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おっさんはダンジョンマスターになって青春を取り戻せるのか  作者: 烏龍お茶
4章 おっさんと外の世界とのまじわり
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回避と遭遇と

 太陽はすでに高い位置まで移動してきていた。予定より大幅に遅れている、オークを解体して魔石を取り出すのに随分と時間が掛かってしまったようだ。


 事前に聞いていた情報では、町に入るための城門は暗くなれば閉じられるらしい。そうなれば今日中に町に入る事は出来なくなる。


 このまま魔物を見付けた端から戦って殲滅していく、なんて感じで進んで行ったら到底間に合わない。無暗矢鱈に攻撃をするのではなく、回避する事が出来るなら回避しないと駄目か。


 未だにオークの腕を咥えているグリフォンのフィラに向かって声を掛ける。


「戦闘をしてる時間は無いから、敵を見つけても出来るだけ無視する。こちらからは攻撃しないでくれ」


 私の提案を聞いたフィラは渋々といった感じで首を小さく縦に振り、なんとか「プュイ」っと了承の鳴き声を上げてくれたが、なんとなく機嫌を損ねてしまったように感じる。


 内心、今までのように案内を続けてくれるか不安に思ったが、私が双角幻馬バイコーンのクーに跨り出発の準備を整えると、大空に舞い上がり西の方に向かって飛んでいってくれた。


 どうやら案内は続けてくれるらしい、助かった。



 フィラの後に付いて森の中を進んでいく。小1時間は何事もなく進んでたが突然、先行してたフィラがこちらに戻ってきて降下しはじめた。警戒しながらその行動を見守るが、フィラは地面に降り立ったあと、動きを止める事無く素知らぬ顔で、きびすを返して西の方に向かって歩きはじめる。


 周囲を探るが、特に危険はなさそうだ。飛ぶのに疲れたってわけじゃ無いだろうけど……考え事をしていたら速度が遅くなっていたようだ。フィラと私の距離が少し開いたが、こちらを振り返り近付くのを待っていてくれてた。


 フィラはある程度の距離を歩いて進むと、また空に舞い上がって西の方に飛んでいき、そしてまた降りてきて歩く。飛行と歩行を繰り返しながら進んで行く。


 道中に何度か魔物がいたような痕跡を見付けたが、敵に遭遇することは無く順調に距離を稼げている。フィラの後に続きながら“中の森”の向こうに見える山脈やまなみに注目してみる。


 空を飛んでいる時は目標の山に向かって真直ぐに進んでいるようだったが、地面に降りてきた時は少し進路をずらしているようだ。


 どうやら、魔物を避けて進んでくれてるらしい。かなり役に立つしありがたい。いつでもおこぼれを食べにきてください、って感じだ。



 地上を歩いて先行していたフィラが「ピュイ」と、小さく鋭い警戒音を上げた。


 フィラの様子を見ると何かいるのか、前方の状況を窺うように近くの木の陰に体を屈め、隠れるようとしているところだった。


 クーの背中から降りて、その場に待機するよう指示をだし、足音を消しながらフィラの近くまで移動する。フィラと同じように木陰に身を屈めて前方の状況に視線を向ける。


 少しの間、息を潜めて隠れて待っていると1匹のゴブリンが森の奥から現れた。武器は持ってない。それどころか何も身に着けてない。みすぼらしくて汚らしいゴブリンが私の視線の先を、ビクビクとした雰囲気で右から左に進んで行く。体もガリガリで一瞬で倒せそうだ。


 隣にいるフィラが攻撃を仕掛けないか気になって様子を確認するが、まったく動く様子はない。正確にこちらの言う事を理解してくれているようだ。


 数分の間フィラと並んで隠れ続け、離れて行くゴブリンの背中を眺める。あれなら始末しても問題なかったかも、時間を無駄にしたかな。フィラに攻撃するなと言ったくせに、自分ではそんな事を考える。


 自嘲するような恥じ入るような感情にふけってると、ガサガサと藪をかき分けるような騒々しい音が聞こえた。ビクッとしながら音の方向に注目する。僅かな時間だが気を抜いてたようだ。右側からまた物音が聞こえてきた。


 今度は数が多い。まずは6匹の武装したゴブリンが姿を現した。声を発しながら「ゴブゴブ」「ゴビュビュ」と隊列を組むように進んでる。


 続いて後ろから、また6匹のゴブリンが現れる。うち背の高い3匹は、明らかに雰囲気が違う。ゴブリンのずんぐりとしたフォルムがタテに伸び、背が高くなってその分頑強な感じになっている。身に着けている装備も良い物にみえる。前屈みになった体の横から伸びる手は長く間合いを図るのに苦労しそうだ。


 残りの3匹は荷物持ちだろうか、肉の塊や、木の皿に積まれた芋のような物、ずた袋などをそれぞれが両手に抱えてヨタヨタしながら歩いてる。遅れそうになる荷物持ちのゴブリンを背の高いゴブリンが時に殴り、時に蹴り飛ばし、ギャアギャアと威嚇しながら追い立てるように進んでる。


「お玉さん、あの大きいのってなに?」


 外に音が漏れないようダンシングレー( お玉さん )ドルに囁きかける。


『ボブゴブリンです。ゴブリンたちの中で、長い時間を生き延びた者が、あのように成長して大きな体を持った、ボブゴブリンになります。成長したボブゴブリンは本能的に、ゴブリンを隷属させて率いるようになります。おそらく、1匹だけで先立って歩いていたゴブリンは、囮を兼ねた斥候といった感じでしょうか』


 ぐはっ!!! まんまとゴブリンの罠に嵌る所だった訳だ。


 見た感じ、ゴブリンの集団に正面から当たる事が出来ればなんとか倒せそうだが、囮の一匹に気を取られ隙を突かれたらダメージを負う可能性があった。最悪こちらが倒されていたかもしれない。気を引き締め直しゴブリンたちの集団を見送る。


 ゴブリンの姿が見えなくなってからも身を屈めたまま数分間を過ごす。


 周囲に危険が無くなったのだろうか、フィラが緊張を解いたように動き出し翼を羽ばたかせて上空に舞い上がった。だがフィラはそのまま飛んで先行するのではなく、頭上を何度か旋回したあと、もういちど下りてきて地上を歩いて進みだす。


 そう言えば進むにつれて、あちらこちらに踏み荒らされたような跡が見て取れるようになってきていた。魔物の数が多くなっているのだろうか。さっき集中力が途切れたのを思い出し、先行して歩くフィラの後を油断しないように付いて進む。


 もうすでに太陽は中天を越えて、傾きだしている。フィラは何度か立ち止ったり、上空に舞い上がったりを繰り返しながら、確実に西の方に向かって進んで行く。


 けれど少し進むスピードが落ちている。予定では昼前に着くはずだったのだが、と焦る気持ちを抑えるために先ほど浮かんだ疑問をお玉さんに投げかける事にした。


「さっき会ったボブゴブリンの話をしてる時に“成長して、なる!?”って言ってたけど、クラスチェンジのこと?」

『ダンジョンコアでのクラスチェンジとは、また別になります。この場合は生まれ変わる訳ではなく、大きく成長して新たな特質が加わった個体になるだけです。そして、新たな特質が加わった個体はそれぞれ呼び名が変わるのです。ゴブリンなら、ボブゴブリンやゴブリンシャーマン、ゴブリンロード。スケルトンなら、スケルトンメイジにスケルトンアーチャー、スケルトンナイトなどになります。能力的にも、元の名前の個体と大きな隔たりがある場合も多く、全く別物として扱われたりもします』


 スケルトンアーチャーの件はいったん忘れるとしよう……。


 少し違うかもしれないが、ボラやスズキなんかの出世魚のような物か。うちのゴブリンも成長していけば、ボブゴブリンやゴブリンメイジになるんだろうか。


 そう言えば、私の考えでは元村長のトロイがボブゴブリンのようなものだと思っていたのだが、また違うものだったようだ。あいつの正体がまたわからなくなった。それにトロイの集落には、なぜにボブゴブリンもゴブリンシャーマンもいなかったのだろうか。帰ってからアーチャーの件ともども調べてみるか、覚えておく事にする。


 しかし、まったく別物か……。


「ボブゴブリンの強さ的には、どんなもの?」

『単体でもオークより強力です。さらに、先程も申しましたがゴブリンを強制的に隷属させる力があります。オークなどもゴブリンを従えて使ったりしますが、その場合よりも強制力が強く、率いるゴブリンも通常より少し強くなります。ゴブリンロードや複数のボブゴブリンたちが率いるゴブリンの集団なら、オークの集落を逆に服従させたりすることがあります』


 何となく体捌たいさばきを見てオークより強いのは分っていたが、そんなにやばいのか。しかも、ゴブリンロードとかちょっと想像がつかない、絶対に会いたくないな。


 思考の海に沈んでいたら突然フィラの「ピィッ」という、小さく鋭い鳴き声が耳にはいる。フィラを見るとすでに横の藪の中に入り込み、毛を逆立てながら警戒態勢を取っている。焦っていると、クーがすぐに近くの窪みに飛び込んでくれた。


 上手く体を隠せそうだ。騎乗したまま見つからないように身体を強張らせる。


 また漠然と思考を重ねていまい、注意散漫になってたようだ。やはり緊張で疲れているのかもしれない。もしお玉さんやフィラやクーが居なかったと考えると恐ろしい。


 とめどなく沸いてくる思考を必死に頭から振り払い、フィラの視線の先を見つめる。



 すると男が1人、向かって左の奥から現れ、キョロキョロと周囲を見回しながら進んでくる姿が目に飛び込んできた。


 やせぎすで筋張った顔は俯きがちで無精ひげに覆われている。目には生気がなく、鼻や額に発疹ほっしんあとがあり、口の輪郭は歪んでいるように見える。埃っぽくからまりあった白髪混じりの髪は、後退して広くなったひたいにベタリと張り付いている。


 服装は、元の色が分らないぐらいくすんだ膝上丈の貫頭衣(かんとうい)で、腰の辺りを紐で縛っている。汚れた服から伸びる手足は、黒ずんでいて何ヵ所かただれたような痣があり、とても清潔には見えない。足下は裸足だが、首には他と不釣り合いな金属製のネックレス……が見える。右手には、刃渡り10㎝程の短剣ナイフを握っているが、左手は、肘の上にある瘤で力が入らないのだろうか、だらりと垂らしている。


 ハッと、息を飲んで見つめてしまう。この世界に来て、初めて見た人間の男である。しかし人間との出会いに感動するよりも先に、見すぼらしく汚らしい姿に驚きと嫌悪感を感じてしまう。


 警戒を解かずにその行動を凝視する。男は徐々に近づいてくると、ほんの30mほど前を左から右へ、短剣で藪を掻き分け足元を確認しながらゆっくりと横切っていく。フィラが直ぐにでも、飛びだせるような臨戦態勢を保ったままその姿を追っている。


 気付かれなかったようだ。少し距離がはなれた。ほっと胸を撫で下ろし遠ざかって行く男の背中を何とはなしに眺めていると、視線が釘付けになる。


 大きく破れた服の間から見える、その背中には、浅黒く変色した太いミミズ腫れのような傷跡が何本も走っていたのだ。何だあれは……。




 呆然としながら、この世界で初めて出会った男を見送る。

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