ギルドと教会のお徳な話
もう太陽は沈み、すぐにでも真っ暗になろうという時間。深淵の第9都市にある時間利用が出来る宿からアールと、まだ年若い娘チョコ・ティが腕を組んで出てきた。
アールは受付から保証金の銅貨5枚を返され、汚れる事実が何もなかったと突き付けられたような気がして、悲しい思いをしながら宿をでた。
だが、宿を出て直ぐに腕を組んできたチョコ・ティの胸の感触に被害妄想を霧散させ、その感触を楽しんでいる。
・・・
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「アールさんはどこに泊まってるん?」
腕を組んで横を歩くチョコ・ティが、私の顔を覗き込むように話しかけてきた。
「西門への通り沿いにある、マイルズって親父がやってる宿屋に部屋を借りてる」
「大通りに近い1階が酒場になってるとこ?」
「そうそう、そこ」
「あそこに部屋を借りてるんや。やっぱりアールさんは凄いんやね。うちらには保証金どころか一泊の代金すら厳しいわ」
ついこの間まで宿泊代金もかつかつで、保証金を払ったのも一昨日なんだがそんな話をする必要もないか。
「チョコはどこに泊まってるんだ?」
「うちが泊まってるんは、貧民街にある安いとこ」
「あの辺りは危なくないの?」
「おんなじ宿にいるお姉さんたちに可愛がってもろてるから、結構安全なん。それより、もうそろそろお別れやね」
西門に通じる通りに出て歩きながら、チョコ・ティが最後はつぶやくようにそう言った。
「そうは言ってもこの辺りは危ないしもう暗くなる。宿屋までは送っていくよ」
「アールさん、ええのん?」
「可愛い娘を送っていくのに理由なんか必要はない。それともチョコはもう別れたかった?」
「ううん、嬉しいん」
チョコ・ティはそう言うと私にぴったりとくっついて来た。
チョコの胸だけじゃない体全体の柔らかさと、その体の芯から伝わる火照りを腕に感じる。伝わってくるその熱量に意識が集中し気持ちが昂る……その興奮をなんとか冷まそうと、別れ際に薬とお金をどうやって渡そうかと考え、思考を逸らす。
「チョコ。宿でも言ったけど薬は持っていって。それと銀貨5枚の代金は払うから、安心して」
「お金もらえるんは助かるけど、うち何もしてへんよ……」
「チョコはずっと一緒に過ごしてくれただろ。俺はその時間を買ったんだよ」
「どっちか言うたら、うちがずっとアールさんに抱きしめて貰ってたん。せやのになんか悪いわ」
「チョコは、検査して問題なければ今日の続きをしてくれるんだろ」
「それはそうやけど……」
「じゃあ、その代金を先払いで渡しておくって感じかな」
「うん………アールさん、本当にありがとうな」
・・
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いつもの宿に戻り、主のマイルズに夕飯のあとすぐに風呂にはいれるように頼む。私の声を聞いて何か不思議な表情を浮かべていたマイルズだが、今なら空いてると教えてくれた。
用意されていた夕食を手早く食べて、すぐに風呂場に向かう。ここの風呂場はあまり大きくないので、公衆浴場のように大勢で入るのではなくひとり用であった……。
DA9の11日目も昨日に引き続き肌寒い朝だった。
昨日、風呂に入ってすぐ寝た私は、久々に熱を放出したからか心地よい倦怠感に包まれたまま、まだ暗いうちに目が覚めた。
ちょっと早いけど準備しようか。耳を澄ませて下の様子を探ってみると、下の階ではすでに朝食の準備を始めているようだ。ギルドは日が昇ればすぐに開くらしいので、約束した面会時間より先に行って“徳”の事を確認して置くのも悪くない。
それでも少し早いかなと降りていくが、大部屋に泊まっている宿泊客だろか、もうすでに結構な人数がいる。それどころか既に食べ終えた者もいるようで、行商人のような身なりの男がまだ暗い街の中に消えて行った。見回してみると見習い冒険者風の者たちも、急ぐように朝飯を食べていた。いつもは明るくなってから降りて来ていたのだが、こんな時間でも結構忙しそうだ。
そんな事をぼうっと考え座っていると、宿の女将のケイトが不思議そうな顔をしながら近付いて来た。
「お客さん、朝食は泊りの客にしか出してないんだ。悪いんだけど出直してくれるかい?」
「!?」
いつもと違う時間帯に来たからだろうか。せっかく会話を交わすようになって、馴染みの客になれたのかなと思っていたのに……寂しさを覚えながら、部屋の鍵を取り出し
「二〇三号室のアールです。ちょっと早いんですけど朝食をお願いできますか?」
女将のケイトが鍵と私の顔を交互に見比べながら、
「あんた、アールさんなのかい? ほんとだ、髪は短くなってるし髭はなくなってる……いったいどうしたんだい!? なんかあったのなら私でよければ相談にのるよ」
そんなケイトの声を聞きつけたのか、マイルズも近付いて来た。
「なっ、ケイト言った通りだろ。昨日この格好で帰ってきたと思ったら、すぐに風呂に入って寝ちまったんだ」
そう言うと宿屋の主のマイルズはケイトから私の方に向き直ると、ぐいっと顔を寄せながら話しかけてきた。
「あんた、何かあったのなら俺らでよければ話してみな。力になれるかは分らんが、これでも街での顔は広い方だ」
「……」
心配そうな表情を浮かべ私を見ている二人に、とりあえず何も問題は起きていない事。あまりに過酷な状況に、身嗜みの事すら気に掛けられない日々を過ごして来た。と、虚実を交えて説明する。
すると、二人は同情するような視線を私に向け「そうかい、あんたも大変だったんだねぇ」とか「初めて見た時から只者じゃないと思ってたが……」と。
視線が痛い。ぶっちゃけ理由なんて私がズボラだっただけなんだが……なんか、悪い事をしてる気分になる。いや嘘ついてるから悪い事してるのか。でも話せない事ってあると思うんですよ。
昨日注文した白パンを味わうことなく朝飯を食べ終えると「今日の夜と明日の朝も同じもので」とケイトに頼み、追加分の代金を机に置く。そしてなんとなく逃げるように、白み始めた空の下に伸びる冒険者ギルドへの道を進んでいく。
こんなに早い時間に来たのは初めてだが、それでも冒険者ギルドには結構な数の冒険者の姿があった。何と無く物珍しい感じがして、依頼書が張られている掲示板を眺める。
おっ、今まで見たことが無かったホーンラビットやゴブリン、オークなんかの採取依頼がまだ残っている。この時間に来ないと……と、思っていたら角ウサギの採取依頼が無くなった。ゴブリンのも時間をおかずに無くなった。オークの依頼書はまだ残っているが、牙と睾丸のセットでの依頼になっている。
オークなら態々こんな以来を受けなくても、フェイ・ユンが依頼書と同額で買い取ってくれると言うので問題はない。
受付カウンターをみると、いつも相手をしてくれる受付嬢のジャッジアが忙しそうに冒険者たちの応対をしていた。そうはいっても、さすがにこの時間だからだろうか隣の席の前には冒険者の姿は無い。
ジャッジアとはまた後で話が出来る。確かユリアンだったか、30代ぐらいで甘めの顔にちょっと冷たい感じの笑みを浮かべた男。この男に対しては、嫌な印象しか持っていないが“徳”の説明を聞くだけならこの男の職員でも何の問題ない、むしろ好都合かもしれないと、男の前の受付カウンターに立つ。
「いらっしゃいませ、お客様。本日はどういったご用件でお越しでしょうか?」
「“徳”について聞きたいんだけど?」
「漠然とした質問で御座いますね。もう少し用件を絞って頂けませんでしょうか?」
確かに質問の仕方が悪いな。だが、だれも後ろに並んでいない事を振り向いて確認し、
「思い違いをしているような事が有るかもしれない。だから、何も知らない奴に一から教えるような感じで頼める?」
ギルド職員の男も、私の後ろには誰もいないのを確認しながら答える。
「左様で御座いますね。今ならまだ時間もあるようですし、誰にでも勘違いは起こり得ます。では“徳”についてご説明させていただきます」
ひとつ咳払いを入れると「そもそも、ギルドと言うのは――――――――……」から話し出した。
ユリアンの話を要約すると、ギルドとは自然発生的に作られた組織なんかではなく“徳”を管理する為の組織だという事だった。
神の教え“神の眷属たる人よ、加護を与える、奇跡を与える、故に繁栄せよ”を体現させる場所。 そして神の教えに沿う者に“徳”を与え“神の慈悲”にすがり奇跡を願う権利をあたえる場所。それが各ギルドの存在理由なのだという。
とは言え実際には“神の慈悲”に縋るなんて恐れ多い事で、もし仮に願うとすれば相当量の“徳”が必要で、それこそSランクの冒険者や国の統治者なんかでないと不可能なのだそうだ。
通常は、教会で優先的に治療を受けることが出来る権利が与えらえるのだが、実はこれだけでもすごい権利なのだ。この世界には傷や病気を治す神聖魔法というファンタジーがある所為か、医療技術は発展していない。まぁ瞬時に治療が完了するのだから必要ないって訳だ。
そうは言っても、神聖魔法は“神の祝福”を受けた教会関係者しか使う事ができないので、ほいほいと治療が行われるわけではないのだ。
神の教えに沿う者に対して優先的に……いいや、高位の治療行為はそういう者に対してのみ行っていると言う訳だ。
まあ他にも各種ギルドが用意した特典や道具なんてのも、それぞれの価値に合わせた“徳”のポイント、株と言うのだそうだが、と交換してもらえるそうだ。例えば、見習い冒険者から一般の冒険者であるEランクになるまで徳を溜め続けると、神聖魔法の治療スクロールと交換できる6株分になるそうだ。
神聖魔法の治療が使えるとは言え、スクロールは1回限りの使い捨てなので何か勿体ないような気もするが、緊急時にポーションでは治療しきれない骨折なども治療することが出来る為、Eランク以上の冒険者にとっての必須装備になるそうだ。
まあ、私は持っていない訳だが……ポーションがあれば裂傷なんかはシュワシュワって感じで血が止まるし「骨折や打ち身なんかも飲めば時間は掛かりますが治ります」と説明されて、これで十分だと思っていたのだが高い物にはそれなりの理由がある訳だ。
それよりも、冒険者ギルドというか全てのギルドについてなんだが、ようやくその存在に納得がいった。
ギルドの存在って税金を徴収したりと公共施設のような一面を持っている癖に「ギルドは国を跨いだ組織で」とか不思議に思っていたのだ。こんなダブルスタンダードがまかり通るなんて「さすがファンタジー」と勝手に結論付けていたのだが、ちゃんとした理由があったわけだ。そういえば以前ギルドカードの説明を受けた時に、目の前の男が「ギルドカードは“神の慈悲”が顕現した物、神聖遺物アーティファクトなのです。とても貴重な物なのですよ」と言っていたのを思い出した。
そんな風に考えを巡らしながら、男の説明を聞いていると
「――――――――…ですので、依頼を当ギルドに出していただく際は“徳”はギルドから自動的に付与されますが、お客様が特にとおっしゃる場合はお客様の“徳”を依頼の報酬として上乗せすることが出来ます。これは高ランクの冒険者への依頼によく使われる手法……」
「ん!? 依頼を出すって?」
「はい、ご依頼を出していただく際のご説明を」
無言でギルドカードを取り出し、目の前のギルド職員の男に提示する。
「アールです。私の“徳”って何株あるか教えて貰えますでしょうか?」
「?? ………ア。アールさま!? ……直ぐにお調べいたします」
そう言うとユリアンと書かれた名札を付けた職員の男は、顔を真っ赤にしながらギルドカードを受け取ると、恥ずかしそうにしながら作業をはじめた。
その姿を見ながら「誰にでも勘違いは起こり得ます」なんて言わなかった私は優しいと思う。
ちなみに私の“徳”はまだ4株しかなかった。
以前のギルドの説明で書くことが出来なかった“徳”の説明。
ダンジョンマスターの物語を書こうと思い、真っ先に考え出したシステムをようやくここでお披露目出来ました。
そして、この話で5章終了となります。
まだ6章を書き切っていないので、出来上がるまで暫くおまちください。




