表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おっさんはダンジョンマスターになって青春を取り戻せるのか  作者: 烏龍お茶
4章 おっさんと外の世界とのまじわり
51/81

首輪と混沌とする思考と

 呆然としながら、この世界で初めて出会った男の姿を見送っていたら、突然左手で何かが動く音がした。


「!?」


 何とか耐える事は出来たが、驚きのあまり声をあげそうになった。まったく警戒していなかったのだ。


 ゆっくりと深呼吸しながら心を落ち着かせ、音が聞こえた方に注目する。


 するとそこには5人の男女の姿があった。男が4人に女が1人。男の内の3人は厚手の服の上に部分的な革の鎧を装備していた。2人は槍を持ち、残りの1人が片手剣と盾を装備している。1人だけいる女は足下まである黒いローブを着て、手には装飾が施された長い杖を持っていた。


 そして残った1人は、さっき見た男と同じような粗末な服に首輪をつけ、小さい体を少し前かがみにさせながら自分の背丈以上の荷物を背負っていた。背中の背負子しょいこには何段か行李こうりを重ね、その上にさらに荷物を積み上げていた。


 足下には足袋と草履のような物を履いており、手には武器ではなく短い杖を持ち、その杖でバランスを取りながら歩いているようだ。


「今日はまずまずだったな」先頭を歩く槍を持った男が嬉しそうに声をだした。


「私はクタクタよ」皆に挟まれるようにして歩く、女がぼやくように返事をする。


「俺も疲れた、早く帰りてぇ」2番手を歩いていたもう一方の槍の男が、愚痴るように続ける。


「もうすぐ第9都市だ。遅れるな」殿しんがりの剣を持った男が、激励するように声をあげた。


 冒険者のような一行が言葉を交わしながら、近付いてくる。


 窪みの中で腰の剣に手をかけ、いつでも飛び出せるように身を屈めて隠れ続ける。


 こちら側を歩いていた、2番手の槍の男が僅か10mほど先を横切っていく。思わず息を止め、クーの首筋に手を当てる。


 身じろぎせずに潜みつづけていると、なんとか気付かれる事なく通り過ぎてくれたようだ。ゆっくり息を吐きながら、一行の背中を見送った。



 姿が見えなくなり少し余裕が出て来たので、今の出来事を振り返る。最初の娘は逃げたとはいえ、この世界に住む人たちとの遭遇はもっと友好的な者になると思い込んでいた。それなのに、森の中での予期せぬ出会いに、おもわず声を掛ける機会を失ってしまったのだ。

 

 いや、声を掛けようと思えば掛けられた。実際は先行していた男から感じた、退廃とした雰囲気にあてられ、声を掛けるのを躊躇とまどってしまったのである。


 もしあのまま遭遇していたら、どうなったんだろうか……。


 1人目を見た瞬間、無意識のうちに腰の剣に手が掛かっていた。こちらは、騎乗しながら隠れて待ち伏せしてたようなものだ。すぐ横には魔物のグリフォンもいる。上手く説明することも出来ず、なし崩してきに戦いになだれ込んでもおかしくなかった。


 ではその時自分は、人に対して積極的に攻撃を加える事が出来たのだろうか。


 確かに相手から攻撃されたら、自分の命を守るために反撃することは出来るかもしれない。だが、戦いとは先手必勝である事も事実だ。仕掛けた方がイニシアチブをとるのだ。相手の思惑通りに戦いが進んだら、相当力量がまさっていても反撃なんてできない。


 しかも、相手には魔法を使いそうな者もいたのだ。そんな集団が連携を取りながら攻撃してきたとしたら……。


 何も覚悟をしないまま、ここまで来ていた事を痛切に感じる。そして今まで考えないようにしていた事を、考えなければいけない時期が近づいているのかもしれないと思う。ダンジョンマスターとして、人間たちとどう向き合っていくか。



 何時の間にかバイコーン(双角幻馬)のクーが隣に立っており、私の体に首を擦りつけて来た。ハッとして前を見ると、すでにフィラがさっきの連中が進んで行った方に向かって歩きはじめている。


 後に続くように歩きはじめ、取り敢えずは次に出会ったらこちらから声を掛けよう、と決めて他の思考を追い払う。今はうだうだと考えている場合じゃない。


 それにしても集中力がよく切れる。朝のすっきりした気分は何だったんだろう。戦闘と行軍を続けているが、体力にはまだ余裕があるのだが……。


 ここまでの緊張感から精神をすり減らしたのだろうか。ダンジョンの支配範囲の外だから力や素早さだけじゃなく賢さも落ちている。だからこんなに思考が迷走するんだろうか。と、またも思考の渦に陥りながらフィラの姿を追いかける。



 しばらくの間歩みを進めていると、所々藪が切り拓かれたような場所が見て取れるようになった。


 歩きやすいなとか思っていたら、いつの間にか足元が森の中を伸びる獣道のようなものに変わっていたようだ。


 先程の一行も話していたが、町の近くまで来ているのかもしれない。進むにつれて、獣道はどんどん太くなり歩きやすくなっていった。


 さらに1時間ほど進んだ頃、フィラが獣道の曲がり角で立ち止っている。近づいて行っても、こちらを振り返るように私を見つめながら待っていてくれた。フィラの横に並び立ち視線を先に向けると、森の木々の間に石積みの城壁が見えた。


 ちらりと見える城壁は小高い丘の上にある。曲がり角から少し顔を突き出して城壁の続きを確認すると、かすかに物見櫓ものみやぐらも見える。これ以上先は、なんの対処もせずに近づくのは危険かもしれない。


 頭を引っ込めて、ようやく到着した町の城壁を睨むように眺めながら、今後の方針を考える。



 当初の予定でも双角幻馬のクーは、親友のテイマーが使役していた魔物を死ぬ間際に譲り受けた、と苦しい説明をして町の中に連れて行く予定だったのだが、流石にグリフォンはない。出発前に色々と検討していた中でも、双角幻馬を連れて行くのはリスクが高いが、それでもギリギリ何とか誤魔化しきれるだろうという事にして、結構無理やり連れて来たのだ。


 ここまで来たなら、町に到着したようなものだ。もう、案内は必要ない。グリフォンのフィラとは、お別れになる。フィラもそのつもりだったのだろう、私が横に並びかけても角を曲がって進んで行くこと無くじっと佇んだまま、こちらを見ている。


 しかし、思いのほか助かった。最初は『なにをしに来たんだ!』と思っていたが、道案内に偵察に戦闘にと大活躍してくれた。滅茶苦茶に感謝している。ダンジョンに帰ったらご馳走してやろうと心に決めて、フィラの顔を覗き込み別れの挨拶をする。


「フィラ、本気まじで助かった。ここまで本当にありがとう」


「ピュイ」フィラが返事をしてくれているのか、頭を上下させて応えてくれる。


 思わず撫でようとして、フィラの鷲の頭に手を近付けるが躱される。流石に頭を触られるのは嫌なのか、手の持っていき場になやみ鷲の頭を持つ首筋をパンパンと叩いてやると、嬉しそうに受け入れてくれた。


「無事に帰れる?」

「ピュイ!!」と明るい鳴き声で返してくれる。


 問題なさそうか。なら「帰ったらご馳走するからダンジョンに来て」と声を掛けようとして思いとどめる。問題なく帰れるのか、クーに視線を向ける。


 さっきも考えていたのだが、クーを連れて町に入るには、苦しい説明をしてなんとか誤魔化しきらなければならない。


 自分たちが町からダンジョンに帰る際に足がなくなるという問題はあるが、今度はあせる必要はないはずだ。この世界の人々との交流を、単純で友好的な物と思い込んでいたが、さっき遭遇した時の雰囲気を思い出すと、そうそう楽観視できる物でもなさそうだ。私が町に入るだけでも問題はあるのだ。厄介ごとを排除できるなら少しでも排除しておいた方がいい。


 クーのすべすべとする首筋を撫でながら、探るような感じでフィラに話し掛ける。


「フィラ。ここまでして貰って、さらにお願いするようで悪いんだが、クーと一緒に帰るってのはどう? ……可能?」


 フィラは先程と同じように、頭を上下させて頷いてくれている。クーに目を向けると、少し甘えるように首筋を私の体に擦りつけてきながら「ヒヒン」といななき、首を大きくたてに振った。


「問題なさそうか!! いや、感謝してもしきれない。凄い助かる。俺たちが戻ったら、必ずご馳走を用意するから、遠慮せずに腹いっぱいになるまで食べてもらうから、クーの事を頼めるか?」


 感謝と安堵の気持ちに、言葉を捲し立てるように並べる。


 フィラはご馳走という言葉に反応して「ピョーイ!!!」と喜んだような鳴き声をあげると、激しく頭を上下させ、細かくステップを踏んでいる。まるで入れ込んだ競走馬のような状態だ。フィラの体をなだめるように撫でながらクーにも声を掛ける。


「クーも、フィラが一緒だからといって、油断しないように」


 フィラに一抹の不安を感じつつ、興奮の落ち着いたフィラから手を離し、少し不安げなクーの首筋をもう一度撫でてやる。2頭が落ち着いた所を見計らって送り出す。


「じゃあ、2人とも気を付けて。それと、無駄な戦いは避けてな」


 2頭は仲がよさそうな雰囲気で連立つれだって、今まで来た道のりをすこし戻ると獣道をはずれ森の中に消えて行った。心持ち寂しさを感じながらその姿を見送ったあと、気合を入れ直し町まで続くであろう獣道を進み始める。


 太陽の位置が大分と低くなっている。あと1時間もすれば暗くなりはじめるだろう。



 2頭と別れてから道に沿って進んで行くと、チラチラと見えていた城壁が徐々に近づいてくる。木々をはさんだ向こうに見える城壁は、小高い丘の上に築かれており高さは3m以上はあると思う。

丘と合わせれば10mは超えていそうだ。ここからでは、中の様子は全く見る事ができない。


 この辺りまで来ると獣道も随分と歩きやすくなっていて、町で生活するために薪なんかに使ってるのだろうか、足元には倒木や小さな雑木ざつぼくなんかも無くなっている。もう獣道ではなく、普通の小道だ。一歩一歩足下を確認する必要も無い。城壁を横目に歩きつつ、気になっていた事をダンシングレー( お玉さん )ドルに聞くことにした。


「お玉さん、さっきの連中が冒険者ってやつら?」

『はい、おそらく6人組の冒険者でしょう。先行していた男も同じパーティーだと思われます』

「やっぱり離れて先行してたやつも、同じパーティーなのか……」


 痩せて不健康な体、汚れた粗末な衣服、そして、背中の鞭の傷跡が頭の中に映し出される。


「じゃあ、あれが奴隷か」


 口に出してしまうと、人間の業の深さと、不潔ふけつ下賤げせんいてんだ男から感じる死のにおいが混じり合った、何ともいえない感情が胸をムカムカとさせた。


『はい、先行していた者と荷物を背負っていた者は、奴隷の首輪を付けていました』


 奴隷がいるという事は聞いていた。“奴隷は財産だから大事にする”という話を鵜呑うのみにしてイメージしていたようだ。だが、実際の奴隷からは死のにおいが漂う、嫌な気配のするものだった。


 お玉さんの言葉を受けて考える。前の奴と、荷物を持っていた奴の雰囲気は少なからず違ってた。


「前の奴と後ろの奴の、扱いが違ったようだが何故だ?」

『先行していた者は犯罪奴隷だと思われます。しかも怪我していて、おそらくは病気も患っていたと。もう利用価値も少ないのでしょう。ゴブリンの時と同じように、あの奴隷もまた囮を兼ねた斥候といった感じだと思います』


 兜の中は何とも言えない面持おももちになっていたかもしれない。


 押し黙ったまま道なりに進んで行くと、さらに城壁が近づいてくる。それと反比例するように、城壁の下の丘は段々と低くなだらかになっていく。城壁近くに生えていた木も伐採されていて、背の高い木はもう1本も生えていない。歩いてきた道が城壁のすぐ横を通るようになると下草も処理されていて、城壁から道の間は20メートルぐらいの芝生の生えた原っぱになっている。


 城壁が築かれている地面と歩いている地面が同じ高さになった頃には、道沿いに畑が姿を現しだした。だが時間も遅いからだろうか、畑で作業をしている人はいないようだ。


 畑の中をさらに進んで行くと、やっと沢山の人の姿が見え始めた。道沿いに進んで行くと、城壁から真っすぐにのびる大きな通りと交差している。大きな通りには掘っ立て小屋が建っていて、その周辺には人々が群がっているようだ。焦らないようにゆっくり近づいて行く。




 どうやら掘っ立て小屋の横には城門があるようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ