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おっさんはダンジョンマスターになって青春を取り戻せるのか  作者: 烏龍お茶
1章 おっさんがダンジョンマスターになるまで
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止めてもたまに欲しい

 後ろを振り返っている暇はない。槍はもうない、近づかれたらやばい。必死に走りつづける。


 喉はカラカラになり、肺が痛い。口の中は血の味がする。両手を膝につき立ち止まってしまいたい衝動を抑え、何とか前にすすむ。


 どれくらい走っただろうか。全然、時間は経っていないかもしれないが限界だ。


 目についた大きな岩の後ろに回り込み、岩を背に座り込む。ゼエゼエと荒い息を抑え込んだ。後ろが気になる。追ってきてるのだろうか、岩陰から顔を出した。


 真っ暗闇の中を一筋の光がすうっと伸びて行く。遠くで光が2つが反射したような気がする。慌てて頭に付けていたヘッドライトをむしり取り、その場に捨て置き逃げ出す。


 驚きと混乱の中、走り出そうとするが、すでに限界を超えていたのだ。這うようにして進み、少し先にある小さな岩の裏に転がり込んで、改めて身を伏せた。心臓はバクバクと脈打ち、頭の中を血が駆け巡っている。自分の鼓動でほかの音は何も聞こえない。必死に息を潜め、うずくまる。


 少し息が整いだした時、1匹のゴブリンがこちらの様子を窺いつつ近づいてきているのが解った。


 ゴブリンはじっくり時間を掛けて近づいてくる。視線の先はさっき捨てたヘッドライトの放つ明かりのようだ。鼻をクンクンさせ、耳をピクピクさせながら明かりの元をさぐっている。警戒するように、身構えながら大きな岩の裏に回り込んで来た。


 そして明かりの元、ヘッドライトを発見した。


 ゴブリンはヘッドライトに恐る恐る手を伸ばす。警戒しつつ、何度か指先でつついている。ようやく安心したのかつまみ上げた。が、ライトが直接目に入ったのかびっくりしている。 


 ゴブリンがいる位置からここまでは目と鼻の先の距離だ。息を止め、ばれない様に祈りながら身を固くした。


 ポケットの中のライターに手が触れる。頭にプランが浮かんでくる。虫よけスプレーもあるのを確認した。ゴブリンはヘッドライトしか目に入っていないようだ。このまま隠れていても、いずれ気付かれてしまうかもしれない。先制攻撃しよう、火炎放射だ。考えつくが早いか、心を決めた。


 息をのみ、音を立てない様に立ち上る。ゴブリンの後ろ姿が目に入った。心臓が早鐘を打つようにドキドキしている。焦る気持ちに小走りになりながら、真後ろに付けた。


 カチッ、カチッ、シュボ。


 ゴブリンがおもむろに振り返り、こちらに顔をむける。びっくりしたような醜い表情を浮かべた瞬間スプレーが火を噴いた。髪の毛が焼けるような不快な匂いが漂う。


「ゴギャーブゲェギョ!」絶叫をあげ、顔を手で覆いながらのたうち回る。


 左手のスプレーをつきだしながら、必死に炎を浴びせてかける。不意に火が消えた。慌ててノズルを押し込み直すが勢いがない。スプレーを振ってみるともう空っぽのようだ。


 ゴブリンに目をやると、うずくまりながらではあるがこちらに顔を向けてきた。焼けただれ焦げた顔の奥に、憎しみで染まった目がみえる。リュックを肩からはずし、飛び掛かろうとして来たゴブリンにフルスイングでぶつける。


 ゴブリンは力なくよろけ、倒れた。


 倒れたゴブリンの頭の横にバレーボールほどの大きさの石があるのが目に入った。


 リュックをゴブリンになげつけ、石にとびつき拾い上げ、馬乗りになった。体の下で暴れるゴブリンを必死に押さえつけ、両手で石を振りかぶり目の前の頭に叩き落とす。石と石がぶつかり合ったような激しい衝撃。


 手がしびれ、痛みがはしる。


 石を取り溢しそうになるのを我慢する。再度振り上げ打ち下す。無我夢中になり何度も何度も。グチャリとした気持ちの悪い感触が手に伝わりだして、やっと手を止めた。


 体の下のゴブリンはピクリとも動かなくなっていた。目の前の頭があった場所には血塗(ちまみ)れの石がころがっている。


 周りには、血と体液が飛び散り、目玉はこぼれ落ち、割れた頭蓋骨が不気味な白さを鈍く光らせていた。興奮冷めやらぬまま、心の奥から力が湧き上がる達成感に包まれる。


 ……が、時間が経つにつれて気持ちが落ち込んでいく。魚やスライムと違い、知性を感じる生き物、子供ほどの大きさの人型である。手がブルブルと震えだした。


 目の前に広がる惨劇、血なまぐさい匂いが立ち込めている。急に我慢できなくなり、胃の中の物を吐き出した。


 呆然としながら立ち上がり、袖で口元を拭おうとする。血塗れの腕が顔にあたり、ベチャリとした気持ち悪い感触がする。最低な気分でリュックを拾い上げ、この場所から逃げるように立ち去った。



 どこをどう歩いて来たのか、星明りに照らされた水辺がみえた。近づかないよう気をつけながら、手ごろな岩を背に座り込む。リュックを抱きかかえるようにして、まんじりもせず夜明けまで過ごした。


 陽が昇りだし、少し落ち着いてきたので水辺に近づいていく。周囲の気配をさぐる。生き物は水の中にちらほらといる魚しかいないようだ。


 汚れた腕と体をあらう。穴が開き、所々さけている血塗れのレインコートを脱ぎ去る。レインコートが防いでいたとはいえ、所々に血が染み込んだ厚手のシャツもTシャツも脱いだ。


 上半身裸になり、シャツを洗う。岩場にもどり、タオルで汚れた体をふき、新しいTシャツの上にセーターを着込んだ。


 穴が開き、汚れたレインコートはその場に捨てて、洗ったシャツをカバンにしまい込んだ。少しさっぱりとして、気分も随分と落ち着いた。


 水筒をとりだし、水を口に含みながら一息つく。


「ああ、煙草が吸いたい」




 2年前にやめた煙草に思いを馳せながら、大活躍したライターを久々にカチャカチャと操ってみる。

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