Qualification
一先ず、上げておきます。
迷宮都市パルマリウス西方通り。ルートヴィッヒ商会所有の店舗『ディープトード』の一室に商会の一切を取り仕切る女傑、マダム・ショコラータの姿があった。
ショコラータは意識するでもなく、しきりに燃えるような赤髪の毛先を弄びながら、部下から上がってきた報告書の束へと視線を落としている。
残念ながら部下たちに命じておいた調査に期待したような成果が上がらなかったのだろう、報告書を読み進める彼女の表情は優れない。何度目かわからない深い溜息を吐き出すと、彼女は再び、思考の海へと没入していく。
少し前まで、彼女を悩ます懸案事項は行方不明となっているシアの恋人の所在についてだったが、そのことについて精度の高い情報を掴んだ現在、これまでとは毛色の違う新たな問題が彼女を悩ませていた。
憔悴していたシアのために老婆心から調査を始め、既に一月が経過している。ショコラータの情報網は早い段階で、モーメットがゴライアスと共に迷宮都市パルマリウス北区画のとある屋敷へと向かったことを突き止めていたが、残念なことにそれ以降の調査が思うように進んでいない。世界的に有名なその屋敷の持ち主を特定することは容易だったが、迷宮都市随一の商会を率いる女傑といえども彼の偉大な魔法使いとの直接的なパイプは持ち得ていなかったのである。それでもショコラータは八方手を尽くして接触を試みたが、相手が多忙なことも影響してか思うような成果をあげることができなかった。
「手詰まり……いや、まだ手はあるかねえ」
ショコラータは手にしていた報告書の束を机の上に放り投げると上等な革張りのソファーから腰を上げ、窓際へと足を向けた。窓枠の側に置かれたシガーセットに手を伸ばすと、ショコラータは煙草をくゆらせながらこの状況を好転させるべく、起死回生の切り札を使う決意を固めるのだった。
◇◇◇
「それは……昇進試験ということですか」
モーメットは、対面に腰掛けて自ら淹れた紅茶を堪能しているシェディムから齎された提案の内容を反芻し、率直な感想を口にした。
「そのように受け取ってもらって問題ありません。既に師の許しは得ています」
シェディムは紅茶を飲み干して空になったティーカップを受け皿に置くと、モーメットの言葉を肯定した。シェディムの提案、それは森の奥に存在する「導きの祠」最深部踏破を条件にモーメットを正式にカスパール門下の魔道士として認めるというものだった。既に森に籠もってから半年、未だ外様な扱いに少しばかり思うところがあるモーメットだったが、その後のシェディムの発言に言葉を失った。
「……それと、一度もお聞きになられなかったので説明しておりませんでしたが、この森に足を踏み入れた以上、カスパール門下の一員として正式に認められなければ森を出ることは叶いません」
山々の谷間に存在するこの森は周囲を崖に囲まれ、外界と行き来するにはカスパールがかつて設置した唯一の転移門を利用する以外の方法は存在しない。離れた場所を繋ぐ転移門は、その利便性故、管理運営には慎重にならざるを得ない。一般的に帰還門と呼ばれるギルド所有の転移門は利用料を徴収されるのだが、これはギルドで登録を受けた冒険者でなければ利用することができない。つまり、利用するにあたって資格が必要なのだ。今回の場合、カスパール門下に認められることが転移門を利用するための資格といえた。
モーメットはこの時になって漸く、自らが置かれている立場を正確に把握していなかったことに思い至る。
そして、予想だにしなかった現実を突きつけられ、ぼそりと呟くのだった。
「昇進試験なんて生易しいものではないじゃないか、これは……」
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