記憶のクリスタル
久しぶりの投稿です。
シュウが通路を抜けてコマンドモジュールに戻ると、制御卓のモニター画面が点滅して、連絡艇の接近を告げていた。
彼は、制御卓に向かって腰掛けると、モニター画面の緑色の文字の配列を眺めながら、キーを操作して、ドッキングを自動モードに設定した。窓のすぐ外が姿勢制御用のロケットノズルの基部で、周期的に噴射煙を吐き出していた。
漆黒の宇宙空間で、ステーションは、ゆっくりと回転している。人工重力をつくっている。
黒いモニター画面の中で、白く光りながら連絡艇が接近してきた。軽い衝撃がコマンドモジュールに伝わる。モニター画面にドッキング完了の表示が点滅する。
―コマンドモジュールのハッチが開いた。
リナが笑顔で入ってきた。彼女の長い髪は後ろで束ねられ、青いユニフォームの胸には国際宇宙機構のロゴマークが縫い込まれていた。
「時間どおりだ。荷物は?」
シュウが訊くと、
「クリスタルが3つ。最後のクリスタルよ」
とリナが答えた。リナは樹脂のケースをシュウに差し出した。蓋を開けると、なかには透明の方形の品物が3つ収まっていた。
シュウはそのうちのひとつを手に取ると、制御卓のくぼみに装填した。
―パネルのスイッチを押す。やや間を置いてコマンドモジュールの空間に風景が投影された。それは緑の繁るアマゾン川の流れを俯瞰した画像だった。
画像はやがて森のしげみに入り込み、野鳥のクローズアップになる。次に砂漠の風景に変わり、熱砂の風紋が映し出された。
シュウは、続けて残りの2つの方形も装填して立体画像を再生した。―河、谷、山、そして都市…、地球のさまざまな場所の風景がコマンドモジュールの無機的な空間に再生された。シュウはくぼみから方形の記録端末を取り出すと樹脂のケースにしまった。
「その3つのクリスタルはアリゾナの国連軍基地で保管されていたものよ。残りは暴徒が灰にしてしまったわ」
リナが言うと、
「これで充分だ。前に回収したぶんと合わせればライブラリーになる」
と、シュウがこたえた。――地球は、窓の外、ステーションから四百キロ離れた静寂の空間に浮かんでいた。いっけん平穏に見えるその球体は、大規模な気候変動による海水面の浸食で、陸地の居住環境が激変し、人々に絶望的な生活をしいていた。
「リナ、君がこのクリスタルを月面基地に届けてくれ。向こうではライブラリーの完成をみんな待っている」
「あなたは?」
「ぼくは、もうしばらく、ここで地球を見ていたい」
コマンドモジュールの空間には湿度と温度を調整された平穏が満ちていた。
一時間後、リナを乗せた連絡艇はステーションを離れて月への軌道にのった。
ひとりになったコマンドモジュールで、シュウは冷えたコーヒーをすすっていた。いつの間にか、シュウは、夢を見ていた。行ったことのないアマゾンの流れを小舟に揺られている夢だった。
シュウは甘味な夢をむさぼった。
このストーリーはしばらく前に冒頭部分を書いて、そのままになっていたものです。