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The sudden visit

 急遽、ゴライアスの案内で稀代の大魔道士が滞在する屋敷へと連れて来られたモーメットは今直ぐにでも帰りたい程の緊張感に苛まれていた。


 既に彼を此処へ案内した巨人の姿はない。ゴライアスは久し振りに再会したという老魔道士カスパールの関係者と思しき男性ーーシェディムと暫しの会話を交わした後、モーメットの紹介と突然の来訪の理由を伝えてさっさと帰ってしまったのだ。どうやら何か外せない用事があったことを思い出したらしい。


 ゴライアスに置き去りにされ、敵地アウェーの真ん中で孤立無援の兵士になった気分を味わっていたモーメットだったが、そんな彼の様子を観察して少し思案していたシェディムに屋敷の中へと招き入れられた。魔法使い然としたローブ姿、精緻なビスクドールの如き整った小顔に長い黒髪を後ろで束ねた中性的な容貌が目を惹くシェディムに促されるまま、後に続いて歩くモーメットは悪趣味にならない程度に煌びやかな装飾で纏められたエントランスホールを抜け、赤絨毯が敷き詰められた廊下の先、応接間のような部屋に通される。


マスターを呼んで参りますのでお掛けになってお待ちください」


 屋敷の一室にモーメットを案内したシェディムは、そう言い残して部屋の外へと出て行った。


 此処に来るまではこの機会に魔術的な知識を少しでも得られるかもしれない、という打算がモーメットにも少なからずあった。しかし、ゴライアスの紹介でやってきたもののの偉大な魔法使いが対価もなしに何処の馬の骨とも知れない駆け出し冒険者の自分に指南してくれるものなのか甚だ疑問だ。第一界層での戦闘であれば、問題なく敵を始末することが出来るようになってはいるが、未だ日々の稼ぎをどうにか遣り繰りして探索に必要な物資の調達や武器の修繕に充てている小市民モーメットである。まだシアには受け取って貰えていないが、今後は家計にも幾らかお金を入れようとも考えているモーメットとしては、高額な対価を要求されても払える気がしなかった。


 不安に駆られながらも指示に従い、部屋に用意されていたソファーに腰を掛けてカスパールを待つことにしたモーメットは、手持ち無沙汰だったこともあって持参した魔導書や触媒の確認を始めた。来る途中に倉庫街に立ち寄り、ねぐらから取って来たものだ。万が一、対価を要求された場合の保険である。


 今回、カスパールの下を訪れるにあたり、第二界層で入手した魔導書四冊と触媒七つを持参した。残念なことに魔導書は精霊言語で記述されているためモーメットには読めないし、触媒に至っては何をどうやって使うのかすら見当も付かない物ばかりである。


 シアのレクチャーにより、触媒が高位階魔法や秘術の行使などに不可欠な道具であることをモーメットは理解していたが、魔術師ではなく商人であるシアの『鑑定アナライズ』スキルで分かる範囲に魔術的な用途についての情報まではなかったため、レクチャーでそれ以上の知識を得ることは出来なかった。



 モーメットは魔導書と触媒の確認に続いて、黒塗りの杖(ジェスロッド)を手に取る。杖頭に小振りな黒の宝珠があしらわれたシンプルながら洗練されたデザイン。闇の精霊石から切り出された宝珠と杖身に刻まれた紋様のような『増幅マクート』の刻印ルーンにより、暗黒魔法の発動具として最大限の効果を発揮する魔具である。


 モーメットとしては、杖も魔導書も触媒も元々魔法を使う予定もなかったのでさっさと換金しようと考えていたものだ。しかし、シアに迷宮探索における魔法の有用性とモーメットの出自ルーツである森人エルヴスの魔法に対する資質について膝詰めで一晩みっちりと説かれたことで、手放すことなく己の糧にする方針へと転換したのだった。



 モーメットが手にしていた杖をテーブルに置いたところで、扉をノックする音が室内に響き渡った。失礼しますと一言断りを入れ、シェディムが室内へと足を踏み入れ用件を告げる。


「お待たせ致しました。マスターはまもなく此方に到着されますので、もう暫くお待ちください」


 堂に入った流麗な所作で用件を伝え終えると、シェディムは直ぐさま廊下からカートを持ち込み何かの用意を始める。この時、モーメットは厭な予感をひしひしと感じていた。色は鈍い赤紫、妙に甘ったるい香りが仄かに漂う謎の液体を透明のグラスに並々と注がれ、何の説明もなく無言で目の前に差し出された場合、当事者はどのような反応をするのが正解だろうか。


 先程までの雰囲気から一変したシェディムによって唐突に用意された得体が知れない、まず飲めるのかどうかすら分からない謎の液体に対して戸惑いを隠せないモーメット。何かを振る舞われるという経験が絶対的に乏しい彼にしたらどう対処すればいいのかさっぱり分からない状況である。そんな彼にさあ飲め、と言わんばかりの視線を無言で向け続けるシェディム。質問すら許されないような空気が支配する中、遂には堪えられなくなったモーメットがその液体を自棄になって一気に飲み干してしまった。


 口内に広がる今まで経験したこともない強烈な甘み。

 果物を搾ったもの特有のドロドロとした舌触りと異様に引っ掛かる喉ごし。

 鼻から抜ける眉をしかめる程の甘ったるい香り。


 実際にはモーメットがそれらを感じることは殆どなかった。飲み干したのとほぼ同時に意識を手放したからだ。


 モーメットは決して毒を盛られた訳ではない。謎の液体の正体は、アナバージの実と呼ばれる希少な果実を搾った果汁飲料ジュースであり、飲むに耐えない悶え苦しむ程の甘味が特徴的なドリンクだ。開いた口が塞がらない程高価なこともあって好き好んで飲む物好きは皆無といえたが、アナバージの実にはある秘密が存在する。それは、実の特性である内在魔力への干渉。


 アナバージの実ーー通称、魔法の果実。魔法の資質があろうと混沌としているために利用することが出来ない内在魔力に直接働き掛けて調和を齎し、強制的に魔術回路を構築してしまう奇跡の果実。


 その力技としか言えない強力な効果により、魔法の資質を持つ大抵の使用者は意識を失い、運が悪ければ命を落とすこともあり得る危険な代物だった。



◇◇◇



 モーメットが気が付くと、そこは先程までいた応接間ではなく知らない天井が広がる寝室のベッドの上だった。


 記憶が混乱する中、どうにか身体を起こして一体何があったのか思い出そうとするモーメットに虚空より声が掛けられる。


「お目覚めのようじゃな。歓迎しよう、黒き森の民と常闇に住まう影の流れを汲む者よ。世界の深淵たる魔の領域へようこそ」


 誰も居なかったはずの室内に突然現れた一人の老人。象徴的なとんがり帽子と揃いの赤黒いローブに身を包んだその人物こそ、世界的に名を知られた偉大な魔法使いーー老魔道士カスパールその人だった。

随時改稿

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