店から時間休憩が出来る宿へ向かうまで
DA9の大通りの西側。商業区の一角にある品揃えが豊富な店に、腕を組んだ男女、アールと先ほど知り合ったばかりのチョコ・ティという名の娘が入っていく。
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フェイ・ユンの店に着くと、いつもはすぐに声を掛けてくる店の主は離れた所で待機したままであった。
気を使ってくれてるのだろうか……。まあそれはともかく、まずはいっしょに来た娘、チョコ・ティに何を買えば良いのか尋ねる。
「チョコ・ティ、どの薬を買えばいいのか分からないから教えて」
「う、うちも買った事ないから……知り合いはガラス瓶に入った奴を使ってたけど……」
そう言いながらチョコ・ティは、2時間ほど前にフェイ・ユンの話に出たあの商品が並ぶ棚に向かうが、どれを選んでいいのかまでは分からないようだった。
キョロキョロっと店の中を見回すと店の主がすばやく近付いてきて声を掛けてきた。
「いらっしゃいませ。これはこれはアール様でしたか。本日はどういったご用件でしょう?」
少し前も来たんだが……いつもの視線と口調にちょっとウンザリしながらも、チョコ・ティを指さしあの娘に薬の説明をしてやって欲しいと頼む。
フェイ・ユンがチョコ・ティに近寄り話しかけると、チョコ・ティは恥ずかしそうに俯きながらぼそぼそと目当ての物の特徴を話しはじめた。
それを聞いた店の主は瓶に入った薬と小さな壺に入った薬を取り出しそれぞれの説明をしているようだ。
少し離れた位置でその様子を眺める。
うなずきながら説明を聞き終えた彼女は小さな壺に入った薬を手に取ると、フェイ・ユンがこちらに近づいてきて尋ねた。
「お支払いの方はどちらに?」
「こっちで払う」
店の主は店員を呼びつけて商品を手渡し、彼女をカウンターに案内するように指示をだした。そして彼女が連れていかれるように離れると声を掛けてきた。
「さっそくのお買い上げありがとうございます。はい」
「偶然だよ」
「賜わりました。はい」
……いや本気なんだが、ごちゃごちゃと説明するのもあれだし、まあいいや。
「いくらになる?」
「銀貨3枚と銅貨3枚になりますが、アール様でしたら銀貨3枚でご提供させていただきます。はい」
「いつもいつも悪いんだが……」
「いえいえ、こちらの方が助かっております。はい」
と言ってくる。
フェイの目を見ると不快な感情は浮かんでいないようだ。
「そう言ってもらえるなら、お願いするわ」
と伝えて目礼すると、フェイ・ユンが声をひそめて話を続ける。
「アール様、少し立ち入ったお話をさせていただきますが、あの娘、先ほど話した感じですとあまり経験はないようですがいかがでしょうか?」
「みたいだな」
「それでしたら、こちらもご一緒に使われた方がよろしいかと」
と言って、先ほどチョコが選ばなかった瓶に入った薬を指さす。
なんて事を聞いて来るんだと思いながらも興味が出たので尋ねる。
「それは?」
「こちらの薬は鎮痛効果があります。慣れていないとあれですから。はい」
確かにあった方が……いいのか!?
「これは錠剤のようだが、飲ませればいいのか?」
「直接塗るタイプの物もありますが、先ほど買っていただいた薬が塗るタイプですので、こちらは錠剤の方がよろしいかと。飲ませてあげれば効果があります。はい。それに催淫効果もございますので、今回の場合は特に都合がよろしいかと存じます。またこの薬でしたらご自分で飲まれてもよろしいかと存じます。ただ、ご自分で使用されるときは飲みすぎにお気を付けください。はい」
前の世界の感覚だとヤバそうな薬の雰囲気が……というかさっき買った薬って何になるんだ。
「ちなみに塗るタイプの薬って、あっちの効能って何になる?」
「あちらの薬には病気になるのを防ぐ効果と避妊の効果がございます。安全のためには、男の方も全体にしっかりと塗り込んで頂ければと。もしあれでしたら相手に塗ってもらうのもよろしいかと存じます。はい」
なるほど、こっちはまともな感じの薬になるのか。しかし病気を防ぐって事は予防薬って事かな。
「塗り薬は病気にかかったあとに塗っても効果はあるのか」
「いいえございません、防ぐだけでございます。もし相手が何らかの病気を持っていると分かった時は、お使いにならない方がよろしいかと存じます。はい」
「ん!? 効果がないって事か?」
「いいえ、効果はございます。ただし絶対ではございませんので、そういう場合は手を出さない方がよろしいかと。はい」
そういう事ね。塗り薬は予防であってしかも完璧じゃないってことか。
そういえば、私が好きな小説では異世界に転移してゴムを作ってたけど、なんか身につまされた。
まあ、運が良い事にチョコは経験が無いと言ってたし嘘を吐いてる雰囲気もない。いまはとりあえずヤバそうな薬をどうするかだが……。
悩んでいるとユンが察したのか、
「アール様、もしよろしければこちらの瓶の薬はお試しという事で、少量に小分けさせていたたいて銅貨5枚という事ではいかがでしょうか?」
全部で銀貨3枚と銅貨5枚って事か。さっきもまけてもらってるし、そこまでして貰って断るのも悪い。
「それで良いならお願いするけど」
「お買い上げありがとうございます。はい」
そう言うと先ほどの店員を呼んで一緒に包むように指示をだし、私といっしょにカウンターに向かって歩きだす。
何だかんだ言ってもフェイ・ユンに世話になっている。今度雄のオークを狩った時にもう一度、素材の剥ぎ取りに挑戦してみるか…………!?
「フェイ・ユン!!」
「何でございましょうか、アール様」
「聞きたいんだが、さっきの薬ってどうやって作られるんだ?」
「この場ではお聞きにならない方がよろしいかと存じます。はい。また後日いらっしゃった時にでもご説明させていただきます。はい」
「買うのを止めたりはしない。だからちゃんと教えてくれ」
「そこまで仰るなら――――――――――」
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アールがフェイ・ユンに説明された内容では、瓶に入った錠剤の方はオークの竿から抽出される成分を分離精製して作るのだという。さらに塗り薬の方はオークの睾丸から抽出された液体に不活性化処理を施した物になるそうで、この店の商品は他の店のと比べてほとんどにおいもしない高級品で人気があるという事であった。
錠剤の方はまだ理解はできるが塗り薬の方は……つまり、オークの精子に子供が出来なくなるような不活性化の魔法処理を施しただけの物を、男性自身に塗り込む事になる訳なのだ。フェイ・ユンはその辺りの明言を避けていたが、アールは言葉の端々からその事実を確信した。
そしてオークの雄のそれを思い出し、匂いまで思い出してしまったアールは、その塗り薬を決して使うまいと心に決めることになった。
アールのそんな心情を敏感にくみ取ったフェイ・ユンは、話のついでと教会が運営している娼館を勧める事にしたようだ。
娼館では“神の救済”たる奴隷の首輪の生殖活動封印という機能によって避妊の必要もなく、娼婦の体調は教会によって常時チェックされているので病気の女を相手にする心配がない事。さらに値段で客を振り分け、受付でも客を選別しているのでさらに安心である事などを説明し「もし薬を使うのに忌避感を持たれるのでしたら、娼館の方をご利用になるのもよろしいかと。はい」と伝えた。
それを聞いたアールはある一定の理解を示した物の、内心では追い返された時のこと思い出し「それでも値段が高すぎだ」と感じていた。まあ、それをフェイ・ユンに言っても仕方がない事を理解していたのでアールも話さなかったし、フェイ・ユンもそんな事情があったなど知り得なかったので、それ以上この話は続かなかった。
実のところ、以前娼館でアールが追い払われたのは、見た目から受付に警戒され値段を吹っ掛けられていたのである。それでも金さえ払っていれば行為はできたのだが、受付は要注意人物として記憶しており、その後、娼婦に異変があればすぐに対応できるようにしていたのである。
アールから病気がうつる事は無いので、例えば一度利用した後の二度目ならある程度態度は軟化していただろうし、何より服装も容姿も変わった今のアールが娼館に行けば三分の二の値段で娼婦を抱けるのだが、その事実をアールが知るのには、まだもう少し時間がかかる。
フェイ・ユンの話を聞き、納得しきれない思いを抱いていたアールだったが、会計をすませ商品を持たされたチョコ・ティが、縋るように寄り添って来た瞬間にいっきに気分が高揚する。そして頭の中ではどうすれば薬を使わずに肌を重ねることができるかでいっぱいになっていた。
店を出て目的地に向かいながら、必死に作戦を練り続けるのだった。
いっぽうのチョコ・ティはというと、知らない店でしばらくの間、ひとりぼっちで待たされてしまい、不安な思いをしていたのだ。だがその分余計に、約束を守ってくれたアールに対する気持ちが強くなり、思わずその腕に縋り付いてしまったのである。アールの思惑をよそに、すっかり信用しきったチョコ・ティの心はすでに「この人であれば」と甘えるような感情までいだいており、なんの不安も持たずアールの腕をしっかりと抱きしめ、目的地に向かって歩くのであった。
腕を組んだ二人が微妙に異なる思いを抱えたまま、時間単位で利用できる宿に向かう。




