ギルドカードはファンタジー
「あっ、私ったら自己紹介すらまだだったわね。冒険者ギルドのジャッジア・グースよ。いつも受付にいるから何か分からない事が有ったらいつでも声を掛けてね」
そう言ってギルドの受付嬢はニッコリと満面の笑みを浮かべてくれる。
「アールです。よろしくお願いします」
私はそんな美人の笑顔に見とれつつ、冒険者ギルドのルール説明を聞く事にした。
「じゃあ、まずは冒険者ギルドの理念を説明しておくわね。
あなたも知っていると思うけど、一般的なギルドっていうのはギルド員と依頼主を繋ぎ、依頼を達成して貰う事で世の中に貢献していくってのが目的なんだけど、冒険者ギルドはその色合いがより一層濃いのよ。
生存圏を拡大するために魔物を討伐し、さらに魔力量を増やして強くなる事、それ自体も世の中に貢献するって事になるわ。そこで冒険者ギルドでは依頼主から依頼が来るのを待つだけじゃなく、依頼を出してもらうように働きかけたり、冒険者ギルド自体で依頼をつくったりしているの。
だから冒険者になるのにも、厳しい規定があるし、依頼達成に対する審査も厳しいわ」
ここまでは大丈夫? って感じで目を合わせてきたので、うんうんと頷いておく。
「普通は魔力量が少ないからすぐには冒険者には成れないわ。そういう時はいったん見習いとして登録してから、他の冒険者の手伝いをさせたり近場での採取などの依頼を熟してもらいながら、ランクと魔力量を上げていってもらうのよ。
そうやって、ようやく正式に冒険者に登録されるんだけど、アールさんの場合はちょっと例外ね。すでに規定の魔力量があるから、ギルドカードを発行してすぐに正式な冒険者として登録されるわ。ただ、最初からEランクになっちゃうから、それまでにもらえるはずのランクアップ特典がもらえないわね」
どう? って感じですこし間を開けたので、デフォルトっぽいことを聞いておく。
「ランクがEになるってのは分りました。それでランクアップの特典って何があるんですか? あ、それとランクってどこまであるんです?」
「まずは冒険者ランクの種類からね。SS、S、A~Hまで10段階あるわ。ちなみにこの街に常駐している冒険者で最高ランクはCよ。Aから上はギルド本部預かりだから、私もほとんど見かけた事が無いわ。
ランクは依頼を受けてもらう時の基準って考えて貰っていいんだけど、受けてもらえる依頼は、常注依頼を除いて自分のランクの上も下も1つまでしかを受けれないから気を付けてね。それとランクアップの特典だけどE、F、Gにランクが上がるときにそれぞれにアイテムと徳が特典として貰えるだんだけど、それが貰えない事になるわね」
“徳”については前にダンシングレードルやコアさんに軽く聞いたことがある。どうやら貯めるとお得なマイレージのようなポイントらしい。教会で治療を受けたり魔道具を貰えたりするほか、希にスキルを貰えたりするそうなのだ。
その説明を受けたときは『徳でスキルを貰えれば、新たな力を手に入れられるかも』と喜んだのだが『レアなスキルを得るには莫大なポイントが必要で、少ないポイントで貰えるスキルは覚える必要性はないでしょう。むしろ覚えない方が良いかもしれません』とまで言われていたので、スキルは諦めていたのだがアイテムともども貰えないのか……。
まあ、貰えないものは仕方がない。ここはすっぱりと諦めて、依頼受注の説明で少し気になったことがあったので、そちらを確認しておこうと思う。
「依頼の受注なんですが上は解るんですが、下も駄目なんですね」
「ええそうなの。他のギルドでも若者を育てるって意味があるから低ランクの依頼を高ランクが引き受けるのは避けられてるんだけど、冒険者ギルドはきちんと規定しているの。さっきも言ったけど冒険者ギルドは、ギルド員を増やすってことも、強くなって貰うってことも大事な目的なのよ。だから、低ランクの依頼はわざわざ用意してるって所もあるの。それを、上のランクの人たちがやっても意味がないってわけ」
「そういう事もあるんですね」
なんか内情が垣間見えたような気がする。
「それとランクアップの特典なんだけど、徳は仕方ないとしてアイテムの方はポーションとか魔道具のランタンなので町でお金を払えば買えるわ。アールさんならサクサク依頼をこなしてくれるだろうから直ぐに元は取れるわよね」
彼女は真面目な顔から一転、同意を求めるように、にっこりと微笑んだ。
アイテムが貰えないのも痛いが、徳が貰えないのもちょっと痛いな。お得なポイントみたいなものって話だから少し楽しみにしていたのだ。
でも一番、痛いのはそんなに嫌な気分に為ってないって自分だったりする。この受付嬢が笑顔を交え、フレンドリーに話し掛けてきてくれるのだが……これはセールストークだ惑わされてはいけない。でも、生身の女性と話すなんて久しぶり……だめだ、惚れてしまいそうになる。
内ポケットに手を入れ、小さな匙になったお玉さんを握りしめる。手のひらに魔力がじわっと伝わってくると少し落ちついてきた。焦る必要はない、気負わないように答えておこうとおもう。
「出来ることから、やっていきますよ」
動揺を悟られないように、ちょっとそっけなく口調で返事をする。
「そうね、慣れない事を無理にやっても仕方ないわね。でも慣れてきたらどんどん受けて、お願いね」
少し心配するような表情を浮かべたあと、ねだるように同意を求めてきた。
「分りました、慣れて来たら頑張りますよ」
こう答えるしかないようだ。
「そう言ってくれるだけで、嬉しいわ。ありがとうね」
本当に嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「慣れたらですよ」
手のひらに感じるお玉さんの魔力に集中して心を落ち着ける。これって計算かそれとも天然か、やっぱ女って魔性だわ。と顔に出さないようにため息をつく。
「じゃあ、次は依頼達成の審査について説明するわね。採取依頼とか運搬依頼とか護衛依頼なんかは、殆どが外部からの依頼になるんだけど、それぞれに納品があったり受領証があったり完了証明があったりすれば、何の問題もなく依頼達成は処理されるわ」
まぁ普通の説明だな。先を促すように頷く。
「ただ、討伐依頼だけはちょっと特殊なのよ。まず、討伐依頼を受けるにはギルドカードが必要になるんで、事前に説明しておくものなの。アールさんはいきなりEランクになったから、それも含めて説明させてもらうわね」
「ええ、お願いします」
「それじゃあ、知ってるかもしれないけど、ギルドカードの基本的な説明からするわね。ギルドカードは全てのギルド共通で、さまざまな情報が記録されているわ。だから他のギルド、例えば商業ギルドとの間で情報や金品の受け渡しをする、何て事も可能よ。情報の内容は多岐にわたっていて、名前に年齢、人種に本人の魔力パターンに冒険者ランクでしょ。さらに貯めた徳の量に登録地や吸収した魔力パターンの記録、銀行機能に犯罪歴、所有奴隷にクエスト受注履歴に成功率なんかがあるわ」
さすがファンタジー、凄い機能だな。身分証明書の代わりどころじゃなさそうだ。
「ギルドカードには今言ったように個人の魔力パターンが登録されてるから、他人が使用することは不可能よ。ただ、ギルドカード自体が貴重なものだから、しっかりと管理はしてね。それにギルドカードは常時携帯を義務づけられているの。紛失はもちろん、体から離しているだけでも罰則があるわ、覚えておいてね」
私が頷くのを待ってから彼女は続ける。
「それでここからが討伐依頼の話になるんだけど、さっきも言ったようにギルドカードは吸収した魔力パターンも記録するんだけど、その機能で倒した魔物のカウントも自動で行ってくれるのよ。ただ一定以上の魔力を吸収すると誰でもカウントされちゃうっていう欠点もあるの。だから、討伐した魔物の魔石も一緒に持ってこないといけないって訳なの」
受付嬢は息継ぎをした。
「逆に魔石だけあっても、魔力の記録がないと無効よ。もちろん、魔石の盗難や強奪を防ぐためってのもあるんだけど、あくまでも討伐依頼っていうのは強くなってもらう事に対する報酬っていう意味があるの。だから、お金で雇った人たちが勝手に集めた物を提出とかされても意味はないって訳なのよ」
理解できたかしら? って表情でこっちを見ている。
「つまり、ギルドカードを常時携帯して、魔物は自分で倒してその魔物の魔石を持ってこいってことかな。あと、ずるは出来ないって感じか」
こんな所か、何回か依頼をこなしていけばわかるだろう。
「簡単に言うとそういう事ね。でもそれだと大変でしょ。だから、複数人でパーティーを組んで登録すれば、パーティーで依頼を受ける事ができるのよ。パーティーの事はまた、その時に説明するわ。ちょうどギルドカードが出来たみたいよ」
ウィンクしながら、後ろの方を見るように合図してきた。さっき応対してくれてた男が、兵隊がつけるドックタグみたいな物を持ってこちらに近づいてくる。
「ジャッジア、冒険者ギルドの案内とギルドカードの説明は、終わらせていただけましたか?」
「ええユリアン、大丈夫よ。ねっ、アールさん」
今まで説明してくれてた彼女が、ユリアンと呼ばれた男に対する返事の途中でこちらに向き直ると、にこっと笑顔を浮かべた。
「大体は理解できましたよ」
つられて笑顔を浮かべてしまう。
「そうですか、ありがとうございます」
そう言うと、2人は席を入れ替わりユリアンと呼ばれたギルド職員の男が目の前の窓口に座る。
「アールさん、お待たせいたしました。こちらがギルドカードです。表面に刻印されたお名前などに間違いが無いかご確認ください」
手渡されたギルドカードに私がちらっと目を向けると、間違いがあるはずはないとばかりに、無視して話を進めだす。
「聞いていただいてるとおもいますが、ギルドカードの常時携帯は義務付けられていますのでご注意ください。また、ギルドカードの紛失等ございましたら、すぐにご連絡ください。そのまま放置されますと、さらに厳しい罰則があります」
さっき聞いた話のおさらいだな、聞き流しながらギルドカードの刻印を眺める。名前はアールになっているな、偽名っていうかこれからこれが私の名前って事になるのか。不思議な感じだ……あれ、記載されてる年齢が実際よりちょっと若いな、と少し驚いていると、男が声を掛けてきた。
「ギルドカードになにか問題でも?」
怪訝な顔をしている。
「いえ、別に。ただ、話してない内容が載ってるのにちょっと驚いてしまいまして」
と、誤魔化しておく。
「ああ、その事ですか。先程水晶に手を翳していただきましたが、その時に魔力の質、量、パターンなどを計測させていただきました。そこから年齢や種族などを割り出すので虚偽の申告なんかも不可能と言う訳です。流石に名前までは判りませんが、一度登録してしまえば魔力パターンで個人を特定できるんですよ」
得意げな顔で説明してくれる。!? 思っていた以上の性能のようだ。前の世界で考えたら、指紋とか網膜とか登録して個人を特定するってのにも似ているか。
「すごいですね」
思わず正直な感想が漏れる。
「アールさんもそう思いますか、素晴らしいでしょギルドカードって。さらに凄い機能もあります。これはあまり知られていない事なんですが、自動的に魔力の記録を行うので、殺人や傷害などの罪を犯した場合でもすぐにわかるんです。正当な理由がない場合、他の証拠がなくても有罪になりますのでお気を付けください」
まるで自分の事を誇るかのように、さらに説明してくれる。そう言えば城門でも人を殺した痕跡がないとか、そんな話をしてたな。これって前の世界で考えたとしても、オーバーテクノロジーじゃないか。これがファンタジー世界の真骨頂ってか。
「それなら、全ての人々がギルドカードを持てば、良いんじゃないですか?」
ちょっと疑問に思った事を聞いてみる。
「ギルドカードは“神の慈悲”が顕現した物、神聖遺物なのです。とても貴重な物なのですよ。魔族がギルドカードを奪おうとする事案も報告されています。だから通常ギルドカードは、それを携帯して守る事が出来るであろう、一定ランク以上の者にしかお渡しする事ができません」
神妙な調子でここまで話す。
「ただ冒険者ギルドの場合は例外で、アールさんのように規定以上の魔力量を持つ者には直ぐにお渡しさせていただいております。これは神聖遺物を守れる者、“神の慈悲”を受けるに値する者への特別な報酬となる訳です。だからアールさんには誇りを持って、人類の生存圏拡大の為に尽力して貰わなければなりません」
最後の方の言葉は熱を帯びていた。神様とか出て来た!? 現代日本で育ったからか、なんかいまいちピンとこない。
でも、よく考えればここはファンタジーの世界である。自分自身もダンジョンマスターっていう訳の分からん存在だし、魔物はいるし、悪魔はいるし、ドラゴンはいるしって、神様がいても全然不思議じゃないのか。ていうか小説なんかだと異世界転位した時に神様に会ってなきゃおかしいぐらいか。
なんにしてもギルドカードは必要だし便利そうな物だ。
「そう言う事なんですね。ありがたく受け取らせていただきます」
神妙な顔をして礼を言っておく。
「せいぜい頑張ってください。では最後に返金についてですが」
当たり前の事を当たり前のように言う、みたいな感じで私の言葉を軽くスルーして、返金の話をし始めた。
「アールさんは通行料として銀貨4枚と銅貨5枚をお支払いしていただいてますが、このうち銀貨1枚は人頭税として街の方に納めさせていただきます。残りの銀貨3枚と銅貨5枚は返金させていただきます。これでアールさんがこの街に滞在する為の保証金が無くなった、という事になります。ここまでは理解していただけると思います」
いったん話を切って息をのむ。
「つまり、今後問題が発生すれば冒険者ギルドが責任を負う事になります。これも理解していただけますよね。街の者に対して怪我を負わせたりすれば直ぐに分かります。魔力を調べれば解るという事、これも理解していただけましたかね。普通ここまで言ったら愚かな事なんかするはずないのですが、それを自分の事と理解できない馬鹿がたまにいるんですよ」
と、ギルド職員が厭味ったらしい笑みを浮かべる。言外に「貴方は大丈夫ですかね?」って声が聞こえてきそうな雰囲気だ。
思わず自分の口から「あぁ!?」と怒気を含んだ言葉が漏れた。
通行料って問題を起こしそうなやつから先に補償金を取っておくって事か。まあ見ず知らずの奴が来て、問題を起こされたら堪らんってのはわかるが、もっと違う言い方があるだろ。
すると隣に座っていたさっきの美人受付嬢が険悪な雰囲気を察したのか、話に割り込んできた。
「私、話した感じだとアールさんはそんな事しないと思うな。ユリアンもそう思うでしょ、ね」
ユリアンと呼ばれたギルド職員の男が、ハッと気づいたように謝罪する。
「他意はありませんでした。気分を害してしまったなら申し訳ございません」
そして、その後の説明を間髪入れずひと息に話し出した。
「改めて、これで冒険者ギルドへの登録は終了となります。これからは、いつでも依頼を受けていただけるのですが、本日はもう陽が高くなっています。アールさんのランクですと、選んでいただける依頼は即日の依頼が大半となりますので、明日改めて来ていだいた方がよろしいかと思います。ご依頼は、入口を入って左手の掲示板にランクごとに並べてありますので目を通しておいてください。資料等の閲覧もできますので、なにかご質問がありましたら窓口まで声を掛けてください。依頼達成の報告はこの窓口ではなく、建物の裏手にある窓口で行っていますのでお間違えの無いようにお願いします。これでご説明は以上となりますがなにかご不明な事はございますでしょうか?」
何だ今のは。呪文かナニカか……思わず呆気に取られてしまった。
聴き取れるであろう限界の速度で言葉を羅列し、聴き終わったあとも内容に間違いが無かったか、反芻しなければならない内容量。
かと言って決して聞き取り辛いという訳でなく文句を言えない絶妙の加減。
これってスキル⁉ 何て所まで考えを巡らしたので、怒りは引いてしまったのだが、それでも気まずい雰囲気は残っている。
「大体理解できたと思います。もし何か問題が出たらその都度その都度、相談させていただきます」
そうぶっきらぼうに言い残し、さっさと窓口から離れる。
なんか気疲れしたわ。
あとはどんな依頼があるのか確認をしておけばいいかな。窓口から離れたその足のまま掲示板の方に向かって行く。
HとGランクの依頼はほとんどが採取依頼だ。薬草であったり食材であったりを決まった数量持ち帰るっていうやつだな。
薬草の依頼には常注依頼の文字が見える。食材だとか素材だとかは、低ランク向けだが薬草採取は数が足りないから、常注依頼にしてる感じか。ここに貼ってあるのは金額との兼ね合いかも知れない。
掲示板の横に在る資料を手に取ってみると、薬草が図解入りで説明してあり、生息場所なんかも書いてある。これなら、依頼を受けても何とかなりそうだ。ただ、見習いが受ける依頼だからだろうか、報酬が銅貨3枚から5枚と安いのは仕方がないか。
安全マージンをきちんと取らないと危険なので、お玉さんがいない状態でいきなり討伐依頼を受けるつもりはなんかはない。まずは、簡単な依頼から受けて行こうと思っている。
だからお金を返してもらったからといって、そうそう無駄遣いはできないという事だ。まずは、冒険者ギルドを出て、服屋を探すことにした。
やっぱり風呂上がりに脱ぎたての下着をもう一度、穿きたくは無い。
ダラダラと説明を続け、ついに1話丸々説明に費やしてしまいました。
要約すると。
冒険者ランクは SS、S、A~Hの10段階。
自分のランクはE。受けれる依頼は自分のランクの±1まで。
アイテムと徳をもらい損ねた。
ギルドカードはファンタジーで作られている。貴重品だから、ある程度ランクや強さがないと所持できない。
討伐依頼は自動記録だが、魔石が必要。
依頼を受けるのは明日から。
返金してもらった。
買い物に行こう。
たったこれだけの内容です。(箇条書きして悲しくなりました)




