夏休みが始まった私とよっちゃん
夏休みが始まって一週間が過ぎたころの二人です。
何か……大事な事を忘れている様な気がするんだ。
「今日は本当に暑いな」
「そうねえ」
夏休みに入って、既に一週間。カレンダーも8月になろうかと言う頃だ。
今日まで学校の夏期講習に合わせてよっちゃんも駅の側の図書館で宿題をやりながら待っていてくれる。明日からはそれは無くなるから、本当の意味での夏休みだ。
「何処かに行きたいか?」
「うーん、皆とならいいけど、二人きりは嫌。誰かさんには見られたくないの」
「……だよな。俺も、お前には賛成。って事で、今日はこれからお家デートしない?」
「いつもだけども、いいよ」
「ちい、それは言うなよ。それとさ、今夜お前の家に泊めてくれない?」
「どうせ私一人だからいいけど、どうかしたの?」
「親達が今日から旅行なのを忘れてた」
「やだ。大変じゃない。家の鍵とかは?」
「それは持っているからいいけど、一度必要なものを取りに家に帰ってもいいか?一人でいられるよな?」
「もちろん、いられるわよ。何か用意するものってある?」
「そうだなあ。子供用のビニールプールってあるか?」
「あるわよ。作って水を張っておけばいいの?」
「まあ、そういう事。プール程はいらないぞ、足首を水につける程度だから」
「分かった。作っておく。お昼はどうするの?」
「たまには、ファミレスでも行くか?駅のそばなら大丈夫だろう?」
「そうだね。誰かに見られてもよっちゃんなら誰も何も言わないかも」
「お前。それもちょっと。切ないんだけど」
「ごめん。全部は私の為なのに」
「分かっていて、お前を選んだのだから気にするな。でもさ、あいつの彼氏は……」
よっちゃんが言葉を濁した。その先で何を言いたいかは嫌って程分かる。
「言わなくてもいい。私はもう……何とも思っていない。ずっと義人がいてくれたから」
「悪い。ちょっと俺も弱気になっていた」
「こんなにずっとそばにいるのに?」
私達がこの関係をひた隠しにしているのには、私の方に理由がある。私達の中学時代の同級生であり、今も高校の同級生である人間にこの事実を知られたくない。
彼との絆を彼女に壊されたら……私はもう生きていけないかもしれない。
そこまで、彼に私が依存してしまっている事を彼は気が付いているだろうか?
「お前だって……自分の事をちゃんと評価していないだろう?」
「そうかな?でも、直君達だけだからね。私達の関係を知っているのは」
「まあ、広瀬家とお前の学校の生徒会関係は協力者だから気にはしていないさ。それよりも創達はどうするつもりだ?」
「そうだよね、言わないできちゃって三カ月だもんね。そろそろ言わないとダメだよね」
私と同じ学校に通学しているなお君と、とも君と生徒会のメンバーには私達の関係は知られている。彼も今では生徒会のメンバーでもあるから学校としての交流で何度か顔を合わせている。
後は、幼馴染の三人に伝えようと思っているけれども、伝えるタイミングがなかなかなくて私達もどうしていいのか困っている。
「静香の部活が休みになったらでいいかなって、私は思っているけど」
「それでいいだろう。別に悪い事はしていないしな」
「うん」
「それにしても、相変わらずの生活だよな」
よっちゃんが私をみて呟く。
「どういう意味?」
「そのまんまの意味。いいの。お前はそのままでいてくれて。あっ、でも……それもちょっと不安があるかな」
何が言いたいのかよく分からないけど、よっちゃんは私に不安なところがあるのは分かる。
私の一方的な我儘に付き合ってくれている彼には本当に申し訳ないと思っている。
「だって……私が……」
「ストップ。どこで誰が効いているか分からないから今は……な?」
ヒートアップしつつあった私をよっちゃんが止める。本当に私の事をよく分かってくれている。彼を失う事は……一度も考えた事はない。
「よっちゃん……いなくならないよね?」
「当たり前だろ。お前がそれを望まなければな」
「そんなの嫌よ。考えたくない」
「分かっている。大丈夫だから。ずっとそばにいるよ」
皺が入った私の眉間を突いて、本当に心配性だなって囁く。
よっちゃんは大丈夫って思っているのに、心の底からその事を信じきれない自分がいて。それがまた今の自分には辛かった。
その後、最寄駅の近くのファミレスの日替わりランチを食べてから自転車に乗る。
私の自宅からほど近いコンビニの前でよっちゃんとは別れた。さっき本人が言っていた通りに一度家に帰ってからお泊まり道具一式を持って私の家にやって来るだろう。
一部の荷物は私の自転車の籠の中に入ったままだ。
自宅に戻ってから、家の窓を網戸にして空気を入れ換える。征服から部屋着んい着替えて、押入れのビニールプールを取り出した。空気入れで空気を入れると、エアー漏れすることなく膨らんでいく。少し時間がかかってしまったけど、ホースからプールに水を入れて少し水が張れたところで水を入れるのをやめた。
後は、よっちゃんが来る前に冷蔵庫の中身をチェックして、よっちゃんのリクエスト次第ではす―パ鬼一緒に行けばいいかなと思っている。
冷蔵庫の中身を見ると、どう見ても高校生男子が好みそうなものは入っていない。仕方がないので、今は言っているモノを死すとアップして買い物リストを作ることにした。
「ただいま」
能天気は発言をしながら、よっちゃんが家に入ってくる。
「ねえ、いつからここ……よっちゃんの家?」
「お前がいる所が俺の居場所だといいなあという希望も含めて行ってみただけ」
何気なく彼が言う言葉に敏感になっている自分がいる。
「それって……本気で言っているの?」
「ちい。俺はふざけているかもしれないけど、本気なつもり。ずっとお前しか見ていない俺の事忘れてない?」
「忘れてないよ。秀君と一緒にいた時……結構意地悪していたよね?」
「あれはさ……ずっと傍にいたのに、俺の事を見てくれないのが悔しくて……」
私の隣にいるのが当たり前すぎて、あの頃はそんな風には見えなかった。
私しか見えないって言われたのは、一年前の三月の事。あの時はよっちゃん以外からも告白された。
自分の気持ちにちゃんと向き合って、一杯悩んで、私が手を掴んだのは一番隣にいつも寄り添ってくれていたよっちゃんだった。
その気持ちを伝えたのは、今年の桜が咲き始めたころの家の庭。
その日以来、私の気持ちを優先してくれている。私だって、よっちゃんと付き合っている事を中のいい友達以外にも知らしめたいと思う時がある。
でもそれを実行できる状況に私がいない事。私達の距離が微妙に縮まっていないのは、私が彼の手をもっと強く必要としていると伝えていない事。
それから自分が……私自身が動かないからだ。二人きりでいるのなら。その距離をもっと近付けてもいいかなと私は持っている。
玄関で靴を脱いでいるよっちゃんの背中にそっと抱きつく。
暑いのに、急いで自転車を漕いだのだろうか?息が上がって、早い鼓動を聞いていると不思議と落ち着いてくる。そんな私とは逆によっちゃんの体が強張っていく。
「ちい……どうした?」
「ごめん。義人。ごめん」
いっぱい私が我儘を言って。いっぱい私が無理をさせて。
ちゃんと言葉にしたいのに、そう思うほと焦ってしまって、私は泣くしかできない。
そんな私に気が付いたよっちゃんは、暫くそのままでいてくれた。
「なあ。倫子。お前が俺にこうしてくれるのは、すげえ嬉しいんだけどさ……ここ玄関だぜ」
叔母達はいなくても、誰も来ないとはいえない事に気が付いた私は慌ててよっちゃんから離れた。
「うーん、離れたら離れたでちょっと切ないけど……まっ、いいか」
靴を脱いだよっちゃんは私の手と取って立たせてくれる。
「なあ、もうちょっと……さっきの続きをしたい。だからこっちに来いよ」
私の手を引いて連れてこられたのは、家でも陽射しが入らない北側の納戸。
窓はないけれどもひんやりとして少しだけ涼しい。私は置いてある扇風機のスイッチを入れた。
「いちゃつくのはいいけど、他の人に見られたくない。だから……さっきの続きシヨ?」
「義人」
「好きだ。今は俺だけを感じてろ」
ちょっとな言い方は乱暴だけど、優しく私を包み込むように抱き締めてくれる。
私はゆっくりと彼を見つめてから、好きよ、誰よりも大好きよって答える。
両手で頬を包まれて彼の顔が近付いてきたから私はゆっくりと目を閉じた。