お玉は固く冷たい
踊るおたまじゃくしを消してしまい、魔力を回収しようかとも悩んだが、あの食事は捨て難い魅力だ。
そんなにDPも貯まっていないし、とりあえず戦闘の前面には出さないようにする。コア部屋の横にもうひとつ新たな部屋を作り焚火炉を移動して、そこから出ないように設定しなおした。料理当番兼ラスボス担当だ。
これでDPの残りが4ポイントになってしまった、もう何もできない。まあシャドウウルフはハチが素早く処理してくれる。とりあえずは安心だ。
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3日が過ぎた。
毎晩やって来るオオカミを1匹か2匹、倒すだけで他に変わったことはない。それ以外の時間はいろいろな事を調べたり試したりしている。
調べてみて分かった事のひとつに『ダンジョンに召喚した魔物には、エサは必要ありません』というのがある。ハチは別にして新しく召喚したコボルトやスライムが、オオカミの死体に喰らい付かないのを不思議に思って、コアさんに聞いたらそういう事だった。喜ぶ姿が見たくて未だにエサはあげてるけど……。
コアさんからこの話を聞いた時にレードルが「オオカミの肉も癖がありますが、調理すれば美味しいですよ。香草があれば……」と続けたが、なんか今更だけどオオカミはちょっと遠慮したい。あれは仲魔のみんなに食べて貰おうと思う。
魔力が少なくなったので選べる選択肢が少なくなり、説明も今までより詳しい内容の物はなにもなくなってしまった。コストの半分以上のDPがないと選択肢すら表示されないようだ。無駄遣いを止め、魔力をいったん貯めようと決める。
試した事というと、少し貯まったDPで罠を設置するシミュレートをしてみたり、部屋や通路を拡張したダンジョンのモデルを作って実際にDPがどれほどかかるかを計算させたりしただけで実際には何も変えていない。罠なんかは魔物より高い。聞くと『一度設置したらずっと使い続けられるから』らしい。まあ納得だ。
結局3日間で変わった事と言えば、木箱の中をあさって得た物を魔物に装備させただけだ。いや、スライムはあれです、裸です。ちょっと可愛そうに思って、なにか装備できるものは無いかと調べたら薬草ってのは有りました。宝箱に入れる物らしいです。もちろんコストがかかるから出しませんでした。
今はコア部屋に鍵をつけるかどうかで悩んでいる。レードルが鍵をつけようとお勧めしてくるのだ。
「普通は重要な扉には鍵を掛けます」「オオカミのように低能な魔物はカギを持ってくる知恵なんてありません」「コアを守る為にも鍵をつけるのはどうでしょう?」
と矢継ぎ早に……。
いちばん簡単な、仕掛けも何もない鍵でも100ポイントは掛かる。やっと貯まった120ポイントがほとんど無くなるのだ。悩んでるとレードルがさらにお勧めしてくる。
「設定すると味方はカギを持って無くても扉を開けられるようになります。だから鍵を付けたからといって不便にはなりません」
押し切られる感じでコア部屋に鍵を付ける事にした。カギは上の大広間の台座の奥の窪んだ所、白骨死体があったところに置いた木箱の中に隠す。
最終的に鍵を付けた事は安全面を考えても納得はしている。ただ、釈然としないものがある。自分は訪問販売など、ぴしゃりと断って来た”NO”と言える男だと自負していたのだ。たしかに上司の依頼は断り切れなかった事はあるが、それでも一度は、はっきりと断れ……はっ! もしかしてこれが胃袋を掴まれるという事なのだろうか!?
それに踊るおたまじゃくしのレードル、いやもうお玉さんは、ハチのように『こちらが声をかけると直ぐに返事をするが、それまではずっと待機している』という感じではなく、お玉さんからも自発的に喋りかけてくるのだ。もちろんタイミングは弁えている。出来る女将という感じなのだ。この辺りも良い感じなのだ。
ハチはまたレベルが1つ上がって16レベルになっていた。オオカミが侵入してきても入り口付近の細い通路を利用して1匹で撃退していたので、もう少し魔力を集めようとハチに作戦を伝える。
「引き込んで大部屋で戦ってくれ。それと仲間の魔物と協力して倒してみてほしい」
ハチばかりレベルが上がっているので、獲物を引き込んで他の眷属といっしょに戦わせて一網打尽にするのだ。細かく指示を出し、お玉さん以外の全員で待ち構えさせた。
夜になると、いつもの様に洞窟入り口に偵察と思われる5匹のオオカミが現れた。待ち構えていた私が言うのも何だが毎晩毎晩、飽きもせず現れるがバカなのか。コア部屋で映像を見ながらまだ待機の指示を出す。
するとオオカミはいつものよう2匹と3匹に分かれて通路に入ってくる。今まではここで先行した2匹を撃退してたのだが、さらに奥まで引き入れる。すると後ろに残っていたオオカミも遅れて付いて来た。
5匹全てのオオカミが大部屋の中に現れる。
合図にあわせて奥に隠れていたハチとコボルト2匹、スライムが姿を現した。5対4の戦いだ。
オオカミが距離を取りながら囲みだす。コボルトたちがハチを前にして背中を合わせ、死角を庇いあう。オオカミがジリジリと距離をつめ始めた。
だめだ! なんかピンチな感じがする、甘かった。ロングソードを片手に掴んでコア部屋を飛び出し、上に向かって走る。
走っている間に、コボルトとの距離を詰めたオオカミが飛び掛かった。それをハチが素早く槍で突き刺す。
カウンターで入ったハチの槍は、オオカミの命を瞬時に奪いさった。ここ最近のハチの槍さばきは冴えている。
が、ハチが迎撃した隙をついて外側にいたオオカミ2匹がそれぞれ目の前にいるコボルトに飛び掛かったのだ。
左のコボルトは爪で引掻かれたが何とか錆びた武器でその体を払う。そこにスライムが追撃を与えていた。
しかし右側のコボルトは勢いのまま押し倒され、喉を噛み千切られた。体がすっと消えて魔石だけが残る。そしてその魔石をオオカミが咥え噛み砕いた。
オオカミは仕切り直しとばかりに距離を取りまた包囲する。まだ逃げないみたいだ。
ハッハッハッ、バタンッ!!
階段を駆け上がり扉を開き、通路から大部屋に飛び出した。不意に後ろに現れた私に、オオカミの視線が集まる。
ハチがすかさず槍を繰り出し突き刺す。オオカミは傷を負い、悲鳴を上げて飛んで逃げる。傷ついたコボルトも何とか斬りかかったが、反撃を受け倒れてしまう。それでもその間に、スライムが後ろから酸を吹き付けダメージは与えていた。
倒されたコボルトが消えるのを横目にオオカミの中に飛び込む。いきなり現れた私の姿に混乱している、新たに現れた魔石を嬉しそうに咥えたオオカミを袈裟掛けに叩き斬る。
そのままスライムの前に移動して剣を構えると、傷ついた3匹のオオカミは尻尾を巻いて逃げて行った。
「ふぅー」
戦いは終わったがコボルトが2匹死んでしまった。作戦ミスだ。嬉しそうに干し肉を食べていた姿を思い出す。
ハチにいつものように入り口の通路で撃退するよう指示をだしてコア部屋に戻った。ハチが強すぎてコボルトの強さを見誤っていたようだ。
1対1じゃ勝てないのか。
朝になるとコボルトが2匹とも無事に復活していた。コストは1匹分しか消費されていなかったので調べたら魔石が1個、残っていたかららしい。スライムはレベルが3つも上がっていたが、とりあえずハチ以外の全員のレベルを上げなければ役に立たないかもしれない。ローテーションを組んで入り口通路でレベル上げをさせることにした。
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1週間が経った。毎晩毎晩来るオオカミとうちのメンバーが戦うのをずっと見ていた。昼夜逆の生活になる。夕方に起きてご飯を食べ、戦闘を見守り、終わってご飯を食べてまた寝る。うん、理想的な引き籠り生活だ!!
その間、気になった事があるたびに指示をだした。単純に立ち位置を決めたり、役割を分担したり、もう1匹スライム増やしてコボルトとスライムをひとつのペアにして、セットで戦うように指示をだしたり、そうこう繰り返しているうちにコボルトとスライムのレベルは10に近付いていた。
すでにコボルトは1対1でもなんとか戦えるぐらいになっているし、DPも600ポイントほど貯まっている。
試したかった罠、落とし穴もついでに設置したので、オオカミ殲滅戦のリベンジに挑む事にした。罠はオオカミの習性を狙う。オオカミは包囲した後、獲物を囲むようにぐるぐる回って移動し続けるのだが、そこを狙うのだ。
今回こそは上手く行く。そう思いながらコア前でご飯を食べながら見守る。ちなみに食事の味付けは毎回ちがう。ある程度は魔力で変えれるそうだ。お玉さんは欠かせない存在になってきている。
さて、いつもの様にオオカミが現れた。前のように洞窟内までおびき寄せる。
今回は5対5。しかもレベルが上がっている。
洞窟内で迎え撃つと前回と同じようにまずは1匹のオオカミが飛び掛かってくる。ハチがその攻撃をカウンターで迎撃する。
さらに、前をなぞるように外側にいた2匹のオオカミがコボルトに飛び掛かろうとして、落とし穴に落ちる。上手く誘導することが出来たようだ。
その隙をついて、後方に待機していたオオカミにそれぞれのコボルトが斬りかかる。それをスライムがフォローしながら追い込んでいく。手が開いたハチが攻撃に加わり、各個撃破。最後に罠に掛かったのに止めを刺して完勝だった。
これなら、ハチが主役となって戦わなくても余裕かもと、次からは攻撃を控えるように指示をだす。翌日に試した結果は時間は掛かるが、少し傷ついただけで勝利した。その調子で次の晩、またその次の晩とオオカミを倒していくと順調にDPが貯まっていく。
上手くいった。これでDPを稼げるし、レベルもあがるしで言う事ない。満足しながら増えたDPで新しく表示された内容を調べていく。
……そして、DPが2000ポイントをこえる辺りの欄にその文字列を見つけた。
サキュバスという名前を表す文字列。その文字列を見た瞬間、あの少女の温かみと柔らかさを思い出す。
私はおっさんで、お玉さんは出来る女将。嫌いじゃない、が所詮は金属である。
お玉は固く、冷たかった。




