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まふまふ

 

 薄暗く、少し肌寒く感じる森の奥深く、木々の生え茂る根本に ソレは居た。


 狐のような狼のような風貌で、ふわふわと垂れる長い耳に真っ白に輝く毛並み、銀色の角が捻じれながら耳元でくるりと巻いている。木々の合間から光が差し込み、朝露が葉の上でキラキラと光り輝く中、青々と茂る苔の上に寝そべっている獣は気高く美しく見えた。

 ふわふわの長い毛並みに、艶々と輝く尻尾をユラユラと揺らしていると、前方からパタパタとその獣に駆け寄ってくる小さな子供。


 暗闇の中で赤く光る鋭い眼を、いつも以上に細め、子供を見下ろす。



「ここにいたのか!わるいけももっ」


『けもも?・・・けもの?』


 ゼィゼィと肩で息をしながらこちらを睨みつけてくる小さな子供を見ながら、クククッと笑う。獣がいるこの場所は森の奥深くであるため、小さな子供ひとりでやって来るのはさぞ大変であったことだろう。


 数日ぶりにこの森にやって来た小さな子供はぷくぷくとした両腕を広げてパフンと獣の胸元に飛び込み、ふわふわの毛並みに顔を埋める。


「ふわぁ〜!まふまふっ」


 気持ち良さそうに、スリスリと獣の長い毛に顔をすり寄せていた子供は、ハッとその動きを止めて獣を見上げた。


「つ、つかまえたぞ!きょうこそ、わるいけももを、え〜と なんだっけ?・・・あぁ~。あ!そうそう、ふういんするっ」


 

 ゴソゴソと左右に交差された服の胸元から、子供は札のような物を取り出した。

 その札には黒文字で =封= と書いてあった。札をペタンと獣に張り付け、じぃっと見つめる子供の表情は真剣そのものだ。

 


『封印、できたか?』


獣の身体に変化はない。


「あれぇ?なんで?」


 札を貼りつけただけで、封印などできはしないのだ。何度も札を剥がしては貼り、剥がしては貼り、首をひねっている小さな子供がとても微笑ましい。


『小さき子よ、なぜ私を封印しようとする』


 長い尻尾でわさわさと、子供の頭を撫でてやる。子供は嬉しそうな顔をしながら尻尾をぎゅっと掴んだ。


「ちいさきこ、ちがう。アヤナ!」


『そうか、アヤナか・・・良い名だな』


 自分の名前を褒められて、アヤナは嬉しそうに小さく笑う。




「にいさまが、わるいの ふういんできたら・・・アヤナもけいやくできる、いった」


『ふむ、私は悪い獣か?何か悪さを働いたか?』


 獣は、いつもこの森の中に居るので悪さを働いた覚えが全くなかった。むしろ、この森を守護している身である為、悪い獣と呼ばれることが愉快でならなかった。子供の考えることは、面白い。


「だって、だって、にいさまが・・・いたずらしたらもりのわるいけももがくるよ。って・・・」


 ビクビクと急に辺りを見渡し始めるアヤナは、まさにイタズラをしたと言っているようなものだった。



『くくくっ・・・イタズラをしてきたのだな。ほれ悪い獣が来るぞ?それに、はよ帰らねば叱られるのではないか?』



 びくぅっ!!


 小さな肩をビクリと震わせ、口を半開きにし目を見開きながら恐る恐るこちらを見上げてくる姿はなんとも可愛らしいとしか言いようがない。可笑しくてたまらない。


 獣は、たまにこの森の奥にやって来る小さなアヤナを思った以上に気に入っていた。慌てて自分の懐の中に潜り込もうとしている存在を憤怒せず見守れるほどに。普段の獣であれば、孤高なる自身を触るモノなど許しはしないのだ。噛みつき切り裂きその命を狩ってもなんとも思わない。


 初めて出会った時のアヤナは獣の姿を見た瞬間に驚き怯え、腰を抜かししばらく立てず、産まれたばかりの小鹿のようにフラフラ立ち上がっては座り込み立ち上がっては後ろに転んで頭を打ち悶えていた。その姿があまりに可笑しく、日々退屈していた獣は突然やって来た小さい子供を気に入ってしまったのだった。あの時のアヤナの獣に対する怯えようと言ったら凄かったのだが、まあよくここまで慣れたものだ。


 ・・・イカン、思い出したら笑えてくる。これが思い出し笑いというやつか。冷静な自分が思い出し笑いなどする日がくるとはな。


 獣は寝そべっている自身の懐の中で、モゾモゾと居心地よい場所を見つけて顔だけヒョコリと出したアヤナを見つめた。隠れているつもりらしい。実に面白い生き物である。


「わ、わるいけもも・・・きた?ね、きた?」


 『ふむ』


 獣は自慢の長い垂れ耳をピクピクと動かして、周りの音を聴く。遠くからガサガサとこちらに向かって歩いて来る足音と小さくアヤナの名を呼ぶ声が聞こえた。匂いを嗅ぐと風に乗ってアヤナと似た香がほのかにしたので、おそらくアヤナを捜索しに来た家族であろう。



『いるな・・・確実に・・・ほら、アヤナのすぐソコに!!』


「ぴぎゃぁああああああぁぁあぁ!!!!!」



 顔をアヤナに近づけて、耳元で脅かしてやったら大声で悲鳴をあげられた。アヤナの絶叫がキーンと獣の耳に響きわたる。


『ウガアアアアアァァッ!!??』


 通常より聴覚の良い獣も、あまりの痛さに悲鳴をあげた。自業自得だ。

 ヒィヒィと鼻を鳴らしながら、懐中にいるアヤナをつぶさないよう自身の耳を大きな手で押さえ悶えるその獣の姿は少し可愛い。




 


「・・・ャナ・・・アヤナッ・・・」

『主よ、こちらからアヤナ様の香りと悲鳴が』


 ガサガサ、ドスドス、ズルドゴッ。


 枯葉を乱暴に掻き分け走り寄り、どこかにぶつかった音がした。そうとう慌てているらしい。


「アヤナアアァッ!無事か?無事なのか?どこにいる、にいさまが迎えに来たよ!そして真封札がご祈祷台から1枚見当たらないんだけどーーーっ!」


 ガサリと大きな竹草をかき分けて覗いた先には、小さな可愛い妹が大きな真っ白な魔獣の下敷きになっているのが見えた。


「ぎゃーーー!アヤナが魔獣に食い殺されるっ!今にいさまが助けてあげるから((真封呪解印!))」


 大切な妹を守る為に、大きく恐ろしいまでの威圧を放ってくる魔獣を封印するべく兄は懐に忍ばせた自分専用の真封札を人差し指と中指の間に挟んで取り出した。真封札は魔や魔獣など様々な悪いモノを封印する強力な力が込められているため普段暴走しないように封印が施されている。封印を解除するためには、使用者の魔力を札裏にある呪解印に流す必要がある。そして、兄は先祖代々受け継がれし真封士であった。

 兄は大切な妹を守る為に自分の力を最大限に発揮する。指先に挟んである真封札の呪解印に魔力が行きわたるその場所からほのかに光り、封印力が解放されようとした。


『まて、主』

「ぶふぁっ」


 今までずっと兄の頭上に乗っていた、主と呼びかける小さな猫のような生き物が、兄の顔面を覗き込みそのまま顔に張り付いてきた。


「な、なにす・・・」

『だまれ』


 そのまま兄の顔面を蹴り、くるりと回転しながら獣の元に2本足で立ち着地する。兄は蹴られた反動で仰け反り、真封呪解が止まってしまった。


『おまえは、妖猫の一族か?』


 獣は目の前に立ち、深々と頭を下げる妖猫を見た。黒い毛並みにピンと立った耳と3本の尻尾が印象的である。


『はい、私達妖猫一族は代々この真封士一族に使えております。ところで、あなた様はこの森を守護する聖獣・・・狼狐様ではありませんか?』


『いかにも。私は狼狐一族の長でありこの森を守護せしモノだ』




「ひぃいいいいぃいぃいいいいいいいっ!?」



 魔獣であるとそう勘違いしていた兄が絶叫する。その声がまた大きくてうるさい、だけならまだしも冷や汗をダラダラと流し妖猫と狼狐を交互に見比べる姿がうっとおしい。


「わるいけもも、わるくなかった?」


 モソモソと狼狐の懐から出てきたアヤナは、酷いことを言ってしまったようだと思い狼狐の艶々な毛並みを小さな手で撫でた。兄は止まらない冷や汗を感じつつ、アヤナが撫でている狼狐の胸元に目を向ける。その先には散々探して見つからなかった真封札が・・・聖獣であり森の守護者でもある狼狐に貼り付けてあるではないか。


「ア、アァァアヤナさん?その真封札はどうしたのか・・・な?」


 もはや、兄の顔面を流れる冷や汗は滝汗といっても良い状態だった。身体もガクガク震えている。呪解印を施し、新たな魔回路を登録する為にご祈祷台に置いておいた真封札が、つい先ほど自分が魔獣と思い込んで封印をしようとした・・・よりにもよって人に対し冷酷であると噂される森の守護者に・・・ぺたりとな。


「にいさま、もりのわるいけもも アヤナふういん」


 封印はもちろん出来てはいない。


「おおおおお、終わりだああああ!!我ら真封士はもうおしまいだああああっ!もうしわけございませーんっおゆるしください、我が妹だけは!可愛い妹だけはっ!!!うぅっぐすっ・・・はぁうぅ・・・」


 涙ぐみ大騒ぎしつつも、目にも止まらぬ速さで真封札を狼狐からペリリと剥がして自分の胸元に素早く隠し、意識が遠のき倒れそうになっている兄がいた。

 

 大丈夫かこんなんで・・・真封士一族やっていけてるんだろうか。

 兄妹二人に封印されそうになったが、そのことに対して怒る気力を失せる狼狐であった。



『もうよい、妖猫コイツら連れて帰れるか?』


 人間の頭一つ分の大きさの妖猫に、このフニャフニャになってしまった人間を連れて帰れるのか心配になった。しっかりしろよ兄。


『ありがとうございます、心配には及びません。行きますよアヤナ様』

「は~い、またね」


 妖猫はひっくり返った兄の足首をつかみ、可愛らしい小さな身体からは想像もつかぬ力でズルズルと兄を引きずって歩く。その後ろに、バイバイと狼狐に向かって手を振ったアヤナがテコテコと追いかけて走っていた。

 妖猫にとって主である真封士の、そして兄の威厳などそこにはなかった。本当に大丈夫か・・・真封士一族。



 呆然と彼らを見送った後、狼狐は先ほどの騒々しさから一転静寂に包まれた森の中で、クハックハハッと思い出し笑しをし、他の狼狐一族から不安そうな眼で見られていたのだった。



 




 

 妖猫に引きずられ地面に擦れながらの帰宅の場合、兄はどうなる?


「にいさま、あたまだいじょぶ?」


『問題ありません。主がおバカなのは元からです』


「血・・・ちがあぁぁ!?違うっおバカじゃないから、アヤナに変なこと言わないで!」


 ダラダラと流れる汗と血が目に入って痛い。

 兄はブツブツと妖猫に文句を言いながら懐にあった何かで顔を拭った。


『主、それやっと見つけた札・・・』


 拭った後で手に握ったモノを、そっと見る。


「いやああああああ!?父上に怒られるぅ!!」


 ビショビショになった札を呆然と見つめ、涙した。



 『やっぱり主はどこか抜けてると思う』


 うん。

 

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