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おっさんはダンジョンマスターになって青春を取り戻せるのか  作者: 烏龍お茶
1章 おっさんがダンジョンマスターになるまで
12/81

崖の下で連戦する

 崖下に到着してひと息つく。2人ともケガもなく無事に降りる事ができた。コボルトのハチは最初こそドラゴンにおびえていたのか、動きが悪かったが半分ほど降りた後は、こちらが焦るぐらいピョンピョンと跳ねるように降りていった。


 下で薪をあつめて火を起こし、ドカッと腰を下ろす。夜が明け出し東の空から太陽が顔をだした。振り返り崖を見上げると、朝焼けに真っ赤に染まった壁が天を衝くように伸びていた。我ながらよく降りれたものだ。


 明るくなり改めて周囲の状況をみる。崖下沿いには木や草があまり生えておらず、100メートルほど荒れ地が続いたその向こう側には鬱蒼とした森が広がっている。左右を見渡すと崖沿いの遠くの方に黒い染みが点々とあるのが見えた。


「なんだ?」

 

 つぶやくと、周囲を警戒していたハチが素早く駆けて行き、匂いを嗅いで『ゴブリン』と伝えてきた。私も近づいて観察してみる。黒い染みの回りには壊れた武器が転がっている。


 崖の上から落ちたゴブリンだろうか、昨日の光景を思いだす。死体はなく、森の方に引きずった血の跡がついていた。



 しばらく休憩した後、森に近づかないよう適度に距離を保ちながら、崖沿いを南に進む。すぐに滝の音が聞こえだし、近づくにつれ轟音に変わっていく。かまわず進んで行くと辺り一面に朝靄が立ち込めだし、すぐに数メートル先も見えないほどの状態になった。


 仕方なく来た道を戻る。なんにしても、川から離れるのは不味い。滝を大きく迂回し森を斜めに横切るように横断する事にした。


 周囲の状況に意識を向けて森に近づいていく。横に付き従うハチ以外、生き物の気配はほとんど感じない。だが、ちょうど森の中に足を踏みいれようとした時、森の中から遠吠えが聞こえた。それに呼応するかのようにすこし遠い場所からも遠吠えが響き、さらに森全体に拡がっていく。


 思わずギクリと足を止める。『シャドウウルフ』とハチが伝えてきた。その言葉とほぼ同時に、森の中にオオカミの反応を感じ取る。しかも次々増えていくようだ。


 15匹ぐらいか、こちらの様子を窺うかのように距離を保っている。森に入るのをやめ、開けた崖下まで下がると森の中からオオカミが姿をあらわした。こちらを囲むようゆっくりと動き、低い唸り声を上げている。


 完全に狙われている。覚悟を決め、崖を背にハチと死角を庇い合いつつ左右に並び、腰を落として槍を構える。オオカミに負けじとハチも牙を剥き威嚇するように身構える。



 こちらが準備を整えると、それを待っていた訳ではないのだろうが、オオカミが徐々に距離を詰めだし、およそ10メートルまで狭まった時に右手にいたオオカミから私に向かって飛び掛かってきた。


 素早く体を開き、槍を突き出す。ザシュッ。首筋に突き刺さった槍がオオカミの命を一瞬で奪う。


 私が攻撃するのを待っていたかのように、次の2匹がほぼ同時に飛び込んできた。極僅かな時間どう動くか逡巡するが、微妙に先行したオオカミの前にハチが割り込むと、ナイフで切り付け牽制してくれた。


 それを見た私は、オオカミを槍に付けたまま強引に振り回し、もう1匹を弾き飛ばす。


 キャイィン。オオカミが悲鳴をあげ、空中で足をバタつかせながら転がっていく。


 弾き飛ばしたオカミは足の骨でも折ったのだろうか、後ろ脚を引きずりながら尻尾を股に挟み込み、逃げ腰になっている。


 体を半身に構え直し、再度腰を落とした。オオカミが何度か牽制してきたが、そのたびに手傷を与え退ける。


 ガルゥルルゥ!! ハチが横で吠え立てると一匹、また一匹とオオカミが離れていき、最後には全てのオオカミが森の中に帰っていった。


 大きく息を吐きながらハチの状態を確認する。


「ケガはないか?」


 尋ねると『ケガ ナイ』と答えが帰ってきて、続けて『カズオオイ マタ クル』と伝えてきた。少し森に近づくと全てが逃げ出した訳では無く、潜みながらこちらの様子を窺っているのが解る。


 ただ付かず離れずの距離を保っているようで、その後森の中に入って行ってもオオカミが襲い掛かってくる事はなかった。


 まあ好都合だと森を斜めに横切る。



 それほど時間を掛ける事無く川にたどり着くことが出来た。目の前にある川の幅は広く、深い流れはゆったりとしている。


 もう太陽が真上に近付いていた。私は薪を拾い火を起こす。ハチは川に頭をつっこみ、ペロペロと水を飲んでいた。


 戻ってきたハチに火の番を任せ、川に向かい魚を捕りに行く。川の中は崖上と違い、いろいろな種類の魚が泳いでいた。槍でニジマスの様な魚を3匹捕まえた。


 焚火に戻りハチに1匹やり、残りの2匹は細く削った枝を串にして刺し火に掛ける。先に食べ終えたハチに周囲の警戒を命じ、私はちょっとのんびりしながら魚を味わった。


 昨日の夜から寝ていない。ハチにそのまま警戒を命じ私は少し仮眠をとる。


 太陽が傾き出す頃に目を覚ました。気配を探ると、周囲にいるオオカミは少し数を増やしているようだ。交代でハチに休憩をとらせ、さらに回りの状況を探りつづける。オオカミは7、8匹ぐらいが、入れ替わりながら距離を保ちこちらの事をずっと見ているようだ。



 そのまま1時間ほど経過すると、何故かオオカミが姿を消した。


 何が起きているのか不安を感じながら警戒を続けていると、下流からのっそりと二つ、いや三つの反応が近付いて来るのを感じ取った。


 身長160センチぐらいだろうか、身長は大人にくらべて少し低い。頑強そうに角ばった体と顔。ざんばら髪をもつ顔の中央には大きな豚鼻があり、頭の横にはゴブリンと同じような汚い耳が鋭く横に生えていた。顔の色は灰色で、毛皮を纏った体から伸びる手足も同じ色だ。口元には下顎から上に向かって2本の牙が伸びている


 オーク……だろうか。


 先頭を歩くオークは斧を手に持っている。後ろのオークは体にくらべ長い剣をもち、その肩には人間の少女が担がれていた。


 少女の年は15ぐらいだろうか、その服は引き裂かれ、膨らみはじめた胸が見えている。顔は腫れあがり、体は汚れ傷だらけになっており、栗色の長い髪の毛は血でべっとりと濡れていたが、微かい胸が上下している。辛うじて生きているようだ。


「起きろハチ、敵だ」

コボルトのハチに声をかけ起こす。

 

 ハチにその場で待ち構え威嚇するよう命令をだし、自分は川の中に飛び込んだ。ゆったりとした流れに身を任し下流にむかう。オークとの距離を測りながら、水の中に潜って隠れ遣り過ごしたあと、オークの後方に回り込む。


 しばらくするとハチが吠え立てる声が聞こえてきた。前を歩いていたオークは立ち止まり、うるさそうに斧を振り回す。ハチは素早く身を翻し、また威嚇する。後ろのオークは少し距離を取って止まっていた。少女を肩から降ろすことなく武器も構えていない。


 音を立てないよう川から這い上がった。慎重に距離を詰める。気配を感じ取ったのか少女を担いだオークが振り返った頃には、間合いに入っていた。


「グルゥウ……」


 オークが鼻を鳴らすが、すでに腰だめにした槍が臍のあたりにすっと突き刺さっている。ビクンと震えて、オークは一瞬で息絶えた。崩れ落ちるように倒れるオークから、慌てて少女を奪い抱き上げ優しく地面に降ろした。


 斧を振り回していたオークが異変に気付いたのかこっちに視線をむける。倒れるオークを見ると、鼻を鳴らし雄たけびを上げた。


「グガォオオ!!」


 距離を一気に詰めてきて、大上段から斧を振り下ろしてくる。とっさに横っ飛びをして躱した。こちらが体制を建て直す暇もなく連続して斧を振るってくる。縦と横だけの軌跡だが、単純に速い。


 ハチはナイフを握りしめ必死に威嚇しているが、もう相手にされていない。オークの意識が私に集中する。ハチにも注意を引いてほしいのだが、ナイフの間合いまで詰めるとオークに一刀両断にされるだろうから仕方ない。


 何とか自力で躱し続ける。右へ左へと転がりながら避けて、倒したオークの横に転がる剣に近付いていく。行けるか? 


 崩れた体勢のまま槍を投げつける。オークは余裕をもって躱すが、それも織り込み済み。


「ハチ、槍を拾え!」


 大声でハチに指示をだし、自分はオークの横に落ちているロングソード(両手剣)に手を伸ばす。オークがこちらに詰め寄り、斧を振り下ろしてくる。必死に剣を掴み、何とか斧の軌道を変えた。しかし、体勢を大きく崩してしまう。


 隙だらけになった私の背中を見て、オークはにやりと笑う。だが直後、オークは自分の太モモに生えた槍を見下ろして驚愕の表情を浮かべた。


 ハチが繰り出した槍がオークの足に突き刺さっていた。


「ブオォッ!!!」


 オークは雄叫びを上げ怒りに染まった顔をハチに向けると、雑草でも薙ぎ払うかのように凄い速度の横切りを繰り出す。しかし槍の間合いは広い、ハチが小さくバックステップを踏むと、斧の軌道から抜け出していた。


 その隙にわたしは両手剣を握り直しながら立ち上がり、正眼に構えオークの背中に袈裟掛けに切り下ろす。


 だが、まだ浅い。オークが悲鳴を上げながらも、こちらに向き直ると振り上げていた斧を叩きつけてきた。


「うおっ!」


 悲鳴をあげながら身を引き避ける。


 後ろからハチが槍を繰り出しオークのひざ裏を突き抜く。


「よっしゃあ!!」


 たまらず片膝をつき驚いた表情を浮かべるオークの顔が目の前にある。大きく踏み込み剣を横に振りきる。ちょうど腰の高さになった首筋に切っ先が滑り込み、オークの首を一気に断ち切った。


 ボトッ(・・・)と頭が転がり、首から血が噴き上がった。



 久々に、心の底から力が湧き上がって来るのを感じる。ハチも力をみなぎらせ、一回り大きくなったような気がする。


「ハチ、オークの毛皮を奪って装備しておけ」


 ハチに指示を出しつつ少女の様子をみる。まだ命はあるようだ。ほっと息を付きながら柔らかい少女の体を抱き上げ「さて、どうしよう」と悩む。


 周囲に気を向け様子を探ると、姿を消していたオオカミが戻って来ている。今の状態で襲われると厳しいか。川沿いを東に進もうとするが、そちらの方向から次々とオオカミの反応が現れる。すごい数だ、数十匹になるかもしれない。オオカミがこちらを包囲しはじめた。


 仕方なく川沿いを滝の方に戻る。オオカミが包囲しながら付いてくる。さらに上流に向かって逃げるように進む。滝の音が次第に大きくなって来たが朝靄は消えていて、すでに身を隠すことはできない。


 徐々にオオカミが包囲の輪を狭めてくる。この少女を抱えたままこの数と戦うのは無理がある。ハチに合図を送りタイミングを合わせ走り出す。オオカミも少し遅れて追いかけてきた。


 すぐに滝が見えて来る。爆音の中、さらに進むと滝つぼの横にぽっかりと口を開けた洞窟が見えた。


 これは!? 何とかなるかもと近づいて行くが、洞窟の中にも嫌な反応がある。……だが、一つだけだ。


 後ろからの脅威を振り切る為、洞窟の入り口に向かって全力で走りぬける。オオカミは途中まで追いかけてきていたが、不意にスピードを緩めた。洞窟の入り口に到着した時には、オオカミは遠巻きにこちらの様子を窺っているだけになった。



 助かったのか……??


 安堵と困惑が混ざった感情のまま、洞窟の中の気配に集中する。途端に体が震え恐怖を感じる。眼を背けたくなるのを必死に堪え、中の様子を探っていく。


 洞窟の壁にはランプが吊るしてあった。かなりの広さだ。奥には一段盛り上がった台座のような場所があり、その上にくすんだ紫色の肌をした男が四つん這いになり、獣の様に身を伏せていた。


 いや、四つん這いだが手は2対4本ある。頭には髪の毛はなく、短い角がウェーブして生えている。顔には不気味な山羊のような目があり、鼻はなく穴だけが開いていた。ガリガリに痩せた体に毛は生えておらず、醜く弛んだ皮膚が首や脇腹に皺を作っていた。背中には役に立ちそうにない小さな蝙蝠の羽がついている。


 眠っているのか目を閉じているが禍々しい殺気を放っている。


 前門の虎、後門の狼。虎穴に入らずんば虎子を得ず。なにが言いたいのか自分でも分からない。ただ、分かっているのはあの数のオオカミに、少女を抱えたままでは勝てないって事だ。


 ならば! と洞窟に入ろうとするが、ブルブル震えるハチが付いてこない。命令して呼び寄せる。



 洞窟の中に入って直ぐは、細い通路が折れ曲がり続いている。そしてそこを抜けるといきなり広い場所にでる。


 あいつがいた!!


 ゆっくりと瞼をあげたあいつと目が合う。恐怖に体が固まり抱えていた少女を落としてしまった。横ではハチが『デーモン コワイ』とうずくまっている。

 

 デーモンと呼ばれた存在が上体を起こし、怪訝な様子でこちらを見ている。しばらくして()れたかの様にキィキィと耳障りな音を発した。私が恐怖に動けずにいると『デーモン イケニエ オンナ ツレテコイ 命令』と蹲ったままのハチから伝わってくる。


 頭に浮かんだ言葉の意味を理解するのに時間がかかった。そして先ほどまで抱いていた少女の柔らかさと温かさを思い出し、あれを失うのかと思うと………怒りで血が沸き立つ。(すく)んでいた体に力がもどる。やるしか無い!!


「うぉおおお!!!」気合の雄叫びを上げて走り出す。


 デーモンが驚いた様子を見せたが、直ぐに怒気をはらんだ強く鋭い音を発した。それでも止まらぬ私を見て、右肩の後ろから生えている手を上げ指をこちらに向けた。


 徐々に光り始める指先、とっさにやばい! と直観する。


 前に飛び込み受け身をとる。


 直後、今まで体のあった場所を炎の塊が通過し、後ろの方の壁で爆炎があがった。驚くが動きを止めていい場面じゃない。直ぐに立ち上がりデーモンを見ると左手の指先も光り始めている。


 まだ距離は半分ほど残っているか。


「ハチー!注意をひいてくれぇーー!!!」大声で叫ぶ。


 デーモンの左手の指先に、また炎の塊が現れた。今度は横に飛んで逃げる。だが、間に合わなかった。今いた地面が燃え上がり、爆風と炎に煽られ吹っ飛ばされてしまった。


 それを見たデーモンは私から目を切り、動き出したハチに向かって右手の指を向けた。ハチは素早さを生かして、上手く身を捻り避け続ける。デーモンは右手、左手と火の玉を繰り出すが、ハチはいずれも躱してくれた。


 するとそんなハチに焦れたのか、デーモンは両手を天に掲げ目を瞑り集中し始めた。


 私は魔法による火傷の痛みを無視し、ハチが注意を引いている間になんとか起き上がる。それからロングソードを脇に構えて、一気に駆け出し距離を詰める。


 間合いに入った頃にはデーモンのてのひらの上に青白くスパークする球体が現れていたが、そんなの関係ねぇと剣を勢いのまま振りぬく。


 ザシュッっとした感触と共に、デーモンが天に掲げていた両手の肘から上が体から離れ、宙を舞う。そして制御を失った青白い球がその場で崩壊した。


 私の全身に電気が走り、筋肉が引き()る。髪の毛が焦げている。視界が狭まる。指先が痛い。手が痛い。腕が痛い。全てが痛い。体の内側から焼かれたような感覚だ。


 駄目だこれは……意識を手放しながら、デーモンを見ると奴も頭から煙をだし痙攣している。


 千載一遇の……! それを見た私はこの一瞬だけでいい!! と意識をなんとか繋ぎ止め、死力を振り絞り両手剣を取り回して逆手に構える。てのひらから激しい痛みが襲ってきた。もうほとんど動けそうにない。それでも何とかデーモンの体に剣先を突き立てると、いっきに体重をかける。 


「ギャアァー!!!!!」


 剣先は体を貫く鈍い感触を伝えながら、背中から腹に向けて穴をあけた。そして甲高い絶叫と共にビクビクと震える命を奪い去っていた。



 ハチがこちらに向かって走ってくる。奥では少女が上体を起こしているのが見えた。




 気が付いたのか良かった、そう思いながら崩れ落ちるように倒れ意識を手放した。

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