第一章7『母の密かな愛』
「立て、シオン。その不浄な色を、闇の深淵で塗り潰してやる」
黒石の塔の地下。音がすべて吸い込まれる練兵場に、父ガレオスの冷酷な声が反響する。八歳になったシオンを待っていたのは、教育という名の凄惨な「漂白」だった。
ガレオスは、シオンの体内に宿る黄金の光を「忌むべき病」と断じていた。彼はバルザーク家に代々伝わる破壊の魔力『雷闇』を、娘の小さな体に直接打ち込むことで、その「光の波形」を無理やり排泄させようとしたのだ。
「あ……あぁ……あああああぁぁぁ……っ!!」
シオンの悲鳴が石壁に跳ね返る。紫黒の雷が血管を逆流し、内側から神経を凍らせ、引き裂いていく。夜国の魔力は「侵食」の属性を持つ。それは毒となってシオンの命を削り、黄金の光を強引に押し潰そうとする暴力だった。
「お父様……っ、痛い、痛いの……やめて……!」 泥と汗にまみれ、床を這うシオン。だが、その視線の先にいるのは、慈悲を乞う娘を見下ろす父と、その腕に甘えるように寄り添う父の妾だった。
「あらあら、ガレオス様。まだあんなに黄金が漏れ出ていますわ。もっと強く、根こそぎにしなければ」 妾の女は、扇子の陰から楽しそうに目を細める。彼女にとってシオンの苦悶は、公爵夫人エレインの地位を奪い、自分の血筋を正当化するための最高の娯楽であった。
父の冷徹な瞳。妾の嘲笑。 肉体を焼く激痛よりも、自分に向けられる悪意の熱量に、シオンの心は少しずつ、だが確実に磨り減っていった。
だが、地獄の底には、たった一つの救いがあった。 監視の目が緩む深夜。黒石の塔の重い扉が、音もなく開く。
「シオン……! 私の、可愛いシオン……」
闇御門の目を盗み、命がけで忍び寄るのは、実母エレインだった。彼女は震える手でシオンを抱きしめ、夜国では禁忌とされる秘薬を、シオンの火傷痕に塗り広げた。
「ごめんなさい、シオン。私がもっと強ければ……。今は耐えて。この薬は、あなたの内の光を消さないための、お守りよ」
エレインが施したのは、闇御門ルナから密かに授かったとされる、波形を安定させる高純度の魔薬だった。母の涙がシオンの頬に落ちる。母の肌の温もり、そして微かに漂う月見草の香り。それだけが、シオンが「人間」であることを繋ぎ止める最後の錨だった。
「お母様……私、大丈夫。お父様がいくら叩いても、この光は……あの子の声は、消えないから」
九歳になる頃。度重なる「暴力の洗礼」によって、シオンの魔力は変質し始めていた。父の雷闇を浴び続けることで、彼女の黄金の光は、闇を弾くのではなく「闇を内包し、さらに鋭く研ぎ澄まされた紫金の雷」へと進化を遂げつつあった。
表面上は無感情な「人形」を演じながらも、彼女の内面では、母から与えられる密かな愛と、理不尽な世界への静かな怒りが、黒い炎となって静かに燃え始めていたのである。




