新たな仲間の可能性
寝ようとベッドに入ったら、ノックの音が聞こえてきた。
睡眠を邪魔された不快感より、誰かが来たという事に対しての驚きの方が強かった。この世界に来てからノックなど初めてだ。いっきに目がさえる。
気配を探るとコボルトのハチがコア部屋の前に立ち、また扉を叩こうとしている。こんな時間に配下の魔物から自発的に声を掛けてくるなんて、今までなかった。
緊急事態か……もしかして裏切りか。扉の前に立つハチに声をかける。
「なんだ」
『ハチ公 話 ある。会いたい』
やはり変な感じだな。要件を言わない。
「そこで、少し待て」
待機を命じて武器を腰に佩き、ダンシングレードルを呼びにいく。お玉さんに私に支援を掛けつつ警戒しろと命令して、準備を整えてから扉を開ける。
部屋の前に立っていたハチは私の顔を見ると、嬉しそうに興奮しだす。口から舌を垂らしハッハッと荒い息を上げ、フサフサの尻尾を千切れんばかりに振っている。
ここまで興奮したのを見たのは、いつ以来だろうか。困惑しながら剣に手を掛ける。しかし、大きい黒目のつぶらな瞳は褒めてほしそうな感じだし、頭の上の耳は緊張感なく少し折れて垂れている。危険はないか。
今日の成果に対して冷たすぎたのか? 言葉だけだったから駄目だったのか。どう対応していいか判断しかねていると、興奮しながら言葉を伝えて来た。
『ハチ公 レベル 高い 成長 新たな力』
「どういう意味だ? 訳が解らない」
『ステータス 選ぶ マスター 許可』
んっ? なんだ、まじで訳がわからない。とりあえず、ステータスを見ればいいのか?
「ステータス」
名前:ハチ公
種族:コボルト族
レベル:20
HP:60
MP:41
力:33
器用さ:31
耐久力:28
素早さ:54
賢さ:33
スキル:咆哮、牽制、回避
高速移動
クラスチェンジ
(獣人、人狼、冥府の番犬)
「うおっ!? ハチ、部屋に入れ」
スキルの項目に新たに表示された文字に驚きながら、ハチをコア部屋に招き入れて尋ねる。
「クラスチェンジってなんだ?」
『ハチ公 強くなる』
「いいや、それは判る」
『選ぶ マスター』
「いやいや、その前に説明を……」
ハチが怪訝な表情を浮かべたのをみて、お玉さんが代わって説明しくれた。
「魔物の中でも一部の者が、個性的な成長をとげた時に、稀に違う種に姿を変えます。私もクラスチェンジして、この姿になりました」
なるほど、と思っているとコアさんが続ける。
『召喚した魔物のレベルは20が上限となりますが、ユニーク登録した魔物はそのままレベルをあげる事もできますし、種族を変えて新たに成長させる事もできます』
と補足してきた。えっ、なんだ!?
「新たに成長するって?」
『個々の個体が持つ能力によりますが、コストを消費することによって新たな体を作り、与えることが出来ます。ただしその場合、レベルは1からやり直す事になります』
うん、全部初耳だ。聞き方が悪いのか、説明を読み切れてないのか……。そんな重要な事、積極的に教えてくれよ!! 声の主はよく気が利く優しい娘だったのに。……こういう時は、感謝の気持ちを伝えるのが大事なんだそうだ。
「お玉さん、コアさん、説明ありがとう。助かったよ」
「お役に立てたようで良かったです」
『説明してさしあげるのが、私の役目です』
私はしっかりと頷いておいた。
「ちなみに、ハチは何になりたいんだ?」
『ハチ公 忠犬 冥府の番犬』
こいつやっぱり人型には進まないのか。確かに、今も四足移動で戦ってるし。冥府の番犬って確か相当強かったはず。首が三つあるあの猛獣だ、前にコアで調べてた時に見た覚えがある。コストが高すぎて無理だった奴だ。
「コストはどれくらいかかるんだ」
『召喚コストの20パーセントです。冥府の番犬は580ポイントとなります』
『魔力 集める 頑張った』
ハチが言うようにDPには余裕がある。強さも申し分ない。ハチも望んでいるし良さそうかな。
「で、どうすればいい? コアにメニューとか表示されてないけど……」
『マスター 許可』
『ハチ公さんに、冥府の番犬へのクラスチェンジを許可するとお伝えください』
なるほど、直接伝えるだけで良いのか。
「ハチの冥府の番犬へのクラスチェンジを、許可する」
そう伝えると、傍らで起立して待機してたハチが突然、両手を地面につけて蹲る。
体全体がムクムクと大きくなっていく。装備していた皮鎧がはじけ飛ぶ。両肩の肉が盛り上がり、肩幅も広がっていく。前足は太く頑強になり、爪も力強さを増している、フサフサだった尻尾は鱗に覆われていった。両肩から生えた肉が次第に頭の形を作っていく。三つ並んだ口元には鋭さを増した牙が伸びてくる。
しばらくして、体の変化は徐々に収まると四つの足で立ち上がった。そして、三つの顔をこちらに向け「「「主様 感謝」」」と、同時に喋った。
なんか違和感を感じる……。それよりあるじさま!? 初めて呼ばれたが、なんか良い感じだ。
「ハチ、体調はどう?」
「「「力 漲る 役立ちたい」」」
うーん、声が重なっているからか、やっぱり変だ。
「なんか変な感じがするから、ちょっと1人? 1つ? ずつ喋ってくれ。それと質問だけど三つ全部バラバラに考えるのか?」
「ハチ公 ひとつ」「寝る 交代 出来る」「戦う 噛み切る 三つ」
まあ予想通りだ、1匹なのね。寝るのも交代とか、さすが冥府の番犬だ。ただ、そこまで言われると甘い物とかやばそうな気もする。
「ハチ、甘い物食べたい? それと喋るのは、なるべく1つだけにして」
「甘い物 好き 食べたい」
やっぱりか。と言うことは、音楽とか気を付けないといけないのか。
「ハチ、音楽には気を付けろ。もしかしたら眠ってしまうかも知れないからな」
「ハチ公 音楽 興味ない」「ハチ公 主様だけ 興味ある」
そこは大丈夫なのか!? 戦闘中に寝られたら大変な事になる所だしと、いちおうお玉さんに音楽を奏でて貰ったがハチが寝る事は無かった。本当に助かった。それに、私に興味あるなんて嬉しいことを言ってくれる。さすが私の番犬だ。
あと、あれだ。さっき抱いた違和感の正体は声だわ。
声が思っていたより高いんだ。冥府の番犬になり直接声を出すようになったから、自分でイメージしてた声と違って違和感を感じるんだ。
こういうのは慣れるまで時間が掛かる。青い猫型ロボットとか代替わりして、最初は無理だった覚えがある。大泥棒の三世ぐらい頑張ってくれればよかったのに……。思考が飛んでしまったようだ。
そんな事より今はハチのこと。喋り方もイメージと違う。もっと、吐き捨てるような命令するような感じかと思っていたのだが、なんか優しい感じだ。それに私に話しかけてくるときは、まるで女の子が甘えてくるような……………。
「……ハチ、ちょっと聞くけど性別は?」
「メス」
興奮しているのか、いつものように尻尾を振っている。鱗に覆われた尻尾をビュンビュンと鞭のように。
いつものように、ハァハァと荒い息を上げている。その口元には、触れただけで肉を切り裂きそうな牙がのびている。
いつものように、真っすぐな眼差しでこちらを見ている。その目は鋭い三白眼で、頭の上の耳は力強くピンと立っている。
可愛かった前の姿を思い出す。そしてついさっき見たスキル欄の”獣人”の文字を思い出す。
ぶっきらぼうだが優しい喋り方で、「あるじさま、感謝」と、けもみみ美少女が柔らかそうな尻尾を振りながら、下から見上げてくるのが見える。「あるじさまだけ 興味ある」と可愛い事を言う、けもみみが私の足元にきて、嬉しそうに体を擦り付けてくるのが見える!!
ありえない、そんなことは起こらないと、幻覚を必死に追い払う。封印するのだ、消し去るのだ……。必死にリッチ先生の顔を思い出す。
見なかった事に、聞かなかった事にしよう。今の幻覚は忘れ去るんだ。先生助けて…………。
どれくらい時間がたったか分からない。
なんとか落ち着いてきた。目の前には、厳ついハチがじっと座って待機している。気を取り直してつぶやく。
「ステータス」
名前:ハチ公
種族:冥府の番犬
レベル:1
HP:64
MP:29
力:37
器用さ:22
耐久力:27
素早さ:30
賢さ:35
スキル:咆哮、毒ブレス
レベルが1だからか、ステータスは少し弱くなってる。その分、成長は早いのかもしれない。スキルに毒ブレスも付いているし凄そうだ。冷静にステータスを分析するが、目はスキル欄で止まっている。もちろん既にクラスチェンジの文字は無かった。
全体を改めて見直す。クラスチェンジは正解だったかなと思った時、ハッ! と気づいた。
「というか、なんでここに性別が載っていないんだよ!!」
……落ち着け、おれ。不思議そうに見つめてくるハチが目の前でじっと待っている。その頭を、おそるおそる撫でてみる。すると、頭を次々に差し出してきた。両手で撫でると、喉をならして気持ちよさそうにしている。喉をなで、体をさすってやると喜び、最後には腹を見せ無防備になった。
確かに付いてないな。前は腰布とか鎧をつけてたから、気付かなかった。そんな事は忘れようと両手で腹を撫でまわすと、嬉しそうに喉をならし、甘噛みしてくる。甘噛みは少し痛くなったが、中身は前と同じだ。これはこれで可愛いか。
ハチに休憩するように命じると「休憩 必要無い」「主様 護衛 一番 大切」と言ってきた。やっぱり、ハチは働き者で可愛い奴だ。ありがたくお願いする事にした。ハチにコア部屋の前を守ってもらおう。ここなら、騒がしくもないし、ゆっくりできるだろう。
部屋の前に座ると、二つの頭を立てて周りを警戒しつつ、最後の1つ頭は目をつぶって休んでいる。器用なものだ。部屋にもどると、お玉さんもいつの間にか隣の部屋で控えているようだ。ふたりとも、気が利く可愛い女だ。ひとりは厳つく、ひとりは固くて冷たいけれど。
そのうち、みんなの性別を確認してみようと思いながら眠りについた。
ケルベロスはメスという説もあるそうです。
この話で【2章 おっさんがダンジョンマスターを楽しむ】が終了となります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次に現時点でのダンジョンの地図をご紹介してから
【3章 おっさんがダンジョンを強くする】に入ります。
引き続きよろしくお願いいたします。




