魔王とユウシャ
よくぞ、此処まで来たユウシャよ。吾輩が魔王である。
『・・・・・・?』
吾輩の名前? ふむ、妙な事を気にするのだな。
名前はまだ無い……わけでもないな。
寧ろこの世界で、吾輩程名前の多い者も居るまい。
なにせ、吾輩がこの世界に発生してから、世間一般において悪逆無道やら冷酷非道などと言われることを、星の数ほどやってきたのだ。
その度に、異名・悪名の類ができるのだぞ?幾ら吾輩でもその全てを憶えているわけなかろう?
だが、まあ千年魔王あたりが無難か?
千年生きた魔王だから千年魔王。実に単純だが、分かり易くて良い……まあ、そう呼ばれ始めてから千年以上経つが、二千年魔王では語呂が悪かろう?
『・・・・・・』
ふむ、それらは吾輩の本来の名ではないだと? まあ、確かにそうだが、初めからあった魔王の呼び名は役名であるし、今更本来の名と言われてものう。
『・・・・・・?』
うん? 魔王が役名とはどういう事か、だと? ふむ、そのあたりの事は吾輩の存在理由に関わることでな。
そうだな、そも魔王とは、どのような存在だと思って居るのだ?
『・・・・・・』
ふむ、人間の天敵か……まあ間違いではなかろう。
実際、吾輩が手ずから滅ぼした国も少なくないわけであるしな。
それではユウシャよ、何故、吾輩が人間全てを滅ぼしてしまわなかったと思う? まさか、吾輩にその程度の力すら無いと思っているわけではなかろう?
『・・・・・・!』
そう急かすでない、今から話す。
ふむ、そうだな、吾輩が発生した時の話になるが、あの頃は魔王の事など忘れておったのか人間同士で滅ぼし合おうとしておってな、世界は負の感情で満ちておった。
怒り・憎しみ・悲しみ、自我の無い精霊がそういった負の感情に染まり、それらが凝り固まって発生したのが吾輩だ。
人間は、生まれた時から泣く事を知っておるらしいが、吾輩は発生した瞬間から魔王の役割を知っておった。
その役割というのが、人間の敵意を集め、ユウシャというモノに倒される事だったのだ。
敵意を集めなければならんのに、全ての人間を滅ぼしてはまずいだろう?
それで、各国の人間を全体の一割ほど残して、それ以外は手ずから殺して回ったのだ、それでほぼ全ての人間の敵意が集まって、あとはユウシャを待つだけだと思っておったのであるが、幾ら待ってもユウシャは現れなくてな。
そうして、待ってるうちに吾輩のことを直接知っている人間が全て逝ってしまってな、さすがにこのままではまずかろうと思い色々やっていたのだが、それでも稀に自分のことを勇者だと言う人間が来るくらいでユウシャは現れなかったのだ。
『・・・・・・?』
うん?可笑しなことを言いよるな、吾輩を倒せなかった奴らがユウシャである筈がなかろう? 確かに、当時はユウシャが如何様なモノか知らなかったが、吾輩を倒すものがユウシャであるというのに、吾輩が戯れに作った人形にすら殺されておったのだぞ?
まあ、吾輩に刃向かう勇気は有ったのだから勇者とは呼んでやってもいいが、ユウシャとは呼べんな。
『・・・・・・?』
ふむ、色々とは何か気になるのか?それはだな、人間の敵意を集めるのにただ殺して回るだけでは、芸がないと思ってな? 人形を使って遊ぶことを思いついたのだ。
一番効率が良かったのは、聖女人形だな。吾輩が殺して回った後に残った人間共を、見目麗しい人形に癒して回らせておったのだが、いつの間にか聖女などと呼ばれ始めてな、知らぬ者がほぼ居なくなった頃に大勢の前でそいつを殺して見せたのだ。……まあ実際に壊した訳では無いのだがな。
その頃に初めて勇者を名乗る人間が来たのだが、吾輩の事を聖女様の仇だとか聖女様に憧れていたとか言うのでな、せっかくだから聖女人形を出してやったのだが、最初は憤っておったというのに、聖女の真実を教えてやった途端、急に戦意を失いおってな? それは人形だから遠慮する事は無いと言ったのだが、それからは、碌に抵抗もせずに殺されおった。……まったく、やっとユウシャが現れてくれたと思ったのだがのう。
それからも、人形を作ったり、人形を使って遊んだりしておったのだが、永い時を過ごす内に吾輩は閃いたのだ。
待っていてもユウシャが来ないのならば、吾輩が自らユウシャの元に行けば良いのだと!!
そして吾輩は正体を隠し、吾輩そっくりの人形に適当に人間を殺すよう命じた後、不在の間にユウシャが来ても大丈夫なように、連絡用の人形を残してユウシャを探す旅に出たのだ。
『・・・・・・』
む、何故そのような顔をするのだ? 名案ではないか。
それに、旅というのも存外に楽しくてな? 人間の文化というのも中々に興味深い、特に料理だな。吾輩は本来食べるという行為を必要としないのだが、美味いものを食べるというのは素晴らしい娯楽である。
だが、・・・捜しても、探しても、ユウシャが見つからなくてなぁ。
もう、帰って眠ってしまおうかと思い始めた頃、吾輩は運命の女と出会ったのだ。
『・・・・・・?』
ほう、やはり彼女の事が気になるのか?
ふむ、まあ他ならぬユウシャの頼みであるし、お主にはそれを知る権利もあるな、特別に教えてやるから心して聞くがいい。
あれは、愚かにも吾輩に言い寄ってきた人間どもを達磨にしていた時だな、騒ぎにならんよう路地裏で処理しておったのだが、そこで吾輩は酔って吐瀉物に塗れて眠っておった彼女を見つけたのだ。
『・・・・・・!?』
む、いきなり大声なんぞ出しおって、どうしたのだ? まあよい、続けるぞ。
彼女を一目見た瞬間、吾輩は悟ったのだ。これまでの全ては、ただこの者に会うためだけに存在していたのだと!! そして、思ったのだ。吾輩の終わりを齎すのは彼女以外に在り得ないとな。
……なんだ変な顔をしよって、吾輩達の感動の出会いなのだぞ?
その後、吾輩は彼女の体を魔法で洗浄してから宿に運んだのだが、中々起きんから朝まで、寝顔を見て過ごしたのだ。……まあ、それはそれで有意義な時間であったがな。
彼女が目を覚ましてから事情を聴いたのだが、なんでも男に振られて自棄酒をしておったらしくてのう、愚痴を聞いている内に仲良くなったのだ。
初めは、すぐに殺されようと思っておったのだが、彼女と過ごすのが楽しくてな、別段急ぐこともなかろうと思い、しばらく一緒に居ることにしたのだ。
当時は、彼女がユウシャだと疑っていなかったのだがのう、事情を説明して、怒られたり、泣かれたりしたが最後は納得してくれて、いざ殺されようとしたときに気付いたのだ。彼女ではどうやっても吾輩をを殺せないことに。
それで落ち込んでしまった吾輩を、彼女は厳しくも優しく慰めてくれてのう、やはり彼女以外に殺されるのは嫌だと改めて思ったものだ。
そして、吾輩は閃いたのだ。彼女の子供に殺されるのなら、彼女に殺されるも同然ではなかろうかと。
だが、彼女の交配相手が普通の人間では吾輩を倒せるような子供が生まれるとも思えぬし、それ以前に彼女がそこらの有象無象とまぐわうなど想像もしとうない。
そこで吾輩の子を産んでほしいと言ったのだが、何故か女同士で子供ができる訳がないと笑われてしまってな、確かに当時の吾輩の外見は人間の女に近いモノだったが、基本的に性別など無いというのに、まあ、吾輩の体を人間の男ものに作り変えて見せて、改めて頼んだら何とか了承してくれたのだがな。
そうして生まれた子供に、吾輩を倒すものという意味でユウシャと名付けた後、彼女の元を離れたのだ。
『・・・・・・?』
うん? 何故、彼女の元を離れたかだと?
ユウシャが、吾輩に情を移さぬようにだ。
吾輩を殺してくれるよう頼んだ時に彼女に言われたのだ。人間は相手との心の距離が近いほど殺す事が出来なくなると、だから吾輩を殺せないとな、・・・まあ、それでもお主以外に殺されるのは嫌だと言ったら、最後には頷いてくれたのだがな。
さて、話はそろそろ終いとするか。
うむ、親らしい事は何一つして来なかったが立派になった我が子の姿というのは、感慨深いものがあるな。
『・・・・・・』
そうか、ではさよならだ、我が子よ、母さんと仲良くな。
『・・・・・・』
・・・ふむ、これが死と■うモノか?なん■、存外あっ■な■も■■な。
≪__さよなら≫