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おっさんはダンジョンマスターになって青春を取り戻せるのか  作者: 烏龍お茶
1章 おっさんがダンジョンマスターになるまで
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おそろしい翠色

「今、手元に持ってたら吸ってたな」

益体やくたいもない事を独り言ちながら、あらためて水辺をみる。


 向こう岸までは10メートル程しかなく、左から右に流れる川となっていた。中央付近は水流が強いようだ、所々で白い水しぶきをあげている。右手の先を眺めると、目標にしていた山並みが一層大きくなって広がっていた。地平線の彼方には山裾にひろがる鬱蒼とした森も見えている。昨日のテントの場所から、東に進んで来たようだ。


 このまま進むか、それともテントを取りに戻るか……悩む。


 昨日の夜の事を思い起こしてみる。現れたゴブリンは2匹だった。1匹は何とか倒せたはずだが、もう1匹は残っている。危ないかもかもしれない。


 ……けど、よくよく考えてみるとゴブリンが現れるのはいつも夜中・・だった。つまり、明るいうちは大丈夫なのかもしれない。


 それに今なら自分の能力の使い方も解ってる。およそ50メートル四方にいる生き物の気配を感じ取る事が出来るのだ。さらに意識を向けると、その姿まではっきりと認識できるのである。さすがに、名前や強さまでは分らないけど。


 おもむろにリュックを背負い、西に向かって歩きはじめた。


 周囲を警戒しつつ、進んでいく。


 しばらく歩いていたが、不思議な感じがする。どういう事だろう、何か微妙な違和感を感じる。体の調子が悪いとかではない、むしろ体調は良いようで足取りは軽い。いつもより速いペースにも関わらず、ほとんど疲れないのだ。まるで青春時代のように、エネルギーが滲み出てくるような感覚か。


 勢いに任せぐんぐん進みながら昨日のことを考える。スライムを倒した時にも、ゴブリンを倒した時にも、心の底からの”不思議な達成感””高揚感”が沸き上がってきた。


「……レ、レベル…アップ!?」

ぽつりと呟いたその言葉に確信を持つ。そしてこれからの展開に期待し、高揚しながら歩き続けるのだった。



 順調にすすんでいる。ここまで索敵範囲に入ってきた生き物は、川にいる魚や水鳥、ネズミみたいな小動物がいたぐらいだ。


 太陽が高くなってきた。時間を確かめようと腕時計に目をやるが時計が見当たらない。確認するためにも、一度休憩する事にした。


 手ごろな木の陰に座り込んだ。リュックから水筒を取り出し水を飲み、腕時計と最後の携帯食のフルーツ味を一緒に探す。


 リュックの中をまさぐるがどちらも見つからない。服やタオルを引っ掻き回しながら手を奥に突っ込む。


 すると、いやな手触りがする。リュックを持ち上げて見てみると、大きなカギ裂きの穴が開いていた。外側から、中の手の平が見えていたのだ。焦って周りを探すが見当たるわけがない。小物類はすべて無くなっている。


 がっくりと肩を落とし、しばらくの間、迂闊な自分を呪った。


 無くした物は戻る時にでも探そう。踏ん切りをつけ川沿いを西に進む事にした。しばらく進むと、川幅が急に広がり流れも無くなった。


 湖についたようだ。テントが近くにあるかもと、少しスピードを落とし周囲の安全を注意深く確認しながら歩き続けた。

 ・・・

 ・・

 ・

 結局、テントが見つかったのは太陽が傾きだした頃であった。


 小走りに近づいていくと、テントと寝袋はボロボロに引き裂かれていて一目見てもう使えそうに無いのが分った。回収できなかったコンロもひしゃげている。かろうじて使えそうなのは、ステンレス製のコップだけだった。


 気を落としつつ、スライムを倒した場所にも行ってみる。戦ったあたりには死体もナイフも見当たらず、ただ、木の棒が落ちているだけだった。


 何も得る物がなく、テントまで戻っその場に座り込む。無駄足だったかと気を落とす。


 そうこうしているうちに曇り始めた空は真っ赤に染まった後、見る間に暗くなってく。ゴブリンと遭遇した危険地帯だったが、落胆し動く気にはなれなかった……。


 星も見えない真っ暗闇の中、周囲を警戒しながら油断なく過ごしていると東の空が明るくなりはじめた。


 丸二日寝ていない事に少し驚きながら、今夜は魔物が現れなかったかとふっと気を抜いた瞬間に意識を手放してしまった。

 ・・・

 ・・

 ・

 突然、重低音の鳴き声が響き渡った。その声を聴くと、心の底から這いあがってくる恐怖を感じる。


 音が聞こえた方に恐る恐る(・・・・)視線をむけると、西の空から大きな生物が湖に舞い降りてくる所であった。


 翡翠色の鱗に覆われている。長い首の先につく爬虫類の頭には2本の立派な角が生えている。体は太く、背中に2枚の翼がついていた。頭の先からその長いしっぽの先まで背筋に沿って、赤いたてがみが生えていた。


 ドラ…ゴ…ン…ドラゴンだ!!


 まだ遠い、数百メートル先のその生物は圧倒的な質量感を感じさせ、寒気のするような威圧感を放っていた。


 自分が絶対的弱者だと実感する。恐怖という感情が爆発し、ここに居たくないと強く思う。気付いた時には走り出していた、全速力で。


 湖の横を走り抜け、川沿いをドンドン下っていく。太陽が頭の真上まで来た頃、ふと見覚えのある景色に気がつく。


 昨日体を洗った場所だった。その時初めて、生き物の気配を感じとる事ができた。


 急いで集中すると、血塗れになったレインコートの匂いを舌をたらしながら嗅ぐ魔物が観える。


 その姿は、汚い犬が2本足で立ち上がっているかのようだ。身長は140センチぐらいか、ゴブリンよりも一回りおおきい。簡易な革の鎧と兜をかぶり着ている。右手には鉄製の穂先が付いた槍を握っていた。


 こいつは、コボルトッ!


 距離は20メートル有るか無いかである。今まで混乱し、まったく気付かなかったのだ。迂回してる余裕はない。


 ここは思い切って通り抜けてみようと、岩陰にいるコボルトに気付かれない様に足音を殺して進み始めた。奴に意識を集中し、ゆっくりとゆっくりと(・・・・・・・・・・)移動する。


 その距離10メートル弱。もう少しですり抜けられるかという時に、コボルトがおもむろに顔をあげ、周りの匂いを嗅ぎはじめた。直観的にばれたのが解る。再度、全力疾走で走り出した。


 コボルトもすぐにこちらに気づき、後を追いかけてきた。初動の差で随分距離を稼いだつもりだったが、さすがに犬の魔物だ、ジリジリと距離を縮めてくる。


 ついに、真後ろにはりつかれた。やばい。


 全力で逃げながら様子を観ていると、奴はスピードを落とす事なく右手に持った槍を振りかぶり、投げてきたのである。


 慌てて、ヘッドスライディングのように地面に飛び込む。


 間一髪で躱せたと思ったが、コボルトが投げた槍はリュックに突き刺さりショルダーベルトを引き千切ってしまう。私はそのままバランスをくずして、ゴロゴロと転がってしまった。


 肩を強打し、腰をぶつけ、痛みにうめきがらも何とか上半身を立ち上げ、コボルトに向き直る。


 コボルトはこちらを警戒するように、じわりじわりと進んでくる。


 私は仰向けに這いつくばったまま、後ずさる。


 一定の距離を保ったまま移動していると、コボルトが投げ出されたリュックの手前で足を止めた。こちらに注意しながら槍を引き抜き、リュックの中身を探りだしたのである。血の付いたシャツの匂いを舌をたらしながら嗅いでいる。


 私はそのまま、刺激しない様にジリッジリッ(・・・・・・)と距離をとっていった。


 ふと気付く。コボルトの頭の上に黒い影がみえる。何だ?と思う間もなく黒い影は急速に大きくなっていき、あっという間に舞い降りて来た。


 声を出す事も出来ず、頭を抱えてしゃがみ込む。


 その大きな翠の影はコボルトの後ろから急接近すると、奴の頭と肩に鋭い爪が食い込ませた。そのままキャンキャンと悲鳴をあげるコボルトは無視してぐわっ(・・・)と空中に引っこ抜く。そして背筋が凍るような咆哮をあげながら、美しい翡翠色の鱗をきらめかせ豪快に舞い上がる。


 コボルトを捕まえたドラゴンは上空で大きく旋回すると、あっという間に西の空に飛び去っていった。


 恐怖で動けずうずくまり続ける。

 ・・・

 ・・

 ・

 しばらくして顔をあげると静寂の中、ボロボロの衣類が散乱し穴が開いたリュックが転がっていた。




 コボルトの槍と、ともに。

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