ダンジョンに蜂の巣を
ピクシーのスーから、連れて帰って来たキノコ蜂がもうすぐ卵を産みそうだ、という報告を受けた。それでダンジョンコアの前でずっと悩んでいる。
リッチ先生のレベルが10になってからはDPを消費した修行は行っていない。少し収入が減ったので自分たちのレベル上げを一旦ストップしていたのだ。おかげで現在のDPは3800ポイントを超えている。もちろん過去最高である。今は修行の合間に増えた項目をチェックしながら、ニマニマして楽しんでいるのだが、すでに“使う予定”は決まっている。
魔法の石板は、リッチ先生が魔法を教えてくれるようになったから、いったんはパスだ。本当は新しく初級魔法の石板が項目に出て来たので、そっちには惹かれているんだけど……。
そんな事よりDPを“使う予定”の1つ目、それはキノコ蜂の為にダンジョンを拡張するという事。
とりあえず地下に部屋を作ったんだけど、もともと改築するつもりではあったのだ。今のままだと蜂も出入りし難いだろうし、出来たキノコやハチミツも採取し難い。さらに蜂の数が増えるとすぐに手狭になるだろうしで、何か上手い方法はないかなと悩んでいるのだ。
ついでに前から考えていたトイレも作ろうと思っている。以前から、せっかく畑を作ったのだから肥料として使えないかと考えていたのだが、今までは寝る部屋のすぐ近くに溜め込むとかはさすがに嫌だった。だから作らなかったのだが、今回は思い切って部屋まで水を引いて水洗トイレを作ってしまおうかと。そうすれば問題も解決できるという訳だ。
都合の良い事に直ぐ外には滝がある、それを利用すればほとんどコストを掛けずにいけるかもしれない。小さく細い水道管のようなダンジョンを配置して繋げば上手くいくのでは……これでトイレだけじゃなく、調理に使ったり顔を洗ったりもできるはず。
上下水道の完備だ。
コアから投影されるダンジョンの3D地図を動かしたり眺めたりしながら、そんなことを考えていたらもう昼になっていたようだ、“守りの森”に狩りに出ていたダンシングレードルとピクシーのサンが帰って来た。
画面越しに「お疲れさま」と声をかける。サンはそのまま畑に向かい、ゴブリンやケットシーたちに指示し始めた。お玉さんはコア部屋まで上がって来て、すぐ傍らに跪き魔石を手渡してくれる。
「お玉さん、ありがと。今日は二人だけで狩りに行ってもらったけど問題なかった?」
「はい、問題はありません。主様のお役に立てて嬉しいです」
お玉さんは答えると小首を傾げるように頭を近づけて来る。その頭をポンポンと優しくさわってあげると、嬉しそうにしたあと隣の部屋に退いていった。
うん、可愛らしい。思わず抱き付きそうになる。本気で抱き付いたら、鎧が突き刺さって怪我しそうだが……。
あれから何をするにも、すこし距離が近くなっていると思う。そして、さりげなく甘えるような仕草を混ぜてくるのだ。ただのお玉、調理器具だったときは出来る女将のようだったが、いまや艶っぽい若女将って感じだ。もちろん若女将になったからと言って能力が下がったなんてことはない。寧ろ体を手に入れた事により、上がってるぐらいだ。
頭をポンポンと軽く触るのも、金属を湿った手で撫でても滑らないから仕方なしだ。本当は「よしよし」と撫でてやりたいのだが……。
ひらめいた! 今度、綺麗な布で磨いてみるとかどうだろうか。おそらく喜んでくれるはず!! それならいっその事、頭だけと言わず全身を布で磨いてみるとかどうだろう。そしたら嬉しそうにあの体をクネクネと動か……。
ダンジョンの拡張作業に戻ってコアに映し出されるマップを見ていると、コボルトのナナとロクがゴブリンの集落に向かう姿が映し出された。妄想を頭に浮かべていたら、いつの間にかにこんな時間になっていたようだ。急いで洞窟の出口まで移動して仲魔を送り出す。
「ナナ、ロク。気を付けて怪我の無いように。特にロクは槍を持ってるんだからナナを守ってやって」
二匹は『了解』と短く伝えてくると出発していった。
今はお玉さんのおかげでウキウキした気分は味わえている。けど温かさや柔らかさも欲しいのだ。ナナもロクもすでにレベルが18になっていて、もうすぐクラスチェンジができるレベル、20になるのだ。
運命の時が迫っている。それなのに、ここまで引っ張って『雄でした残念!!』とか無理です。なので、万が一の為に別の手段を考えてある。
それが二つ目の“使う予定”だ。
もしもの時は2角獣のバイコーンを召喚してすぐにユニークにするのだ。そして、それに跨って人間の村まで一気に駆け抜ける。コストはユニークまで含めて3080ポイント。そう、もうすでに貯まっているのだ。
もしもの時の為に頭の中でイメージトレーニングを行う。ショックを受けて落ち込む前に素早く出発するのだ。そうすれば大丈夫なはずだ!!……いかん、脱線しまくる。ダンジョン拡張の細部を詰めて行く。
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・・
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キノコ蜂の様子をみていたスーから合図があった。
「マスター。きーちゃんが、もうすぐって」
「おっ、ありがとうスー。じゃあ、女王蜂を連れてちょっと部屋を出ててくれ」
「きーちゃん、どうするの?」
「巣のある部屋を拡張するから、その扉から外に出てて欲しいんだ。もうプランはできてるから、そんなに時間は掛からないはず」
1階の大部屋にいる魔物も全員外に出し、一気にダンジョンを広げる。準備万端で臨んだのだ、ほとんど時間を掛けずに作り上げる事が出来た。蜂の巣の為に三階層をぶち抜いて巨大な空間を作り、さらに出入りにも工夫を凝らしておいた。
洞窟入り口から1階の大部屋の天井を抜けて2階から蜂の巣に入れるようにしたのだ。我ながら中々の出来栄えだと、自画自賛しておく。DPも3060ポイント残ってる。もしもの時の為の貯金に、少し足りないが誤差範囲である。
(※1……あとがきにマップを載せました)
スーに女王蜂を部屋に戻すように伝えてから水回りのチェックに向かう。うん、トイレの水も流れるし他もいい感じだ。
満足しながらのんびりとマップを眺めていると、スーがここ、コア部屋に向かって移動して来ているようだ。
何事かなと様子を見ていると突然、扉をバタン!! と開け放ち飛びこんできた。
「マスター。きーちゃん、凄い喜んでた~。いっぱい卵産みたいって」
「気に入ってもらえたみたいで良かったわ。女王蜂には、たくさん卵を産んでと伝えといてくれ」
「でね、スーも魔法使っていい?」
「それより、スー。マスタールームの扉を勝手に開けるのは禁止だ。用事があるならノックをしてくれ。それと扉は開けたら閉める」
「マスター、ごめんなさい。きーちゃん喜んでたから、スー早く言いたかったのー」
すぐに、扉を閉めながら謝ってきた。最近は素直でいい感じだ。レベルが上がって成長してきたという事だろうか。
「今後、気を付けてくれれば良い。で、魔法を使うってどういう意味だ?」
「うんとね、スーもね、サンみたいに、魔法使いたいの。早く大きくするやつ!」
「サンみたいって、グロウスアップ? あれを使ってきーちゃんの食べ物でも作るのか?」
「ううん、ちがうの。きーちゃんに頼まれたの。子供大きくするの」
そんな事もできるのか。植物の成長を促すんだから、昆虫もって事か!? いまいち信じられないけど、確かにスーがこれまで嘘を付いたことは無い。悪気がある訳でも無い。調子に乗って失敗することはあるが、随分成長してきたし仮に失敗したとしてもデメリットも無いと思う。問題はなさそうだ。
「キノコ蜂の事はスーに任せてるんだから、問題ない。頑張って大きくしてやってくれれば良いよ」
「うん、わかった~。スー頑張る~!」
そう言うと扉をバタンと開け放ち、また飛んで行ってしまった……扉を閉めて行けよ。
スーはまだまだ詰めが甘い。




