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♯ concern

間が空いた上に挿話です。

 迷宮都市パルマリウス西方通り市場。朝早くから露天商がひしめき合い、昼下がりになろうとも常に変わらない賑わいを見せている。往来の絶えない表通りから少し外れた一角、いつもと変わらない場所でシアは商品を広げていた。


 彼女の露店には其処いらの露天商が扱う商品よりもかなり上等なモノが取り揃えられている。しかし、ギルドの商業部門主催の出店場所を決める抽選において、天性のくじ運の悪さが遺憾なく発揮されたために立地最悪の出店場所での商売を余儀無くされていた。出店場所を決める抽選は、一年を半年で区切った上半期と下半期のそれぞれ初めに開催されるため、それまで場所の変更は叶わない。そのことを重々承知しているシアは不満はあっても納得して日がな一日商品を広げ、市場の外れまでやってくるような物好きが来店するのを待ちつつ、他の作業でもしながら時間を潰すのが常だった。


 だが、この日のシアは様子が違った。


 いつも快闊としている彼女には珍しく元気がなく、寝不足気味なのか目の下の隈が酷い。色白の肌も今日に限っては青白く見え、すこぶる体調が悪そうだ。店を出してはいるが心此処にあらずといったシアの様子を心配して、周りの露店の商人たちが声を掛けた。


「具合が悪そうだけど何かあったのかい? 手伝えることがあったらいつでも言っとくれよ、シアに頼まれたなら皆率先して手を貸してくれるだろうからね」


「そうだとも、俺たちに出来ることなら何だって言ってくれよ」


「遠慮せんでええからのう」


 周囲の商人たちの暖かい言葉を受けてシアは感極まったのか泣き出した。張り詰めていたものが緩み、堰を切ったように押し込めていた感情が溢れ出す。


 周囲の誰もが動揺してどのように対処すべきか困惑する中、シアはようやく泣き止み、ぽつりと自らの心の内に抱えていたあることを呟いた。


「……ないの」


『え……』


「モーメットが帰ってこないの」



◇◇◇



「要するに、あのヒヨッコが三日前に迷宮探索に出掛けてから今日まで連絡もなく帰ってこないと」


「はい……」


「それが心配で一睡も出来ていない訳だね。だから具合が悪そうだったのかい、身体を壊したらどうするつもりなのかねぇこのは……」


 西方通りにおける数少ない店舗の一つ、『ディープトード』の一室にて<西の主(マーケットマザー)>と迷宮都市の商人、冒険者たちから慕われる女傑マダム・ショコラータは、半ば強制的に店仕舞いをさせられ連れてこられたシアと商談用のソファーに向かい合わせに座って話をしていた。


 燃えるような赤髪を靡かせ、老いたりとも色褪せない美貌と鍛え抜かれた肉体を誇るショコラータは女人族アマゾネスの元冒険者であり、現在は迷宮都市パルマリウス内でも特に強い影響力を持つハインリッヒ商会のトップを務める実力者だ。


 シアの変調を聞きつけて市場の外れを訪れた彼女は、シアを心配して集まっていた商人たちを仕事に戻らせるとひとりにしておくのは危ういシアを自らの店舗へと連れてきた。


「あんたがあのヒヨッコにそこまで入れ込んでいるとはねえ……」


 ショコラータは所在の知れないモーメットを心配して憔悴しきったシアの様子を目の当たりにし、冒険者の女となったからには覚悟しなければならないことだろうに、と呆れる一方、普段目を掛けて娘のように可愛がっていることもあって少し不憫に感じていた。そのため、老婆心から自らが持つ情報網をフルに活用し、直ぐさまモーメットに関する情報を幾つか入手させたのだった。


「……調べさせた限り、迷宮でおっちんじまった訳じゃないらしい。三日前に中央でチェックを受けた記録が残ってるからそれは確かだろうね」


「よ、良かった……」


 ショコラータから齎された情報を受けてシアの表情かおに安堵の色が浮かぶ。しかし、ショコラータはそんなシアに対して厳しい言葉を続けた。


「安心するにはまだ早いよ。まだ迷宮にはいないことが分かった()()なんだ。まだあのヒヨッコが今何処に居るのか分かった訳じゃない」


「はう……」


 その言葉によってまた蒼白となるシア。モーメットが何処かで野垂れ死んでいる光景でも想像したのだろう。その様子を見て、シアの精神が薄氷を踏むかのような危うさを孕んでいることに辟易とするショコラータだったが、すかさずフォローを挟んだ。


「まぁ自ら厄介事に突っ込むような馬鹿じゃないだろうアレは。それにあんなヒヨッコでも今じゃ一端の冒険者だ。下手打ってくたばる程、柔じゃないだろうさ」


 世界各地を渡り歩く者やクエストを主にこなす者にとって二月ふたつきは大した期間ではない。しかし、迷宮探索を主体として活動する冒険者にとってその期間は一人前と呼んで差し支えないものだ。それ程までに迷宮に挑み生還することは並大抵のことではないのである。


 中でも迷宮都市パルマリウスを本拠地とし、『伏魔殿パンデモニウム』の探索を行う者であるなら尚更だった。『伏魔殿パンデモニウム』は世界各地に存在する迷宮の中でも最高レベルの危険度を誇る未踏破の迷宮なのだ。生還率は三割を切るとされ、駆け出し(ノービス)が挑んで生還することの方が稀である。そんな所で二月ふたつきもの間、命のやりとりを続けた猛者がましてや迷宮の外で簡単にくたばる訳がないことをショコラータは自身の経験から確信していた。


「流石にさっき調べさせ始めたばかりだとあまり情報は入ってこないもんさ。それにこんな時間じゃ何かしら事情を知っているだろう連中もまだ戻ってきてないからねえ……明日の朝にはある程度の情報は出揃っているだろうからあんたは少し寝るんだよ」


「で、でも……」


「あんたが起きてても何か出来る訳でもないし、身体を壊しちゃ元も子もないじゃないか。あのヒヨッコが帰ってきた時にあんたが倒れてたらどう思うかね」


「……! それは……」


「意地の悪いことを言って済まないねえ……だけど、これもあんたのためだよ。そこの仮眠室にグースティーを用意させたからそれ飲んだら直ぐ夢の中さ。ほら、さっさとお行き」


「……分かりました。何から何までありがとうございます、マダム」


 渋々といった様子で仮眠室へと向かうシアだったが、自分でもこのままではいけないことは理解していたのでショコラータの申し出を受け入れたのだった。


 仮眠室へとシアを見送ったショコラータは、シアには伝えなかった二つの未確認情報について思考を巡らせる。


 一つは、巨人族ギガースと同行していたという目撃情報。この迷宮都市においてその人物に当てはまるのはただ一人だけなのだが、彼が今、迷宮都市に居ないことを彼女は誰よりも知っている。巨人族ギガースの戦士ゴライアスに都市外のクエストを依頼したのは他ならぬ彼女自身なのだから。彼なら何か事情を知っているかもしれないが、半年は此方に戻ることはないので話を聴くことは不可能だ。


 もう一つは、ここ最近ギルドの書庫を頻繁に利用する姿が目撃されていること。迷宮探索を専門に行う者にとって書庫を利用する目的として考えられるのは、魔物情報か道具解説、魔法入門ぐらいに限られる。


 先程はシアを休ませることを優先させたが、シアが起きたらモーメットの最近の行動についてヒアリングする必要があるとショコラータが思案していると、ふと依頼をする際にゴライアスが約束の時間に少し遅れてきたことを思い出した。遅れた詳しい理由を問うことはしなかったが、あの時彼は爺の処に行っていたと言ったはずだ。ショコラータはゴライアスとそれなりに長い付き合いではあったが、彼が爺と呼ぶ人物が誰なのかまでは分からなかった。モーメットの所在にこの爺と呼ばれる人物が関係している可能性が高いと考え、最重要事項として対応することをショコラータは心に決めるのだった。



 ショコラータの下にゴライアスが爺と呼ぶ人物が伝説の魔法使い、老魔道士カスパールであるという驚愕の情報が入るのはこの三日後の出来事である。

随時改稿

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