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地上最弱の女王様  作者: 宇部松清
第7章 ユキと魔法使い
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「もう! なんで繋がんないのよ! 何やってんのよ! 礼二郎!」

 一華と基樹は館内を小走りしながら、礼二郎を探していた。

一華はずっとスマートフォンを耳に当てている。留守番電話サービスに切り替わるたび、忌々しく舌打ちをして、再度掛け直す。

 基樹は何の説明もないので、とりあえず一華にくっついているだけなのだが、とにかく何か緊急事態だとという雰囲気だけは察したようだ。

 あの子、病気だって言ってたしな……。

「一華さん! 外かもしれないですよ! いったん出ましょうか?」

「外……。そうね、行きましょ!」

 このどさくさに紛れて手を繋ごうと右手を差し出したが、違う意味に受け取ったらしい一華は、自分のバッグを基樹に託すと「ありがと」と言って、出口へ向かって駆け出してしまった。

「……お、お任せくださぁい!」

 この時、少しがっかりしながらも、コレも悪くないなぁなんて思った基樹は、「俺って、根っからの下僕体質なのかも」とつぶやいた。


「お前誰だよ! ユキに近づくな!」

 礼二郎は突如目の前に現れた着流しの男に向かって言った。

 男は濃紺の着流しに、同色の羽織姿である。

 この寒空の下、こんな恰好で寒くないのだろうか。

 涼しい顔をしてこちらを見つめる切れ長の瞳。すらりと長身のその男は、男の礼二郎から見ても見とれるほどの美男だ。

「紹介が遅れまして。僕は、魔法使いです」

「は?」

 呆気にとられる礼二郎とは対照的に、ユキは安心した顔をしている。

「そなたが魔法使いか。よくぞ来てくれた」

「え? ユキ? 知ってんのか?」

 そりゃユキだってファンタジーの世界の生き物だけどさ、魔法使いはないんじゃないのか? 怪しすぎるだろ。

「この者は、知らないがな。ただ、魔法使いは知っている。何代か前の女王もたいそう世話になったと聞いている」

「世話に……?」

「いえ、僕はただお運びしただけですよ。さて、どう致しますか? 女王。あなたがそれを望むなら、北の大地へお連れ致しますが」

「そうだな……。頼む……」

「ちょ、ちょっと待てよ! どんどん話進めんなよ!」

 一人だけ取り残されている礼二郎が魔法使いに向かって叫ぶ。

「そうか。君には話が伝わってなかったのか。僕はね……」

「いたーっ! 礼二郎―っ!」

 魔法使いの言葉をかき消すほどの大声が、背後から聞こえる。

 聞きおぼえのある声の中に自分の名前があることに気付き、振り向く。

「姉ちゃん……」

「イチカ! それに『下僕』……」

「ああ、彼女が祥太朗の知人の……」

 一華は『下僕』である基樹を従えて、全力疾走だった。歩き回ることを想定してスニーカーを履いていたのが勝因だろう。

「ふぅーっ、追いついたぁ」

 肩で息をしながらも、まだ気持ちに余裕はありそうだ。この姉は、運動部にこそ所属してはいなかったものの、礼二郎とは違って、運動が苦手なわけではない。

「えーっと、櫻井のお父さんですよね? あたし、同じ学部の夏木一華と申します。こっちは弟の礼二郎です」

「え? 知り合い? 姉ちゃん……」

「アンタ、ちゃんと挨拶しなさい!」

「あ、えっと、弟……です……」

「僕は、一華さんの恋……ごふっ……『下僕』……の唐橋……です……」

 ちゃっかり一華の隣に並んだ基樹は、一華からの容赦ない肘鉄を食らわされ、背中を丸めている。

「初めまして。大学で祥太朗がお世話になっております。父の信吾と申します。先ほど、女王よりご依頼いただきましたので、これから北海道へお連れしようと思うのですが」

 魔法使いは穏やかな口調で丁寧に話す。

 成る程、あの小説のまんまだわ。

 それにすごい雰囲気のあるイケメン……。

 櫻井には……似て……ないかな。

 一華は初めて見る『魔法使い』をじっくりと観察する。

でもなんで着物なのかしら。

「ユキちゃん、もう行くの?」

 一華は、礼二郎のチェーンを弱弱しく左右に振るユキに言った。

「そうだな……。でも……」

 チェーンをぐい、と引っ張る。

「お?」

「そなたがいるのなら、そんなに焦らずともよいな? 少しだけ、待ってくれるか?」

 信吾は一瞬驚いた顔をしたが、すぐににこりと笑った。

「大丈夫ですよ。あなたがそうおっしゃるのなら、僕は待ちますよ」

 そう言うと、今度は一華に向けて言う。

「もうすぐ僕の家族も到着します。もし、昼食がまだでしたら、皆でいかがですか」

「いいですね。唐橋君にもちゃんと説明しないとだし。ごめんね。何も言わずに振り回しちゃって」

 やっと優しい顔を見せてくれた一華に基樹は相好を崩した。

「いやぁ~。一華さんにだったら、俺、いくらでも振り回されちゃいますよぅ~」

「俺にもちゃんと説明してくれよ。魔法使いが出てくるとか、一切聞いてねぇぞ」

「ああ、そういえば、そうだったね。ごめんごめん。とりあえず、どうしようかな。櫻井が来るまで、寒いし、車に戻る?」

 どうせ車に戻ったところで窓は開けるのだが、吹きっさらしのこの場所よりは幾分ましだろう。

「そうだな……。でも……魔法使いさんは……どうしますか?」

 基樹の車は五人乗りだが、ユキに触れないように座るには、四人が限界だ。

 魔法使いは『信吾』と名乗ったものの、礼二郎は『魔法使い』と呼ぶことにした。

「僕のことは、気にしないで。寒さを防ぐ方法は、いくらでもあるから」

 魔法使いという響きだけで、何となく怖いものでも見るような目で見つめていた礼二郎に、信吾は優しく微笑む。

「そうですか……。じゃあ……、ユキ、車行くか?」

「……」

 礼二郎の問いかけにユキは答えない。ただ、チェーンをぐいぐいと引っ張っている。

 こっちに来いという意味か?

「何だ? 言わなきゃわかんないぞ。そっちに行けばいいのか?」

「……」

 ぐいぐい。

どうやらそのようだ。

「わかった。わかったよ。じゃ、ちょっと歩くか。姉ちゃん、俺らちょっとこの辺ぶらぶらするからさ。なんかあったら連絡するわ」

 礼二郎はユキに引っ張られながら、歩き出した。

「はいはい。あんまり遠くに行ったりしないのよ。……じゃ、櫻井のお父さんも車乗りますか? お茶もありますし」

「では、お言葉に甘えて……」


「ユキ、ユキ! もう引っ張らなくていいって、ちゃんと歩けるからさ。どこに行くんだ?おい!」

「……」

 チェーンを引っ張るのは止めたが、ユキの歩みは止まらない。そして、相変わらず無言のままだ。

 だいぶ歩いたように感じたが、まだまだ水族館の敷地のようだ。ほとんど車のない第二駐車場の中を歩き、海の方へ向かう。

「下、岩浜だけど、下りるか?」

 その問いには、首を横に振った。やっと意思表示をしてくれたことにホッとした。

「じゃ、ココでいいか? 車が来たら危ないから、あそこの柵まで行こう」

 首を縦に振る。

 数歩歩き、転落防止の柵まで行く。海が良く見える。波がやや高く、荒れている。

「どうしたんだ? ユキ。俺、怒ってないからさ。何か話してくれよ」

 ユキはチェーンを握りしめたまましばらく俯いていたが、顔を上げ、海を見つめた。

「私は……」

 小さな声でぽつりぽつりと話し始めた。波の音でかき消されてしまわないかと気が気ではなかった。せめて、車のエンジン音は、と思ったが、第一駐車場でさえ空いているのだ。その心配はないだろう。

「レイジに出会わなければ良かった……」

 絞り出すように言ったその言葉に、胸がぐっと締め付けられる。

 何で……、と言いたかったが、ユキが話すのを止めてしまわないように、こらえた。

「出会わなければ、ただ、雪を降らせることだけを考えていられたのに……」

 ユキの声は震えていた。

 きっと、泣いてるんだ。

 でも、その顔を見てはいけない気がして、礼二郎は海を見ていた。

 歯を食いしばり、力いっぱい柵を握る。身体中に力を入れていないと、つられて泣いてしまいそうだった。

「レイジは、冬が好きだと言っていたな。雪も好きでいてくれるか? 冬の間しか生きられない私の子供達だ。迷惑をかけることもあるだろうが、春までの辛抱だ。耐えてくれ」

 出会ったころのユキは、もうすぐ死ぬことを何でもないことのように語っていた。

 でも、いまは……。

「ユキ……。俺は……雪も好きだよ。お前のことだって、最初は……変な奴だって……思ったし……、面倒くせぇって思ったりも……したけどさ……。でもさ……、お前のことだって……好きだよ……」

 身体を震わせながら、噛みしめるように、言う。

 声に力を入れた分だけ、泣くのを抑える力が弱まり、ぎゅっと閉じた瞼から涙がボロボロとこぼれる。

 一度出ちゃうと、駄目だな。抑えがきかない。

「そうか……。良かった……」

 そう言うと、ユキは礼二郎の方を向いてにこりと笑った。

「レイジ、泣いているのか? しっかりしろ」

「お前に言われたくねぇよ。ユキだってさっき泣いてただろ」

 柵を握りしめていた手を放して、甲で涙をぬぐう。手はだいぶ冷え切っている。

「泣いてなど!」

 涙はすっかり風に飛ばされていたが、目の端は赤い。

「さて、そろそろ行くかな」

 チェーンから手を放し、柵に両手をついて、背中を伸ばす。

「そうか……」

「最期にレイジと話がしたかったんだ。悪かったな、お前は寒いのにな」

「寒くなんかねぇよ……。そのために厚着してきたんだ」

「ありがとうな。たくさん、世話になった。『母さん』と『父さん』にちゃんと礼を言えなかったのが心残りだが……」

「……俺からちゃんと言っとくから、気にすんな」

「イチカと『下僕』にも言っておいてくれ」

「待て、姉ちゃんと基樹はすぐそこにいる。魔法使いさん呼ぶときに一緒に来てもらうから、それは自分で言え」

「そうか……」

 ポケットからスマートフォンを取り出す。一華からの着信が十二件ある。時間的に、コレはユキを追いかけていた時の物だろう。着信履歴からかけようとして、一度手を止める。

「ユキ、いいんだな? 呼ぶぞ?」

 ユキはまたチェーンを握り、首を縦に一度振った。


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