「別れても好きな人」中編
首都にある、王城の裏側。いわくつきの死体―罪人・誘拐してきた者・奴隷・マフィアの抗争の犠牲者等―を捨てる場所。
そこにはちょっとした集落があった。
死体が捨てられるやいなや、彼らは動き出す。
衣服や装飾品といったものはあっという間にはぎ取られ、彼らの持つルートで売りさばかれる。
残ったものは裸の死体。だが、それもここには残らない。
なぜなら――。
「アン、それとそれを荷車に積んでくれ」
「あいあい♪」
二人の女性が、裸になった死体を荷車に積み込んでいた。老若男女問わず、片っ端にである。
一人は成人女性。顔や首に縫い目があり、よく見ると左右の手の長さが違う。どこか継ぎ接ぎな印象だ。
もう一人は10歳そこらの少女である。こちらには縫い目はなく、見た目は普通の人間と変わらない。
「ジェニー、らいたい終わったれす」
「おー。こっちもだ。あとは帰って……」
「バラして漬け込みれすね」
ジェニーと呼ばれた成人女性は、荷車を引きながら盛大なため息をついた。
「やだやだ、あの仕事だけは何度やっても慣れねー」
「しょうがないれすよ。ご主人様は多忙なんれすから」
少女―アン―がジェニーの後ろから荷車を押しつつ、彼女を励ますように、上機嫌で喋る。
「ジェニーの好きなプリンを作ってますよ。あとれ食べます?」
「おお、気が利くじゃん」
とりとめのない会話を交わしつつ、二人は集落でもひときわ大きく、ごちゃごちゃした屋敷に入る。
「「ただいま戻りましたー」」
帰宅の報告からしばらくして、応接間から女性が顔を出す。
「ったく、ようやく帰ってきた。お客さんが来てるから、アンはお茶を淹れて頂戴」
女性はそれだけ告げて、再び応接間に戻る。
「ってことれ、お茶を淹れてきますね」
「はいはい。じゃ、それまでにコレ、地下に持って行っとくわ」
アンは台所に、ジェニーは荷車を引きつつ、地下に向かうのだった。
「はい、お茶れす」
「どうも……」
応接間には、小綺麗な服装をした紳士が座っていた。その横には、枯木のような風貌の、女性であったことがかろうじてわかる遺体が座って―置かれて、と言う方が的確かもしれない―いた。
彼らの正面には、先程応接間から顔を出した、妙齢の女性が座っている。
アンはテーブルに紅茶を置いて、自分は妙齢の女性の後ろに立った。
「では改めて。私はセシリアと申します」
セシリアと名乗った女性は、にこやかな笑みを浮かべながら会釈した。真っ黒なセミロングの髪と、同じく真っ黒な瞳。その黒はあまりにも深く、人形のような印象を与えた。
「こちらは助手のアン。もう一人ジェニーという助手がいますが、今は別の仕事をやっております」
「アンれす。よろしくお願いします」
「ご丁寧にありがとうございます。私はレリック。医者をやっております。こちらが妻のクローゼ」
レリックが横の遺体を指差しながら会釈する。遺体―クローゼ―は椅子に座ったままだ。
「では、早速商談と参りましょうか。本日はどのようなご用件で?」
セシリアが二枚の料金表を取り出す。「人形作成」と、「遺体の修復」とに分けられた。
「……死者を蘇らせることは、できるのですか?」
「えぇ。遺体の修復コースですね」
セシリアは「人形作成」の料金表をしまい、「遺体の修復」の料金表を机に置いた。
「コースは4つ。一つは遺体の修復。こちらは2000レントになります。内容は、どんなに腐った遺体でも、生前の姿に戻し、防腐処理も行わせていただきます。
一つは肉体の修復。こちらは6000レントになります。内容は、肉体のみを生前の状態に戻させていただきます。貴方は医者だそうですから、植物状態、と言うとわかりやすいでしょうか?
一つは意識の修復。こちらは20000レントになります。内容は、名前のとおり、意識のみを戻させていただきます。言動は子供のようになり、記憶は戻りませんが、会話や行動は可能です。
最後の一つは、記憶の修復。こちらは150000レントになります。内容は、生前の姿と記憶、全てを戻させていただきます」
セシリアは料金表を指差しつつ、レリックに説明を行う。何度も何度も実施しているのか、事務的で手慣れていた。
「……記憶の修復を」
レリックは淀みなく、そう答えていた。150000レント(1500万円)というと、彼の年収数年分だ。今までの貯蓄をほとんど使うことになるが、彼は後悔していなかった。
「効力は一週間しか持続しません。それでもよろしいですね?」
「はい」
一週間しか持たないというのは聞いていた。しかし、たとえ一週間だけでも、再びクローゼと話すことができるのならば、どんな大金でも払う。
「かしこまりました。では、前金のほうをいくらかいただきます。1000レントからで結構ですよ」
「では」
レリックは財布から2000レントの札束を取り出し、セシリアに渡す。紙幣は100レント紙幣までしか発行されていないため、札束は20枚だ。
「……2000レント、確かに。では、お時間を三日ほどいただきます。三日後にまた来られてください」
「はい。よろしくお願いします」
セシリアとレリックは契約成立の握手を交わした。
「アン、送りなさい」
「あいあい♪」
アンがレリックの後ろにつく。
「荷物、持ちますよ」
「あぁ、すみません」
アンはレリックの荷物―小さな鞄―を受け取り、彼の後ろについて歩いていった。
「さて、大仕事になるわね……」
セシリアはクローゼを眺めて、ため息をつく。ここまで劣化した遺体を修復するのは久しぶりのことだ。そのまま使えそうな部分は顔ぐらいのものか。
クローゼを抱えて、地下の仕事部屋に降りる。入口には「取り込み中」との札を下げた。
「ジェニー、女物の『部品』は足りてる?」
「あぁ、そこそこは。何だよ、修復か?」
「わかってるじゃない。なら話は早いわ。今回は彼女の修復と復活よ」
セシリアはクローゼを施術台に寝かせる。クローゼを覗き込んだジェニーは思わず嘆息をついた。
「うっわ、こりゃすげぇ。相当長いこと『愛してた』みたいだな」
「わかる?」
「わからいでか。こりゃ全とっかえだなぁ」
ジェニーはそう言いつつ、クローゼの乳房を掴んだ。枯れ木のような体とは裏腹に、乳房だけは弾力を保っていた。
「……リアルだな、このおっぱいは」
「ホント? ……おお、凄い」
二人でクローゼの胸を揉んでいると、アンが地下に降りてきた。
「たらいまもろりましたー。……何やってるんれすか、二人とも」
アンは呆れたような表情で二人を眺めつつ、頭に三角巾を巻き付ける。
「この二人、本当に純愛らったみたいれすね。親に結婚を反対されて、結ばれたのが死後らなんて」
「純愛……」
「ねぇ……」
「おっぱい揉みながら呆れられても、説得力ないれすよ」
「いや、こんだけリアルなおっぱい作られてると、ねぇ。お尻はどうかな?」
「何詰めてんのかな。今度参考にしたいとこだけど。ま、仕事すっか」
ジェニーは胸を揉むのをやめて、巻尺で腕の長さを測る。
「このサイズだと、在庫ありそうだな。取ってくる」
「あいあい。じゃあ外しときますね」
ジェニーは奥の倉庫に向かい、アンがクローゼの右肩の付け根に鋸を這わせる。肉はもう干からびているため、刃はすぐに骨に達した。器用に間接を外して、右腕をもぎ取る。
「これでどうだ? 長さとしちゃいい感じだけど」
「あい、いい感じれす」
ジェニーが持ってきたのは、薬品が詰められたガラス瓶。その中には女性の腕が漬けられていた。外に捨てられていた遺体をバラバラにしたものである。
「じゃあもう片方も持ってくる。……あ、肉付きはこんな感じでいいのか?」
「細身って言ってましたから、これれいいと思います」
「あいよ。んじゃ、他のとこも大体これでいけそうだな」
ジェニーはクローゼの色々な部分の寸法を測定し、倉庫に消えた。ジェニーが戻って来るまでの間、アンがクローゼをバラバラにしていく。
「もう少し早く来てくれたら、皮膚の張り替えぐらいですんらかもしれないれすねぇ」
「まぁ、仕方ないわよ。明朗会計がウチのモットーだから、追加料金をいただく訳にはいかないしねぇ」
セシリアは文句を言いつつ、クローゼの股間に目をやった。そこにはチューブがつけられている。これがどういう使い方をされていたのか、セシリアはすぐに理解した。伊達に何体もの死体を甦らせている訳ではないのである。
「……生々しいわねぇ。まぁ、『愛してた』って言われてみれば、そうでしょうけど」
「死後しか結ばれなかったから、しょうがないんじゃないれすか?」
「イケメン補正しすぎ。いつも真っ先に文句言う癖に」
アンはいつもなら真っ先に死姦を連想させるものに文句を言うのだが、レリックが男前だったせいか、今回はいつもより気合が入っている。ミーハーなものだ。
「あぁ、そういえば、依頼人からロレスを預かってますよ」
「ドレス?」
「はい。綺麗なウェリィングロレスれした」
「かー、ロマンチストねぇ」
セシリアは呆れたような口振りで吐き捨てた。弾力のある乳房に股間のチューブ。これらを実装した男の行為とは全く想像できない。
すると、ジェニーが手押し台車にガラス瓶を満載して戻ってきた。
「大体の部品は持ってきたぜー。あとは顔、どうすんの?」
「石膏が邪魔ねぇ。いいわ、ハンマー持ってきなさい」
「あーい」
アンがハンマーを取りに行った。その間に、セシリアはジェニーにすり寄る。
「股間見てみなさい。思わせぶりなチューブが……」
「……うっわ、これはエロスを感じるな。……尻も柔らかい」
「人は見かけによらないものねぇ」
セシリアは苦笑する。どういう事情があったかはわからないが、顧客のプライバシーに踏み込むつもりはない。
長年この仕事をやっているが、記憶の復活を頼んできた者は少ない。それだけに、クローゼに対するレリックの想いは相当なものだと理解できる。
まぁ、それで死姦を正当化するつもりはないが、お客様は神様だ。それに、死姦の手伝いのようなことをやっている自分達も、同じ穴の狢なのだから。