remuneration
迷宮都市パルマリウス北西部に形成された倉庫街へと足を踏み入れた一行は、雑多な街並みを背景にシアを先頭に奥へと進んでいく。すると通りを抜けた先、妙に広々とした空間に建つこぢんまりとした一軒家の前に辿り着いた。
「やけにぼろい建物だなあ……滅んだ故郷を思い出すわい」
目の前の建物を見やり、ゴライアスは思うままストレートな言葉を口にする。モーメットも口にこそ出さなかったが概ね同じ感想だった。
「手厳しいわね、もう少し言い方ってものがあるじゃない……風情があるとか」
建物の所有者であるシアはあんまりなゴライアスの言葉に不満気な様子だったが、品物を取ってくると言い残し建物に入っていった。程なくして大量の武器を満載した台車を押して戻って来ると建物の脇に併設してあるオープンテラスへと二人を案内し、台車の武器を幾つかテーブルの上に置く。テーブルには直剣、短刀、槍が並んでいた。
「駆け出しならこの辺がオススメだけど、何か希望はあるかしら? 目指す型とかあるなら参考になるわ」
モーメットに武器の良し悪しなど分かるはずもない。どう返していいか困ったモーメットはゴライアスに助言を求めた。
「武器は護身用に石のナイフを携帯していただけでよく分からないんだが」
首に下げている石のナイフに手をやるモーメットを見やり、ゴライアスは少し思案すると自らの考えを述べた。
「武器の扱いには向き不向きがあるから一概には言えんが、初めは近接戦闘に慣れるべきだ。近付かれたら何も出来ませんでは話にならんからな。それに主の脚力と『隠密』スキルを考えれば、長物よりは短刀の方が動きやすかろう」
ゴライアスの的確な助言を受けて考えを巡らせるモーメット。そこで共にゴライアスの弁を聴いていたシアがモーメットに対して気になったことを口にする。
「ねえ、もしかしてモーメットが着てる黒いのって魔具なの?」
「ああ、モーメットのローブは魔具だ……ブーツもそうだったな、他にも幾つか所持していると聞いとる」
「そういうことは早く言ってよ、魔具持ちならもう少し上等な品物にしないとまずいじゃない」
考えを巡らせていたモーメットに代わり、ゴライアスが質問に答えるとシアは慌てたように台車へと手を伸ばす。テーブルの上に置かれた武器は決して悪いものではなかったが、魔具持ちの冒険者が持つには充分とはいえなかった。暫くの間、台車を前にブツブツと何事か呟いていたシアだったが、モーメットに向き直り戦闘経験の有無を再度確認した上である提案を切り出した。
「駆け出しだし、場数を踏む必要があるから上等なのを選んでくれれば、下位装備をサービスしましょう。
それと魔具の効果が分からないなら私がこの場で無償鑑定しても構わないわ、これでも『鑑定』スキルを修めているから専門の鑑定士と遜色ないはずよ」
魔具の鑑定は通常、『鑑定』スキルを持つ鑑定士でなければ行うことが出来ない。しかし、鑑定士は慢性的に人材が不足しているため、鑑定には予約が必要であり、かなりの額の鑑定料が掛かるのだ。下位装備の提供と魔具の無償鑑定、予想外の提案にモーメットは戸惑いを覚えたが、ゴライアスは提案の狙いに気付いてモーメットに補足してくれた。
「案ずるなモーメット、先行投資のようなものだと考えておけばいい。大方、今後贔屓にして欲しいのだろう」
「巨人のダンナは話が早くて助かるわ。商人としては魔具持ちの冒険者を上客に出来たら御の字だもの、ある程度の出費は痛くもないわ。だから遠慮なんてしなくていいのよ」
二人の言葉を受けて、モーメットとしては断る理由がないので提案を受け入れることにした。駆け出しにしたら商人と引き合わせて貰えるだけでも幸運なことで、今後の生活を考えれば魅力的な提案だった。
ゴライアスへの報酬のこともあり、モーメットは先に魔具の鑑定をお願いすることにしてポーチと背嚢からそれぞれ魔具を取り出していく。次から次へとテーブルの上に置かれていく魔具にシアは驚きの表情を浮かべ、ゴライアスは愉快そうに笑っているのだった。
シアは実際に現物を見ても俄かには信じがたい事実だとブツブツ言いながら鑑定に使う道具一式を取りに行き、戻ってくると早速魔具の鑑定に移り、一つずつ丹念に調べていく。一つ調べ終える毎に手元の書面に淀みなくペンを走らせるその姿にモーメットは暫し時を忘れて見とれていた。
テーブルの上に置かれた六つの魔具とモーメットが履いていたブーツの鑑定を済ませた後、モーメットが促されるままローブを脱ぐと下の服の体裁すらとれていないあられもない格好が露わになり、シアが興奮状態に陥りゴライアスにより強制再起動を施される一幕もあったがその後は滞りなく魔具の鑑定が終わった。シアはモーメットに鑑定書の束を手渡すと、魔具についての感想を漏らした。
「第二界層序盤で入手したとは思えないくらい良いものばかりだったわ」
シアの感想に対し、ゴライアスは迷宮の計らいだろうと軽く返すのだった。
◇◇◇
モーメットが入手した魔具は次の通り。
☆アビスローブ[クラスⅢ]
防具/外套『闇衣』
☆ダメージイーター[クラスⅡ]
防具/全身鎧『緩衝』
☆フェザーブーツ[クラスⅡ]
防具/靴『浮遊』
☆ジェスロッド[クラスⅡ]
武器/杖『闇・増幅』
☆ストレガリング[クラスⅠ]
装飾品/指輪『増幅』
☆ハンチピアス[クラスⅠ]
装飾品/耳飾り『鋭敏』
☆クレセントチャーム[クラスⅡ]
装飾品/首飾り『幸運』
☆ムルガンバックル[クラスⅢ]
装飾品/帯革『加速』
鑑定書にはより詳細な魔具の情報が記載されていた。その情報を基にモーメットはゴライアスにどれかを選んで貰い、報酬として渡そうと考えていたが、ゴライアスは魔具ではなくライセンスに記録されている迷宮内部の地図情報を報酬として欲しいと申し出た。
「一端の冒険者としては、やはり宝は自分で開けたいものだろう」
これが冒険者の矜持かとモーメットは感動し、ゴライアスの意思を尊重して地図情報を報酬として提供したが、実際は迷宮改変の当日に第二界層までの経路が出回ることは皆無であり、もしも市場で取引されたとしたらギルド刻印入り金貨十枚以上の値が付いただろう。クラスⅠの魔具ですら相場は銀貨十枚程である。何も知らない新米冒険者が報酬をピンハネされる光景を商人は白い目で見ていた。
その後、ゴライアスがシアにモーメットへの餞別としてかなりの出費を強いられたのは言うまでもない。
随時改稿