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おっさんはダンジョンマスターになって青春を取り戻せるのか  作者: 烏龍お茶
5章 おっさんがこの世界の街に生きる
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休憩が出来る宿のベッドの上で 後編

 チョコ・ティの前髪をかき上げると、その左目の目尻にはいくつかの吹き出物が隠されていた。


 普通なら気にもならない小さな物。


 だが………。


 このぐらいの年齢ならニキビって考えるのが自然なのだろうが、ちょっと形状が違うような気がするのだ。ニキビのようにひとつひとつが独立しているのではなく、ひとかたまりになって赤く腫れている。


 梅毒とか性病の事は知識としては知っているが、医者じゃないのに細かい症例なんて覚えてるわけがない。


 幸いチョコ・ティは髪の毛を撫でられ幸せそうに眼をつぶっている、私が驚愕の表情を浮かべたのには気付いていない。もう少し話を続けて、情報を集めてみることにした。


「そういえば、さっきチョコって呼んだら驚いてたけど、どうして?」

「うん? お祖母ちゃんにしかチョコって呼ばれへんかったから、なんかそう呼ばれて嬉しかってん」

「ん!? チョコ・ティなんだから、他の人にはチョコって呼ばれなかったの?」

「お祖母ちゃんの名前もなチョコっていうねん。その名前を(もろ)うたからおんなじ名前やねん。それでな、うちの家族はみんなはうちの事を呼び捨てにするときはチョコ・ティって呼ぶん」

「チョコはチョコおばあちゃんの事が好きなんだな」

「うん、大好きやったん……」


 髪の毛を撫でながら、もうすでにおばあちゃんが居ない事には見当が付いているが、それでも話を続ける。


「おばあちゃんもこの街にすんでるの?」

「ううん、第3都市に住んでたん」

「じゃあ、たまに帰ったりするの? 故郷に戻ったら幼馴染の彼氏がまってるとか」

「アールさんのいけず、彼氏なんかおらへんもん。それにもう誰も住んでへんから戻る事もあらへんの……」

「こんなに可愛いに、彼氏がいないなんて信じられないな。けど、それより誰も住んでないってみんなで引っ越したの?」

「お祖母ちゃんも、お母さんもお父さんもみんな死んでもうて、それで冒険者になる為に、弟と……この街に来てん」


 ご同業なのか。それで腕なんかに小さな傷があるんだな。目じりの傷も……外傷っぽくない。クソ、不安がぬぐえない。


「じゃあ、この街に彼氏がいるんだ?」

「もう! 彼氏なんかおらへん言うてるのに。あれやで、アールさんしつこいひとは嫌われるんよ」

「ごめんごめん。俺の腕の中にいるチョコに他に好きな奴がいるかも、とか考えたらやっぱり気になるからさ」

「うちには彼氏も好きな人もおらへんの。うちな、アールさんみたな人に会えてよかった。だから、こうして抱きしめられてたら、何もかも忘れられて幸せなんよ」


 無意識にチョコの肩を抱いていた腕を頭に移動し、ギュッと力を込めて引き寄せる。


「さっきな、なんも匂わへん言うたけどほんまは、アールさん良い匂いするんよ」

「石鹸の匂いだろ」

「ううん、それ以外にええ匂いがするん」


 すこし、抱きしめていた腕の力を緩めてチョコ・ティの顔を覗き込む。薬が効いて来たのか既にチョコの目はトロンとしているようだ。


 このままなし崩し的に初めても、オークの塗り薬を使わずに最後まで行けるだろう。だが、どうしても目尻が気になる。


 無言で見つめる私の視線に耐えかねるようにチョコ・ティが、


「うちな、初めてやからちょっと怖いん。だからお願い、やさしくしてよ」

 と囁いて来た。


 腰から力が抜けて自然にカクカクと動きそうになる。もうこれ以上は限界だ、耐えられん。会話なんて組み立てられない。俺が初めての相手なんだから問題ないはず。最後に気になる目尻の事だけ確認したらこのまま抱く!! チョコの前髪をかき上げるようにしながら尋ねる。


「チョコ、目尻の吹き出物って痛い?」

「ピリピリって痛い。うち、よくでき物できるん。たいていは唇なんやけど、今回はちょっと色々あって、ひどかってん。それでな、こんなトコにまで出来てしもてん。唇の方は治ったんやけど、こっちはまだ残ってるねん。それで隠してたんやんけど、見つかってしもた。アールさん、気になるん?」

「ん? ちょっとな」


 ピリピリ痛いとかやっぱりニキビじゃないのか……。


 もう昔すぎてニキビの事は思い出せないが、話を聞く限り帯状疱疹っぽい。私も、疲れていたりストレスが溜まった時とかに唇によく出来るから症状を調べたことがあるが、あれってなんか汁が飛んだらそこに移るイメージがあるんだが…………梅毒もたしか接触感染か。


 ひどい顔をしていたのだろう、チョコ・ティが不安そうに聞いて来た。


「こんな醜い顔はいや?」

「いや、可愛いよ」

「良かった。アールさんに嫌われたらうち、どうしようかと……」

 

 微笑みを向けてくるが、さすがにもう笑みを返せない。


「チョコ、聞きたいんだが、よくこういう事をするのか?」

「こういう事って?」

「街角に立って、お客を取る事」

「………いつもって訳やないんよ。それに肌を合わせるんはアールさんが初めてなん。それだけは信じてほしいん」

「疑ってる訳じゃない、チョコの事は信じてる」


 泣きそうな不安そうな表情を浮かべるチョコ・ティをギュッと抱きしめる。


「ただ、確認したいことがある」

「なんでも聞いて。アールさんに誤解されたまんまは、いやや」


 頭をぽんぽんと優しく叩き慰めながらも、話を続ける。


「あの値段って事はいつもは手でするのか?」

「うん、大概は手でするんよ」

「大概って事は、手じゃないときもある?」

「ほとんどしやへんけど、お金がない時にどうしてもって頼まれたら、お口ですることもあるよ。……アールさん、(いや)やった?」

「嬉しいか嬉しくないかで言ったら、嬉しくないかな。それより最近はどれくらいの頻度で……口をつかってた?」

「2か月ちょっと前に弟と、それと、うちらといっしょに冒険者をはじめた子が事件に巻き込まれて……いろいろあって、狩りが出来んようになって、それからお口も使い始めてんけど、それでも5回ぐらいしかしてへんと思うん。………アールさんうちのこと(きら)いになったん?」


 交渉して受け入れられて、その上で身の上話を聞いて相当に感情移入している。甘えられ頼られて、庇護欲を掻き立てられて、好きか嫌いかで言われたら、もう好きになってるな。


 だが……。


「チョコ、その時薬ってつかってたか?」

「薬って、この(・・)塗るお薬?」


 私がうなずくと、チョコは続けて答える。


「ううん、お口でするんにお薬なんて塗らへんよ」

「……専門家じゃないから恐らくとしか言えないが、口でも運が悪いと病気になる」

「う、うそやん!? そんなん聞いたことないよ」

「………」


 軽く引き寄せ、頭を撫で続ける。


「アールさん、ほんまなん? それでうちの目尻の事気にしてんの?」

「………」

「ここまで酷いんは、あれやけど。さっきも言うたけど、たまになるんよ。だから大丈夫やよ……」

「俺も、さっきも言ったけど専門家じゃないから、なんとも言えない。だから大丈夫だとは思う……けど、可能性はある」

「なら、この薬を目尻に塗ったらええのん?」

「いいや、この塗り薬は予防するだけ。塗っても病気になっていれば効果は無いらしい」

「……」


 先ほどとはまた違う、怯えるような不安そうな表情を浮かべるチョコ・ティ。私は頭を撫で続け、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。


「なあ、チョコ。どうして、教会の娼館に入らなかったんだ? 教会なら安全なんだろ」

「………さっき話したうちのお祖母ちゃんがな、昔、冒険者やってん。それでな、うちも小さい頃から冒険者になりたかったんよ」


「それで?」と優しく声を掛ける。


「それでな、お母さんが病気で死んでお父さんも戦争で死んで……そやのに周りのみんな今までのままやねん。なんで、うちだけって思ってな、それで街を出たん」


 ギュッと抱きしめると、チョコ・ティはこちらに向き直り胸に顔をうずめてきた。


「もっとな、ギュッてしてほしい」


 話を先へと促したかったが、ここは焦れたらダメなところだ。もう少し力を込めて抱きしめ、じっと我慢。で、相手の反応を待つ。


「………」

「………」

「それでな、うちが街をでるときな、冒険者になる言うたらな、弟も付いて来るって言うねん。それにな、お世話になってた家のオパカってもな付いてくる言うねん。うちはな、ひとりで行くって言うたんやけど、それなら行かせへん言われてな、うちはどうしても街をでたかったん。だからしゃーなしにな、二人を連れてきたんよ」


 か細い声で話すチョコ・ティを励ますように、抱きしめる力をすこし緩め背中をゆっくりとさすってやる。


「うちもな、頑張ったし順調やったんよ。でもな、どうしてもお金が足りん時があるねん。そういう時はな、みんなには内緒でたまにお客さん取ってんやけど……ほんまにたまにやで。それに手しか使わんかったん。アールさん信じてくれる?」

「ああ、チョコを信じるよ」


 そう答えてやると、チョコはずっと胸の前で組んでいた手を広げ私の体に抱き着いてきた。私のお腹にチョコの胸が押し付けられムニュンと形を変える。


 チョコはしっかりと私に抱き着き、涙声になりながら話を続けた。


「けどな二カ月ぐらい前にな、うちがな、足りひんお金を内緒で稼いでる時にな、勝手に二人だけで狩りに出てしもうてな、オパカがオークに攫われてな帰ってきいひんかってん。しかもな、弟とな一緒にいたいう騎士様も帰ったきいひんかったんよ。

それでな、弟は取り調べがある言われて、連れていかれて………狩りも出来へんようになったから……それでなお口でもするようなったんよ。でもな、ほんまにほんまやねん、こんな風に肌を合わせたことはないんよ。だからなもっともっとギュッとして。アールさんお願いやよ」


 向かい合った状態で、私の胸に埋めているチョコの頭を両手で抱きしめ右手で髪の毛をなで、頭のてっぺんに優しくキスをする。そして熱くなった下半身をチョコ・ティのお腹に押し付ける。


「……」

「アールさん、熱うなってる」

「嫌か?」

「ううん」

「……」

「弟はもう戻ってきてんねんけど、絶対にオパカを助ける言うて……無理ばっかりすんねん。うちも放っておけへんし。そやから、冒険者は辞めれへんしお金稼がなあかんし…………」

「……」

「みんな居なくなるん。お祖母ちゃんもお母さんもお父さんも、このままやと弟もそれにうちも……。なあ、アールさん。うちほんまに病気になってんの? なあ、なんでうちばっかりこんなにつらいん?」


 そう言うとチョコ・ティは私に抱き着いたまま、たまに鼻をすするような音をだし押し黙った。


「チョコ、聞いて。病気は可能性があるだけ。どちらかと言うと大丈夫」


 チョコは無言でうなずく。


「でも、このあと病気に掛かる可能性はある。今日買った薬は全部チョコにあげるから、もし口でする時も塗る事。わかった?」

「うん……」

「目尻のそれが広がらなかったら、ほとんど問題ないと思う。それでもあの病気は治ったと思っても治ってなかったりするから厄介なんだが…………」

「治ってても治ってへんの?」

「そう、病気が力をつけるためにいったん隠れる感じかな。だから病気が治ったと思ってても実際は治ってない」

「そんなん……うちずっと不安なままなん? いつ死ぬかいつ死ぬか思うとかなあかんのん?」


 さすがに詳細までは覚えていない。梅毒って3段階ぐらいあったような……欠損は最終段階か。体中に激痛が走るって……花魁おいらんの亜鉛中毒とまじってるのか。


 クソッ、分らん。


 もう少しちゃんとした情報を覚えていれば、安心させてやれたのに……チョコの言葉に何の返事も返してやれない。二人とも押し黙ったまま時間だけが過ぎて行く。


「……」

「……」

「……」

「……」


 教会の娼館はこういう娘を助けて………ってフェイ・ユンがなにか言ってたな。たしか、体調を管理するとか言ってなかったか。


「なあ、チョコ。娼館ってどうやって体調チェックしてるんだ?」


 ぴったりと抱き着いていたチョコの体を少し離して、揺するようにして話しかける。


 チョコは喋りつかれたのか、もしかしたらちょっと眠っていたのかもしれない。目を閉じていたチョコがゆっくりと目を開け答えた。


「アールさん、ごめんやで。うちアールさんに抱きしめられて、ちょっとぼうっとしてたみたい。なんか言うた?」

「ごめんなチョコ。でもチョコに聞きたいことが……娼館って病気のチェックをするって聞いたんだが、どうするかしってるか?」

「ううん、やり方までは分からへん。でも娼館って教会が運営してるから、教会の司祭さまか誰かがチェックしてはるんやと思うの」

「司祭さまとかなら、病気かどうかわかるのか?」

「うちも詳しく知らへんけど、治せるんやから分かるんやと思うよ」

「治せる!? 治せるのか?」


 治せるって梅毒じゃなかったのか!? だが今日、路地の奥にいた物乞いの姿は前の世界のネットでみた梅毒の症状を現した写真そのものだった……。


「徳を使うて、神さんにお願いすればどんな病気もなおるん、アールさんも知らんことないでしょ。この病気は徳を使うて、神さんに直接お願いはしんでいいの。司祭さんに徳を払えば治してくれるんよ。だから娼館の人らは安心なん」


 徳ってそんなに凄い物なのか……根本的な事を知らなかった。アイテムもらえるとか、ケガや病気を治してくれるとかは知っていたが、どんな病気も治すとか……さすが神様がいる世界。それなら問題ないのか!?


「じゃあチョコも徳を払えば治してもらえるのか?」

「そりゃ払えば治してもらえるかも知らんけど、そんなん無理。うちらがそんな徳を持ってるわけないやん。ごはん頂くんも大変やのに」

「なら、検査してもらうのは?」

「病気かどうかも分からへんのに、徳を払う人なんかいてへん」

「他の人なんか関係ない。チョコが病気かどうかが分かればいい」

「そらそうやろうけど、そんなんうち、聞いたことあらへんから、いくらかかるかも全然わからへんよ」

「冒険者ギルドか教会で聞けば分かるだろ。それに娼館じゃ毎日チェックしてるんだろうから、そんなに高くは無いんじゃないのか」

「そうかもしれんけど……それでやで、もし、万が一にうちが病気や言われたら、うちはどないしたらええん? アールさん、うち怖いんよ」

 

 そう言いながらチョコはひしっと抱き着いて来ると、最後は耳元で囁いた。チョコの胸が私の胸にぶつかってつぶれる。

 

 私はチョコ・ティを抱きしめ返し、顔の前にあるチョコの耳元に向かって囁きかける。


「じゃあ明日一緒にいこうか」

「アールさん、ええの?」

「それで、一緒に検査を受けよう」

「でもあかんかったら?」

「俺が手伝ってあげるよ、何とかなる。それで、二人とも大丈夫ってわかったら、この続きをしようか」


 そう言いながら、大きくなった下半身をチョコ・ティの下半身に押し付ける。


「そんなんで、ほんまにほんまに手伝うてくれるん? アールさんとうち、今日会ったばっかりやで」

「こんなに頑張り屋の可愛い子を見捨てるなんて、もう無理。だから明日昼前にギルドで待ち合わせしよう」

「うん」

「だから、今日はこのまま抱きしめていていいか?」

「うん」



 とりあえず、今日はこの感触を記憶に刻み込む事にした。

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