがちょっと驚いた表情を浮かべている。
「ジェイク。誤解しないでくれよ、ケガをしたことを責めてるんじゃないからな。ジェイクはもう、お姉ちゃんのミスをフォローするぐらいの実力があるって話をしてるんだ」
私はそう言ったあと、まだうつむいたままのジェイクの肩に手を置き笑みを浮かべ声のトーンを上げつつ残りの二人にも聞こえるであろうボリュームで言葉を続ける。
「ジェイクは今のパーティーが無くなる事を心配してるみたいだけど、こちらとしては三人を手放すつもりはさらさらないから焦るな」
さらに近付き今度は声のトーンを落とす。
「それに、チョコ・ティの状況も理解してやれ。ジェイクたちの状況は今までの会話の断片から大体の所は分かってるつもりだ。その中でチョコ・ティはチョコ・ティでパーティーリーダーとして、ずっと一人で気を張っていたんだとおもうぞ。
そこに俺という新しいパーティーリーダーが現れたんだ。もしかしたら、無意識のうちにそんな存在に頼ってしまったとしても、そこまで責められるような事じゃないだろ。
とは言え、今のままの状況が良い訳じゃないし、あとで俺からも話をしておくから」
「…うん、分かった! アールさん」
ジェイクは私の言葉に安心したのか、素直な表情を浮かべながらそう答えてくれた。
「まあ、俺としても可愛い娘に頼られるのは悪い気はしないしね。もしかしたら、俺のカッコいい姿にチョコ・ティが見とれていたんじゃないか?なんて思ってるんだけどな」
最後はすこし軽い口調で話を閉める。
「えー⁉ そんなわけ無いじゃん、アールさん」
ジェイクもそんな私の最後の言葉に軽口を返し、同意を求めるようにチョコ・ティの方に視線を向けた。
だがチョコ・ティはジェイクの視線に気付くと顔を真っ赤にしつつ、そのあとに続いた私の視線に気づくと……顔を伏せてしまった。
ジェイクはそんなチョコ・ティの表情を捉え、どう反応したら良いか分からない。そんな表情を浮かべた。
私も顔を伏せる前に一瞬見せた、チョコ・ティの落ち込んだような表情に失敗したことを悟った。
チョコ・ティは私が考えていた以上に今日のミスの事を深刻な事態として捉えていたのかも知れないな。それなのに相手の事を思いやってあげれなかった…ちょっと浮かれていたかもしれない。軽い調子で距離を詰めようとしてしまった自分の事が恥ずかしくなるわ。
そんな事を考え、後悔しつつフェイ・ユンの店を後にした。
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防具屋に着くとのこの店の主が笑顔を浮かべて出迎えてくれた。
実はこれまで何度か防具を買おうとは思っていたのだが、なかなかタイミングが合わず、初日に防具の値段を確認して以来今までこの店には来ていなかった訳だが……やはり、以前とは全く対応が違う。
店の主にして見れば以前は、見た目不審者が近寄ってきたのだ。当然の対応だったのだろうし何気ない行動だったのだろうから覚えてないのだろうけど……苦笑いを押さえる。
まあ、今回は断られることもないだろう。まずは一番高価な商品を見せて貰おうと思う。
「そこにあるフルプレート鎧を見せて欲しい」
ここまで結構な金額を稼いできたので資金は十分に足りる。資金があるなら、やはりその街で一番高価な鎧を買わなくちゃね。とか思っていたのだが結果、ここにあるフルプレート鎧は全く必要が無い事が分かった。
防具屋の主が嬉しそうに出してきたフルプレート鎧を手に取り、部分的に装備もしてみたのだが、はっきり言って重すぎる。
確かに敵に攻撃された時に、その攻撃を無効化するという意味ではフルプレートメイルは理想的なのだろう…が、そもそも私の戦い方は攻撃されないってのを前提としている。ここまで重いと鎧自体に私の動きを阻害されてしまう。
それでも、底上げされた今の自分の体力なら時間単位の戦闘継続能力ぐらいはある。だが、ダンジョンに戻るための数日にも渡る遠征に適しているかと考えると……。
ダンシングレードルが召喚してくれた鎧は軽いし動作アシスト機能もついてるし。うん、やっぱり規格外だった訳だ。
フルプレート鎧をキラキラした表情でのぞき込んでいたノーグに手渡しながら思う。
前の世界のイメージでお城に飾られていたような鎧なので、憧れていた部分もあったのだが、あれは飾られるべくして飾られていたのかもしれない。どちらかと言うと持ち主のステータスを誇るようなもので、実用性の低い鎧だったなのかもしれない。
しかもフルプレート鎧は完全受注生産で注文を受けてから鎧を作製するそうなのだ。展示品を身体に合すために手直しする期間ぐらいは見積もっていたのだが、生産には最低でも半年程度の期間が掛かるとか…。
私が制作期間を聞いて不満げな表情を浮かべたの気付いたからか、防具店の主がすぐに次の商品を引っ張りだしてきた。
「こちらのスケールメイルでしたらそれ程時間を掛けずに調整できます」
そう説明しながら出してきた次の鎧の小手を手に取り付けてみる。
なるほど、さっきのプレートメイルよりは軽い……が、それでも結構な重量がある。
「うろこ状の金属板は取り換え可能で、例えばこれを竜種の鱗に換える事が出来れば防御力や軽さのグレードも跳ね上がるのですが、そうなればオーダーメイドになりまして……」
防具屋の主人がそんな説明をしてくれているのを聞きながら可動部分を動かして、うろこ状に加工された鉄の板の擦れるのを見る。竜種の鱗ってのがどんな素材なのか分からないが、現状のままだと少し手入れを怠れば動くたびに音がなるんじゃないか?
ある程度の防御力があって調整できて拡張性が高いが、少々重量があって隠密性にはかけるって感じかな。
これ、私には向かないけど盾役のノーグなんかにはぴったりなのかも知れない。盾役であるならば、フルプレート鎧なんかも良いのかもしれないが冒険者だからな。戦闘継続時間の事もあるし、それにまだまだ体が大きくなる可能性もある。
先ほど渡したプレートメイルをジェイクと一緒になって見ているノーグにスケールメイルを渡すと、防具屋の主が次に持ってきた鎖帷子を手に取る。
鎖帷子を両手で抱えて重さを図ったり、どれくらいの音がするのかを吟味してみる。
うん、随分と軽くなったし音もそんなにしない。買うとしたらこれなんだろうが……いまいち決め手に掛けるな。
私のそんな表情を読み取ったのか、防具屋の主が店の奥から新たな鎖帷子を引っ張り出してきた。
「お客様。こちらなど、どうでしょう?」
先ほどの鎖帷子に比べると明らかに軽く、ひとつひとつの目も細かく滑らかになっている。
これいいな。
私の表情を見ながら防具屋の主が言葉をつづける。
「こちらはミスリルの糸が編み込まれた特性の鎖帷子となります。性能は普通の物とは比べ物にならないものとなりますが、その分お値段の方も、それなりにいたしまして……」
ミスリル!? ミスリルってだけでワクワクものなのにさらにその鎖帷子!! 私が学生時代に読んだ指輪のお話で主人公が着込んでいた装備にそんな名前の物があった。無言で防具屋の主に続きを促す。
「金貨で45枚になります」
金貨で45枚って……さっきの鎖帷子5倍以上の値段! 今の所持金ならなんとか買えない事は無い……それに命を守る装備の値段と考えれば納得できる物が欲しいってのはあるが、ここで全財産の八割を超える金額を使うってのも考え物。
そんな風に悩んでいると、私が値段を聞いてもから商品から手を離さないのを見た防具屋の主が値段を下げてきた。
「が、実はこちらの商品、注文を頂いて仕入れたのは良いのですが売れる見込みがなくなりましてね。お客さまなら、そうですね……金貨40枚でお譲りさせていただきますよ」
うーん、まだ高い。高いんだが、なるほど。高額商品を在庫で抱えているって訳か。
新たな値段提示のあと、私はミスリルの鎖帷子を手放すでなく、防具屋の主に返事をするでなく、商品の細部のチェックをしながら考える。
DA9だけにでも数件の防具屋があるんだ。この世界の一般常識には疎いが、ここの商売がそれほど特殊な業務形態でないなら、前の世界の商売とはそんなに違いは無いはずだ。
普通は高額な不良在庫は抱えたくないだろうから、売れる時に売り払いたいだろう。それがあるからこそ、向こうはこちらが値切る前に値段を下げてきたんだろう……が、それでも防具屋はまだ十分な利益を確保しているはずだ。原価率とかを考えたら、まだまだ値切れるんじゃないのか?
ミスリルの鎖帷子を両手で抱え込んだまま、防具屋の主の顔をじっと見る。
「金貨35枚で……」
「仕入れ値は金貨28枚とみて、30枚で」
間を空けず私が値切ると、防具屋の主は視線を宙に彷徨わせたあと微妙な表情浮かべた。
結構いい線を突けたんじゃないだろうか、防具屋の主が口を開く前に畳み掛ける。
「チョコ、何を買うかきめた?」
「そんなん急に言われても……高い買いもんやし。そんな簡単にはよーきめられんへんよ」
「防具屋さんがこっちで値引いてくれた分、一人あたり…えーっと、金貨3枚を予算に組み込んだとしたらどんな感じ?」
「それやったら、みんな納得いくもの買えるけど…アールさん、ほんまにそんなんしてもうて良いの?」
「さっきも言ったけど、これからも一緒にパーティー組んで戦っていくんだ。メンバーが防具を買うのにリーダーとして補助するのはむしろ辺り前の事だろ。
それにチョコ・ティたちだけで戦っていた時よりも敵も強くなってるしね。なるべく早く防御力をあげといた方が良いとは思っていたんだ。
せっかく防具屋さんも協力してくれるって言ってるし、良い機会。遠慮しなくて良いよ」
そう言いながら防具屋の主の顔を覗きこむと、少し呆れながらも納得してくれたようだ。
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その後、防具屋の主はギルドカードをチェックすると早速に、とアールの身体のサイズを図り直ぐにミスリルの鎖帷子の仕立て直しに取りかかった。
その間にジェイクは動きやすそうな革鎧を選び、ノーグは盾役として防御力が高そうなリングメイルを選んだ。
チョコ・ティは弓を撃つのに邪魔にならないような、急所だけを守るセパレートタイプの革のプロテクターのような防具を選び、それぞれが採寸などを済ませていった。
……余談だが今回、アールが買ったミスリルの鎖帷子のこの防具屋の仕入れ値は金貨27枚だった。その為、この店の主は絶妙な根切を見せたアールに、ある意味感心した所もあってこの値段での売却を決意したのだ。
一見これは、利益率を五割から十割と読んだアールの考え方が”的を得ていた”ように見えるが、実際には、この世界での重要なファクターである”輸送”という概念が抜けているため、実情とは大きくかけ離れている。
前の世界であれば物を運ぶのにかかる費用は”人件費”に”燃料代”、”輸送車両の償却費”に”保険代等の諸経費”となるのだが、こちらの世界では長距離輸送において、商品が無事に届くという保証はないのだ。
その為、重要な顧客からの失敗のできない商品の取り引きとなると、予め複数の商品を別のルートで運搬し取り引きが出来なくなるリスクを極力小さくするのが一般的な考え方となっていた。
今回の場合、この防具屋は三つの鎖帷子を仕入れ別々のルートで商品の運搬をさせていたのだが、幸運なことに三つ全てが手元に届いた為に図らずも商品がダブついてしまったのである。
注文をした客には元々の販売価格、金貨100枚で一着。予備にと金貨50枚でもう一着。合計二着を金貨150枚で既に販売しおえていたという背景がある。
だからこそ、防具屋は今回は単純に仕入れ値に五割強の利益を載せて最初の値段を提示したのであった。
アールも冒険者ギルドの依頼で"商隊の護衛"なんてのがあるので、商品の輸送にはそれなりのコストが係るという事は何となくではあるが認識していたが”コストを掛けないと商品は届かない”という事実にまでは考えが至っていない。
この事で後に手痛いミスをおかし、その結果、あるアイディアをまとめていく事になるのだがそれはまだ先の話になる。




