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おっさんはダンジョンマスターになって青春を取り戻せるのか  作者: 烏龍お茶
5章 おっさんがこの世界の街に生きる
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奴隷の首輪と奴隷と

 第9都市(DA9)の中でも指折りの大きな店舗の応接室には、それなりの調度品が備え付けられている。


 そんな応接室に、ボロボロの服を着た男が偉そうな態度でソファーに腰かけていた。店主である奴隷商人は席をはずしているようだ。


 男は初め、ドカッという感じでソファーに座っていたのだが、周りを見渡し次第に、場違いな場所に迷い込んだ事に気付いたようだ。今はソワソワしながら腰を浮かして、高そうなソファーが汚れていないか確認している。


 そこに店の主である奴隷商人が5人の奴隷を連れてもどってきた。

 ・・・・

 ・・・

 ・・

 ・

「お待たせいたしました。おや、何か不備でもございましたでしょうか?」

 店の主が腰を浮かした私の姿を見て不思議そうな表情を浮かべた。


「いや、何でもない。それよりも、その5人が条件にあう奴隷になるのか?」


 恥ずかしい所を見られてしまったようだ。話題を強引に変えて、入ってきた奴隷の姿を順番に見ていく。


「っ!!」2番目に並んでいた男の顔をみて思わず息を飲んだ。


 あの男だ。今、目の前にいる男はこの世界で初めて見た男、そして初めて見た奴隷。森の中で出会った瞬間、私に嫌悪感を抱かせ、人の業の深さを感じさせ、死のにおいをまき散らしていた、あの男・・・だった。


「この男が気になりますか。あまり良い奴隷には見えないでしょうが、一応こういうのも扱っておりますので、ご参考までにお連れしました」


 店の主の言葉に少し冷静さを取り戻し、改めて男の姿を確認する。


 髪の毛は切られ、髭は剃られ、体の汚れも落とされてはいるが、あの生気を感じさせない濁った目、顔のいたるところにある発疹ほっしん、歪んだ輪郭、左腕にはあの特徴的なこぶがあり、他にも体中にただれたあとがある。さらには、新たに付けられた内出血のあざもあった。


 私があの・・奴隷の男から目を切り向き直ると、店の主は先頭・・に並んだ奴隷の男を指さし説明しだした。


「手前どもが戦闘奴隷を紹介するとしたら、この男になります」


 指さされた中年の男を見る。別に体格が良い訳でも無く、特に目立った特徴もない。いて言うなら坊主にしてるからか、少し清潔感があるぐらいだ。


「この男はまあ、不貞を犯した自分の妻と相手の男を殺した罪で犯罪奴隷になった訳ですが、すでに恨みも残って無いようですし元々の性根も悪く無かったようで、手前どもの躾にも素直に従っております。

お買い上げいただいた後は、通常の戦闘奴隷と同様に首輪の行動制限を最低に設定して、成長封印を解除したとしても問題ないでしょう。長く使えるので奴隷の首輪に貯まる『救済の徳』の方も期待できるでしょう。

さらに本人も領都に残した子供の顔を見る許可を貰えるならば、進んで命令に従うとも言っております」


 店の主の言葉を聞いていた奴隷の男が私に向かって跪いた。


「まぁ、ここまで条件が揃った犯罪奴隷はそうそう居ません。その分値段の方も張りまして、金貨150枚になります」


 次に奴隷商人があの男・・・に視線を移して指さす。


「アール様は嫌そうな顔をしておりますが、こういう男にも使い道はございます」


 私の顔に浮かぶ嫌悪感を読み取っていたのか店の主はそう言って説明をはじめる。


「言ってる意味は分かるが、気は乗らないな」


 生理的に無理って奴だろうか、見ているだけで気分が悪くなる。


「アール様も苦労していらっしゃったのでしょう。見た目と違ってお優しいのですね」

 店の主は笑みを浮かべた。


 まさか、同じような格好をしてるからって馬鹿にされたのだろうか。少し顔をしかめると店の主は言葉を重ねる。


「他意は、ございません。アール様のような方に買って頂けるなら、手前どもで取り扱っている奴隷共も幸せになるでしょう。

ただ、奴隷にも適材適所と言うものがあります。例えばこの街の周辺で依頼をこなしつつ地道にランクを上げて行くとするなら、少々値は張りますが一人目の男をお勧めします。貴方様を裏切らない手足となり共に成長して強くなって行く事でしょう。

逆に“中の森”の奥にまで分け入るような、死と隣り合わせの依頼を受けるのであれば、一人目の男は勿体ないです。そういう時に、このような男を使えばよいのです」


 店の主は無表情に話を続ける。


「この男なら金貨30枚ぐらいのお値段になります。元は冒険者……というか盗賊です。1年ほど前、この街に流れて来たようですが、ご覧の通り片手が自由に動かなくなったみたいです。

治療できれば良かったのでしょうが、そこまで“徳”を貯めていなかったようで、次第に食えなくなったこの男はそのまま安易に犯罪に手を染めた様です。

2ヵ月程前だったでしょうか、この街を拠点に活動している冒険者パーティーに襲い掛かったのですが、逆に返り討ちにされ捕らえられたのが、この男です」


 僅かに首を振り、奴隷を一瞥する。


「パーティに連行されて取り調べを受け、他にも罪を犯していたのが判明したため、そのまま犯罪奴隷に落とされました。

ただ、連行されている途中ずっと「鉱山で死ぬのは嫌だ、反省している、チャンスをくれ、俺は斥候だこんな腕でも何かと役に立つはずだ」と、パーティに懇願し続けたらしく、情にほだされた冒険者パーティーが盗賊退治の報酬としてその男を引き取る事にしたようです。

そこで、うちの店に連れてこられたので私が通常の戦闘奴隷と同様、首輪の行動制限を最低に設定して、魔力増加封印を解除して登録いたしました」


 ひと息ついたところで、タイミング良くノックの音が室内に響き渡った。女中さんだろうか、扉を開きお茶を持って入って来た。店の主はそれを私に勧めながら、自分でも喉を潤す。女中が下がった所で説明を続けた。


「しばらくは真面目に行動していたようですが、もともと性根が腐っていたのでしょう。次第に命令を聞かなくなり、反抗的な態度を取るようになったそうです。パーティーメンバーも必死に躾をしていたようですが、無駄だったようですね。

奴隷の首輪のおかげで、主人たちが直接危害を加えられる事はありませんでしたが、昨日城門で、衛兵に対して不敬な態度を取ったようです。大事には至らなかったみたいですが、犯罪奴隷の管理は奴隷を持つ者の責務です。

下手したら自分たちが罪に問われても文句は言えません。もう手に負えないと思ったのでしょう、大急ぎでうちの店に引き取ってくれないかと連れてきたという訳です」


 奴隷商の男はもう一口、お茶を飲む。


「こういう性根の腐った者にこそ、『神の救済』としての奴隷の首輪はもたらされたのです。人々の役に立たせ、その不浄な魂を浄化させてこそ神の奇蹟に報いる事ができるのです。そして、そうさせる事こそが、我々奴隷商の誇りなのです」


 少し熱くなっているようだ。もしかしたら、さっき笑みを浮かべたのは、私の奴隷に対して抱く嫌悪感が奴隷商人である彼の矜持に触れたってのが大きかったのかもしれない。


 店の主は咳払いをして、冷静さを取り戻すように話し出す。


「いま、この男の奴隷の首輪は行動制限を最大限に引き上げ、全ての封印を有効にしてあります。こういう場合、通常であれば鉱山などに送り込み、その身が朽ちるまでこの世に対して奉仕をするよう命じるのですが、如何せんこの男の腕は使い物になりません。

ならば、人間の生存圏を拡大する冒険者の目となり耳となり、そして囮となって、有益な人物の代わりに死ぬ事で最後の奉仕とさせるのです」


 説明を終えると、あの奴隷に冷たい視線をむける。


「私がお前の説明をしていたのです、お客様に分かるようにひざまずきなさい」


 奴隷の男は一瞬不満そうな表情を浮かべて「ぐあぁぁ!!」と絶叫を上げた。


 命令に従わなかったから奴隷の首輪の行動制限に引っかかったようだ。リッチ先生が使う激痛の付与(ペインスティング)のような物らしい。頭の中に直接痛みを送り込むそうだ。


「黙りなさい、お客様に失礼です」

「ゴガァ!!グゥフゥ・・・・!ハァ、ハァ、フゥー」


 額に脂汗を浮かべながら荒い息を抑え込み、何とか口を閉じ跪いた。


「アール様、申し訳ございません。まだこの奴隷の躾がなっておりませんでした」


 一人の男の尊厳が目の前で踏みにじられている。この男がした代償だとは言え、私にはキツ過ぎる光景だった。さっき気が乗らないと言ったのは今も変わらない。


 しかし、言ってる意味は理解出来る。死刑囚の有効利用だ。


 前の世界でそんな話をしたら人権がとか、モラルがとか、管理がとか、使う側の感情がとか色んな反論が即座に飛んでくるタブーな話題になるのだが、この世界には神がいるのだ。そしてその神が“神の救済”として認めているという事なのだ。


 逆に、この世界ではこの事について何か意見する方がタブーなのかもしれない。頷きながら、無難な答えを用意する。


「こういう奴隷も使いようなのですね。ただ、今すぐ必要って訳ではありませんし、お金も用意できそうにないです」

 ・・・・

 ・・・

 ・・

 ・

 奴隷商の主はアールのその言葉を聞き、急激に熱意がそがれたようだった。たとえそれが、先程自分が話した内容と同じであったとしても相手の口から直接、今すぐ買わない、金がない、と発せられると違うものである。


 その後、奴隷商人は残った3人の説明を淡々とした感じでこなしていった。


 アールも、何気なく足を踏み入れた奴隷商で思わず感情を揺り動かされてしまったのだ。奴隷商人がテンションを下げると、釣られるようにテンションを下げてしまい、その後の説明をただ単に事実として受け入れて行く事に徹する。


 奴隷商の主の心情を逆なでしないよう何気なく発したアールの言葉であったが、その言葉によって結局は自ら考える意欲をさげる事になってしまい、奴隷の首輪の違和感に気づくことが出来なくなったのだが、その事実を知るのはまだまだ先の話になる。


 そうは言ってもこの時、アールが新たに知りえた事実もいくつかあった。


 まずは、奴隷とはいえ全ての奴隷が、奴隷の首輪を付けている訳では無いという事だ。紹介された奴隷でいうと、3人目と4人目の奴隷は首輪を付けていなかったのだ。この2人はいわゆる借金奴隷というやつである。


 借金奴隷とは、人身売買や借金のカタとしてその身を差し出し奴隷となるのだが、この場合、細かな契約を結んで奴隷となるそうだ。ここで言う契約とは、例えば職業を農奴と限定したり、命の危険があるような職業でも良いのか、性交渉があっても良いのかなど、その労働の内容を細かく定め、従事する期間を決める事になる。そして、契約内容とその者の能力によって奴隷としての価値を決めるのだ。


 アールは最初、借金奴隷を認識する時に、前の世界の複数年契約をしたスポーツ選手を思い浮かべたようだ。ただ、これは余りにも美化しすぎた例えである。中にはそう云う者もいるのだが、奴隷は奴隷なのである。通常は自由なんて物はなく、勝手な行動をとる事などは許されない。生活すべてを管理され、契約内容に沿ってひたすら主人の為に働く者である。


 そういう借金奴隷である3人目の荷物運びポーター用の男の値段は、金貨80枚で期間は20年になる。実はこの男も犯罪を犯した者なのだが、罪の内容が軽微であったため奴隷の首輪を付けられることは無かった。その代わりその罪の賠償として借金を背負い、それを返却するために奴隷に落とされたのだ。その為に契約内容は期間、危険度ともに相当に厳しい物になっていて、安全とは言いきれない冒険者などに付き添う荷物運びに適任だという事である。


 4人目の女の奴隷は金貨40枚で期間は5年。契約内容としては、期間は短いが内容は厳しく、命の危険が無ければどんな仕事でもしなければならないというもので、性交渉を業務内容に含む女中であっても問題はないようだ。ただしこの世界の常識として、子供が生まれた場合に扶養義務があり、期間終了後も妾として養わなければならないそうだ。


 アールが昨日、城門で感じていた疑問はこれが答えである。全ての人間が農夫だと思っていたのだが、実は借金奴隷である農奴が混ざっていたのだ。彼らの管理はその持ち主がする為、城門での誰何すいかとなっていたのだ。


 そして最後、5人目の奴隷は金貨300枚。兎獣人の女の子で奴隷の首輪を付けていた。


 この子が奴隷になった理由は、御子となり“神の救済”を受ける為だと説明された。


 本来、獣人族の魔石は死後にけがれを払う為に教会に奉納しなければならない。その為、獣人族の者たちは種族間の絆を強くし一族で群れを組み、行く末を案じて仲間が死んだ時に魔石を回収出来る様にしている。だからと言って、全ての魔石が回収できるわけではない。


 魔石を失ってしまった種族には穢れが貯まっていき、最後には“神の祝福”が受けれなくなるそうだ。そこで、穢れを払うために幼い子供が御子となり“神の救済”を受けるために奴隷の首輪をつけ、この世の中に奉仕するのである。


 猫獣人のように、身軽な身体能力を生かして狩人になる者。犬獣人のように、真面目な性格を生かして農地を耕す者。豚獣人のように、綺麗好きな特性を生かして街のゴミを清掃する者。馬獣人のように、足の速さと持久力を生かして街と街の間の通信を担う者。牛獣人のように、力を生かすため自ら鉱山に入る者。


 今、この部屋に立っている奴隷の女の子は兎の獣人であった。兎の獣人は旺盛な性欲を生かして、こういう仕事に就く者が多いそうだ。しかも、奴隷の首輪には生殖活動封印の機能、つまり子供が出来なくなる機能が付いているのだ。性的欲求を発散させる事も、この世の中に奉仕する“神の救済”の1つなのである。


 アールは改めて、目の前の兎の獣人を見ている。しかしその目は冷静で、そう云う物なんだな、という感情しか浮かんでいないようであった。


 前の世界の物話では、こういうシーンで出てきた獣人の女の子を、一目で気に入り、何とかして手に入れて、ヒロインの座に就けるのである。


 だから、アールも性的欲求を満たす獣人の奴隷という事で期待していたのだが、流石に趣味には合わなかったようだ。


 アールにはモフモフをこよなく愛するという性癖は無かった。初心うぶな娘は好きだが、ロリコンと言う訳でも無かった。ぽっちゃりは範囲内だがデブ専ではなかった。アールの目の前にいる女の子は、田舎から出て来たばかりの素朴だが陰気でおデブちゃんのバニーだった。


 全てにおいて少し外れていたのだ。


 もう少し年を重ねていれば、もう少し垢ぬけていれば、もう少しスリムであれば、いや、笑顔を浮かべるだけで気に入っていたかもしれない。まあ、金額を考えれば全く手が届かないというのも事実である。


 冒険者ギルドから始まり、色んな店を回って最後に、この奴隷商に来たのだ。アールの頭は限界を迎えていた。これ以上情報が入ってきても処理できなくなっていたのだ。だからアールは「そう云う物なんだな、」としか考えが浮かばなかった。


 なんにせよ、アールはここで短絡的に奴隷を買うことなく店を出たのである。そして、疲れた頭を休めるために、宿に戻って眠ることにした。




 こうしてDA9での1日目が終わった。

金貨1枚=10万円

説明回が続いてるので、長台詞ばかりです。見にくかったら申し訳ありません。

主人公に名前も付けた事だしと、途中で踏ん切りをつけて、3人称にしてみたのですがそちらも難しかったです。

内容が上手く伝わっているか不安です。

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