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境界の双子〜二つの雷鳴が響くとき〜  作者: ユーディ
第四章 空っ風の異邦人と、黄昏のコンクリート
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第四章9『新しい朝の匂いと、巻き込まれた極道たち』

過酷な死闘を乗り越え、現実世界のシステムから完全に独立した「新しい世界(故郷)」の創造という、神をも凌駕する奇跡を起こしたシオンたち。

1. 澄み渡る新世界、鼓動の証明


それは、これまで彼らが知っていた「朝」とは全く異なる、信じられないほどに清浄で、エネルギーに満ちた目覚めだった。

「……ん、んん……」

柔らかな草の感触と、頬を撫でる心地よい風の冷たさ。

白銀の聖騎士カイルは、ゆっくりと重い瞼を開けた。

視界に飛び込んできたのは、見たこともないほどに高く、澄み切った青空だった。

光帝ソルが支配していた、目を焼くような狂気の黄金の空ではない。闇御門ルナの漆黒の瘴気も、そして追跡者たちが現実世界で展開していた緑色の不気味なデジタルノイズも、そこには一切存在しなかった。

ただ、どこまでも透明で、無限の広がりを感じさせる、本物の『空』が広がっている。

「……ここは」

カイルは、身を起こそうとして、ふと自分の右腕に視線を落とした。

「あ……」

無意識に声が漏れる。

かつて、死の呪いを抑え込むために半霊体となり、ずっと白銀の光の粒子で構成されていた彼の右半身。

触れることも、温度を感じることもできなかったその腕が、今は、しっかりと血の通った『人間の肌色』をしており、そこには確かな質量と重みが存在していた。

カイルは、震える左手で、自分の右手首をそっと握った。

ドクン、ドクン、ドクン……。

静かな、しかし力強い脈拍が、指先から伝わってくる。

草津の湯畑で奇跡的な肉体の再構築を果たした後、極度の疲労で眠りに落ちていた彼にとって、この「自分自身の鼓動」を感じることは、何よりも雄弁な『生きていることの証明』だった。

「……カイル」

すぐ隣から、鈴の音を転がしたような、愛おしい声が聞こえた。

カイルが弾かれたように振り返ると、そこには、純白のドレスの裾を朝露に濡らしながら、目を擦って起き上がろうとしている第一皇女リオナの姿があった。

「リオナ様……!」

カイルは、慌てて膝をつき、彼女に手を差し伸べた。

「おはよう、カイル。……ううん、カイルの手、すごく温かいね」

リオナは、差し伸べられたカイルの両手を、自分の両手で包み込むようにして握りしめた。

「リオナ様、お体は……どこか痛むところはありませんか? 魂の定着に、エラーは……いえ、後遺症は残っていませんか?」

カイルが、心配そうにリオナの顔を覗き込む。

「大丈夫よ。痛いところなんて、一つもないわ。……それより、カイル」

リオナは、カイルの右手をそっと自分の頬に当てた。

「カイルの右手の温度、ちゃんと分かるよ。……私、夢を見てるんじゃないよね?」

リオナの白銀の瞳から、ポロリと大粒の涙がこぼれ、カイルの生身の右手の甲に落ちた。

その涙の温かさに、カイルの胸の奥が、張り裂けそうなほどの愛おしさで満たされる。

「夢ではありません。……シオン様が、僕たちのために、追跡者のシステムから完全に独立した新しい世界を……大気中にマナが満ち溢れた、本当の故郷を創り出してくださったんです」

カイルは、両手でリオナの小さな手を包み込み、そのまま自分の額に押し当てて、声を上げて泣き崩れた。

「……よかった。本当によかった……っ! もう二度と、貴女に触れられないなんて、そんな地獄はごめんです。……僕は、貴女の隣で、同じ空気を吸って、同じ温度を感じて、貴女を守り抜きたい……っ!」

「カイル……」

リオナもまた、カイルの首に腕を回し、その広い背中に顔を埋めて泣きじゃくった。

十五年間の絶望と、次元を越えた死闘。

魂を削り合うような過酷な運命を乗り越え、彼らはついに、何の制約もない、純粋な「一人の人間」として、互いの存在を抱きしめ合うことができたのだ。

美しい朝の光が、新しく創られた異世界の大地を照らし出し、二人のシルエットを優しく包み込んでいた。


2. 姉妹の抱擁、不器用な見守り役


「……まったく。朝から随分と情熱的なことね。見てるこっちが恥ずかしくなってくるわ」

その感動的な空間に、少しだけ鼻にかかった、呆れ混じりの声が降ってきた。

カイルとリオナがハッとして振り向くと、数メートル先の小高い丘の上に、腕を組んで立っているシオンの姿があった。

彼女は、東京のMドンで調達した黒のレザージャケットとスキニーパンツという現代的な出で立ちのままだったが、その顔つきは、これまでにないほど穏やかで、憑き物が落ちたようにスッキリとしていた。

「お姉ちゃん!!」

リオナが、弾かれたように立ち上がり、シオンの元へと全速力で駆け寄った。

そして、その勢いのまま、シオンの胸に思い切り飛び込んだ。

「わっ!? ちょっと、リオナ! 痛いわよ!」

「お姉ちゃん、お姉ちゃぁぁん!! ありがとう、本当にありがとう! お姉ちゃんが助けてくれなかったら、私、あの暗いデータの中でずっと……っ!」

リオナは、シオンのレザージャケットに顔を擦り付けながら、わんわんと子供のように泣き声を上げた。

「……もう、服が鼻水だらけじゃない。女王様に向かってなんて態度よ」

シオンは、口では文句を言いながらも、その両腕で、リオナの背中を壊れ物を扱うように優しく、そして力強く抱きしめ返した。

(ああ……重い。温かい。……私の妹が、ちゃんとここにいる)

シオンの紫の瞳からも、ポロポロと涙がこぼれ落ち、リオナの金髪を濡らした。

「……よく頑張ったわね、リオナ。カイルも」

シオンは、歩み寄ってきたカイルにも、優しい微笑みを向けた。

「シオン様。貴女という主を持てたこと、僕の生涯の誇りです。……この命、新世界においても、貴女とリオナ様の剣となり盾となることを、改めて誓わせてください」

カイルが、生身の肉体で、深く、美しく平伏する。

「堅苦しい挨拶は抜きよ。これからは、誰も私たちを縛らないんだから。……あんたは、リオナのことだけを一番に考えてればいいわ」

シオンが涙を拭っていると、彼女の後ろの草むらから、大きな欠伸あくびの音が聞こえてきた。

「ふぁぁぁ……。うるせぇな、朝っぱらから。感動の再会は結構だが、もっと静かに泣けねぇのかよ」

黒いパーカーのフードを目深に被り、頭の後ろで腕を組んで寝転がっていたハクが、面倒くさそうに身を起こした。

「ハク!」

リオナが、ハクにも飛びつこうとする。

「おわっ!? 寄るな寄るな! 鼻水を俺のパーカーにつけんじゃねぇ!」

ハクが慌てて手で制止するが、リオナはお構いなしにハクの腕に抱きついた。

「ハクも、ありがとう! ハクが影で私の魂を引っ張り出してくれたって、カイルから聞いたよ! やっぱりハクは、世界一優しくて強い狼だね!」

「……ッ、う、うるせぇ! 勘違いすんな、俺はシオンの命令で動いただけだ! 別にてめぇのことが心配だったわけじゃねぇからな!」

ハクは、顔を耳まで真っ赤に茹で上げ、必死に視線を泳がせながら否定する。

「ふふっ。相変わらず素直じゃないわね、馬鹿犬」

シオンが、ハクの頭をポンと小突く。

「……シオン。てめぇも泣いてる顔、不細工だぜ。死神の威厳が台無しだな」

ハクが、憎まれ口を叩きながらも、その紫の瞳には、三人が無事に揃ったことへの深い安堵の色が浮かんでいた。

四人の特異点。

彼らは、次元の壁をこじ開け、神のシステムに打ち勝ち、ついに誰にも奪われることのない「自分たちだけの世界」をその足で踏みしめていた。

緑豊かな平原、澄み切ったマナの空気。遠くには、彼らの拠点であった『暁の自由都市』の城壁が、静かに朝日を浴びて輝いている。

「さあ、街に戻りましょう。ジーグ将軍やゼッカたちも、きっと首を長くして待ってるわ」

シオンが、歩き出そうとした、その時だった。

パラリラ、パラリラ、パッパッパラリラァァァ〜〜〜ッ!!!

彼らのいる美しい大自然の真ん中に、突如として、ファンタジー世界には絶対に存在してはならない、間抜けで大音量の『電子的なクラクションの音(しかも暴走族特有のミュージックホーン)』が鳴り響いたのである。

「な、なんだッ!?」

ハクが即座に戦闘態勢に入り、影を展開しようとする。

シオンも魔剣に手をかけ、音がした方向――城壁の少し外れにある森の入り口へと視線を向けた。

「……おいおい。嘘でしょ」

シオンは、そこにあるものを見て、完全に言葉を失い、持っていた魔剣を落としそうになった。


3. 異音、そして巻き込まれた鋼鉄の遺物


「シオン様! リオナ殿下! ハク殿にカイル殿!!」

森の入り口の方から、ジャージ姿のレオンハルトや、作業着姿のジーグ将軍、そして黒スーツ姿のゼッカたちが、血相を変えて全速力で走ってくる。

「ジーグ将軍! 一体何事!? 敵の残党でもいたの!?」

シオンが問い詰める。

「い、いえ! 敵ではありません! しかし、その……シオン様がこの新世界を創造し、現実のネットワークから切り離して次元跳躍を行った際、どうやら……『余計なもの』まで、一緒にこの世界に引っ張り込んでしまったようでして……」

ジーグ将軍が、額の汗を拭いながら、歯切れ悪く答える。

「余計なもの?」

「はい……。我々泥ネズミに協力してくれた、あの日本の裏社会の者たち(ヤクザ)と、彼らが乗っていた『鉄のダンプカー』です」

ゼッカが、サングラスの奥でやれやれと首を振った。

「ええええええええええっ!?」

シオンとハクの声が、見事に重なった。

彼らがジーグたちに案内されて森の奥の開けた場所へ向かうと、そこには、あまりにもシュールすぎる光景が広がっていた。

美しい妖精の森のようなファンタジーな木立の中に。

ド派手なペイントと電飾(デコトラ仕様)が施された『大型ダンプカー』が三台、そして黒塗りの高級セダンが二台、ドカッと無骨に停まっていたのである。

さらにその後ろには、なぜか『Mドン(ディスカウントストア)』のロゴが入った巨大な業務用コンテナや、コンビニの配送用トラックまで巻き込まれて転移してきているではないか。

「……どうなってんのよ、これ」

シオンが、頭を抱えてしゃがみ込む。

「シオン様。貴女が日本のネットワーク全体を魔力回路として使用した際、我々が結界杭を打ち込んだ通信鉄塔の周辺にいた者たちも、強力な魔力ネットワークの『ノードの一部』としてシステムに誤認されてしまったようです。……結果として、彼らと彼らの周囲にあった質量(車両や物資)が、世界切り離しの瞬間に、我々の都市と一緒にこの新世界へ吸い込まれてしまったのだと推測されます」

ルミスが、冷静に、しかし冷や汗を流しながら解説した。

「つまり、俺たちのハッキングを手伝ってくれたヤクザの兄ちゃんたちが、車ごと異世界転生しちまったってことか……」

ハクが、デコトラの派手な電飾を見上げながら呆れ果てる。

「おーい! あんたらか! 無事だったか!!」

デコトラの運転席から、派手な柄シャツを着て、咥えタバコをした男――ヤクザの若頭である龍崎が、ドアを乱暴に開けて飛び降りてきた。

その後ろからは、パンチパーマやスキンヘッドの、いかにもな強面の組員たちが十数人、ぞろぞろと車から降りてくる。

「……龍崎、さん。その、本当に申し訳ないんだけど……」

シオンが、気まずそうに歩み寄る。

「おお! シオンの姉ちゃん! あんた、マジでとんでもねぇことしてくれたな!」

龍崎が、大股でシオンの前に近づき、その肩をバンバンと叩いた。

「てめぇ! シオンに気安く触んじゃねぇ!」

ハクが威嚇するが、龍崎は全く動じることなく、ガハハと大笑いした。

「いやぁ、焦ったぜ! 千葉の鉄塔で機械の犬っころとチャンバラやってたら、いきなり体が光に包まれてよ! 目を開けたら、こんなマイナスイオンたっぷりの森のド真ん中だ!」

龍崎は、周囲の木々を見回し、タバコの煙をふぅと吐き出した。

「それで、ここはどこだ? 富士の樹海か? それとも外国か? スマホの電波が完全に圏外になってやがるし、ナビも狂ってやがる」

龍崎が、圏外と表示されたスマホの画面を振って見せる。

シオンは、カエレンやゼッカと顔を見合わせ、深くため息をついてから、事実を告げた。

「……信じられないかもしれないけど。ここは日本じゃないわ。地球でもない。……私が昨日、新しく次元を切り離して創り出した、完全に別の宇宙にある『異世界』よ」

「……は?」

龍崎と組員たちの動きが、ピタリと止まった。

「つまり、あなたたちは……私たちの世界転移の魔法に巻き込まれて、異世界に来てしまったのよ。……元の現実世界(日本)に帰る方法は、もう、ないわ」

シオンが、申し訳なさそうに頭を下げる。

数秒間の、重苦しい沈黙。

「……アニキ。どうします? 俺たち、異世界転生しちまったみたいッスよ」

パンチパーマの舎弟が、震える声で龍崎に尋ねる。

「……ヤバいッスね。組長になんて言い訳したらいいんスかね。集金の途中で異世界に飛ばされましたなんて、絶対に指詰められますよ」

別の舎弟が青ざめる。

龍崎は、咥えていたタバコを地面に落とし、革靴でギュッと踏み消した。

そして、顔を覆い、肩を小刻みに震わせ始めた。

(……怒るわよね。当然よ。いきなりヤクザを異世界に拉致したんだもの。……彼らの人生をメチャクチャにしてしまった)

シオンが、責任を感じて魔剣の柄を握りしめ、どんな罵倒でも受け入れる覚悟を決めた、その時。

「――クックック……ガァーッハッハッハッハ!!!」

龍崎が、突如として、森の鳥たちが飛び立つほどの爆笑を弾けさせたのである。


4. 義理と人情の異世界建国


「え……?」

シオンが目を丸くする。

「ガハハハ! 最高じゃねぇか!! 異世界転生!? アニメや漫画の話かと思ってたら、まさか俺たち極道がそんな目に遭うとはな!!」

龍崎は、腹を抱えて笑い転げている。

「り、龍崎さん? 怒ってないの……?」

「怒る? なんで怒る必要がある! 俺たちは昨日、あんたらと一緒にあの得体の知れない追跡者って化け物どもと戦って、日本って国が吹っ飛ぶのを防いだんだろ? それで命拾いしたんだ、場所がどこだろうと文句は言えねぇよ!」

龍崎が、涙を拭いながらシオンにニヤリと笑いかける。

「それにさ」

龍崎は、背後のダンプカーと組員たちを指差した。

「俺たちはヤクザだぜ? 警察に追われ、シノギを削り合い、いつ寝首を掻かれるか分からねぇ血生臭い世界で生きてきたんだ。……それが、しがらみも法律も何一つねぇ、空気の美味い真っ新な新天地シマに、仲間と物資ごとやって来ちまったんだ。……こんなワクワクすること、極道冥利に尽きるじゃねぇか!」

「ア、アニキ……! カッケーッス!!」

「俺たち、アニキと一緒なら、異世界でも天下獲れますぜ!!」

舎弟たちが、龍崎の男気に感極まって男泣きを始めた。

「……変な連中だとは思ってたが、度胸の据わり方だけは本物だな」

ハクが、呆れを通り越して感心したように呟く。

「というわけだ、シオンの姉ちゃん」

龍崎が、改めてシオンに向き直り、ビシッと姿勢を正して頭を下げた。

「俺たちは、この見知らぬ世界じゃ新参者だ。右も左も分からねぇ。……だから、あんたらの街の片隅でいい、俺たちを住まわせてくれねぇか。その代わり、力仕事でも戦闘でも、何でもやってやる。……俺たち日本の極道は、受けた恩と『義理』は絶対に忘れねぇ」

その真っ直ぐな、ある種の騎士道(任侠道)にも通じる覚悟の言葉に、ジーグ将軍がハッとして前に出た。

「……素晴らしい。貴殿らは異界の『影の者』と聞いていたが、その魂には、光の騎士にも劣らぬ確かな『誇り』が宿っている。……シオン女王陛下。彼らは、我々の建国における心強い同盟者となるでしょう!」

ジーグが、すっかりヤクザの男気に惚れ込んでしまったらしく、シオンに強く進言する。

「ちょっと将軍、騙されないで。この人たち、現実世界じゃ普通に犯罪者集団なんだからね……」

シオンが頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる。

「シオン様」

そこへ、ゼッカも歩み寄り、サングラスの奥で悪どい笑みを浮かべた。

「彼らの持ち込んだ物資……ダンプカーの荷台や、一緒に巻き込まれたトラックの中を見てください。……現実世界の『食料』や『近代的な工具』、それに『発電機』まで大量に積まれています。我々の新しい街を築く上で、これほど有用な財産はありませんよ」

シオンがダンプカーの荷台を覗き込むと、そこにはメガドンキの倉庫から巻き込まれたと思われる、大量のカップ麺、レトルト食品、スナック菓子、さらにはチェーンソーや電動ドリルといった現代の工具が山のように積まれていた。

「……分かったわ」

シオンは、深くため息をつき、そして、ふっと笑みをこぼした。

「元々、ここははみ出し者たちの集まる『自由都市』よ。……異世界の極道だろうと、鉄の獣だろうと、私たちの平和を脅かさない限り、大歓迎してあげるわ」

「よっしゃ!! ありがてぇ!! おい野郎ども! 早速このダンプを街の広場に乗り入れて、荷解きだ!! 今日からここは俺たちの新しい『シマ』だぞ!!」

龍崎の号令に、ヤクザたちが歓声を上げて動き出す。

「あっ、こら! 勝手にエンジンかけないでよ! 排気ガスで森が汚れちゃうでしょ!!」

シオンが慌てて制止するが、時すでに遅し。

デコトラの強烈なエンジン音が森に響き渡り、パラリラパラリラと陽気なホーンを鳴らしながら、彼らは『暁の自由都市』の城門へ向かって大名行列のように進み始めた。

「……ははは。なんだか、すごいことになっちゃったね、お姉ちゃん」

リオナが、呆然としながらも、楽しそうに笑っている。

「ええ。……神様の支配から抜け出したら、今度はヤクザとダンプカーの面倒を見ることになるなんて。私の苦労は一生絶えないみたいね」

シオンは、やれやれと肩をすくめながらも、その顔には、これまでの重圧から解放された、心からの柔らかな笑顔が浮かんでいた。


5. カオスな朝食、交わる二つの文化


数時間後。

『暁の自由都市』の中央広場は、これまでの歴史上、最もカオスで、最も活気に満ちた「建国の朝食会」の会場と化していた。

広場の中央には、ヤクザたちが持ち込んだ大量の現代物資が山積みにされている。

そして、その周りで、純白の騎士、漆黒の暗殺者、派手な柄シャツのヤクザたちが入り混じって、火を囲んでいた。

「おお! アリア先生! 昨日の草津の温泉、マジで最高でしたぜ! 銃で撃たれた傷が、一晩で綺麗に塞がっちまうなんて!」

龍崎の舎弟が、アリアに向かって深々と頭を下げる。

「えへへ、どういたしまして。でも、無理はしちゃダメですよ。……あ、その持ってる四角い箱、なんですか?」

アリアが、舎弟の持っているパッケージを不思議そうに指差す。

「これッスか? これは現実世界が誇る至高の甘味、『カステラ』ッスよ! アリア先生たちも食ってみてください!」

一方、別の焚き火の周りでは。

「……おい、龍崎。この『マヨネーズ』とかいう白いドロドロ、最高じゃねぇか。猪の肉にかけて焼くと、悪魔的な美味さになりやがる!!」

ハクが、両手に巨大な肉の串焼きを持ち、そこに大量のマヨネーズをぶっかけながら、目を輝かせて肉を貪り食っている。

「ガハハハ! ハクの兄ちゃんは本当に良い食いっぷりだな! ほら、こっちの『焼肉のタレ』ってのも使ってみな。ニンニクとフルーツの甘味が効いてて、異世界の獣の肉でも絶品に変わるぜ!」

龍崎が、大量の調味料のボトルを提供し、ハクと完全に意気投合している。

「将軍! こちらの『ポテトチップス・コンソメパンチ味』という薄い芋の揚げ物、凄まじい塩気と旨味です! 麦酒エールが無限に進みますぞ!」

ジャージ姿のゴランが、ポテトチップスの袋を抱えて感涙している。

「うむ……! 確かに、この薄さとパリパリとした食感。そしてこの謎の旨味パウダー。……現実世界の料理技術は、魔法に勝るとも劣らない奇跡の産物だな!」

ジーグ将軍も、作業着姿でポテトチップスを一枚一枚、真剣な顔で味わいながら頷いている。

「ねえ、カイル。私たちもあれ、食べてみようよ!」

リオナが、カイルの手を引いて、ヤクザたちが沸かした大鍋(実はお湯を沸かしているだけ)の方へ向かう。

「はい。……リオナ様と一緒に食べる初めてのご飯ですから、どんなものでも最高のご馳走です」

カイルが、リオナの歩幅に合わせて優しく微笑む。

二人が手渡されたのは、お湯を入れて三分待った『カップラーメン・シーフード味』だった。

「……ん! すごく美味しい! 海の香りがするスープと、この細い麺が絡んで……カイル、どう?」

リオナが、フーフーと息を吹きかけながら麺をすする。

カイルは、フォークの使い方が分からず悪戦苦闘しながらも、麺を一口すすり……そして、静かに目を見開いた。

「……美味しい、です。温かいスープが、食道を通って、胃の底に落ちていく感覚。……僕の体が、エネルギーを吸収して、生きていると実感できる味です」

カイルの青い瞳から、再び感動の涙がこぼれ落ちそうになるのを、リオナが優しくハンカチで拭ってあげる。

「……もう。本当に、賑やかで、メチャクチャな国ね」

広場の少し高い段差に座り、シオンは、紙コップに注がれた現代の『インスタントコーヒー』をすすりながら、その光景を穏やかな目で見渡していた。

剣と魔法のファンタジーの住人たちが、ヤクザと一緒にジャンクフードを食べて笑い合っている。

世界観も、常識も、何もかもが狂っている。

けれど、そこには「誰も血を流さない」という、ただ一つの、そして最も尊い真実だけが存在していた。

「お姉ちゃん。コーヒー美味しい?」

リオナが、カップ麺を片手に、シオンの隣にちょこんと座った。

カイルもその隣に立ち、ハクも、口の周りをマヨネーズだらけにしながら歩み寄ってくる。

「ええ。泥水みたいな夜国の酒に比べたら、天上の飲み物ね」

シオンが微笑む。

「……シオン」

ハクが、肉の串焼きを一本、シオンの前に差し出した。

「俺たちが創った、俺たちだけの新しい世界だ。……文句は言わせねぇぜ」

シオンは、ハクのその言葉に、そして彼が差し出した少し不格好な串焼き(マヨネーズ付き)に、吹き出すように笑った。

「ええ。文句なんてないわ。……最高にカオスで、最高に美味しい、私たちの世界よ」

シオンは、串焼きを受け取り、大きく一口かじった。

黄昏時の荒野は消え去った。

冷たいコンクリートの森も、もうここにはない。

あるのは、澄み切った青空と、温かい仲間たちの笑い声、そして、どこまでも広がる自由な未来だけ。

彼らの長く苦しい反逆の旅は、この騒がしくも愛おしい「新しい朝の匂い」と共に、ひとつの完璧な大団円を迎えたのである。

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