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地上最弱の女王様  作者: 宇部松清
第3章 カフェ・ダンテにて
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 ずっと家にいるのも、という一華の提案で、外に出てみたはいいものの、特に行く当てはない。

 しかし、ユキは室内よりも快適らしい。踊るようにふわふわとはしゃいでいる。

「やっぱり雪虫なんだねぇ。外の方が楽しそう」

 一華が笑う。

 ところどころシャッターの下りている寂れた商店街を歩く。

「お?」

 一華は昔からある小さな本屋の前で足を止めた。店先に積んである雑誌を手に取る。

「礼二郎、礼二郎、この人見て!」

 手にしているのは女性向けの雑誌だ。『輝いている女性 三十人』という特集ページを開く。

 そこには『絵本作家 さくらいかなこ』という女性がインタビューを受けていた。どうやらこの特集の目玉らしい。

 礼二郎も最近、大御所女優がゲストを迎えてトークをするテレビ番組でちらりと見たことがある。癖のある大御所女優にも負けていない個性的なキャラクターがウケているようだ。

「この人、テレビで見たよ。なんか個性的っつーか、天然っつーか、まぁ、面白い人だよね」

 あと、まぁ、わりときれいだよな……。というのは黙っておくことにした。

「そう、面白いのよねー」

「で、何? この人が好きなの?」

「いや、この人ね、さっきちょこっと話に出てきた櫻井祥太朗のお母さん」

「は? え? マジ? じゃあ、この人ウチの母さんとあんまり変わらんの?」

「んー? どうだろ。あ、ここに生年月日書いてる……。……ん? 若っ! この人まだ四十一だよ? 母さんより十歳近く下じゃん……」

「……」

「……」

「どうした? 二人とも」

 ユキが不思議そうに二人の顔を覗き込んだ。

「なんでもない、なんでもないのよ、ユキちゃん。ちょっとココで待ってて。せっかくだからコレ買ってきちゃうから」 

 一華は雑誌を抱えて店内に入って行った。

「レイジ、イチカはどうしたんだ? レイジもなんかおかしいぞ?」

「いや、なんでもないんだ。若さがどうとか関係ないよな? ユキは『母さん』のことが好きだろ?」

「もちろんだ。『母さん』は大好きだ」

「……だよな? それでいいんだ」

 礼二郎はそれで納得することにした。

 そうだよ、別に母さんは若くもないし、美人でもないけど、優しいし、料理もうまい。いい母さんなんだ。そう言い聞かせた。

「お待たせー」

 紙袋を抱えて、一華が戻ってきた。

「ね、なんか飲まない? 近くに喫茶店なかったっけ? まだあるよね?」

 『まだ』というのは、この商店街の店舗がちょくちょく入れ替わっているからだろう。

「まだとか言うなよ。それにテラス席がある方がいいだろ? ユキもいるんだし。商店街の喫茶店は暖房ガンガン入れてるぞ」

「あー、そうね。テラス席のある喫茶店……カフェか。ある? この辺」

 礼二郎はしばらく考え、ここから少し歩いたところに後輩が働いているカフェがあったことを思いだした。

「じゃ、ちょっと歩くけど、後輩働いてるとこあるからそこにしようか。ユキ、小腹空いてないか? なんか食いに行こう」

「おお! 食べる食べる!」

 ユキはぴょんぴょんと跳ね、嬉しそうだ。本当によく食うなぁ。

 

 十分程歩いて、高校の後輩、源田茜がバイトをしているカフェ『ダンテ』に着いた。

「いらっしゃいませー。あ、夏木先輩! 彼女連れですか~? しかも二人も! やるじゃないですかぁ」

 茜はセミロングの髪を後ろで一つに束ね、真っ白いシャツにえんじ色のカフェエプロン姿だ。

「どっちも彼女じゃねぇよ。こっちは姉、こっちは知り合いの子」

 と、雑にそう説明する。

「そうそう、あたし、おねーちゃんです」

「私はユキだ」

 女性陣は我が我がと自己紹介を始めた。茜はその勢いに圧倒されている。

「はは……、えっと、お席は奥の広いところがいいですか?」

「あー、えっとテラス席いいかな?」

「テラスですか? 今日も結構寒いですけど……」

 寒いからいいのだ。いや、俺的にはあったか~い奥の席に通してもらいたいんだが……。

「いや、いいんだ」

「じゃあ、ちょっと待っててくださいね。軽く拭いてきます。テラス席ってこの時期誰も座らないもんで」

 そう言うと、茜は布巾を片手にテラス席へ向かった。テーブルと椅子を念入りに拭いている。悪いことしたかな。

「なーんか悪いわね」

 一華が代弁してくれた。

「お待たせしましたー。どうぞ!」

 三人は寒風吹きすさぶテラス席に座る。暖かい店内には、動物園の動物を見るかのような目で、こちらを伺っている客がちらほらいる。

 そりゃそうだよ。

 俺だって、こんな寒い日にテラス席に座るもの好きがいたら、そんな目で見るさ。

 あんまり見んな。

 茜はメニューを持ってくる時にお冷やと温かいお茶を持ってきた。

「さすがにテラスにお冷は厳しいですかね。一応温かいお茶も持ってきました」

 いいぞ! 源田! お前はなんて気が利くんだ!

「サンキュ。とりあえず、お茶は二個でいいや。お冷はそれ全部貰っていいか?」

 お茶は二人分で、お冷は全部? 不思議そうな顔をしたが、深くは追及してこなかった。

「でさ、注文なんだけど、俺、ホットコーヒーのラージ。ユキはオレンジジュースでいいな? あとさ……いま時期って冷製パスタってやってる?」

 メニューをめくりながら聞く。

「冷製パスタですか……。とことん寒さを追求してるんですね。罰ゲームですか? 冷製パスタは……たぶん出来ると思います。トマトのやつですけど、いいですか?」

「いい、いい。冷製なら何でも。姉ちゃんは何にする?」

「んーと、あたしはカフェモカのラージ。あと、食後にチョコレートパフェで!」

「パフェぇ?」

 この寒いのに? というのはかろうじて飲み込んだ。一華は小声で「ユキちゃんによ」と言った。成る程。

「かしこまりましたー」

 茜は笑顔で店内へ入って行った。


「マスター、ホットとモカ、ラージです。あと、トマトの冷製パスタ、大丈夫ですよね?」

 茜は伝票を破って、カウンターの中にいる廣田亮二に渡した。

「大丈夫だけど……。テラス席のお客さん? この寒いのに、外で冷製パスタか……。我慢大会か何か?」

「あたしは罰ゲームかなって思いました。しかも! 食後にはパフェもなんですよ。ほら」

「こりゃあ徹底してるね。ここまで来るとぜひこのコーヒーもアイスにしてほしかったな」

 と言って廣田は笑った。

 身長百八十八、体重は九十キロを超えていそうな巨体に縁なし眼鏡と顎髭がトレードマークのこのマスターは、「熊さんみたい」と小さい子供からも人気だ。

「それに、あの女の子、ノースリーブですよ? 寒くないんですかねぇ」

「まぁまぁ、寒かったらテラス席になんて行かないでしょ。きっと肌色っぽいの下に来てるんだよ。ほら、フィギュアスケートみたいな」

「ああ……成る程」

 そうは見えなかったけどなぁ……。と思いつつ、茜は店内の客のお冷を注ぎに行った。


 一華は早速雑誌を開いた。ユキはお冷を飲みながら、なんとか口の中に氷を入れられないか奮闘している。何もしないでいると寒さが倍増しそうで、礼二郎も雑誌を覗き込んだ。

 見出しはでかでかと『輝いている女性三十人① 絵本でこどもに夢を! さくらいかなこさん』と書かれている。

「なー、この人の作品って有名なの?」

「有名有名。ウチらも読んでるよ。母さん、取っといてるかなぁ。『いだいなる魔法使い』って覚えてない?」

「『いだいなる魔法使い』かぁ……。覚えてるような……、覚えてないような……」

「ちょっと女の子向けかもしれないから、あたしだけなのかな、読んでもらったの」

「中身聞いたら思い出すかも。どんな話?」

「あたしも結構うろ覚えなんだけど……。たしか、すごい魔法使いがいて、お嫁さんを探すんだけど、普通の人間じゃないからって断られて、でも最後はお嫁さん見つけてハッピーエンド、みたいな」

 内容を聞いてもやっぱり聞き覚えがない。男の子向きではないと判断して、母は読み聞かせなかったのだろうか。

「うーん、聞いてもやっぱりわかんないわ。ていうか、それって面白いの?」

 これが率直な感想だ。嫁さん探して、断られて、でも見つけて、めでたしめでたし。悪い魔法使いが出てくるわけでもなく、手に汗握るような冒険もない。

「面白いのよ。少なくとも、あたしは。それに、面白くなかったら、この人この雑誌に出てないんじゃない?」

「それもそうか」


 本日は、お忙しい中、ありがとうございます。

――いいえ、ぜんっぜん忙しくないんですよ。子供も大学生で家を出ちゃいましたし。

 大学生のお子さんがいるんですか? 驚きですね!

――うふふ。主人に似て、とても優しい子なんですよー。こんなこと言うと怒られちゃうんですけど(笑)

 ご家族、仲がよろしいようでいいですね。

 さて、今回は『輝いている女性』というテーマなんですが、さくらい先生はデビュー作の『いだいなる魔法使い』がベストセラーになりましたね。

――そうですね。やっぱり私としても、思い入れの深い作品です。

 この『いだいなる魔法使い』の続編がこの度再版されましたね。

――そうなんです。出版社の関係で絶版になってしまったんですけど。六年ほど前にこの『いだいなる魔法使い』を元にライトノベルを書いたんですね。その中で続編があることも書いたら、ぜひ再版を、という声があったものですから。

 『魔法使いとコーヒーを』ですよね。私も読ませていただきました! あの作品って、先生がそのまま登場されてますよね。

――そうです。あれは息子も主人も、息子の嫁もそのまま出しちゃってます(笑) だって、ノンフィクションですからね。

 それは、大丈夫なんですか? いろいろと。

――大丈夫も何も、事後承諾でしたからね(笑) 主人と嫁は笑ってましたけど、息子は相当怒ってましたねー(笑) でも、この家で私に勝てる人なんておりませんから!

 さくらい家の力関係が見えますね(笑) でも、ノンフィクションは言い過ぎではないですか? ご主人と息子さん、魔法使いになっちゃってますけど。

――それも含めてノンフィクションですよ(笑)


「なんか、あっけらかんとすごいことする人だな」

「ね。まぁ魔法使いの件は冗談だろうけど、家族を実名で出してるんでしょ? これはなかなかきついね……」

 さくらいかなこのインタビューの上段を読み終えたところでコーヒーとジュースが運ばれてくる。

 一華は雑誌を一度閉じてスペースを作った。

「お待たせしました。ホットコーヒーとモカのラージです。それから、オレンジジュースですね。パスタはもう少しお待ちくださいね」

 茜はコーヒーとジュースをテーブルに置きながら、ユキをちらりと見る。

 マスターはああ言ったけど、ほんとに中に長袖着てるのかなぁ……。どうみても素肌っぽいんだけど……。

「なんだ? 私に何か用か?」

 自分では『ちらり』としか見ていなかったつもりなのだが、見られている方からすると『ちらり』ではなかったらしい。ユキが首を傾げて茜を見つめた。

「いえいえいえいえ、別に、その……」

 必死に取り繕ってみたものの、気になるものは気になる。

「先輩、すみません。やっぱりあたし気になっちゃって……」

 直接ユキに聞くのは躊躇われたのだろう。茜は礼二郎に助けを求めた。

「気になるって……、ユキのことか? やっぱり」

「はい……。だって、この寒空の下、ノースリーブでお冷飲んで、さらにオレンジジュースですよ? もしかしてパスタもこの女の子ですか?」

 この問いに答えたのは一華だった。

「そりゃーびっくりするよねぇ? 実はね、この子、ちょっと特殊なアレルギーなのよ。熱アレルギーって言ってね。熱い食べ物とか、飲み物とかで身体があったまっちゃうと体調をくずしちゃうの。だから、こういう恰好して、外からも身体を冷やしてるってわけ」

 礼二郎も、一瞬、信じかけた。なんだよ、シベリア出身で切り抜けるんじゃなかったのかよ。

「そうなんですかぁ……。大変ですね……。あ、それならお冷、もう少し持ってきましょうか。氷も多めにとかできますから、言ってくださいね」

 茜もどうやら信じたらしい。「氷、もっと!」というユキの言葉に元気よく返事をし、駆け足で取りに行った。

「……いい子ね」

「……まぁ、単純な子なんだよ。いいやつなんだけどさ。ていうか、さっきの! シベリア人っていう設定はどこ行ったんだよ!」

「だってぇ、こっちの方がもっとそれっぽいと思ってさー。さっきは浮かばなかったんだもん」

「まぁ、いいけどさぁ」

 礼二郎はホットコーヒーを啜る。冷え切った身体にじわりと染み込んでいく。ゆっくり飲みたいが、ここだとすぐに覚めてしまうだろう。ならば、熱いうちに飲んでしまった方がいいかもしれない。

 一華を見ると、どうやら同じ考えのようだ。一口飲んでからも、カップをテーブルに置くことなく、口元に固定したままだ。

 つかの間のホットドリンクで暖を取る二人の気も知らず、ユキはオレンジジュースを一口飲み、ご機嫌だ。

 見てるだけで寒そうだ。とユキから目をそらす。暖かそうな店内を見ると、アイスペールを片手にこちらに向かおうとしていた茜が、マスターに呼ばれていた。どうやらパスタも出来たらしい。片手にアイスペール、片手に冷製パスタという、完全に季節を無視した状態で、茜はこっちに向かってきた。

 その手ではドアを開けづらいだろう、と一華がドアを開ける。

「すみません、ありがとうございます! お待たせしました。トマトの冷製パスタです。あと、これ、氷お好きなだけどうぞってマスターからです」

 テーブルの上には三人分のお冷と、空になって冷えた二つの湯呑、そして、半分くらいに減ったオレンジジュースと氷がたくさん入ったアイスペール、止めに冷製パスタ。

 これが真夏だったら最高なのだが。そして、この後は冷え冷えのチョコレートパフェも控えている。見ているだけで風邪を引きそうだった。

 こんなことを考えてるうちにもコーヒーは冷めていくのだ。温かさが失われる前に、と礼二郎は急いでコーヒーを飲む。

 ユキは覚えたばかりの『くるくる』を得意げに披露し、口の周りを真っ赤にしながら食べている。

「頼んでおいてなんだけど、いまこんなに食べて、夕飯大丈夫か? 母さん張り切ってるぞ」

「そういえば、この後パフェもあるのよね……」

「問題ない! 私はいくらでも食べられるのだ! 『母さん』のご飯を残すわけがなかろう! ふはははは」

 そりゃ頼もしいことで。

 礼二郎は最後の一口を啜った。


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