滝の横の洞窟の話
真っ暗な中、目を覚ます。
……何も見えない。
体を起こそうとするが、強張って上手く動けなかった。近くにコボルトのハチがいるのは判る。
「……ハ……チ…」
擦れたダミ声でなんとか呼びかけると、足音が聞こえてきた。こちらに向かって走ってきてるようだ。
・・・
・・
・
すぐ横にハチの存在を感じ、少し落ち着く。無理やり上半身を起こす。ライターを探すためポケットをまさぐる。大きな球に手があたった。随分デカくなったなと思いながら元は真珠だった物をポケットから取り出し横に置いた。
ようやくライターを見つけ火をつけた。周りがうっすらと照らされる。………記憶がもどって来た。洞窟に入って、デーモンと戦ったんだ。すぐ横に剣が突き刺さったままのデーモンの死体がある。
「暗いな」
つぶやくとハチが入り口の方に走って行った。
まだ動く気になれず、ぼうっとしたまましばらく待っていると、手にランプを持ったハチが帰って来た。
『ランプ 油 入れた』
気が利くやつだ。頭を撫でてやり、ランプに明かりを灯すとパァッと周りが明るくなった。
洞窟の中を見渡す。前は気付かなかったが壁際には樽や木箱、ロープなど色んなものが置いてある。
ランプに照らされたデーモンの死体を見る。とっくに血は渇き、黒く変色している。体の筋を伸ばしながらゆっくりと立ち上る。デーモンから剣を引き抜くと死体はグタリと倒れた。
台座の奥に目をやると影になっていた所にもスペースがあるようだ。近づいて行くとカビ臭い死体の匂いが漂ってきた。覗くと腹を切り裂かれたまま干乾びた女性の様な死体があった。奥にも幾つかの白骨化した死体が転がっている。
少し気分が悪くなり中央付近に戻る。足元には焚火炉があった。顔をあげると、入り口が見える。最後に起き上がった少女の姿を思い出す。反応を探っても、近くにいないようだ。死んだんだろうか。
「あの娘は?」ハチから『逃げた』と端的な返事があった。
……目を閉じて少女を抱き上げた感触を思い出す。前の世界から考えても、久々に人肌に触れたのだ、しかも若い女性。すこし切なくなった。いいや、やましい気持ちは抱いてはいない。自分の心に言い訳をしながら目をあける。洞窟の外にオオカミがいた事を思い出し、無事だろうかと心配した。
入り口の近くに置かれた樽の横には細い通路があった。奥に向かって伸びているようだ。先には扉があり、開けて部屋に入ると木で出来た粗末なベッドが据えてあった。その上には布団の代わりだろうか、毛皮が折り重なって置いてある。他にも机や椅子などの家具もある。
大部屋に戻ってハチと一緒に樽や木箱の中身を確認していく。樽のほとんどは酸っぱい匂いの酒? のような物だったが、他にも油や塩や干し肉、乾燥させた野菜なんかの食料品もあった。木箱の中には襤褸の皮鎧や服や靴、錆びた武器などの他に鍋や包丁、皿やスプーンが入った物もある。
大体しらべ終えたようだ。壁のランプに油を足しながら、ハチに死体を外に運び出すよう命じる。洞窟全体が明るくなった頃にはハチが死体を運び終えていた。
油の入った樽を転がし、外に向かう。洞窟の入り口には、死体と骨が積み上げられている。中にはオオカミの死体もあった。
ハチに尋ねると今までずっと撃退していたらしい。遠目に森の中を動くオオカミの姿がちらっと見えた。
ハチに穴を掘るよう命じて、そこに死体を投げ入れる。そして油を掛けて火を付けた。
しばらく火を見つめながら、なんとなく少女の姿を探す。デーモンの死体にこびり付いていた血の跡からも、おそらく数日は経っているのだろう。見つかる訳も無いか……。
火が消えたので穴を埋めて洞窟に戻る。ハチに干し肉を与えて引き続き警戒してもらう。
備え付けてあった焚火炉に火をおこし薪をくべ、鍋を吊った。中に干し肉や野菜をぶち込み、塩で味を調える。すこし味見をすると久しぶりの塩味に脳が痺れた。出来上がったスープを皿に盛り付け、スプーンで掬って食べる。久しぶりに行うそんな動作も心が踊る。
「う~ん、美味しい。とりあえずここを本拠点として暫く腰を据えるか」
そう独り言ちた途端に、洞窟の奥からまばゆい光が沸き起こり『ダンジョンを展開します。範囲内をダンジョンコアの支配下に置きます』と頭の中に声が……昔付き合っていた彼女の声が響いた。
あまりの事に混乱しながら視線を洞窟の奥に向けると、光の元にはあの透明な球が在り、宙に浮かんでいた。
なんだこれ!?
しばらくすると光が収まりだし『ダンジョンマスターご指示をください』と、また頭のなかに声が響いた。
懐かしいその声に「えっ、瞳!?」と尋ねる。
『私はダンジョンコア、マスターのイメージしやすい声で話しかけています』と優しく答えが返って来た。
胸がキュッと切ない気持ちになる。自分自身に未練タラタラだな!! と突っ込みを入れつつ、今の言葉を思い返す。
「えっ、俺がダンジョンマスター?」
『そうです』
「えっ、何するの?」
『人族から魔力を回収してください』
「人族? 魔力!? どうすんの?」
『人族、前の世界でいう普通の人の事ですが、その人族をダンジョン内で殺すとすべての魔力が回収できます』
「人族を殺すって……逆に味方とかいないの?」
『仲魔の眷属はコストに応じて召喚できます。コボルトは20ポイントでした』
「えっ、ハチもダンジョンコアが出したってこと?」
『そうです。その後コボルトはユニークとして登録され、その際にダンジョンコアに溜まっていたポイントは全て無くなりました』
・・・・
・・・
・・
・
「それって私は死なないの?」
『いえ限界以上の損害を受けると存在が消滅し、ダンジョンが崩壊します』
「ダンジョンも崩壊するのか……」
『またダンジョンコアが破壊された時もダンジョンが崩壊しダンジョンマスターの存在が消滅します』
・・・
・・
・
「えっと、ダンジョンレベルが2って?」
・・
・
驚きの連続だった。
そしてバカみたいに色々と尋ねた。
・・
・
やっぱりここは異世界だそうだ。いや、コアさんが喋ってるからあれだけど。ダンジョンの場所をここに設定した事によって、ダンジョンコアの機能が働き話せるようになったそうだ。
それと、今まで変な感じがしていた理由が解った。ダンジョンコアの支配範囲内では、マスターである私の体は強化されてたらしい。
それどころか食べなくてもいいし、寝なくてもよかったそうだ。年も取らないらしい。中にいると不安感や恐怖心も感じ難いらしい。『親しんだの家にいるのと一緒です』って、いや、こんな場所は知らないし。
あと少し休めば疲れやケガも回復するらしい。今回は死に掛けていたから、時間が掛かったそうだが……。
周りの気配を感じ取れていたのも、マスターの能力なんだそうだ。なんかダンジョン内に誘い込んで、殺す訳だから『お腹の中と一緒です』と。
いや……まあ、セキュリティーは万全の様だ。
それと範囲内の体の強化とは別に、やっぱり個人的にもレベルは上がってたみたいだ。戦って倒すと魔力を吸収するらしい。ある一定量の魔力がたまると能力が強化されるそうだ。吸収する魔力が経験値みたいな物らしい。
それで人族、前の世界の人間の事を言うそうだが、獣人族や精霊人族なんてのがいるそうなので区別してるらしい、を殺して魔力を集めダンジョンを大きくし罠や魔物を召喚して、さらに魔力を集めるのが目的だといっていた。
人族じゃないと駄目なのか尋ねると、人族以外にも魔力を持った生物、魔物から魔力を集めても魔石が形成されるので効率が悪いとか言ってた。なんか人族推しをしていた……理由があるみたいだ。
ダンジョンコアの支配範囲内で人族や魔物が死ぬと、壁や床から魔力を吸収して貯めていくそうだ。そして貯めた魔力を使って、色々やれという事だ。
ダンジョンポイントとは別に吸収した魔力の累計で、コアさんもレベルが上がるそうだ。レベルが上がると範囲が広がったりするらしい。崖上で一度レベルが上がって今のダンジョンレベルは2のようだ。
あと、頭に浮かぶ映像の表示方法も変えれるらしい。今までは集中するとその映像にフォーカスが掛かり、ほかに注意を向け難くなっていたんだがウィンドウ表示もできるらしい。
試しに動かずハチの姿を観てみると、視界の横にハチが写った映像が現れた。なんか見やすくなった。こっちなら複数同時に見れるらしい。
デフォルトにしとけよ、と突っ込むと前の世界で見つけた新しい概念だそうだ。ビルさんは偉大だった、ありがとう。まあ作ったわけではなくスティーブさんと奪い合いをしたそうだが、拡げてくれたのはビルさんだ。感謝である。
味方の能力は詳しく調べれるらしい。ステータスと唱えると名前や強さ、スキルが判るらしい。……そういえば、味方にはやってなかったわ。ハチに向かって「ステータス」と唱えてみる。
名前:ハチ公
種族:コボルト族
レベル:15
HP:50
MP:37
力:26
器用さ:23
耐久力:24
素早さ:45
賢さ:30
スキル:咆哮、牽制、回避
こんな感じがウィンドウに表示された。この能力値表記も新概念らしい。ウルティ○さん、ウィザー○リーさんありがとう。ちなみに自分の能力値はこんな感じだった。
名前:サトシ
種族:ダンジョンマスター
レベル:11
HP:68(34)
MP:60(30)
力:40(20)
器用さ:56(28)
耐久力:28(14)
素早さ:32(16)
賢さ:64(32)
スキル:ダンジョンコア操作
カッコ内の数値は範囲外に出た時の数値だそうだ。基本能力もレベルも、ハチに負けてるじゃん! しょんぼりした。他には、予想通り私は死ぬと終わりらしい。コアさんも壊されると駄目らしい。
最後になぜこんな所に連れてこられたか聞くと、昔コアさんが砕け散ったらしい。その時の衝撃でエネルギーの壁を越えたそうだ。で、そのまま魔力を失い指輪になっていたと。そこで私とシンクロして、何故かこっちの世界にもどって来たそうだ。何故かは分かんないらしい。肝心なところが分かんないって………。
とりあえずダンジョンとか言われると、学生時代にはまっていたゲームを思い出す。閉塞感の中、罠におびえ、魔物におびえ、少しずつ強くなり未知のエリアを探索し地図を埋めていく。宝箱を開けるときの緊張感。転送されたときの恐怖。
あっ今度はダンジョンマスターか。
コボルトじゃなくラフィン○ケトルを召喚すればよかった。
この話で『1章 おっさんがダンジョンマスターになるまで』が終わり、次にここまでのあらすじをご紹介してから、2章に入らせていただきます。
ラフィ○グケトルはウィザード○リーのモンスターです。
日本語では、笑○ヤカンですね。




