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地上最弱の女王様  作者: 宇部松清
第6章 下僕と水族館
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 十時の約束だったが、基樹は九時半にやって来た。『一華と(他二名)のデートが待ち遠しくて、早目に来てしまった』らしい。

「おい、礼二郎。何でこんな美少女と知り合ってんだよ」

 トランクに荷物を積みながら、基樹が言う。

「何でもいいだろ。お前はお姉さまにデレデレしてりゃいいんだよ」

 そう返す礼二郎の後ろには、ウォレットチェーンをしっかりとつかんだユキがいる。初めて見る基樹を警戒しているのだろう。

「まぁ、たしかに俺のお目当ては一華さんだからな! ライバルは少ない方がいい」

「何で実の弟がライバルになり得るんだよ。あ、このちっちゃいクーラーボックスは後ろの席に積むから」

「後ろに? 狭くなんねぇか?」

「いいんだ」

 このクーラーボックスにはありったけの保冷剤とコンビニで買ってきたブロックアイスが入っている。もちろんユキのためだ。窓が全開となる寒い車内では絶対に開けたくない代物だが、仕方がない。

 そして、後部座席の真ん中に置いて、ユキと身体が触れないようにするためでもある。

「で、もちろん助手席は一華さんでいいんだよな?」

 その言葉に一華が目を見開いて礼二郎を見る。

 たぶんこの目は『絶対いや』と言っている。それはわかっている。

 一華はしばらく無言で礼二郎を見つめていたが、チェーンを左右に振っているユキを見て、大きくため息をつき、「そうね、今日は我慢するわ」とつぶやいた。

「やったぁぁぁ!」

 我慢、とまで言われたのに基樹は上機嫌だ。そのテンションのまま、ユキに向かって話しかける。

「えーと、ユキちゃんだっけ? 僕のことは『お義兄さん』と呼びたまえ。はっはっはー」

「お……義兄さん……?」

「ユキ、無視して良い。悪いやつじゃないけど、アイツはバカなんだ。『下僕』とでも呼べばいいから」

「わかった。『下僕』だな!」

「おい! マジかよ! ……まぁいいか。俺、いま超気分いいから! なんなら一華さんの下僕でもイイ!」

「はいはい。唐橋君落ち着いて。はい、コレ、お願いね」

 一華は興奮気味の基樹にデジカメを渡す。

「出発前に皆で撮りましょ」

「はい! ……って、俺は?」

「唐橋君は、カメラマン役」「ええー……」

 やや不服そうな基樹であったが、一華のウィンクで一気に機嫌が直ったらしい。

「お任せください! 何枚でも!」

 景子はせっかくだからと、遅番でまだ家にいた孝義にも声をかけ、夏木家とユキの集合写真となった。

 一華は、カメラマンの大役を果たした基樹からデジカメを受け取ると、ぐい、とその腕を取り、基樹と顔を近づけツーショットを撮る。

「お礼」

 基樹は驚いた顔のまま、しばらく硬直していた。その隙に、するりと腕を離し、その様子を並んで見ていた礼二郎とユキのツーショットも収める。

「ぼら、ぼけーっとしてないで、出発、出発!」

 一華の号令で、五人乗りのミニバンに乗り込む。

 ユキは、チェーンを離さなければならないので、間にクーラーボックスを挟むことに難色を示していたが礼二郎が中を開けると目を輝かせて承諾した。

一応、滅多に開けるなよと念は押したが……。

 もう開けてる……。閉めろ。

 車は景子と孝義に見送られながら発進した。 

「唐橋君、荷物、多くない? これはトランク入れないの?」

 基樹は運転席と助手席の間に大きめの保温バッグを置いている。

 運転の邪魔にはならないのだろうが、何とも落ち着かない。

まぁ、基樹との間の壁とでも考えれば悪くはないのだが……。

「一華さん、よくぞ聞いてくれました! この中はですね……」

 すっかり落ち着いた基樹がチャックを開けると、中には魔法瓶が三本入っていた。

「なにこれ、全部魔法瓶なの?」

「そうです! 寒い車内でも一華さんが凍えないように、中にはホットコーヒーとジンジャーティー、そしてほうじ茶が入っています!」

「……気が利くのね……」

「ふふふ。それだけではないんですよ。コーヒーも紅茶もほうじ茶もすべてノンカフェインなんです!」

「ノンカフェイン? なんで?」

「カフェインというのはですね。利尿作用があるんですよ。もちろん、トイレにはちょくちょく寄りますけど、なるべく少ない方がいいじゃないですか」

「まぁ……それもそうね」

「それにですね! カフェインを摂りすぎると胃やお肌が荒れちゃうんですよ! 一華さんの美しい白肌が……!」

「ありがと……。気を遣ってくれて……」

 一華は完全に引いていた。

「いえいえこれくらい!」

 本当にまめな奴だ。俺にはねぇのかよ。

「レイジ、これは、北へ向かっているのか?」

「そうだ。北っつっても、北海道までは行かないぞ。でも、ここよりはもう少し涼しいかもな」

「そうか……」

 窓はさすがに全開ではなく、十CM程度に止めたが、それでもやはり寒い。礼二郎はマフラーで耳と口元を覆った。

「どうした?」

「レイジ『水族館』ではずっとつかんでていいのか?」

「え?ああ、いいけど、トイレの時は放してくれよ」

「……楽しみか?」

「そうだな……。しばらく行ってなかったし、楽しみだよ」

「……それなら、いいんだ」

 そう言ったっきり、ユキは黙ってしまった。

 それからは目的地に着くまで、ユキはたまにクーラーボックスを開けてブロックアイスを撫でたり、窓から吹いてくる風に手を当てたりしていた。

 一華は遠慮なく魔法瓶の中のホットドリンクを飲む。ほうじ茶を注ぎ、基樹にも手渡す。

 基樹は一華から手渡される度にいちいち感激していた。

 礼二郎もホットコーヒーを一杯もらう。ノンカフェインの物は初めて飲んだが、カフェインが入っているものと味は大して変わらない。それとも、もしかして、いい豆ってやつなのだろうか。だとしたら、基樹は一華に飲ませるためにわざわざ選ん出来たのだろうか。


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