第四章8『電子の海の白銀、新しき故郷(はこにわ)への反逆』
タイムリミットまで、残り六十八時間。
1. 裏社会の盟約、泥ネズミと極道たちの夜
群馬県・大泉町の『暁の自由都市』拠点は、嵐の前の静けさという言葉すら生ぬるい、極限の緊張感と熱気に包まれていた。
自衛隊の包囲網はシオンの「紫雷・強制停止」によって完全に沈黙し、無力化された装甲車やヘリコプターは、今や城壁の外でただの鉄の壁として放置されている。政府と警察は未知の力に恐れをなし、遠巻きに監視することしかできなくなっていた。
その城壁の裏側、薄暗い地下通路の入り口で、二つの全く異なる「裏社会」が交差していた。
「……話は通っているな。我々が用意した『魔力を増幅させる杭』を、指定した関東一円の通信拠点(鉄塔)の根元に打ち込む。……それだけでいい」
漆黒のトレンチコートに身を包み、サングラスの奥の義眼を妖しく光らせる元・夜国軍副長のゼッカ。
彼が対峙しているのは、派手な柄のシャツに身を包み、鋭い眼光を放つ現代日本の裏社会を牛耳る広域指定暴力団の幹部・若頭の龍崎だった。
「……ああ。カエレンって兄ちゃんから話は聞いてるぜ。自衛隊の最新兵器を一瞬で鉄くずにするアンタらのお姫様の力、とくと拝見させてもらった。……正直、チビりそうになったぜ」
龍崎は、忌々しげに煙草に火をつけながら、ゼッカの背後に控える屈強な騎士たちを睨みつけた。
「だがよ、俺たち極道もタダで動くわけじゃねぇ。あんたらの言う『世界の崩壊』ってSF映画みたいな話が本当かどうかは知らねぇが、この国が吹っ飛べば俺たちのシノギもパーになる。……それに、前金で貰ったこの『純金の金貨』の輝きは、確かに本物だ」
龍崎が、懐からシオンが用意した夜国の金貨を取り出し、ニヤリと笑う。
「話が早くて助かる。……我が主の魔法をネットワークに乗せるためには、この世界の通信インフラを物理的な魔力回路として『ハッキング』する必要がある。だが、我々は土地勘がない。それに、追跡者(システム管理者)どもが放つ無人兵器のドローンが、必ず各拠点を防衛しに現れるはずだ」
ゼッカが、地図上に引かれた複数の赤いポイントを指差す。
「案内と、囮の役目は任せな。うちの若いモンに、トラックとダンプカーを何台か用意させてる。……得体の知れない機械の犬っころが相手だろうと、日本刀とチャカ(拳銃)でドンパチやって、きっちり時間を稼いでやるよ」
龍崎が、獰猛な笑みを浮かべて部下たちに顎でしゃくる。
「感謝する。……行くぞ、お前たち! 泥ネズミの意地を、この見知らぬ異界の空に刻みつけろ!」
ゼッカの号令に、マウンテンパーカー姿のカエレンや、地雷系ファッションのニム、そしてジャージ姿のレオンハルトたち昼国の騎士が、一斉に力強く頷いた。
「俺たち光の騎士も、闇の潜入工作を手伝うことになるとはな! だが、世界を救うためだ。泥に塗れる覚悟はとうにできている!」
レオンハルトが、ジャージの袖をまくり上げて闘志を燃やす。
「ニムちゃん、気をつけてね。怪我したらすぐ戻ってくるのよ」
治癒術師のアリアが、ニムに大量の回復ポーションを渡す。
「大丈夫だよアリアお姉ちゃん! いざとなったら、私の特製『超濃縮・酸性毒(バッテリー液風)』で、機械の犬なんてドロドロに溶かしてやるんだから!」
ニムが、物騒な笑みを浮かべてリュックを背負った。
ヤクザの運転する黒塗りの車列と、荷台に乗ったファンタジーの戦士たち。
現実世界の裏社会と、異世界のエリート部隊という前代未聞の奇妙な同盟軍が、エンジンを轟かせながら、真夜中の国道を関東一円の通信ノードへ向けて散開していった。
2. 大泉の玉座、紫金の女王と漆黒の番犬
仲間たちが出撃していくのを、城壁の最も高い楼閣の上から、シオンとハクが静かに見下ろしていた。
「……行ったな。あいつらなら、きっちり杭を打ち込んでくれるだろうぜ」
ハクが、黒いパーカーのポケットに手を突っ込みながら、夜風に吹かれて言う。
「ええ。ルミスの結界杭が各地の鉄塔に打ち込まれれば、そこが『大地の経絡』の増幅器になる。……あとは、私がこの大泉町の中心で、そのすべてのノードに向けて、私の魔力を限界まで流し込み続けるだけよ」
シオンは、足元に描かれた巨大な『魔方陣』の中央に立った。
彼女のミッドナイトブルーのレザージャケットの背中から、強烈な紫金の魔力が、まるで燃え盛るオーラのように立ち上り始めている。
「シオン。……てめぇ、本当に一人の魔力で、日本中を覆うほどのシステムを上書きする気か? 下手すりゃ、てめぇの魂が焼き切れるぞ」
ハクの紫の瞳が、心配そうに揺れる。
「心配ないわ。……私は、一人じゃないもの」
シオンは、自分の胸元――昨日、ハクが不器用に作ってくれた紫の魔石のブローチ(追跡者の攻撃で砕け散ってしまったが、その破片を大切にポケットに入れている)をそっと撫でた。
「私は、大魔導士の記憶(前世)を持っている。この世界の電子ネットワークの構造は、頭の中に入ってるわ。……それに、リオナとカイルの魂が、必ず私を導いてくれる」
シオンは、魔剣『雷月』を両手で逆手に持ち、眼下の魔方陣の中心、硬い石畳に向かって、力強く突き立てた。
ガァァァァァァンッ!!!!
「――『顕現せよ、紫雷の王権』!!」
シオンの全身から放たれた紫金の雷が、魔方陣の幾何学的なラインに沿って凄まじい速度で走り抜け、城壁を伝って大地へと深く潜り込んでいく。
大気中のマナが枯渇している現実世界において、彼女は自らの生命力を削り、それを純粋な魔力に変換して、地中の光ファイバーや電力網といった『物理的なネットワーク』へと直接接続させていった。
「……ぐっ、うぅぅぅっ……!!」
シオンの顔が苦痛に歪み、額から滝のような汗が流れ落ちる。
日本という国全体に張り巡らされた、途方もない情報量と電力の海。
そこに個人の魂を接続させることは、荒れ狂う激流のド真ん中に、生身で立ち向かうようなものだった。
無数のデジタルノイズがシオンの脳内を駆け巡り、追跡者が仕掛けた強固なファイアウォールが、異物であるシオンの魔力を弾き出そうと牙を剥く。
「……シオン!!」
ハクが、シオンの背中に駆け寄り、自身の大きな両手を彼女の華奢な肩に力強く置いた。
「俺の影の魔力も持ってけ!! てめぇが世界を飲み込むなら、俺の全てを喰らって、その腹の足しにしやがれ!!」
ハクの首筋の呪いの刺青が激しく明滅し、彼の漆黒の影が、シオンの紫金の雷に絡みつくようにして、共に地下のネットワークへと流れ込んでいく。
「……ハク、馬鹿ね。あんたまで魔力枯渇で倒れるわよ……っ」
「うるせぇ! てめぇの番犬が、主を一人で戦わせるわけがねぇだろうが!」
二人の特異点の魔力が重なり合い、ネットワークの激流を強引に遡り始めた。
シオンの意識は、肉体を大泉の楼閣に残したまま、果てしない『電子の深淵』へと深く、深くダイブしていく。
3. 電子の深淵、消えゆく箱庭の残滓
(……ここは)
シオンの意識が到達したのは、無数の緑色の数列が滝のように降り注ぐ、無限の広さを持つ仮想空間(サイバー空間)だった。
彼女の魂は、ここでは『紫金の光を纏ったアバター』として顕現している。
(……追跡者たちのメインサーバーの、最も深い階層……)
シオンは、周囲を見渡した。
そこで彼女が目にしたのは、恐ろしく、そして悲しい光景だった。
広大な電子の海の底に、巨大な『瓦礫の山』が沈んでいた。
いや、瓦礫ではない。それは、緑色のワイヤーフレームで構成された、見覚えのある風景の破片。
昼国の白亜の城の尖塔。
夜国の不気味な茨の森。
黄昏時の荒野に転がる、巨大な魔獣の骨。
「……これ、私たちの世界(箱庭)のデータ……」
シオンが、息を呑んでその残骸に触れる。
それらは、現実世界との統合によって矛盾をきたし、システムによって『不要なデータ』としてフォーマット(消去)されつつある、彼らの故郷のオリジナルデータだった。
追跡者たちは、ファンタジー世界を現実世界に強引に融合させ、その結果生じるバグによって、すべてを自壊させようとしている。
その過程で、箱庭を構成していた元のデータは、こうして深淵のゴミ箱に捨てられ、徐々にデリートされていたのだ。
「……なんて残酷なことを。十五年間、私たちが血を流して生きてきた世界を、ただのゴミクズみたいに……」
シオンの紫の瞳に、激しい怒りが燃え上がる。
だが、その怒りを鎮めるように、彼女の視界の端で、何かが微かに光った。
(……え?)
崩れゆく白亜の城のデータの陰。
そこに、消去プログラムのノイズに侵食されながらも、必死に身を寄せ合って明滅している『二つの小さな光』があった。
純白の光と、白銀の光。
「……リオナ!! カイル!!」
シオンの魂が、歓喜の叫びを上げて、その光の元へと駆け寄る。
『……お、姉……ちゃん……?』
純白の光から、微弱な、しかし間違いなくリオナの波長を持ったテレパシーが響いた。
『シオン、様……。やはり、来てくださったのですね……』
白銀の光から、カイルの穏やかな思念が伝わってくる。
第十三部で、追跡者の概念消去攻撃を受け、デリートされたはずの二人。
しかし、彼らの魂は完全に消滅してはいなかった。カイルが最後に展開した絶対防壁の残滓と、リオナ自身の『修復魔法』の概念が、システムによる消去プロセスに抵抗し、このゴミ箱の底で辛うじて存在を維持していたのだ。
「よかった……! 本当によかった……っ!」
シオンは、仮想空間の中で、二つの光を掻き抱くようにして泣き崩れた。
肉体はなくても、魂の温かさが、確かにそこにあった。
『……お姉ちゃん、ごめんなさい。私、お姉ちゃんを庇って……』
「謝らないで! 私こそ、あんたを守れなくて……! もう絶対に離さない。二人とも、私が必ず元の体に戻してあげるから!」
シオンは、涙を拭い、決意に満ちた瞳で二つの光を見つめた。
『……シオン様。しかし、我々の肉体のデータは、すでにシステムによって完全に破棄されています。……この現実世界の法則下では、大気中のマナがないため、魂を定着させる器を再構築することができません』
カイルが、冷静かつ絶望的な事実を告げる。
確かに、草津の源泉のような大地のエネルギーを使えば、一時的な肉体の再構築は可能かもしれない。だが、世界が現実世界に完全に統合されてしまえば、魔法という概念そのものが消滅し、彼らは生きていくことができなくなる。
「……分かってるわ」
シオンは、静かに立ち上がり、崩れゆく『箱庭の残骸(瓦礫の山)』を見渡した。
「だから私は、この現実世界のシステムを上書きして、私が支配者になるつもりだった。……でも、それは違うわね」
シオンの脳裏に、前世の記憶が蘇る。
かつて大魔導士であった彼女たちは、神のシステムに反逆し、世界を創り変えようとして敗北した。
システムを支配しようとすれば、必ず新たな矛盾が生じ、結局は誰かが泣くことになる。
「……支配するんじゃない。私たちは、帰るのよ」
シオンの力強い言葉に、リオナとカイルの光がピクッと反応する。
「この電子のゴミ箱に捨てられている、私たちの『箱庭のオリジナルデータ』。……追跡者たちは、これを不要なゴミだと思っている。なら、私がこれを全部拾い集めて、縫い合わせてやる」
シオンは、魔剣『雷月』を高く掲げた。
「現実世界のネットワークの莫大なエネルギーを使って。このゴミ箱のデータを再構築し、現実世界からも、追跡者のシステムからも完全に切り離された、『誰にも干渉されない新しい独立した異世界(故郷)』を、ゼロから創り出す!!」
神の支配からの独立。
それは、現実世界との融合による自壊を防ぐだけでなく、彼らが魔法を使って自由に生きていける、真の「新世界」の創造宣言だった。
『……新しい、私たちの世界……』
リオナの光が、希望に満ちて輝きを増す。
「ええ。そこに大気中のマナを満たせば、あんたたちの肉体も、私の魔法とリオナの修復魔法で、完全に再生できるわ。……だから、もう少しだけ踏ん張って。私が必ず、迎えに行くから!」
シオンの魂が、紫金の雷光を爆発的に膨れ上がらせた。
4. 関東ノード防衛戦、ヤクザと騎士の共闘
その頃、現実世界の日本・関東各地では、シオンのハッキングを物理的に支援するための、壮絶な防衛戦が繰り広げられていた。
千葉県、某所の巨大通信鉄塔の麓。
「オラァァァッ!! そこだカエレン、撃ち込め!!」
「へいッス!! ――『影潜り・闇突き』!!」
激しい雨が降る中。
ヤクザの組員たちが運転するダンプカーが、追跡者が放った『無人攻撃用ドローン』の群れに突進して囮となり、その隙を縫って、影潜りのカエレンが鉄塔の根元へと滑り込んだ。
カエレンの手には、ルミスが作成した『緑色に光る魔力増幅の杭』が握られている。
ガァァァァンッ!!
カエレンが、短剣の柄で杭をアスファルトに深く打ち込む。
「よし! 第一ノード、接続完了!!」
『……警告。物理的干渉によるシステム異常を検知。……排除対象を、武装車両から当該歩兵に変更』
上空を旋回していたドローンたちが、一斉に銃口をカエレンに向けた。
「ヤベッ! 蜂の巣にされちまう!」
カエレンが頭を抱えた瞬間。
「ダボが!! 余所見してんじゃねぇぞ、ポンコツのガラクタどもが!!」
ダンプカーの窓から身を乗り出したヤクザの若頭・龍崎が、日本刀(ドスではなく、美術品クラスの真剣)を振り回し、ドローンの装甲に叩きつけた。
ガキィィィンッ! と火花が散り、ドローンのセンサーが物理的に破壊されて墜落する。
「お、おっかねぇ……! この世界の裏社会の連中、魔法も使えねぇのになんて戦闘力してやがるんだ!」
カエレンが冷や汗を拭う。
「ボヤボヤすんな兄ちゃん! 次の鉄塔に行くぞ! この国を吹っ飛ばされてたまるかよ!」
龍崎が、血の気の多い笑みを浮かべてダンプカーを急発進させる。
一方、埼玉県の通信ノードでは。
「――『太陽の盾よ、我らを守れ』!!」
レオンハルト率いる昼国の騎士たち(ジャージ姿)が、円陣を組み、襲い来る『サイボーグ猟犬』のレーザー攻撃を、光の魔法盾で防ぎ切っていた。
「隊長! この世界の兵器は、物理的な装甲は硬いですが、魔法に対する耐性が全くありません! 私の光の矢で、回路が簡単にショートします!」
「よし! 奴らの弾切れを狙って、一気に間合いを詰めるぞ! ゴラン、前へ出ろ!」
「うおおぉぉぉっ!! ドンキで買ったこの特注フライパン(鉄の盾の代用品)、存分に味わいやがれ!!」
ゴランが、巨大な中華鍋のような金属片を振り回し、サイボーグ猟犬を次々と殴り飛ばしていく。
彼らは、現代兵器の理不尽な破壊力に最初は恐怖したが、「魔法が通じる」と分かった瞬間、十五年間の死闘を生き抜いてきた精鋭部隊としての真価を遺憾なく発揮していた。
「ニム殿! 結界杭の打ち込みを!」
「はいっ! ……よいしょっと! これで完了です!」
ニムが、巨大な鉄塔の足元に杭を打ち込み、毒薬の瓶を振ってドローンのセンサーを溶かして目潰しをする。
関東一円に散った泥ネズミと騎士、そしてヤクザたち。
彼らの泥臭く、しかし決して諦めない共闘によって、シオンの魔法陣を構成するための『ノード(拠点)』が、次々と陥落(接続)されていった。
5. 反逆の産声、切り離される異世界
「……繋がったわ。みんな、よくやってくれた!」
大泉町の楼閣の上。
シオンの肉体は、全国から送られてくる莫大なデータと魔力の逆流に耐えながら、血の涙を流して魔方陣を維持していた。
背後で彼女を支えるハクも、限界を超えて影を展開し、膝をつきそうになっている。
(……準備は整った。あとは、電子の深淵にある『箱庭のデータ』を、この現実のネットワークから物理的に引き剥がし、独立した次元として再構成する!!)
仮想空間のシオンの魂が、両腕を大きく広げた。
「集え!! かつて私たちが血を流し、愛し、憎み合った、愛おしき世界の欠片たちよ!!」
シオンの呼びかけに呼応するように。
電子のゴミ箱の底に沈んでいた『箱庭の残骸』が、紫金の雷光に包まれ、強烈な磁力に引かれるようにシオンの元へと集束し始めた。
白亜の城が。
茨の森が。
そして、あの美しい黄昏時の荒野の大地が。
バラバラだったデータが、シオンの『紫雷・強制接続』の魔法によって、一つ一つ丁寧に、そして強引に縫い合わされていく。
『……警告(WARNING)。重大なシステム・エラー。
……特異点アルファによる、大規模なデータのサルベージと、不正な領域構築(サンドボックスの生成)を検知。……直ちに処理を中止せよ』
仮想空間の空が赤く染まり、無数の追跡者のアバター(防衛プログラム)が出現し、シオンの構築作業を破壊しようと襲いかかってきた。
「……邪魔をするなァァァッ!!」
シオンが、仮想空間で魔剣を一閃する。
紫金の極大の斬撃が、追跡者のプログラム群を次々と薙ぎ払い、デリートしていく。
だが、システムの自動修復は早く、倒しても倒しても、無尽蔵に新たな追跡者が湧き出してくる。
(……くっ、魔力が……押し切られる……!)
シオンの魂のアバターが、激しい攻撃を受けてノイズに塗れ、膝をつきそうになる。
その時。
「お姉ちゃん!! 私の力も使って!!」
シオンの胸元に守られていた『純白の光』が、弾けるように飛び出し、眩い白銀の光を放った。
「――『白銀の浄化雷(修復の光)』!!」
リオナの魂から放たれた光が、シオンが縫い合わせようとしていた『箱庭のデータ』の繋ぎ目を、優しく、そして完璧な精度で修復していく。
紫雷の「切断と接続」の荒々しさを、白銀の「浄化と修復」が滑らかにコーティングし、崩れかけていた世界を、美しく強固な一つの『球体』へと形作っていくのだ。
「リオナ……! あんた、魂だけの状態でそんな無茶をしたら……!」
「平気よ! お姉ちゃんが作ってくれる新しい世界に、早く帰りたいから!」
さらに。
『……シオン様、背後は僕にお任せを!!』
白銀の光もまた、シオンの背後に展開し、強固な『白銀の神盾』を発生させた。
「物理も魔法も関係ない。……僕は、彼女の盾だ!! 追跡者のプログラムごとき、一歩も通しはしない!!」
カイルの魂が、襲い来る追跡者の攻撃を全て弾き返し、シオンとリオナの『世界創造』の儀式を完璧に守り抜く。
三人の魂が、電子の深淵で完全に共鳴した。
「……行くわよ!! これが、私たちの本当の『反逆』だ!!」
シオンが、限界突破の魔力を、再構築された箱庭のデータ球体に叩き込む。
「現実との接続を断ち切る!! ――『次元神断』!!!!」
シオンの魔剣が、現実世界のネットワークと、新たに構築された箱庭のデータとを繋いでいた『最後のケーブル』を、無慈悲に、そして鮮やかに断ち切った。
ガァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!
現実世界の東京、そして関東一円の通信インフラが、一瞬だけ完全にブラックアウト(大停電)した。
システムの管理下にあった巨大なデータが、強引に『外部へ切り離された』ことによる、強烈なショートだった。
6. 魂の再生、新しき故郷への帰還
「……ハァッ、ハァッ……!!」
大泉町の楼閣の上。
現実世界で目を開けたシオンは、限界を超えた疲労でその場に倒れ込んだ。
「シオン!! 大丈夫か!!」
ハクが慌てて抱き起こす。
「……ええ。……成功、したわ」
シオンは、荒い息をつきながら、夜空を見上げた。
彼らの頭上に広がっていた、現実の星空と異世界の空が重なり合っていた『不気味なパッチワークの空』は消え去っていた。
そして、彼らがいる大泉町周辺の空間(『暁の自由都市』があったエリア)が、周囲のアスファルトやネギ畑から、まるでシャボン玉に包まれるように、フワリと浮き上がり始めている。
「な、なんだ!? 地面が、宙に浮いてやがるぞ!!」
遠巻きに見ていた自衛隊の兵士たちが、パニックになって叫ぶ。
「……追跡者のシステムから、この都市ごと、完全に次元を切り離したのよ。……私たちはこれから、新しく創り直した『独立した異世界』へと、次元跳躍するわ」
シオンが、微笑みながらハクに告げる。
「マジかよ……。てめぇ、本当に神様みたいなことやりやがったな」
ハクが、呆れと尊敬の入り交じった顔でシオンを見る。
「神様じゃないわ。ただの、わがままな女王様よ」
シオンは、レザージャケットの胸元から、リオナとカイルの『二つの光の球体』を空中にそっと放した。
新しく創り出された独立した異世界。
そこには、現実世界では枯渇していた『大気中のマナ』が、彼らの喜びの魔力と同調して、これ以上ないほどに豊かに満ち溢れようとしていた。
「……さあ、リオナ。カイル。……私たちの新しい世界(故郷)に、マナが満ちるわ」
シオンが、両手を天に掲げる。
「あんたたちの魂を縛る鎖は、もうどこにもない。……元の姿(肉体)に、戻りなさい!!」
新しい世界のマナが、光の球体に凄まじい勢いで吸い込まれていく。
紫金の魔力と、白銀の修復魔法が交差する。
シュゥゥゥゥゥ……ッ!!!
眩い光の奔流の中で、魂が肉体を再構築し、血が巡り、心臓が鼓動を始める。
そして、光が晴れた時。
「……お姉ちゃん」
そこには、純白のドレスを纏い、涙を浮かべて微笑む、愛しき妹の姿があった。
その隣には、白銀の鎧を身につけ、生身の温かい手でリオナの肩を支える、聖騎士カイルの姿。
「……リオナ。カイル……!!」
シオンは、立ち上がり、よろめきながら二人の元へ駆け寄り、その温かい体を、力いっぱい抱きしめた。
「……おかえり。本当によかった……っ!」
シオンの頬を、歓喜の涙が止めどなく流れ落ちる。
「ただいま、お姉ちゃん。……新しい世界、すごく空気が美味しいね」
リオナが、シオンの背中に腕を回し、泣き笑いの顔で空を見上げる。
「ええ。僕たちが、僕たちの意志で創り出した、本当の自由な世界です」
カイルもまた、感動で胸を詰まらせた。
「……チッ。また泣かせる展開かよ。俺はこういうのはガラじゃねぇんだがな」
ハクが、照れ隠しにパーカーのフードを目深に被りながらも、その紫の瞳には、確かに優しい涙が光っていた。
彼らを乗せた『暁の自由都市』は、現実世界の群馬県の地を離れ、虹色の光のトンネルを抜けて、彼らだけの新しい次元(異世界)へと、ゆっくりと上昇していく。
関東各地で防衛戦を繰り広げていたゼッカやレオンハルトたちも、作戦完了と同時に、シオンの魔法陣によって、光の粒子となってこの都市へと強制帰還(転移)を果たしていた。
追跡者のシステムの崩壊(世界統合のクラッシュ)は免れた。
現実世界(現代日本)は、彼らが切り離されたことで矛盾を解消し、元の平和な日常を取り戻すだろう。
そして、暁の星徒たちは。
誰にも支配されない、自分たちだけの新しい魔法の世界で、真の平和と明日を紡いでいくのだ。
夜明けの光が、新しい異世界の空を美しく照らし出す。
血塗られた復讐から始まり、世界の理を書き換えるまでの壮大な反逆の旅は、最も美しく、そして温かい結末を迎えた。
彼らの微睡みは終わり、確かな「現実」としての新しい朝が、今、始まったのである。




