事情聴取
うーん……なぜか畑の面積が増えているようだ。
嬉しいことなのだが、おかしい。ピクシーのサンとスーがいる畑に向かって歩き出す。誰かが魔法でも使っているのだろうか。でも、そんな話は聞いてないしな。
少し進むとダンジョンの支配範囲から出たのが分かる。前は畑ってここまでだったはず。なのに、畑はまだ続いている。その先でサンとスーがゴブリンたちに何か指示を与えているのだ。
どういう事だろうと悩んでいると、指示を聞いていた1匹のゴブリンが作物を抱えながらこちらに近付いてくる。冥府の番犬の頭のひとつがその動きをずっと追いかけていた。
ハチを怖がっているのか、そのゴブリンはオドオドとした様子をみせながら横を通り過ぎ洞窟の入り口の方に作物を運んで行った。首を竦めていたからか、なんか小さいなゴブリンだなと思っているとスーが話し掛けてきた。
「マスター、ごめんなさい。スーね、頑張ったけど、駄目だったの。あんまり育たなかったの」
「私も頑張ったのですが、この辺りは作物があまり育たないですわ。やっぱりダンジョンの支配範囲から出たら駄目みたいですの」
続けてサンが話し掛けてくる。そういえば前に作物の成長が早いと驚いてたけど、あれは範囲内で作物を育てていたから早かったのか。ノームの爺さんも川の北側で作物を育てている事に驚いていた。「偉大な御方であるマスターさんのお力なんでしょう」とか言ってたが、私の力じゃなくダンジョンの力だった訳だ。疑問が解けて納得する。
「問題ないよ。良く頑張ってくれてる」
いや今、解決しなければならない問題はそこじゃない。
「それよりいつの間に、こんな所まで畑を作ったんだ」
「前にマスターとお話をした時に、寒くなるならその前に食料を蓄えなきゃって言われたから新しく作ったですの」
そうサンが答えてくれた。確かに夕食を食べているときにダンシングレードルがもうすぐ寒くなると言ってきたので、そんな話をした覚えがある。その後、順調に食料が増えているからあまり気にしてなかったが……。
「ガルゥゥ!」
私の思考を遮るように、横に付き従ってたハチが低い唸り声を上げた。
その声が聴こえたのだろう、少し奥で隠れるように作業をしていたゴブリンが、急に動きを止めて震えだす。歯形の付いた芋を片手に持ち反対の手で頬が膨れた口を押えている。
いや、こいつバカだろうバレバレじゃんと思っていたら、周りにいたゴブリン達が集まりだし盗み食いしたゴブリンを取り囲んだ。さらに十匹以上のゴブリンが集まってきて、騒然としてきた。
いやいや、バカとかじゃなく盗み食い? そんな事あるのか。あれ? なんだこの数。その場の騒ぎから距離を置き、洞窟の方に進みながら考える。
支配範囲に戻った瞬間、小さな敵意を感じ取った。さっきすれ違った体の小さなゴブリンからだ。洞窟の入り口の方向からこちらに向かって走ってくる。咄嗟にロングソード抜いて構えながら……眷属が敵意!?
いや、微妙にちがう敵意は盗み食いをしていたゴブリンに向けられてるようだが……眷属から敵意を感じるはずがないのだ……眷属じゃない? 意識を集中して、やっと理解した。
私に剣を向けられた体の小さなゴブリンは、両手で頭を抱えながら蹲った。そこからは既に敵意も悪意も感じ取れなくなっている。抵抗する意思も感じ取れないが、侵入者だ。
剣を掲げたまま周りを見渡す。全てのゴブリンが頭を抱え地面に蹲っている。その中でサンとスーが風の魔法を唱え、盗み食いをしたゴブリンに止めをさしていた。風魔法でバラバラになった死体を指さしながら、サンが指示をだす。
「種イモの盗み食いは許されませんわ。死体は細かくして畑に撒くですの」
「村長も盗み食いした? スーがやっつける? 」
「村長 食べてない」「けど、主様 怒ってる」「スー 戦う 駄目」
「隊長、分かった~。マスター、スーは何もしないね」
そう言って、スーはハチの頭の上に座った。
あれだ、みんな共犯のようだ、分かってないのは私だけ。取り敢えず整理しよう。ゴブリンをユニーク登録した覚えはない。つまり、ここにいるゴブリン達は外部のゴブリンって訳だ。それが、なぜに畑仕事をしてるんだ? とりあえずはサンやスーの命令は聞くようだな。
「えっと、そのゴブリンたちを連れて洞窟まで来れるか?」
「マスター、スーが洞窟に連れてくね」
スーはそう答えると飛び上がり、ハチが唸りながら指示を出す。
「「主様 命令」」「全員 付いて来い」
「ゴビュボ、ゴブブブ」
目の前で蹲っていた体の小さなゴブリンが、こちらの様子を窺いながら何事か叫ぶと、みんながハチの後ろについて歩きだした。
サンにも付いてくるように命じて、私も洞窟に向かって歩き出す。ゴブリン達が範囲内に入ると解る、やっぱりダンジョンの魔物じゃないようだ。それが二十匹以上いる。よく見ると、少し小さなゴブリンばかりのようだ。子供みたいなのもいる。……どういうことだと悩んでいると、うちのゴブリンも混ざろうとするので追い払う。
「お前たちは、畑仕事を続けておけ」
・・・
・・
・
1階の大部屋に移動すると、キノコ蜂がブンブンと飛び回り侵入者であるゴブリンたちを攻撃しだす。大人しく付いてきていたゴブリンたちがグギャグギャ悲鳴をあげながら頭を抱え逃げ回る。
くそっ、うっとおしい。
「スー、女王蜂にしばらくの間、働き蜂を巣から出すなと命令して来い」
スーが飛んでいくのを見ながら、リッチ先生を呼び出し指示をだす。
『先生、ガーゴイルをつれて2階から蜂が降りてこないようにしてください。あれなら、殺してもかまいませんので』
その後、近くにいたケットシーにも命令しておく。
「入り口に行ってしばらくの間、働き蜂を洞窟にいれるな」
これで、ゆっくり話ができそうだ。大部屋に集められたゴブリンたちは、キノコ蜂がいなくなったので安心したかのように身を寄せ合ってる。そんな中、作物を運んでいた村長と呼ばれたゴブリンだろうか、私の目の前で畏まるように跪いている。
少し落ち着きたいな。お玉さんにお茶を持ってきてと、頼みたくなる。でもそんな時間は無いしとりあえず話を聞いてみるか。
「これは、どういう事?」
「「「・・・・・・」」」
ハチから混乱した感情が伝わってくる。
「マスターすみませんですの。何を答えていいのか分らないですの」
意味が伝わってないのか。
「なぜ、眷属じゃないゴブリンが畑で働いていたんだ?」
「さっき言ったですの、食料を蓄える為に畑を広げたかったのですわ。でも、みんなは外に出られないですの。それでゴブリンに命令したのですわ」
「サンの指示 ゴブリン働く 主様の畑増える」「ゴブリン 畑覚える 自分たちも作る」「ご飯増える ゴブリン増える。 オオカミも増える」
「サンとハチが言っている意味は分るが、なぜ危険じゃないと言える? それより、なぜ命令できるんだ?」
「隊長が連れてきてくれたですの。初めから命令には逆らわなかったですわ。それにさっきみたいな時はお仕置をするですの」
確かにさっき見た感じだと種イモを盗んだゴブリンを他のゴブリンが自主的に捕まえていたし、今のこの状況でも全員から抵抗する意思はまったく感じられないし、大丈夫そうではある。
「ハチが連れて来たって、なんで連れて来たんだ?」
「レードル ハチ公 主様守る」「ハチ公 離れたくない 早く帰る」「ゴブリン 命令 逆らわない 近く呼んだ」
ちょうどキノコ蜂でイライラしてた時の事か……。確かに早く帰ってくるようになっていた。お玉さんもいたけど、ハチも私を守るために付き添ってくれてたし、それで命令して連れてきたって事か。
「なんとなく理由はわかった。で、なぜ命令を聞く?」
「ゴブリン 戦士いない 沢山死んだ」「ゴブリン少ない オオカミ襲う もっと減る」「主様の命令 コブリン守る オオカミ倒す」
確かにゴブリンが減ってオオカミが狩れなくなるのは困るから、ゴブリンを狩らずにオオカミメインで狩れと命令したな。
「ゴブリン減らない オオカミいっぱい増える 魔石増える」「主様凄い。 でも ゴブリン戦士いない 狩り出来ない」
「マスター、ただいま。きーちゃんに伝えてきた~。絶対に出さないって」と言いながらスーが戻って来て話に加わった。
「あぁ、ありがとうスー。で、続きは?」
「食べ物無い 飢えて死ぬ ゴブリン 数減ってきた」
「あっ、それスーが考えたの。隊長の続き、スーが話していい?」
「ん? スー。どういう事だ」
「それでね、スーがね、オオカミのお肉をあげる事にしたの。駄目だった?」
「いや、捨ててくるやつなら特に問題ない。確かにゴブリンが減るのは避けたかったしな。で、それを食べるようになって仲良くなったって事か?」
「ゴブリン肉食べる ゴブリン増える オオカミも増える」「ハチ公 いっぱい狩る 嬉しい」「でもゴブリン 主様の魔石 取った」
「ゴブちゃん、まだ魔石を取って無いのに死体を持ってっちゃったの」
「ハチ公 怒った ゴブリン襲った」「主様の命令 ゴブリン狩るな」「だから 殺さなかった。我慢した」
「その時ね、村長が来て、スーと隊長に助けてって。何でも言う事聞くって言ったの」
「でね、スーが、魔石は駄目なの。魔石はマスターの物なのって教えてあげたんだよ。スー偉い?」
「あぁ、ハチもスーも偉いな。で、続きを頼む」
「村長 魔石取り出す 手伝う 約束した」「ゴブリン全員手伝う。自分たちの獲物の魔石 持ってきた」「ゴブリン達 魔石 取らなくなった 命令聞くようになった」
ほとんど理解できたかな。さっきから村長と呼ばれていた体の小さなゴブリンに向かって話しかける。
「お前、もしかして言葉が分かるのか?」
「ハイ、ワカリマス」
実験的にハチにしゃべらせてみました。
結構大変でしたが、見づらかったらすみません。




