出発準備
しばらくの間、感情に流されるままにコボルトのロクを睨みつける。
嬉しそうな褒めて欲しそうにしていた顔が、次第にオドオドとした表情に変っていく。クラスチェンジが出来るようになったら報告しろと言われていたのだ。ようやくレベルが20になって、これで期待に応えられると報告をして、さらに子供が誕生すればより一層、貢献することができる。そんな誇らしげな気持ちだったのかもしれない。
それなのに私の恨みの籠った眼差しがずっと睨み付けてくるのだから……もう、涙目になってきている。
……可哀そうになってきた。大体もっと早く性別を確認していたらこんなことになら無かったのかもしれない。いや、それ以前にライカンスロープはコボルトのワンランク上の厳つさだ。あれを女性として扱うのは無理がある。
そう、私の八つ当たりなのだ。ロクに近付き、今のは嘘、お前の勘違いだ、とばかりに頭や体を撫でさすり褒める事にした。
「ロク、レベル20まで頑張ってくれてありがとう」
ぱあっという感じで表情を変えると嬉しそうに尻尾をパタパタと振り出した。雄とはいえカワイイじゃないですか。そこにコボルトのナナも優しく引き寄せてやり、二匹を同時に撫でてやる。
「ナナもありがとうな。それに、子供を無事に産んでくれ」
ナナも嬉しそうに舌を垂らしてハァハァと息を吐いて喜んでいるようだ。二匹のコボルトの尻尾が右、左、右と同じタイミングで揺れている。息も合ってなんかお似合いだ……癒されたわ。
気を取り直して色々と確認していく事にした。
「子供はどれくらいで生まれる?」
コボルトの二匹は首をかしげる。……自分たちの子供なのに分らんのか! と突っ込もうとしたらダンシングレードルが代わりに答えてくれた。
「主様、コボルトの妊娠期間は八週間程度のはずです」
八週間が分らないのか、ナナとロクが指折り数を数えている。おまえら……放置だ。
「生まれた子供はダンジョンの眷属としてあつかわれるのか?」
『生れた直後は普通の魔物と同じ扱いとなります。ただしダンジョンの眷属として登録することは可能です』
今度はコアさんが答えてくれる。
コストは召喚時の20パーセント、クラスチェンジの時と同じようだ。コボルトなら僅か4DPで済むという事になる。それで新たなユニークモンスターを手に入れる事ができるなら相当にオイシイ状況かもしれない。
「お玉さんも、子供を作る事ができるの?」
「いえ、私は魔法生物ですので繁殖することはありません。武器や防具に魔力が宿り自然発生的に生まれます」
繁殖する条件は色々と違うみたいだ、コアさんとお玉さんから情報を引き出し確認していく。ゴブリンやトロル、ケット・シーなどは雄雌の区別があり交尾を行うことで繁殖する事が出来る。スライムは交配ではなく、分裂して増えるそうだ。ピクシーやノームなどの低級妖精、リッチやスケルトンなどのアンテッド、魔法生物のガーゴイルなんかも繁殖して増える事は無いらしい。
もちろん、冥府の番犬も子供を産めば数を増やすことが出来るようだが、ハチに雄をあたえる……のは、なんか嫌だな。ついでに全ての眷属の性別を確認しておいた。うちにいたゴブリンは全て雄で、ケット・シーと蝙蝠、トロルは雄雌が半々。ちなみにトロルは”いつもの”が雌であとの2体が雄。スライムは雌雄同体でピクシーは全て中性、リッチ先生やスケルトン、ガーゴイルは性別と言うものが無かった。
という事は、次の候補はピクシーかケット・シーになるのか。でも今回みたいにケット・シーが獣人になれなかったり、ピクシーだと女にならない可能性もあったりするのか……。
そろそろ、人族との接触を真剣に考える良い機会なのかもしれない。とりあえず自分の性欲の事は横に置いといて、ナナとロクのクラスチェンジの件をどうするか考える。ライカンスロープを調べてみると若干ステータスが上がるようだが、顔がなあ………。
ハチに加えてナナとロクも厳つくなるとかは、やっぱり避けたい。
子供も生まれてくる事だし、取り敢えずこのままレベルを上げてもらおうと思う。レベルが上がれば、またクラスチェンジの候補が増える可能性もあるそうだ。
そう言えば、なぜにハチはあんなに沢山の候補があったのだろうか。そのことについてコアさんに確認してみると、ハチは一番最初に召喚された魔物なので成長にボーナスが付いていたそうだ。同じように一番最初に召喚されたユニークモンスターのお玉さんはレアキャラなのだそうだ。
新しいゲームを始める時に最初に貰えるボーナス、あの概念を取り入れたそうだ。リセットがあれば何度も何度も繰り返し、良い物を引こうと頑張るあれの事だ。多分、ハチもお玉さんも当たりだったんだろう。
なんにしても、ナナとロクには引き続き頑張ってもらおうと思う。ゴブリンたちの見張りと護衛の仕事に戻るように指示した。ハチにも、一緒に行くように命令すると名残惜しそうに部屋から出て行った。
・・・
・・
・
人間の村に行って数日留守しても大丈夫なように、ダンジョンの形や配置を変更しておこう。まずは、留守の間に招きいれたゴブリン達をどうするか考えておこうと思う。この数日の間にゴブリン達には入り口近くに作った部屋を与え、畑仕事とキノコ蜂の巣での仕事を与えていたのだが、正直な所は労働力なら招き入れたゴブリンたちに頼る必要はないのだ。
将来的にもっとDPを稼ぎやすい状態にしておきたい。その為にもトロイから色々と情報を聞き出し、話を整理して行く。そして雌と子供だけは安全な地下に隔離して住まわせることに決めた。
この雌と子供たちには、今までと同様に作業を与えてその代価として食料を渡す。ただし、より安全になるように洞窟内での作業に限定し、キノコ蜂の巣での作業や新たに作った畑での作業だけにする。
トロイから聞き出した話の中に、ゴブリンの子供は僅か半年弱の成長期間で繁殖可能な大人になり、また、妊娠したらおよそ5週間で10匹ほどの子供を産むと言うのがあった。つまり雌と子供の安全を確保してやると、雌は危険な狩りに行く事無く安全に子供を産むことが出来るし、生まれた子供も危険な外での活動で数を減らす事無く、無事成長して行く。ゴブリンにとって理想的な環境だろう、順調に行けばそれこそネズミ算式に数を増やしてくれるはずだ。
雄たちは今まで通り洞窟の入り口近くの部屋に住まわせ、食料を与えつつシャドウウルフを誘き寄せるエサとして洞窟の外の畑での作業に従事させる。将来的に数が増えたら安全な住処だけを与えてやり、そのほかは自由に行動できるようにしてやるつもりだ。
ダンジョンの支配範囲外で自分たちで作物を作ったり、外に出て獲物を狩りに行くなどして、好きなように行動してもらい、魔石や作物を持って来た者には必要な物と交換してやるとかもいいかもしれない。他にも今は行っていないが、雄と雌の接触を完全に制限して、雌を餌に色々やらせるのも面白そうだ。上手くいけば全体を管理するのでは無く、雌だけを管理して全体をコントロールできるかもしれない。
効率だけを考えたら成長したゴブリンを作物を収穫するかのように次々と殺して行く方が良いのだろうが、トロイとの約束もあるしさすがにそこまでする気は起きない。さっそく地下1階の畑の横に部屋をいくつか作り、ゴブリンの雌と子供たちが移動出来るようにしておく。
次は眷属の追加と配置の見直しかな。
まずは、今いるスライムはすべてユニーク登録して2階の蜂の巣前に移動した。これは蜂の糞などをエサにしてこちらが手を掛ける事無く成長し分裂してもらう為だ。分裂して新たに増えたスライムは眷属ではないのだが、そのまま洞窟内をうろついてもらうとおもう。
そのうち1階に落ちたりして、ゴブリン達の生活エリアを掃除しながらダンジョン内に拡がっていけばよい。掃除だけでなくゴブリン達のエサになるかも知れないし、逆にエサにするかも知れない。増えすぎたら眷属を使って退治して魔力を回収してもいい。微量だろうが魔力の安定供給が見込めるかもしれない。
それとスライムを移動させた2階の蜂の巣前の広場に、スケルトンアーチャーを新たに6匹召喚した。上の階から1階入ってすぐの大部屋に向かって攻撃してもらうのだ。自分でも試してみたが2階にスケルトンアーチャーが6匹並ぶと、一方的に攻撃されて手も足もでない。この前のオークの襲撃程度では大部屋から奥の通路にすら辿り着けないだろうと思う。留守の間の防衛力アップには最適だが凶悪過ぎて戻ってからは考え直そうとおもう。
DPを大分消費してしまった。バイコーンのコストを考えるともうほとんど残っていない。あとはハチやお玉さんにナナやロク、サンやスー達に留守の間にどのように動くか説明して、馬を召喚して人族の町に出発するだけである。
こんな感じでダンジョンをイジリ続けたのだが、出発までもう少しだ。




