表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おっさんはダンジョンマスターになって青春を取り戻せるのか  作者: 烏龍お茶
4章 おっさんと外の世界とのまじわり
53/81

衛兵と尋問と

 商人のフェイ・ユンが名前をなのって握手を求めてきた。


 あっ、自分の名前どうしよう。何も考えてなかったわ。「マスターです」とか、おかしいし「主様」とかもないしな……。


「私は……」


 ふと、ピクシーのスーが私をふざけて呼ぶ姿が頭に浮かんだ。


「アール・ジー・サマー……仲間からはアールと呼ばれていました。この町で冒険者になろうと考えています。是非、よろしくお願いします」


 先方の手を取り固く握手を交わす。フェイ・ユンは私の言葉に意味深に頷き、握手を終えると切り出してきた。


「ではさっそく取引の方を」

「こちらになります、お確かめください」


 私は背中の袋から残りの魔石を取り出して手渡す。


 フェイ・ユンは魔石を受け取るとひとつひとつ確認したあと、腰の袋から銀貨を取り出し私に寄こしてくれた。


「こちらが代金になります。お納めください」

「確かに」


 出された銀貨5枚を受け取り言葉を返す。その後、店の場所の事など雑談を交わすとフェイ・ユンは嘘臭いほどの笑顔を浮かべる。


「アール・ジー・サマーさま、是非またお願いします」


 いや、痛い名前をフルネームで呼ばないでください。


「先程も言いましたが家名はもう捨てましたので、単にアールとおよびください」


 せめてこれぐらいで許して。


「ではアールさま、お先に失礼します」


 そう言うと列に並ぶことなく城門の中に入って行き、衛兵たちに一声かけ会釈をしたあと町の中に消えていった。


 上手く話を進められたかな、とか思っていたが最後に痛いしっぺ返しが待っていた。“アール・ジー・サマー”とか恥ずかしすぎる。「あるある言いたい、とか言ってんじゃねーよ」って1人ボケ1人突っ込みが出来そうな名前だわ。


 恥ずかしさで身悶えるような感情を抑えて、自分も町に入る為に列の一番後ろに回って並ぶ事にする。ちょっと何も考えられん。ボーっとしつつ列が減っていくのを眺め自分の番が回ってくるのをのんびりとして待つ。



 また会釈だけして通過していく農夫が城門に吸い込まれていき、少し列が進む。次は3人組の冒険者がタグを提示して二言三言会話を交わすとすぐに町の中に入っていく。うん、順調順調。


 あっ、列に並んだ人たちを蹴散けちらすように馬車が突っ込んで行った。何てやつだ、と思っていたら羊皮紙ってやつだろうか、書類を渡している。あれはあの集団のリーダーってことか。この後は点呼のパターンだな。何とは無しに眺めていたがある程度の法則は分かってきた。


 次は森の中で遭遇した冒険者たちの番だ。剣と盾を装備した男が先頭を歩き、真ん中にる衛兵に書類を手渡す。その書類を横にいた衛兵が覗き込むようにして、2人の奴隷に声をかける。


 荷物を背負っていた方の奴隷が見事なバランスで腰をおる。だが、もう一人の奴隷は声を掛けてきた衛兵に対して大柄な態度を取った。瞬間、空気が凍ったようになって後ろから槍が叩き付けられた。


 背中を打ちすえられた奴隷の男はうずくまりのたうち回っている。剣を持った男が真ん中の衛兵になんども頭を下げながら、奴隷をののしり蹴り飛ばしている。見ていられなくなりおもわず顔を背けたが、視線の端では通過が認められた冒険者の一行が奴隷を文字通り引きずり、町の中に消えて行った。


 その後も何度か騒ぎがあったがおおむね順調に列はすすんでいく。大人数の奴隷を連れている者は、書類を渡しているようだ。ただ、これは顔パスかと思っていた少数の農夫のパターンでも書類を渡す場合がある。


 ダンシングレー( お玉さん )ドルにいろいろ聞いてみたいのだが、ここで兜をかぶり直すのは注目を浴びそうだ。ダンジョンにいた時のように頭の中で『お玉さん、お玉さん』と呼び掛けてみるが反応はない。やっぱり無理のようだ。まあ、お玉さんと話をするのは町に入ってからでも良い。


 列が減っていくのは嬉しいが、さすがにずっと見ているのも飽きて来た。気分転換に自分の設定を再度確認しておく。


『私は“魔の森”の北にあった亡国の戦士』


 あっ、さっき商人と話した時に騎士になったわ。普通の戦士でフルプレート鎧は無理があったか。


『“魔の森”を越えてくる途中に仲間はみんな死んでしまった。金もコネもないが武力には少し自信がある。生きていくためにこの町で冒険者になろうと思っている』


 こんな所かな。いちおう小道具も用意しているので大丈夫のはずだ。



 気付くと、空が薄暗くなってきた。間に合うのか? と少し心配になってきた時、男の声が聞こえてきた。


「くそ。なんだよ、まだ用事があんのかよ。遅くなっちまうぜ」と悪態をついている。


 どうやら先程取引をしてた男のようだ。城門の中に作られた取調室のような部屋に行けと指示されている。渋る男は若い衛兵に急かされるようにして連れていかれた。


 閉門の時間が迫っているのか列はドンドンと進んでいく。気付くとすぐ前に並んでたクワと籠を持った中年の男女2人組の番になった。


「オドーただいま。遅くなったわ」「ちっと区切りが良い所までやってたら、時間が掛かりすぎちまった。遅くなってすまん」


 2人が揃って帰って来た事を報告する。


「遅かったですね、心配してました。なりを潜めましたが失踪事件もあるんです。暗くなる前に帰るようにしてください。特にあんたみたいな美人は気を付けないと」


 オドーと呼ばれた初老の衛兵が、顔見知りなのか最後は気さくに女の方に向かってそんな言葉を投げ掛けている。


「アハハハハ。こんなおばさんに、お世辞いっても何の特にもならないわよ」女がうれしそうに答えた。


「こいつを美人だなんて、えへへへ。おめえも疲れてんだな」夫婦なのか、女を褒められた男もまんざらでもなさそうに返事して言葉をつづける。


「もうすぐ仕事も終わりか、今日も酒場にいくんだろ?」「後でうちの人と行くから一緒に飲みましょうよ」


 仕事終わりの弛緩した雰囲気を作り出しながら、男と女が飲みに誘っている。


「何もなければ、もうすぐ終わる予定だ。寄らしてもらうよ。じゃあ後でな」


 初老の衛兵がちらりとこちらを見たあと、2人を送り出す。2人は「じゃあ、またね」「先にいってるぞ」と別れの言葉を掛けながら町の中に入っていった。


 衛兵は中年の夫婦を見送ると、私の方に向き直りまるで品定めをするかのようにジロジロと見てくる。いつの間にか若い衛兵も出てきてこちらを警戒しているようだ。オドーと呼ばれた初老の衛兵が、若い衛兵が出てきたのを確認すると誰何すいかしてきた。


「で、あんたは?」

「アールと申します」

「アールさんあんた、ギルドカードはもってるのか?」

「いいえ、持っていません」

「なら、今までにこの町に来たことは?」

「ありません」

「そうか。じゃあ、あんたはこの町には何をしに来たんだ?」

「この町で冒険者になって金を稼ごうと思いまして」

「……で、アールさんはこの町に入りたいって訳か?」

「問題なければ、町に入って冒険者登録したいのですが……」

「問題があるかどうかは、これから確認する。なら、町に入る為の説明をするんで、話をしっかりと聞くように」


 淡々とした感じで会話が繰り返されていたが、最後は面倒くさそうな顔をして右横にいた若い衛兵に説明するように促す。


「先ず、通行料を払ってもらいます。これには人頭税が含まれていますので、今年の分の税金は免除されます。冒険者ギルドに登録するのでしたら、人頭税を除いた通行料を返金しますので、後で渡す証明書をギルドに持っていくのを忘れないでください。

料金を払ったら、武器を預けてもらい、取調室に入ってもらいます。そこでは、持ち込み品への課税、犯罪の調査と事情聴取を行います。それで問題なければ町に入れるようになりますが、ここまでで質問はありますか?」


 何度も話しているのか淀みなく説明してくれる。通行料を払って事情を聴かれるって事だな、武器を預けるのは不安だが仕方ない。銀貨3枚を取り出そうとして、金額をちゃんと聞いていなかった事に気づいた。


「えっと、通行料はお幾らでしょうか?」

「値段を聞くって事は、今の話を了承して町に入るって事だな。通行料はそうだな、お前なら銀貨4枚、いや銀貨4枚と銅貨5枚だ」


 じろりとこちらを睨んだあと、初老の衛兵が言い放つ。


「えっ、銀貨3枚じゃ……」言い値かよと文句を言いそうになるのを我慢してなんとか言葉を出す。


 初老の衛兵は、出し渋る私の言葉にかぶせるようにして通行料を要求してくる。


「お前は銀貨4枚と銅貨5枚だ。持ってるんだろ、早くしろ」


 銀貨5枚を手渡すとそのまま受け取り、私の腰の剣に目を止めてあごをしゃくるように合図してくる。


「えっ!? おつりは?」と思いながらも何とか言葉を呑み込み、剣も鞘のまま預ける。


 初老の衛兵は、受け取ったお金と剣をそのまま横にいる若い衛兵に全部持たせて、追い払うかのような手振りで取調室に向かうよう指示してくる。


 ぞんざいな扱いに内心イラッとしながら取調室に入ろうとすると、ちょうど扉が開きあの冒険者の男が出て来た。


「だから、嘘なんかつかねぇって言ったじゃねぇか。くそ、これじゃ間に合わねぇ……」


 もう暗くなり始めた空を見ながら吐き捨てるよう愚痴ると、男は足早に町の中に消えて行った。


 入れ替わるようにして部屋に入ると、そこには机と椅子があり座るように指示される。椅子にすわると若い衛兵が交易品がないか調べるので、持ち物をすべて渡すようにと命令してきた。背負っていた袋を渡し正面に座る初老の衛兵に目を向けると、若い衛兵が「鎧もだ」と言ってくる。


「鎧もですか……」おもわず呟くように返事した。


 ずっと手に持っていた兜を机の上に置きながら考える。お玉さんは渡せない。どうやって断ろうか、と思い悩むがそれ以前の問題に気づく。


 この鎧、自分で着た事も無ければ、ましてや脱いだ事などないのだ。1人で脱ぐことができるのだろうか……。もたもたしながら思い悩んでいると正面の衛兵が助け舟を出してくれた。


「暗くなったら面倒だ。時間も掛かりすぎる、この後もまだある。家宝の鎧なんだろ、今回は見逃してやる。ただし、売るなよ。もし、売るならその前に報告に来い」


 どうやら、先ほどの商人とのやり取りを聞いていたようだ。そのまま若い衛兵に荷物を調べるように指示しておいて、初老の衛兵は机の上に置いてある長方形の箱、不思議な材質の物体、に手をのせる。そして淡く発光した箱を眺めながら言葉を発した。


「こいつは私がやらんとまずいか、じゃあ始めるぞ」


 そう言うと「ぼーっ」と見ていた私に向かって、お前も早く手をのせろ、と少し怒ったように命令してくる。箱に同じように手をのせると箱の色が変わりしばらくの間、沈黙がつづく。


「犯罪歴はないようだな。人を殺した痕跡もない。あんた………なかなかの強さだな。それに騎士だったとか言ってたな。なのに人を殺したことは無いのか? それとも、もう薄れたのか?」


 おもむろに、話し出した。何か不思議な方法でこちらの事を調べているようだ。変に嘘はつかない方が良いかもしれない。


「直接、人を殺したことはありません」

「って事は、結構偉かったのか? そういや、家名を持っていたな。なら指輪をもってるのか? 持っていたら見せてくれ」


 すると、若い衛兵が「これを」と言って袋の中に入れておいた台座だけになった指輪を初老の衛兵に手渡した。それを明かりに掲げながら質問をしてくる。


「見た事がない指輪だな。石はないから国は無くなったって事か。何処から来たんだ?」

「この街の北にある“魔の森”と呼ばれているところを越えて来ました」

「誰かほかにも後から来るのか?」

「わかりません」少し考えて「途中で別れた者もいますが、私はこの体とこの装備だけで、ここまで辿り着きました」


 指輪を若い衛兵に返しながら、尋問をつづけてくる。


「この町には何をしに?」

「人肌を求めて来ました。冒険者になるのが目的です」

「特に問題はなさそうだな」

「お前は、何か気になる所はあったか?」続けて初老の衛兵が横にいる若い衛兵に声をかける。


「特に気になるところはありません」

「では最後にこのまま“深淵の第9都市しんえんのだいきゅうとしに危害を加えない”と宣誓してくれ」と、こちらに視線を移す。


「深淵の第9都市に危害を加えないと誓います」

 ・・

 ・

「大丈夫のようだな。まあ、途中で別れたってあたりの事は気になるが、話せない事もあるんだろう。この町に害がなければ問題ない。他の奴が来たら来た時の事。あんたの言葉に矛盾はないし、あんたみたいな力のある者がこの街に来てくれたのは助かる」


 1人頷くように言い切ると、若い衛兵に向かって声をかける。


「なにか課税対象の品物は持っていたか?」

「いえ、着替えと指輪と食べ物、それに短刀ナイフですね。それ以外は何も持っていません」

「じゃあ、これで終わりだな」報告を受けた初老の衛兵が、緊張を解いたような表情で手を差し出してきた。


「ようこそ、深淵の第9都市、通称DA9(ディープアビスナイン)に。私は西の城門の衛兵長をやってるオドー・リキッドだ。なにかあったら声を掛けてくれ」

「アールです。よろしくお願いします」


 手を握り返しあらためて挨拶をする。すると横から若い衛兵が声を掛けてきた。


「お預かりした剣と背負い袋です。あとこちらが通行証明書とお釣りの銅貨5枚になります」


 机の上の兜の横に、剣と袋と丸められた羊皮紙、お釣りを順番に並べていってくれる。兜をかぶり面頬バイザーを上げ、剣を腰に戻して、袋に羊皮紙とお釣りの銅貨を入れる。机の上の荷物を全部受け取ると、若い衛兵が扉を開けてくれ部屋の外まで案内してくれた。外はもう暗くなっている。


「アールだったか。あんた、明かりは持ってなかったな。今から酒場に行くんだが、ついでに私の知ってる宿屋で良ければ案内するがどうだ?」

「隊長、そんな事いって仕事をほっぽり出していくつもりですか」


 一緒に部屋から出てきたリキッド隊長が案内を申し出てくれたが、若い衛兵の非難の声が飛んできた。


 はやくお玉さんと話をしたかったが、知らない真っ暗な町の中を歩いて行くのも無理がある。それに向こうから態度を軟化してきてくれてるのだ。ここは好意に甘えておく方が良いはずだ。


「問題なければ、お願いします」


 ちらりと奥をみる私の視線に問題ない、と視線で応え町に向かって歩きだす。奥から聞こえる「今度貸しを返してくださいよ」という言葉にひらひらと手を振って応えている。私も誘われるようにして一緒に並んで歩きだした。


「宿は私の幼馴染がやってるんだが、銅貨5枚で一泊は出来る。それに風呂もあるから、まずはその汚い体を洗え。随分長い間旅してきたんだろう、仕事がら薄汚れた奴らに慣れてる私でも相当に臭うぞ」




 そう言えば、この世界に来てから一度も風呂なんて入って無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ